crossing heart


[学校教室:祐一&潤]

クリスマスを明日に控えた今日。
騒がしかった教室から生徒の姿が消え、沈黙と二人の男子生徒だけが教室に残った。
いまだに残っている男子生徒の名は北川潤と相沢祐一。
祐一がどこか最近、疲れているように見える潤を引きとめたのだ。

「なぁ、北川。 お前、最近疲れてないか?」
「俺なら大丈夫だぜ。 それよりお前はどうなんだよ、上手くいってるのか、栞ちゃんは」
「んー、まぁな。香里が心配してたぞ、最近一緒に帰ってくれないのよね――ってな」
「俺に浮気なんて甲斐性はないさ」
「だろうな。っと、栞が待ってるからな。俺はもう行くわ」

たいした返答を期待していなかったのだろう祐一はあっさりと恋人である栞の待つ校門へと向かった。
北川だってそんな無茶はしないだろうと祐一は考えている。
後先考えずに行動を起こす馬鹿は自分だけで充分だ、と自分でも自覚しているのか呟いた。
潤は美坂姉妹の時は祐一とは違い、香里が向こうから話してくれるのを待っていた。
決して急かしたりせず、向こうが落ち着いてから。
それまでは何も言わず、ただただ見守っていて……それでいて文句一つ言わなかった。
動の相沢、静の北川――大体こんな感じだったのかも知れない。
しかし、祐一も潤もお互い真剣に心配していた。
だからこそ、香里が北川に支えられながら栞と向き合えたのだと思う。
そんなこんなで香里と北川は付き合っていたりするのだが――――
最近どうも香里は疎外感を感じるらしい。
北川が冷たいんだとかなんとか。

「まさか、北川に限って、なぁ……あいつのことだから大丈夫だろ」

今回、北川を信用しつつも聞いたのは栞に頼まれたからだった。
それは数日前――――












『ねぇ、栞。 あたしって魅力ない?』
『はい?』
『最近、北川君を誘っても断られるのよねぇ……』
『あぁ、振られちゃったんだねお姉ちゃんは』
『殴るわよ、栞』
『えぅー……話題振ったのお姉ちゃんじゃない……』
『ね、栞。 北川君からそれとなく聞き出しておいてくれない?』
『報酬は高いよ、お姉ちゃん♪』



「ということがあったんですよ。でも私から聞くのも不自然ですし……祐一さんから聞き出してもらえません?」

栞は一通り話すと持っていたお茶を飲み干す。
祐一はというと飲んでいたコーヒーを一旦机におき、栞の目を見つめた。
そこにあるのは一握りの心配と目先のアイスに眩んだ欲望の塊。
………普通は逆だろう、おい。
だが、一握りでも姉への心配があったことに祐一は安心した。
欲望が栞を突き動かしていたらどうしようかと思った、とは祐一の正直な感想だ。

「大体俺に言われてもどうしろと………北川が浮気するなんてないと思うぞ」
「そうですよね、もうすぐクリスマスなんて時期に………?」

話していると同時に栞が突然黙り込んだ。
頭の中ではドラマみたいな泥沼を演じている潤と香里を想像しているのかもしれない。

「祐一さん、というわけで聞いてみてくださいね」












――ということがあったのだった。

「北川に聞いてみたけど、特におかしいことはなかったぞ」
「ふふふっ、甘いです。ジャムほど甘いですよ、祐一さんっ!」

ジャム、と聞いて甘くないジャムを連想した祐一はちょっと顔を歪めた。
それを見て、栞はハテナマークを顔に浮かべる。
祐一にとってあれは良い意味でも悪い意味でも強烈な味だったらしい。
あえて味はノーコメントだったりするのだが。
そういえばジャムって普通は甘いんだよな…。
そんなことすら失念するほど甘くなかった。
むしろ――

「祐一さん、聞いてます?」
「あ、すまん。で、何の話だ?」

はぁ、と溜息をついて「やれやれ…」と言わんばかりのポーズを取った。
まったく話を聞いていなかった祐一に栞は飽きれていた。
さっきのジャムのことをできるだけ急速に除外し、栞の言葉に耳を傾けた。

「簡単に言うとですね、尾行しましょう!」
「ストーカー?」
「えぅー…そういうのではないんですけど」

どうやら簡単に言い過ぎたようだった。
そりゃ、いきなり尾行しましょうなんて言われるとびっくりするだろう。
言ってることがストーカーと同じだ。

「もしかしたら泥沼が見れるんですよ!? クリスマスを目前にしてドラマみたいで――えぅー」

一撃、粛清して栞を黙らせる。
悲鳴(?)をあげて沈黙する栞。任務完了。
大体そんなことよりも、だ。

「既に今していた行動を尾行と言わないか、栞?」
「見失ったわけじゃないですよ!? たまたま行き先に北川さんが…」
「やれやれ………。すべては明日、クリスマスにわかるさ」
「何か知ってるんですか?」
「さぁな」

分かっていた。だって、かつて祐一は自分がしたことを北川がしているのだから。
栞は自分だけが分かっていないのが気に入らないのか、むーと唸る。
俺に唸られても困る、と祐一は思いつつも妥協案を口にした。

「なら、明日尾行するか?」
「当然です!」

全ては明日、と祐一と栞はクリスマスである明日に望んだ。












「いよいよクリスマスがやってきました。レポーターはしおりんと!」
「ゆーいちによって――――って何をさせるんだ、お前は」

ここからは俺、祐一が解説しましょうっ!
結構、ノリノリじゃないかなんて突っ込みはだめだ。
昨日と同様、クラスメートが早くもいなくなり、静けさが教室に訪れている。
単身の者は友達同士で、カップルはいちゃいちゃと早々帰った。
俺と栞は廊下から教室をうかがっている。
香里はカップルを遠めに眺めながら、北川の方に歩み寄った。
去年と違い、クラス変えはなかったものの席は随分と離れたのだ。

「北川君…………今日は大丈夫よね………?」

不安そうに、しかし大丈夫そうに振舞いながら香里は問う。
さすがに恋人として、この日までだめと言われれば不安にでもなるだろう。
栞は……そういえばクリスマスのこと覚えているのか?

「ごめん、美坂…………今日もどうしても外せない用事があるんだ……」

北川がそう言うと香里の横を抜け、退室した。
――やべっ、隠れなきゃ。
隣の教室に場所を移し、そっと廊下を見つめた。
そこには北川を追いかけている香里がいる。

「なんであたしを避けるの!? ………ねぇ、あたしのこと嫌い?」

12月に入ってずっと避けられていたので気がたっているのかもしれない。
今、思えば香里が弱音を吐いているのは珍しかったような。
なるほど、香里だって心配なわけか。
北川は………何も言わず去っていった。
香里は悲しみに耐え切れず、どこかに走り去っていく。
冷たいやつだ、とは思わないがもう少し優しくしてやれよ…。

「えぅ、もしかして本当に泥沼ですか……」

まさか、お姉ちゃんが…などと、ごにょごにょ言っている。
ちっ……まさか、香里があそこまで思いつめていたとは予想外だ……。
こうなったら――

「栞、香里を追うぞ!」
「え、え、え、え??」

いまだに、ごにょごにょと言っていた栞の手を引いて香里を追った。
香里の姿はすでにない。
階段を降りたと思ったのだが、すでに遅かったようだ。
北川を追っていなければいいが…………。
とりあえず、下足に行ってみる。
香里と北川の靴は当然のようにない。

「香里の行きそうな場所……分かるか?」
「そうですね…………公園でしょうか……家に戻っている可能性も捨てられませんね」
「栞は家を覗いてくれ、俺は公園を行く」

というか北川がいれば万事OKなのだが。
どうせ、北川は――。
そこまで考えて俺は公園まで駆け出した。
とんだクリスマスになったな、とは考えても口には出さない。
公園についても、やはり香里の姿はない。
北川なんて論外だ。
それと遅れて姿を現したのは栞だった。
家の近くだって言ってたっけな、そういえば。

「で、どうだったんだ?」

結果なんて顔を見ればすぐに分かる。
栞が口にしたのは良い答えではなかった。
家には帰っていない。

「他に思い当たる場所は?」












栞です、正直もう疲れました。
思い当たる場所は全て行ったのに、何処にも……いないんですから。
体力的にも精神的にもぼろぼろにだってなりますよ。
そういえば、今日大事な日だったような………?

「はぁ……いないな、香里の奴」

空……都会にはない綺麗な星空を眺めて言った。
本当に綺麗な、星ですね。
星が見えるということはもう夜なんですけどね

「最後に公園でも行ってみるか………香里だって馬鹿じゃないんだ、家にだって戻ってくるだろうしな」

そう言って、公園に移動した。
願わくば――お姉ちゃんがいることを願って。
そんな私の願いが叶ったのか、いました。
けど、北川さんの姿はありませんでした。
現実はドラマのようにはいかないものですね。
私がお姉ちゃんに歩み寄ろうとした時……北川さんが姿を見せた。

「美坂――――怒って……るよな……」

香里が北川さんを認識し、顔を逸らした。
やっぱり、怒ってるんですね。
まぁ、私だって祐一さんにあんな風にされたら怒りますけど。

「聞いてくれ……美坂」
「嫌ぁぁ! 聞きたくない、あたしはもう……何も聞きたく……ない」

最後の方はお姉ちゃんとは思えないほど弱弱しく呟いた。
お姉ちゃんは1年前のあの冬も……あんな風に泣いたんでしょうか。
だとしたら、リストカットしようとした私は馬鹿かもしれない。

「聞いてくれっ! 俺……今まで美坂を突き放してたけど、嫌いなんじゃないんだ。むしろ、その逆だ…」
「だったら! なんで突き放してたのよ!? 何度も、何度も、放課後を誘っていたのに」

お姉ちゃんは、やっと北川さんの方を向いた。
しかし、その目には既に涙が浮かんでいる。
北川は懐から、何か小さな箱を取り出していった。

「今までさ……バイトしてたんだよ。美坂に似合うと思ったんだけど、ちょっと高くてさ。……美坂を喜ばそうと思ったんだけど…逆効果だったな」

最後に、「馬鹿だよな、俺」と付け足した。
私も本当にそう思います、けど。
なんだが、お姉ちゃんが羨ましいです。












これ以上は見る必要がないですよね。
以上、実況は終わりです。
結局、最後にはお姉ちゃんの甘いドラマを見せられるだけなんですから。
でも、こういうのもたまには悪くないです。
ただ、その登場人物になれなかったのが残念ですけど。
所詮、私は視聴者なんですね。

「栞」
「はい?」

祐一さんの声に振り向いた私。
さっき見た物と同じ物を祐一さんが持っていた。
まさか………。

「俺、夏にバイトしてただろ?
実はさ、これ買うためだったんだよ。
北川と俺が両方同時にバイトしていたら
バレるからな」

そう言って、その箱を私に渡し祐一さんは言った。

「馬鹿、ね」

そうあたしが呟いた。
おそらく、あたしの表情には笑顔が浮かんでいると思う。

「……あたしはあなたと一緒ならそれでよかったのに…」

あたしは北川君といた方がずっとずっとうれしい。
今まで悩んでいたあたしが馬鹿みたいに見えてしまう。

「美坂」
「香里で、いいわよ。"潤"」

そう言って、あの箱を開けた。
あの箱には指輪が入っていた。
これを買うために……あたしは。
そう思うと、嬉しさが湧き上がってくる。
そして、今までの辛さをも吹き飛ばしてくれた。
あたしはその指輪を左手の薬指にはめてみる。
サイズはぴったりだ。
それを見た北川……潤は恥ずかしげにこう言った。






「「メリー クリスマス!」」