それは名雪の誕生日パーティーの最中の出来事であった。
「母さんには関係ないだろっ!」
リビングに祐一の怒声が響き渡った。
背伸び天使のクリスマス
皆が何事かと祐一の方を見る。
ちなみに皆とは名雪、真琴、あゆ、秋子、香里、北川の六人である。
祐一は皆の注目を集めているのに気付かずに電話の受話器に何か叫んでいる。
いつも飄々と相手の言葉をのらりくらりとかわしている祐一が声を荒げるのは珍しい光景と言える。
しかもそれが誕生日の最中であるとなれば尚更である。
皆が目を丸くしてその光景を見ていると最後に祐一が二、三言、何か言って電話を切る。
祐一が電話を置いて一息ついた所で皆の視線に気付く。
いつもの祐一なら、驚かせて悪かった、……と言ってそれで終わりなのだが、今の祐一はいつもの祐一ではなかった。
いつもの祐一ではない祐一は皆に宣言するように言った。
「俺はクリスマスまでに彼女を作ってみせる!」
事の始まりはこういう事だった。
パーティーの最中に電話がかかってきて祐一が出たところ祐一の母親からの電話だった。
始めは近況報告などの話をしていたのだが、クリスマスの話になって母親が祐一は彼女がいないから寂しいわね〜とからかったところから会話がおかしくなり始めた。
祐一は別に彼女がいなくても別に寂しくないと言っていたのだが、母親がしつこくからかった為、祐一の我慢も限界を超えて怒声を放ったというわけである。
そして母親を見返すために彼女を作ると言い出したのだ。
ビックリしたのは祐一に想いを寄せてる人物達である。
名雪に真琴、あゆ……あとこの場にはいないが栞や舞もそうである。
彼女達は露骨……とまではいかないが想いをかなり前面に出していたので、てっきり祐一は気付いているが誰かに絞れずにいるものだと思っていたのだ。
まぁ今になって、ただ単に気付いてなかっただけという事実が判明したのだが…
「……というわけで、北川! ナンパの仕方を教えてくれ!」
電話があった次の日……すなわちクリスマスイブに祐一が母親とのやり取りを話して北川に事情を説明する。
「いやまぁ、事情はわかったが…何でそんなにボロボロなんだ?」
「名雪達にどうやったら女の子を彼女に出来るか訊いたら半殺しにされた」
「お前の場合、ナンパするよりも手っ取り早い方法があると思うんだが……わかったよ、一応協力はするがたいした事出来ないぞ?」
とりあえず親友の頼みでもあるしという事で二人は駅前に向かった。
「はじめに言っておくが相沢、俺はナンパなんて殆んどした事がないから間違ってても文句言うなよ?」
「ああ、わかった……それでどうすればいいんだ?」
「……とりあえず笑顔だな、険しい表情をしてたら女の子とか以前に人が寄り付かない」
「ふんふん……なるほど」
「あとは程度にもよるが言葉遣いとかも相手によって使い分けるといい……まぁそれぐらいだろ」
「よし、わかった! 早速やってみよう」
今二人は駅前に来ていて、これから早速ナンパしようかと思っていたところである重大な事に気付いた。
「しかしよく考えたら今日はクリスマスイブだからなぁ……カップルだらけだな」
「どうしたものか……」
「う〜ん、とりあえずカップルじゃない女の子を見かけたら手当たり次第に声をかけるしかないだろ」
そういう北川の提案により手当たり次第に女の子に声をかけていく二人。
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「全然ダメだぞ北川…」
「それ以前の問題として日が悪すぎる」
二人は二時間ほどナンパし続けたが一向に成功の兆しが見えない。
北川が今日は諦めた方がいいと言おうとした時、二人の女の子が目の前を通っていった。
北川は親友を連れ、ダメもとで二人に声をかけた。
「そこのお二人さん、ちょっといいかな?」
「……何?」
「あははー何でしょうか?」
女の子二人はどこかで聴いた事のある声だった。
「うぐぅ……祐一君はやっぱりボクの事女の子として見ていないのかなぁ……」
祐一達がナンパをしている同時刻、月宮あゆは自室に閉じこもりそんな事を考えていた。
「はぁ……」
もう本日数十回目の溜息をつく、何しろ今どこかで祐一がナンパしている最中なのだ。
それに加えて同室の沢渡真琴もどこかに行ってしまっている。二人ならこれ程には鬱になっていなかったであろう。
あゆは自分の机の上に置いてある人形を見た。いつも通りニコニコと微笑んでいる。
あゆは机の家の人形を手にとって愚痴り始めた。
「キミはいいね、悩みが無さそうで……ボクもいつも笑っていたいけど……無理かも知れないよ、もし祐一君に……」
そこまで言ってその言葉の続き…即ち祐一が彼女を作った時の光景を想像する。
祐一が誰か大人っぽい彼女を連れてきて、いかにも喜色満面……といった感じの顔の祐一。
その時、あゆは、自分はどういう表情をしているだろうか? と考える。
この人形の様に微笑みながら祝福するのだろうか?
それとも泣きながら反対するのだろうか?
きっと両方だとあゆは思った。
祐一の前では自分はきっと笑って祝福するだろうと思う。
一人の時は泣きながら反対するだろうと思う。
「ボク……ずっと笑っていたいよ……ずっと祐一君と一緒にいたいよ……祐一君といればずっと笑っていられるよ…祐一君…祐一君……ボク…うぐっ…えっぐ…」
あゆの声が嗚咽に変わっていこうとした時、人形が一瞬光った様な気がした。
「ねぇ君達、今ヒマかな? ヒマだったらちょっと俺たちと付き合って欲しいんだけど?」
「やだ〜もしかしてナンパ?」
「そんなわけ無いよ、女の子連れてるじゃない」
「そうよね〜」
また女の子が去って行ってしまう。やはり無理か……と祐一が考えていると北川がこそっと近づいてきて呟く。
「相沢……流石に女連れでナンパは無理があるぞ」
「しかし……このまま引き下がるわけにはいかないんだ」
祐一の視線の先には私服の舞と佐祐理がそれぞれ無表情と笑顔でいた。
北川が二人に声をかけた結果だった。
北川は話には二人の事を聞いていたが実際に見た事は数えるほどしかなかったので解らなかったのだ。
祐一が馬鹿正直に事情を話すと舞が…
「……ナンパはダメ」
と言って祐一を力ずくで止めようとし、対する祐一は…
「俺は母さんを見返してやるんだ! それに俺が何をしようが俺の勝手だろ?」
と主張し目立つ駅前で口論になった。
そこで仕方なく佐祐理が妥協案として舞と佐祐理を連れたままでもナンパに成功したら諦める……との案を出し、ヒートアップしていた二人は勢いで承諾、現在に至る。
佐祐理は妥協案だと言ったが祐一に勝ち目は無い事を見越しての事だった。
さすがに女連れでナンパは成功しないと踏んでの事である。
やはり祐一より舞の恋の方を応援する佐祐理であった。
少し陽が暮れてきて祐一もさすがに無理かと思い始めてきた頃、一人の女性が近づいてくる。
腰にまで届く亜麻色でストレートのロングヘアー
ベージュのロングコートを着ていて靴は雪国では珍しいハイヒール
整った顔立ちで唇には薄くリップが塗られている。
掛け値なしの美人であった。
祐一はこれで無理だったら諦めて帰ろうと思い、声をかける。
「えっと……そこのお姉さん、今ヒマかな? 暇だったら俺と少し付き合って欲しいんだけど…」
「うん、いいよ」
「そうですか、ダメならいいんです」
「いや、別に付き合っても構わないよ」
「そうですか……って、今何と?」
「だから付き合ってもいいって」
「え〜っと目は大丈夫ですか? 後ろの二人は見えてますか?」
「ま……じゃなかった、女の子が二人見えるけど…」
「それでも俺に付き合ってくれると?」
「だから最初から言ってるよ!」
後ろの二人は目を丸くして女性を見た。
祐一はそんな二人を勝ち誇った顔で見ていた。
「それで何処に付き合えばいいのかな?」
「え、えぇ〜っと……月並みですが喫茶店でも……」
「うん、わかったよ」
と言って女性は祐一の腕に抱きつく。
「さっ、早く行こっ」
「え、ええ…」
祐一はあまりに人懐っこすぎる女性に困惑しながらも歩き出した。
そんな二人を残された三人は呆然と見送った。
その女性は不思議な女性だった。
大人の身体と雰囲気を持ちながらも心と印象はまるで穢れを知らない子供のようだった。
大人と子供の両方の特徴を併せ持つ不思議な女性だった。
いきなりドキッ…とさせられる事もあれば、和やかな雰囲気にさせられる事もあった。
「さっきからボーっとしてるけど料理は頼まないの?」
「あ、あぁ、いえ、今日は夜からパーティがありますから飲み物だけで…」
祐一も半分忘れかけていたが今日は家でクリスマスパーティーがあった。
そういえば何時に始まるんだろうと思い、時計を見たら六時半をまわっていた。
「そうだったね、じゃあボクもそうするよ」
「え? 今日ウチでパーティがある事話しましたっけ?」
「え!? え〜っとボクの家でもパーティーがあるんだよ」
女性は少しあせりながらそう答えた。
祐一は二人分の飲み物を注文してからふとまだ女性の名前を聞いていないことに気が付いた。
「そう言えばまだ名前を聞いてませんでしたっけ…俺の名前は相沢祐一って言います」
「え、えっとボクは…………そう! 雪宮あむ、って言うんだよ」
祐一は何だかうそ臭い気がしたが構わずに会話する。
成り行きでナンパを始めた祐一だったがもう彼女が出来ようが出来まいが関係なかった。
ただ舞と佐祐理に一泡吹かすために続けていたと言っても過言じゃない。
むしろ今は先ほど思い出したクリスマスパーティーに間に合うかどうかが気がかりだった。
「…祐一君、ボクの話聞いてる?」
「…すみません」
「何か今の祐一君は心ここに在らずって感じだね…そんなにパーティが気になるのかな?」
「…少し」
「ウソばっかり、凄く気になってるくせに……」
そう言ってふくれっ面になるがすぐに優しい顔に戻って言う。
「ふふ…ボクの事はいいから行ってあげて、ボクは気にしないから」
「…すみません」
祐一がそう言って飲み物の代金を置いて出て行こうとしたときに彼女から声がかかる。
「最後に一つだけ聞いていいかな?」
「何です?」
「ボクの事どう思った?」
祐一は少し考えたあと
「魅力的な女性だと思いました」
と言って喫茶店から駆けて行った。
祐一が帰るのとほぼ同時にクリスマスパーティは始まった。
祐一が帰ってきて少し経ってからあゆが帰ってきた。
祐一が何処に行っていたかあゆに尋ねるとあゆは一言だけ
「ちょっと想いの確認をしに行ってきただけだよ」
と答えた。
何故かあゆは始終ごきげんだった。