今夜は―――――
じんぐるべるじんぐるべる……つーわけで、クリスマス。
俺は水瀬家の自室のベッドの上に座って孤独に歌っていたりするわけだが。
そこ、寂しいヤツとか言うな。
言ったら即殺だ。
こ、こんな寂しいクリスマスを過ごすのは北川で十分だと言うのにっ!
アイツは後輩の彼女(予定)と仲良くデートだぞ!?
ありえない!
断じてありえない!
秋子さんは突然の仕事だし名雪とあゆは香里の家だし真琴は天野の家だしぃ!!
ダメだダメだダメだダメだダメだ!
こんな日に部屋に篭ってたら一緒に過ごす相手のいない負け組じゃないか!
だいたい名雪たち、俺のこと誘ってくれる気なしか!?
書き置きには『たまには女の子だけで過ごさせて』とか書いてるしっ!
いつも俺に寄ってくるの、お前らじゃん!!
……落ち着け、俺。
ヒートアップした思考を冷却しつつ、考えた。
「一緒に過ごせるツテは残り2人……暴走するから気は進まないんだが……」
佐祐理さんと舞。
どっちも器量良しだし問題はさっぱりない……ように思える。
だが佐祐理さん、はっちゃけると相手するの大変。
天然だから普通の説得が通じない。
そういうときは舞が瞬時に逃げるから相手するの俺。
滅多にはっちゃけないんだが……クリスマスという特別な日だ。
あの人が大人しくしてるとは思えない。
何かしら変なコトしてそうだなぁ、ぜったいに。
「あぁ、2人と温かいクリスマスを迎えるべきか……悩む」
だが。
そんな俺の思惑とは関係なく。
予定調和のように、その人はやってきた。
窓の外から響き渡る声。
澄んでいて、温かくて、包み込まれるような、そんな声。
……それは普段の声。
今の場合はちょっと違ったりする。
元気で、ご機嫌で、テンション高くて、ノリノリで、楽しくてしかたなさそうな、声。
あぁ、これはもう間違いなく。
「ゆっういっちさーん♪ 貴方のさゆりんですよー♪」
佐祐理さんが来たようだ。
思いっきり、はっちゃけた状態で。
――聖夜とサンタと佐祐理さん――
俺はそっと窓から外を覗きみる。
水瀬家の門、そこに純白のコートを纏った佐祐理さんがたしかにいた。
まぁ、頭にはサンタ帽を乗っけてるが可愛いのでそれは気にしないことにしよう。
しかし寒いのに、遠めから見て寒そうには見えない。
佐祐理さん、はっちゃけてるから寒さより楽しさ優先になってるのか?
とはいえ。
「あわわわわわわわわ」
俺、めっちゃ慌ててる。
まさかウチまで雪中行軍してくるとは……だってちょっぴり吹雪いてるよ?
いかな吹雪と言えど、佐祐理さんの前では無力だったか。
大自然の壁を容易く無視するとは恐るべし。
「ゆーいちさーん。いくら佐祐理でも寒いですよ〜。開けてくださいよ〜」
「……居留守、使ったらダメか?」
脳内会議で『ダメ』が満場一致で可決された。
あぁ、紳士だ、俺。
でもそれは自ら暴走した佐祐理さんを背負い込むということでもあるわけで。
諸刃の剣、か。
かといって放っておくわけにもいかない……俺、佐祐理さん好きだし。
「困ったもんだ、俺にも」
軽く自分に愚痴ってから玄関へ。
あまり待たせても可哀想だもんな、寒いだろうし。
「待ってください。開けますから」
がちゃ、とドアを開けると―――――
「ゆういっちさーん♪」
「ぬおっ!?」
―――――佐祐理さんが満面の笑みで飛び込んできた。
その笑みに見惚れて押し倒される俺。
ぐあ、柔らかいのが潰れてるし頬が触れ合ってるし温かいし気持ちいいし良い匂いだし!
ヤバイ、このままだと色々とヤバイ。
「うわ、ちょ、いきなり何ですか!? つーか寒っ!! ドア閉めさせて!!」
「む〜。佐祐理と寒さ、どっちを選ぶんですか」
「いや、玄関びしょ濡れになるじゃないですか……秋子さんの家ですから。ね?」
「仕方ありませんね〜」
退いてもらって、ドアを閉める。
凄まじい勢いで吹き込んでいた雪と風が途絶えて一安心。
まぁ、寒いことは寒いが。
佐祐理さんが離れてしまって、残念と思うのも仕方ないだろう……俺だって健全な高校生だし。
しかも佐祐理さん好きだし。
それはさておき。
俺しかいないから自室以外は暖房も入っていない。
つーわけで。
「佐祐理さん、俺の部屋に行っててくれる? 俺はココアでも持ってくよ」
「わかりました〜」
とてとて、と階段を軽快に上がって行く佐祐理さん。
……思ったより普通かもしれない。
ちょっと安心しつつキッチンでココアを用意してから部屋まで戻った。
両手がふさがってるのでドアを開けてもらい、中に入ると。
「あははーっ。サンタさんですよ〜」
見事にはっちゃけてる佐祐理さんがいた。
あぁ、さっき普通かもと思ったのは儚い幻想だったようだな。
純白のコートは脱いだらしく、ベッドにたたんでおいてあった。
で、今の佐祐理さん。
まずサンタ帽、そしてサンタ服……なんだけど、超ミニなのである。
あぁ、その白い脚線美が素敵です。
さらに大きく開いた胸元の谷間も素敵です。
心の中で感涙してる俺。
こういう風にはっちゃけてくれるなら大歓迎だなぁ、俺。
この吹雪いてる中、コートとサンタの格好で来たことについては触れなかった。
秋子さんの秘密に触れるのと同等の危険を感じたから。
そういうわけで、俺はありきたりな話を振る。
「そういや舞は?」
ココアを手渡しながら聞いてみた。
受け取って、両手の平を暖めながら佐祐理さんは簡潔にぶっちゃけた。
「逃げました」
「は?」
「逃げたんです。佐祐理から」
「何故に?」
「佐祐理と同じ格好に着替えさせようとしたんです」
そりゃー逃げます。
俺は心の中でそう答えておいた。
きっと今ごろは母親と平和なクリスマスを過ごしているだろう。
そして俺は生贄のようだ。
今のトコ美味しい立場だけど、いつ豹変するかわからんからなぁ。
「1人は寂しかったので祐一さんのところに来たんです……」
そう、ちょっと小さな声で呟かれた。
捨てられた子犬のような雰囲気を纏った佐祐理さんは、もう凄まじく魅力的だった。
抱き締めたいという衝動に耐えて、俺はココアを飲む。
たぶん、抱き締めたりしたら止まらなくなってしまうから。
それはマズイ気がする。
っていうか、それ以前の問題として。
「あの、佐祐理さん」
「はい、なんですか〜?」
「ベッドにミニで女の子座りはやめてもらえませんか?」
「きゃ〜、祐一さんえっちですよ〜♪」
「とか言いつつさらに大胆に開かないで下さい!!」
つつつ、と少しずつ足を開くから本気で焦った。
上半身は恥ずかしそうにいやんいやんしてるのに下半身は真逆のことしてる。
ホントに理性が保てなくなるからやめてください。
俺は切に祈った。
はっちゃけモードの佐祐理さんに羞恥という感情は希薄だ。
羞恥より、面白さと楽しさを求める。
だから焦って恥ずかしがるのは俺だけで、それを見て楽しむのが佐祐理さん。
耐えろ……俺。
すべすべで柔らかそうな太ももの間に見える白とかに負けるな。
つーか凝視するな、相沢祐一。
「佐祐理のサンタさん、どうでしょうか」
「めっちゃ可愛いです」
「あははーっ、喜んでいただけてよかったですよ〜」
「って違う違う! 可愛いけど、挑発的な行動をしないでください!!」
「ふぇぇ……佐祐理には魅力ないですか……そうですか……」
「それも違います! 魅力的すぎるからやめてください!!」
「……襲っちゃ嫌ですよ〜?」
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!! 襲われたくないなら前かがみになるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
つつい、と上半身を倒してきた。
そうなると当然だが大きく開いている胸元がとっても強調されることになって。
谷間とか白とか太ももとか笑顔とか何か色々色々。
まておれここでまけたらだめだろうたえろたえるんださゆりさんのさくにはまるな。
「……ふっ」
「むっ。何ですか、その不敵な笑みは」
「佐祐理さん。俺を誘惑して遊びつもりだったんでしょうけど……甘いです」
「むむっ。ググっときませんか〜?」
いや、めちゃくちゃキテるけど。
「俺は最後の手段を選ばせてもらいます」
「はぇ? 最後の手段、ですか?」
「……あでぃおすあみーご」
がくっ、と俺は謎の呟くとともに2秒で意識を手放した。
これ以上は耐え切れないと判断したから気合で気絶したのだ……人間やれないことはない。
佐祐理さんの心底残念そうな表情を最後に、俺は闇に沈んでいった。
……ほんの少し……いや、すっごい……つーか、めちゃくちゃ残念だったけどな。
本音を言えば、佐祐理さんと過ごしたかったなぁ。
どれくらい気絶していたのかはわからない。
何となく、頭の下に柔らかい感触を感じながら俺の意識は浮上していく。
あぁ、気持ちいいなぁ……この柔らか―――――は?
「おぉ!?」
「ひゃう!? い、いきなり叫ばないでくださいよ〜」
「ご、ごめん。佐祐理さん」
「気にしないでください。起きたみたいですね」
「膝枕、してくれてたのか……ありがとうございます」
「いえ。元はと言えば佐祐理のせいですから」
お礼を言ってから身体を起こす。
あのままだと、また危険だったから起きないといけなかった。
何故って?
上を見上げれば佐祐理さんの豊かな胸。
かといって下はミニスカだから素肌のままの太もも。
ある意味では天国だが、ある意味では地獄だ。
襲うに襲えない俺にとっては地獄。
気分転換ついでに、佐祐理さんに聞いてみる。
「佐祐理さん、これからどうすんです? 帰るなら送りますよ」
「てやっ」
「いっつぅ!!」
抓られた。
「祐一さん! よ〜く聞いてください!」
「は、はい」
「ちょっと調子に乗っちゃいましたけど、祐一さんとクリスマスを過ごしたくて来たんですよ!?」
「……そっか」
「あ、でも、その……佐祐理と一緒が嫌、っていうなら帰りますけど……」
「それはないですよ。俺からお願いしたいくらいですから」
俺がそう言うと、佐祐理さんは嬉しそうに笑ってくれた。
この笑顔がたまらない。
佐祐理さんの魅力全開で、俺は見惚れてしまう。
もう少し見ていたいけど何か用意しないとな。
「ちょっと飲み物とかお菓子とか持ってくる」
そう言ってベッドから立ち上がる。
と、クイッと上着を引っ張られてとまってしまった。
見れば佐祐理さんが少し頬を朱に染めて、上目遣いで俺を見ている。
不安そうな、何かを期待しているような、複雑な色を秘めて。
「あの、ですね。佐祐理、これでも勇気……出したんですよ?」
「えっと、うん」
「祐一さんは、佐祐理と一緒にクリスマスを過ごしてくれるんですよね?」
「……あぁ」
ぶっきらぼうに答えてしまう。
恥ずかしいから。
佐祐理さんを正視できないくらいに、照れて緊張してる俺がいる。
「そ、それなら。ちょ、ちょこっとだけ、期待してもいいですか?」
佐祐理を選んでくれる、って期待してもいいですか?
佐祐理を好きなんだ、って期待してもいいですか?
たぶん、そう聞きたかったんだと思う。
その問いに、俺は。
「俺のほうこそ期待してもいいですか? 佐祐理さんが、俺と、ずっと一緒にいてくれるって」
―――――そんな、聖夜。