注…生粋の美汐ファン、秋子ファン、佐祐理ファンは見ない方が吉でする
「あ、お母さん…私、24日、香里の家に泊まりにいくから」
「了承」
いつもの面子のいつもの光景…
何処にでも有る一家団欒のその場で、ふと思い出したように言葉を紡ぐ少女…それだけを言い終え、許可を取り付けると再び食事に戻る…
それは、家族という姿…食卓に座す四人は、時に声高に言葉を重ね合い。時に静かに時の移ろいに身を委ねる
何処にでも在るだろう、幸せな団欒の姿…が、構成としては少々おかしな点がないわけでもない
先程、友人の家に泊まりにいくと呟いた少女…名は名雪。その隣にはその母である秋子、この家の家主だが
…名雪を育み、その名雪も既に十代の半ばを過ぎているのだが、とてもそうは見えない外見を持つ…顔立ちは似通っているため、血縁を疑うことはないが。それでも初見ならば親子ではなく姉妹と捉えることが自然だろう
少し前までは、この家では彼女達だけが家族だった…秋子と名雪、母と娘。2人だけの家族…けれど、食卓に座すのは四人
彼女達にはお互い以外にも、家族と呼ぶべき存在が居り
「何だ……クリスマスに集まるのか?」
口に物を詰め込みながら呟いたのは、かなり整った容姿をした青年…いや、未だ少年の域を脱しきれては居ないが。それでも日増しに男になっていく過程の少年だ
秋子の姉の息子…秋子からすれば甥、名雪にとっては従兄にあたる少年で。現在家庭の事情でこの家に居候中である
「あうー祐一、私のおかず取るなぁ」
そして、最後の1人…名雪と同い年くらいの少女
彼女も祐一同様居候だが…名雪達とは全く血縁はない。いろいろと変わった経歴を持つ少女で。名は真琴、彼女もいつの間にか家族に加えられていた
過ごした時が少なかろうと。血の繋がりがなかろうと…祐一も真琴もこの家の家族で
…秋子がにこにこと、祐一と真琴のじゃれ合いを見ている…兄妹喧嘩のようなその光景…母が子を見守るような暖かな視線…にっこりと、優しい微笑みで祐一を見る
ただ一瞬…その眼が奇妙な輝きに染まり
「そろそろ食べ頃ですねぇ…」
呟き、上品におかずを口へと運ぶ…
変わらぬ団欒の風景、名雪と秋子は既に話は終わった物と食事を再開するが…端で聞いてた祐一は少し気になったので聞いてみた
「で、クリスマスは香里の家か?」
「うん、女の子達だけで集まってパーティー。栞ちゃんが企画したんだって」
それだけでだいたいの構図は想像ついた…頭脳明晰、成績優秀、スポーツ万能…自他共に認める二年の天才少女の香里だが。唯一の欠点は…極度のシスコン
彼女の妹、栞はつい最近まで重い病に冒されていた…が、祐一がこちらへ転校してきてから数日。あっと言う間に奇跡の復活を遂げたらしい
その日からと言うもの、香里のシスコンぶりは華開いた。今まで構ってやれなかった分を取り戻すかのように親バカならぬ姉バカを遺憾なく発揮。栞の言うことならどんなことでも頷くYESウーマンと化した
今回も、栞のふとした思いつきを全力でやり遂げるつもりなのだろう…まぁ、泊まり込みでパーティーなんて、確かに男は参加できないだろうが
「そうすると…クリスマスはこいつとか…」
女友達…それも上玉…は多いが。特別親しい異性が居るわけでもない祐一…イベント好きのこの家なら、クリスマスにも何かしら有るだろうと思っていたため、この家で過ごそうと決めていたのだが
…真琴が絡むと色々とトラブルも巻き起こる、今度はどんなことをしでかすのか。少し眉を蹙め…
「あ、私もクリスマス。居ないから」
真琴は事も無げに言い放った…眼で理由を促す祐一に。真琴は胸を張ると
「保育所で子供達を集めてパーティーするのよ、それの手伝いを頼まれてるの」
…保育所で子供達の面倒を見るというアルバイトをしている真琴だ。もし何らかのイベントがあるのなら、行くだろうとは思っていたが…
聞いてみると、どうやらパーティーはかなり遅くまで続けられるらしい
みんなでツリーに靴下をかけて。そのまま保育所に泊まっていく子供もいるようで…ともすれば真琴も泊まり込みだろう
「……なんだ、クリスマスに予定がないのは俺だけか」
それはそれで寂しい物がある…まぁ…名雪も真琴も。片や女の子達だけの集まり。片や子供相手…年頃の女の子としては少し寂しい物があるのだが
…何でもない、たわいもない会話…けれど…その瞬間、猛禽のような眼で祐一を見つめた者が居たことに…生憎と、他の3人は気付かなかった
(………2人とも泊まり込み…も、もしかしてそれは…)
にこにこと、誰をも暖かくさせるような微笑みを浮かべる秋子…その人である
「祐一も、友達と集まったら?」
「北川や斉藤とか?…お前…何が楽しくてクリスマスに男ばかりで集まらないといけないんだ…」
女の子の集まりなら華やかで、有りと言えるだろうが…聖夜に男連中集まっても、せいぜい飲み明かすのが関の山である
…が、まぁ…特別クリスマスというイベントに思い入れのない祐一は、別にそれでも良いかと肩を竦めようと…
「じゃぁ、クリスマスは祐一さんと私だけなんですね…」
にっこりと…秋子が呟く…いつもと同じ、優しい微笑み…けれど…もしここに霊能力者がいれば気付いたろう。秋子の背後で蟠る不気味なまでのオーラを…そう、禍々しくも力強いオーラが秋子の背で阿修羅を形作っている
…が、祐一がそんなものに気付くわけもなく
「んっ?…」
唯一、真琴が突然、寒気を覚えて身震いする…野性の本能が恐怖を敏感に感じ取ったのか。秋子の方から伝わるナニカに危険を察知し…とりあえず口を閉じる…本能が不干渉を選択したらしい。真琴らしからぬ懸命な選択と言えよう
そして、オーラを放つ秋子は薄く眼を開いて祐一を上から下まで観察する
(あぁ…少年と青年の間で揺れ動く思春期真っ盛りの美少年…良いですねぇ…名雪や真琴。ましてや私と1つ屋根の下で暮らしながら不埒な行為に及ばないストイックさと、にも関わらず周囲の女性には優しく、惹きつける…昔のあの人のよう)
ほぅと…亡くした夫に想いを馳せる秋子…
夫と似ているとは言わない…けれど…夫とは異なった理由で好意を感じているのは事実
それは、親類の愛情の延長かも知れないが…
(LOVEであってもLIKEであっても無問題。要は食べたくなったという事実だけが重要なんです…あぁ…あなた…許してね…秋子はそろそろ限界です)
にこにこと、自分の甥に不埒な想像する秋子…ちなみに…いちまるはちきんで描写できないような想像とだけ言っておこう…
(聖夜に名雪と真琴が居なくて祐一さんと2人きり…これを運命と言わずして何というの…………………祐一さんは間違いなく美男子になるし。性格的には一途で真摯…浮気の心配もなく。将来性もある…良いわ…凄く良いわ…)
聖夜に自分好みの美少年と2人きり…未亡人に火が点いた。今まで鬱屈させていた分のストレスまで燃焼しているのか、秋子の胸中で燃え上がる炎はがくがくと真琴を怯えさせるほどで
「あぁ…そうですね、秋子さんが居ましたね…」
(くぅっ…つまり、私は祐一さんに女として認識されてないと言うことですか?…くっ、そんなことは…)
「名雪や真琴、香里ちゃん達みたいに可愛くなくてご不満でしょうけど」
真琴は怯えてるし、名雪は船を漕ぎ始めている…祐一1人に的を絞った秋子は、くすりと蠱惑的に微笑んでやる
…かつての夫を、例えどれほど疲れていようとも確実に、その気にさせた秋子の必殺技の1つである……旦那の早死にの原因はそれがあったのかも知れないが……
「い、いや…そんなことは…」
どぎまぎと顔を真っ赤にさせる祐一…よっしゃーと胸中でガッツポーズを取る秋子
自分の魅力が損なわれていないと言う自信はある。着飾ればモデルとしてでも働けるだけのルックスと子供を産んでも衰えの見えないメリハリのある体つき
……普段は母親という殻に隠しているが、解き放てば思春期の少年などいちころで悩殺させるだけの物を持っているのだ
そして、見事それに当てられた祐一は真っ赤なままで食事を続け
「男の人と2人きりでクリスマス…ふふふ、何年ぶりでしょうねぇ」
だめ押しをかけてやる……眼に見えて狼狽する祐一に満足すると。秋子も食事を再開し…突っ伏して眠る名雪とがくがくと怯える真琴…そこに既に。家族の情景は皆無と言えた…
「うぅぅ…」
眠い目を擦りながら歩く祐一…昨晩、妙に緊張してしまって眠れなかったのだ
「…ったく、何を意識してるんだよ」
(確かに秋子さんは美人だ。スタイルも良い、気だても良い…けど、名雪の母親で俺の叔母さんだろうが…)
まぁ…おばさんという言葉がまったく似合わない人ではあるのだが
間違いなくお姉さん。と言うか年上のお姉さん…美人…スタイル抜群…性格温厚…
…秋子の必殺技の影響を未だ引きずっているようである。とぼとぼと道を行く祐一は…深い溜息を吐く
…今の状況は登校中…遅刻確定の、ではあるが…
結局、寝付けなかった祐一はいつもより寝るのが遅れ…しかも、部屋に入ってきた秋子さんに起こされたせいで妙に意識してしまい
…火照る顔を引きずって家を出た後、走り出した名雪に着いていくだけの気力は既に無かった
名雪の背中はとうに遠く彼方、こんな時間にとぼとぼ歩いている自分は一時限目の半ばに学校に着けるだろう
「はぁ…とりあえず…学校行ったら寝よう」
明日は終業式…つまりは、今日は最後の授業…どうせ、大した内容ではないだろう
熟睡できることを祈りながら、祐一は学校に身を投じた…そこで、さらなる苦行が待つことを知る由もなく
結局、祐一は3時間ぐっすりと熟睡し。多少ながら体調を回復するに至った
そして、待ちに待った昼食…祐一はいつものように、階段を上ると踊り場に足を踏み出し
「いらっしゃい、祐一さん」
見慣れた顔が微笑んでいる…踊り場に座し。重箱を持つ少女の姿
一学年上の先輩で、現在祐一の昼食をほぼ完全に賄ってくれている先輩…倉田佐祐理…
3年では学年トップの成績を誇る才女で、名門、倉田家の一人娘…容姿端麗、清楚可憐…非の打ち所のない美少女で、その上全てを包み込むような優しい性格をしている…ちょっと抜けているところもご愛敬だろう
…もし、欠点を探すとするならば。あまりに狭い交友関係だろうか
佐祐理に近付いてくる者は多いのだが、佐祐理は親友である舞と。同じく祐一くらいしか友達らしい友達が居ない
それでも、それを苦にはしていない…彼女にとっては、舞と祐一が一番大切なのだから…そう…舞と、祐一が…
(ごねんなさい、舞…女の友情は愛の前には霞んでしまうの)
…どうやら、彼女も壊れてるらしい
「あれ?…舞は?」
「あははー、舞は遠縁の親族で不幸があったらしくて。お母さんとそちらに向かわれたんですよー」
器用に、心配する様子を見せながら微笑むという芸当をやってのけた佐祐理は。いつもなら舞が要る辺りに視線を彷徨わせると…
…昨晩の秋子と同種の、けれど凄みを持つオオアリクイを背に背負い
(まぁ…大したことはないんですけどね…もっとも、しばらくは帰ってこられないでしょうが…ごめんね、舞…でも…今という時期を逃してしまうと長い休みに入ってしまうの…このクリスマスでけりを付けちゃいます…見ててね、一弥…)
天国にいるだろう最愛の弟にぐっと願をかける佐祐理…草葉の陰で泣いてるんじゃないだろうか
…胸中でどろどろとしたものを蠢かせる佐祐理、その前で、祐一は共感したように哀しそうな顔をして
「あ、大丈夫ですよ。既に持ち直したと電話で聞きましたので…ただ、飛行機のチケットが取れなくて。しばらくは向こうにいるそうです」
(チケットは既に買い占め済みです…普段は面倒な倉田家の力。こう言うときには役に立ちますねー)
…全席確保なんて言う無茶のせいで、年末の大事な時期のダイヤルにかなりの支障が出るだろうが。愛情と言う名の欲望の前には、そのような些細なことは心の中のゴミ箱に丸めてぽいだ
「そうなんだ、それは良かった」
よっと、佐祐理の隣に座り込む祐一。その姿を眼で追いながら弁当を拡げる佐祐理は…ぐっと、息を整え
「えぇ…ただ…クリスマスには、間に合わないみたいで…今日、一緒にお祝いしようと誘うつもりだったのですが」
(えぇ、昨日までは予定が合わないと言っておきましたが…ね)
「あぁ…そうなんだ…」
呟く
「………………」
しょぼぉんと、肩を落とす…普段の明るさがかき消えたかのような。哀しそうな横顔で…
(ほら、祐一さん…佐祐理に声をかけてください。哀しそうでしょう?泣きそうでしょう?理由を聞いてください)
「ええと…元気出そうよ…ほら、遊ぶ機会なんていくらでもあるし」
「…今までのクリスマスは、いつもお父様に連れられてパーティーの方に出ていたのです…でも、佐祐理は一度で良いから…友達だけで、クリスマスを祝いたかったんです…高校生活最後のクリスマスに、ようやくお父様を説得できたのですが…」
(まったく…なかなか手こずりましたが、誠心誠意心を込めてお願いすれば分かってくれるものです…えぇ…お父様が隠している脱税や裏取引の話題を出した途端、快く承諾してくれました…何故か、その後。一弥の位牌に縋るように肩を震わせていたような気も…あははー、気のせいですね)
今にも泣き出しそうな顔をする佐祐理…その腹の中で何を考えているかはともかく。祐一はその姿に自分の身が締め付けられるようで…
「あ、ならさ…クラスの誰かを誘って」
「佐祐理は、お友達が少ないですから…舞と、祐一さんくらいしか…」
(ほら、分かるでしょう?泣きそうな上級生。それが肩を落として震えてる…ぐっと来るでしょう!?さぁ、祐一さん、私を抱き寄せて慰めてください。そして…)
ふっと、祐一の脳裏に光明が浮かぶ…そう、舞は居ないが…友人なら、ここにもう1人居るじゃないか
「じゃぁさ、俺じゃ駄目かな」
「え?…」
(それです!祐一さん…その言葉を待っていましたよ!抱擁がないのが残念と言えば残念ですが…まぁ、そこまでされたら鼻血出ちゃいそうですし…あぁぁ、興奮してきました!)
罠にかかった獲物を見つけた猟師の眼で…ただし、それは分厚い笑顔の仮面で隠しながら…佐祐理が祐一を見上げる
そう、隣り合って座りながら。縋るように身を乗り出し間近から見上げるという凶悪コンボだ。手を伸ばせば触れられる距離で震える佐祐理の瞳がじっと祐一の目を射抜き
「あ、ああっと…ええと…と、言っても。大したことが出来る訳じゃないけど」
「良いんです、祐一さんとなら。ツリーを飾ってケーキを食べて、それだけでも…」
(そして夜は…あぁ、いやんいやんいやん…)
本心をひた隠しにしながら喜びを全身で表現する佐祐理。けれど…祐一の次の言葉は、一気に佐祐理の頭を熱し…そして、冷やした
「名雪と真琴が外でクリスマスパーティーをするらしいから、俺の家…と言っても、親戚の家だけど…がさ、空いてるんだ」
(家に…1つ屋根の下…あぁ、祐一さんなんて欲望に忠実な。分かりました。佐祐理…あなたに全てを捧げ)
「ちょうど、秋子さんと2人でクリスマスを祝おうって言う話になってたからさ…秋子さんと俺と3人で」
ぴしりっと、佐祐理の仮面にひびが入る…笑顔は、辛うじて口元が引きつるだけにすませたが…心中は穏やかとはとても言えず
(…それは…あれですね…確か……お世話になっている…家主さんでしたねぇ…未亡人の…)
祐一との世間話で漏れ聞いた話題…そう。名雪の母で家事万能。佐祐理に匹敵する料理の腕を持つという女
(…………上手く取り込めるなら良しとしますが…くっ、嫌な予感がしますねぇ…)
…それは色々な意味で、当たっている
その後、昼食は恙なく終了し…祐一達は自分達の教室へ戻ることにした。佐祐理は空の重箱を抱え…2人並んで、階段を下り…
「相沢さん」
…祐一に声がかけられる
見れば、見覚え有る顔立ち…一学年下の天野美汐だ…真琴の親友で祐一の友人。栞の親友でもある
その美汐は、声をかけた祐一ではなく、ちらっと佐祐理の方に眼を向け…
((何ですか?…この女))
同時にまったく同じ心の声を漏らす…そう。自分が狙ってる男の隣に土足で踏み入る泥棒猫に。佐祐理は笑顔の仮面で…美汐は無表情の仮面で本心を隠しながら、探るように視線を走らせ
…美汐のオーラはどうやら、化け狐のようだ…九本の尾を持った凶悪そうな狐が、しぎゃぁぁぁぁっと佐祐理のオオアリクイと睨み合い
…というか、美汐まで壊れてやがったか…
「あぁ…この子は天野美汐…友人の一年だ、でこの人は倉田佐由理さん…3年生で俺の友達」
(ふっ…)
ほんの微かに優越感に浸る佐祐理…乙女の勘か、それを察したらしい美汐は僅かに視線を強くしながら
(…倉田さんは名前で、私は名字ですか…)
恨めしそうに睨むが…伝わっていない。祐一の鈍さを知っている美汐はそれを諦め…作戦を実行に移すことにした
(真琴は昨晩予定を言ったはず…美坂さんも上手くやってくれたようだし…)
「あの…真琴なんですが、クリスマスの予定の事は聞いてますか?」
分かりきったことを敢えて問う。真琴が遅くまで、或いは泊まりがけで保育所のイベントに出ることは情報収集済みだ
その上で、友人の栞に名雪を家から引き離すよう細工もしてもらった
…後は、祐一の思考パターンを逆算すれば…
「真琴なら、保育所のイベントでパーティーに出るはずだぞ」
「やっぱりそうですか…聞きはしたんですが、要領をえないものでしたので…では、やっぱりクリスマスは遊べませんね」
残念そうに呟く…
(さぁ、分かってますね祐一さん…年下の女の子が寂しそうにしてるんですよ、押せば手折れそうな雰囲気ですよ?…ここで手を出さないのは人として不出来でしょう?)
「真琴に着いてけばどうだ?」
「残念ですが、子供の相手は苦手で…あの元気にはついていけないんですよ」
「あいかわらずおばさん臭いな、天野は」
「物腰が上品だと言ってください」
(こ、この人は…私がこんなに誘いやすくしてるのに…それにしても…倉田さん…さっきから、眼が笑ってませんね………まぁいいです…さて、正念場ですよ…)
「…仕方有りません。相沢さん…24日はご在宅ですか?」
ぴくりと引きつる佐祐理の頬…それに、祐一は怪訝そうにするだけで…
「ええと…悪い、ちょっと用事が」
ほっとする佐祐理…が
「真琴の部屋に上がらせて貰いたいのですが…どうもあの子、サンタを信じてるみたいですから…その…」
プレゼントを忍ばせたいのだと。暗に伝える美汐…これで。堂々と祐一の家に上がり込む理由をGET
後は、その時間を出来るだけ遅くすれば、祐一も夜中に女の子を1人帰すような不出来な真似をしないだろう
…そうすれば、後は…
(…………相沢さん…優しくしてくださいね…)
心の中でぐっと拳を握る美汐…事実、予定通り。祐一は容易くそれを許可し
「あぁ…クリスマスイブは佐由理さんと秋子さんと俺とで簡単なパーティーをするつもりなんだ…良かったら天野も来るか?」
ピキッと、佐祐理と天野の間で空気が凍る
…なるほど、祐一の予定とはそれだったのだろう
…しかし、これは棚からぼた餅…まさか、パーティーにはで出られるとは…そして、思わぬ処に落とし穴
……こんな………じろっと、美汐は胸元から腰、尻まで視線を走らせ………強力そうなライバルが居たとは…
(くぅっ、さすがに歳を食ってるだけあって肉付きだけはそれなりですね…ですが、肉がついてるだけのあーぱーそうな人に負けてなるものですか)
(天野さん…体つきでは私の完勝と言えるでしょうが…祐一さんに特殊な趣味があるとちょっと困りますねぇ……ですが、こんな小娘に負ける佐祐理ではありませんね)
「私も参加させていただいてもよろしいですか?……お邪魔なようなら遠慮させていただきますが」
「あははー人数は多い方が楽しいですよー」
笑い合う2人…が…バックでは九尾狐とオオアリクイと、さらにそのバックで龍と虎が雷鳴を轟かせながら睨み合っていた
何やらおどろおどろしいBGMも流れてきそうだ…
「では…当日はよろしくお願いします」
すっと、手を差し出す美汐…その小さな手を、佐祐理の掌が包み込み
「こちらこそ………」
ギシィッッと、強く…強く…これでもかというくらいに握力を絞り出す。オオアリクイがその舌を狐の首へと叩き落とし、虎が龍の喉笛に食らい付く
相手の手よ潰れよと。己の限界まで力を込め…
「良かったですね佐由理さん、友達が増えそうですよ」
(あははーそれは強敵と書いて『とも』と読む次元のお話ですかー?)
けっして、微塵も笑顔を揺らがすことなく力を込める佐祐理
「はい、よろしくお願いします…天野さん」
「はい…こちらこそ」
…結局…熱い熱い握手は、予鈴が鳴るまで続けられた…
…そして放課後…
帰宅しようとしていた祐一の席に北川が満面の笑みで近付いてきた…満面の笑みだ…恐いぐらいである…いや、それどころか斉藤や佐藤と言った悪友連中が集まって来るじゃないか
そして、第一声
「友よ!クリスマスは俺達と一緒に飲み明かそうぜ!」
…狂った声をかけてくれる
何が楽しくてクリスマスに男連中と屯って飲み明かさないといけないのか
そもそも既に祐一には予定がある…それも、秋子。佐祐理。美汐という美女、美少女軍団とのパーティーというこの世の天国のようなイベントが…
(ま…待てよ…この面子…)
ふと、考えてみる…全員自分の親しい人間だ、親友と呼んでも過言ではない
けれど、この3人…全員祐一の親しい人間ではあるが。それぞれの間での交流はない…つまりは。全員に共通している話題は祐一のみ…
しかも、仮に他の話題だとしても。3人の言いそうなほとんどの話題に祐一は割って入ることが出来る、それくらい3人のことを知っている
他の2人が知らない以上、どんな話題も最初から入らないといけないが…自分が知っているというアドバンテージは揺らがない
結論…クリスマス、四人の会話は間違いなく…常に自分を中心に行われる…
それぞれ趣の違う絶世の美女、美少女達に囲まれてのパーティー…
(秋子さんも佐由理さんも人当たりは良いし、天野も人見知りはするが人付き合いは心得てる…悪い雰囲気になる要素は欠片としてない…)
…悪い要素である張本人はそう確信する
そう…天国だ…故に…そんな、気が狂ったようなイベントに参加する気にはならない
「悪いな、北川…俺は」
「何ぃ…貴様ぁ…まさか…俺達を裏切るつもりかぁぁぁ」
地獄の底から響き渡るようなおどろおどろしい声。同じように数人の男子生徒も北川に続く……前に述べた3人には遠く及ばないが、それでもオーラは鬼に似たものを創り上げている
そして、見れば…教室の床には数人の男子生徒の骸
「…えぇと…あれは…」
「聖夜に婦女子とうつつを抜かそうなどという惰弱者よ!」
…つまりは…同様に誘いを断り。その理由がデートかなにかだった者達と言うことだろう…そして、北川達の鉄拳制裁を喰らったと言うことか
(…佐由理さん達のことを知られたら殺されるな)
他の2人は知らないが、北川は…先日。香里にクリスマスの予定を聞いていた…彼の脳裏には、香里とのデートという淡い希望があったのだろうが…
…栞という伏兵の登場によりその夢は打ち砕かれたことだろう…そして、クリスマスムード一色の教室にキれたと…
「貴様…水瀬さんと同居などと言う恵まれた環境にありながら…いや、まさか水瀬さんや真琴ちゃん達とかぁぁっ」
…何で真琴のことを知っているんだろうか…まぁ、ともかく
「名雪は香里とパーティーで、真琴は保育所のパーティーだ」
「…水瀬さん…本当か?」
寝惚け眼の名雪に問う北川…それに、首肯が返され
「なら、誰と聖夜を過ごすと言うんだぁぁぁぁ」
地獄の底から響き渡るような声で、触角を鬼の角のようにいからせながら叫ぶ北川
返答次第では私刑も辞さないと言う様子で…
「うちのお母さんと留守番するって言ってたよ」
名雪の言葉に、僅かに北川の怒気が緩む…『水瀬さんのお母さん=おばさん』と言う方程式が一瞬にして組み上がる
実際、最低でも三十路後半……まぁ、定説では彼女のみは28歳らしいが…世間一般でのクラスメイトの母親を思い浮かべ…
「そ、そう…名雪も真琴も家にいないのに、1人家に取り残すわけにはいかないだろう」
ナイスだ名雪、と目配せするが…既に寝かけの名雪…偶然が産んだファインプレーだったろう
…家族とのクリスマスと、怒気を緩めた北川は…次の獲物を求めてか、眼を走らせ…
「…相沢君、いくら秋子さんが綺麗でも。身内だって事忘れちゃ駄目よ」
…香里が飛んでもない爆弾発言を述べてくれる
(確かに…確かに俺は朝から浮かれていた…その気配を察していて。忠告したのかも知れないが…よりによってココで言うかぁぁ)
「…綺麗?」
ぐりんと、北川達の首が180度捻られる…
祐一に背を向けながら、首から上だけが祐一を睨んでいるという。エクソシストも真っ青な姿だ…
そして…
「見たこと有るでしょう?…授業参観で来てたじゃない、名雪のお母さん……誰かのお姉さんだろうって間違えてたみたいだけど」
(おぉ…神よ…)
…ちなみにその際、彼等は誰の身内か確かめようとクラスの者全員に『お前のお姉さんか?』と言う質問の縦断爆撃を行っていた…が…香里は違うと良い。寝惚け眼の名雪も『ううん、違うよぉー』と答えていた…ちなみに、その後に続くはずだった『お母さんだよー』は聞かれる間もなく次の生徒に質問は流れていったため…
当時のクラスメイト達…主に男子…の間での呼称は『何故の美人お姉さん』でまかり通っている……
そして、ともすれば学園七不思議に加えられかねない勢いだったこの情報は。今日晴れて…とうとう真実が日の目を拝み
「…間違い…無いのか?」
「…じゃないの?…私も初めて名雪の家に遊びに行ったときにはお姉さんに間違えたし…栞が初めて会ったとき…つい、数ヶ月前だけど…何歳くらいに見える?って聞いたら二十代前半って答えたし」
(香里よ…お前…俺に何か恨みでもあるのか?…なぁ…)
…本当は栞と2人きりで過ごすはずだったクリスマスが、美汐の計略によって名雪も混じることになってしまったのは…少々憎悪に値するだろう…シスコン姉にとっては
ぎらぎらと憎悪に沸き立つ北川達の視線…けれど……まだ…序の口だった
「失礼します…」
コンッコンッと、控え目なノックの後で開かれる扉…そこには、小柄な美少女が立ち…下級生の色の制服を纏って視線を辺りに走らせる
…美汐、である…
「…教室に入らせて貰ってもよろしいでしょうか」
とりあえず、近くにいた生徒に伺いを立てる…生徒は、特に気にした様子もなく…佑一達の騒ぎの方が気になる…首肯し
てくてくてくと、美汐は迷いもせずに…祐一の前まで歩み寄った…
「相沢さん、24日ですが、何時頃にお伺いすればよろしいでしょうか」
「くはぁっっっ」
喀血する祐一…周りの視線は痛いほど突き刺さってくる
『あの子…一年の…』
『ほら…学年トップの…』
『相沢の知り合い?』
辺りから、ぼそぼそと囁き声が聞こえてくる…もう、死にたい(死に体)である祐一には…どうでも良いことだが…
…不幸とは、重なるもので
コンッコン…再び教室を叩くノック…開かれた扉の先では…祐一が、最も見たくなかった少女が、あははーと微笑み
「祐一さん、24日のことでお話が…あ、天野さんも来てたんですねー」
((くぅっ、この女…行動が早いですね))
まったく同じ思惑を募らせながら睨み合う2人の美少女…
『倉田先輩!?…あの!?』
『3年トップの…』
『何で…水瀬さんや美坂さんでは飽きたらず、あんな子やあんな人にまで』
「…なかなか、豪華な面子で集まるのね」
二年のトップである香里が呟く…これで、一教室に噂に名高い学園3才女…全員美少女で、成績は常にトップ…各学年、男子の憧れの的である美少女が揃ったわけだ…それも…1人の少年の前で…加えて…謎のお姉さんに関する話題も…
周囲の視線、興味、疑惑、憎悪の最前線に立たされた祐一は、間近で血涙を流しながら硬直する北川を前にがたがたと震え…
「…あの…すいません…お邪魔でしたか?」
美汐の声に何とか正気に戻る……辛うじて、自律意識を復活させ…
「あははーお友達の皆さんとのお話を邪魔してしまいましたか?」
ふっと、佐祐理と美汐が視線を合わせる…
(どうやら、厄介な状況になってしまったようですね)
(あははー私が何とかしましょうか?)
(…どうせ…無理を言うんでしょう?)
(今日の下校、祐一さんと2人にしてくれるだけで良いですよー)
(………では、当日にコレに関する条件は無しで良いですね?)
(佐祐理はそこまで矮小な人間ではありませんよ…獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言いますけど…仔兎にまで…ねぇ…)
(…脂肪の量で魅力が増すとは、必ずしも言えないと思いますが?今後垂れることを考えれば…その歳で脂肪の付きすぎは問題でしょう…あなたは今、束の間の奇跡の中に居るんですよ)
(無い者のひがみですねぇ…)
…ココまでコンマ五秒。アイコンタクトで何処まで意思疎通が可能かという限界に足を踏み入れた2人は。数秒見つめ合うと視線を離し…
「そうだ、24日。祐一さんとパーティーをするんですけど。皆さんも如何ですか?」
…風が吹いた…
全ての暗雲を吹き飛ばす神風が
そう、元寇の際に吹き荒れた神風と同様に戦いの趨勢を一瞬で決する神風が
美汐が睨んでくるが…
(……事故というのは、何時でも起こりうるものですよ…クリスマスイブに車に轢かれる方々には。可愛そうと言うしかないですが…)
結局、北川達三人は佐祐理の申し出に涙しながら頷き…他にも参加したいと思っている者は多いようだったが、全て北川に追い払われた
…祐一は佐祐理と共に、帰宅の途につくのだった…
(うふっ…うふっ……うふふふふふふふふふ)
そして、来た24日の聖なるその日。朝食を食べた名雪と真琴は既に家を出た
残るのは、食後のお茶を手にゆったりと落ち着いた様子の祐一と…まるまる太った獲物が自分の縄張りで微睡むその姿に飢えた狼の目を向ける秋子だけである
(あぁ…今日はまずどうしましょうか…お買い物に付き合って貰って、下着売り場なんて逝っちゃいましょうか…そこで、どうですか?なんて試着室を覗いて貰ったり…そこで買ったものを今晩なんて…あぁ、青春時代が蘇ります)
…どんな青春時代を送っていたのかはさておき。妄想に心中で身悶える秋子…が…
運命の刻は来た
「あぁ、秋子さん…今日ですけど。友達が何人か来ますので。賑やかな方が良いと思いまして」
雷が落ちた…
いや、勿論秋子の心象風景の中でだが…
ゴロゴロゴロと、響き渡る雷鳴と共に崩れていく秋子の計画…それでも、にこにことした笑みを崩さないのはさすがと言うところだろう
…再び、口元を多少引きつらせてはいるが
「まぁ…どなた?」
「男友達が3人と…佐祐理さんと、天野って言う名前の女の子です」
(女の子…ですって…)
男のことなどどうでも良い…問題は、クリスマスに祐一が女を招き入れるという事実
…自分の獲物に余計なちょっかいをかけられないかと言う心配だ
…が…
「そうですか…きっと楽しくなるでしょうねぇ…」
そう言うしかなかった…部屋に戻る祐一の背を見ながら…
「……さて…いろいろと用意しませんと…ね」
秋子は微笑んだ
…時計の針が、五時に近付いてきた……
(そろそろ約束した時間だな…)
部屋で漫画本を読んでいた祐一は身を起こす
佐祐理も美汐も時間には正確だし。北川達の熱意を思い出せば。まさか遅れては来まい
そして…それは、早々にも現実のものとなった
ピンポーン
鳴らされる水瀬家のインターホン……時計の長針はきっかり十二を指している
「……5時過ぎの約束なのにきっかりか…北川のやつか?」
堅苦しくない方がいいだろうと、五時を回ったらめいめい六時くらいまでに集合という約束にしていたのに、きっかり
…玄関の近くで五時になるのを心待ちにしている北川の様子を想像し…あまりに容易く想像できてしまったために、少々陰鬱になる
興奮し、神に自らの幸運を感謝していた悪友達…待ち合わせの時間は特に指定していなかったので、最低限失礼にならない時間帯を見計らって来たのだろうが
祐一は、台所で調理している様子の秋子に一声かけた後…玄関を開き
「あははー、おはようございます、祐一さん」
…赤と白を基調としたドレスを身に纏った佐祐理がそこで笑っていた…想像とは全く違う人物の、艶やかな姿に思わず祐一は言葉に詰まり…
「我慢しきれなくなって早めに来てしまいました」
子供らしい、佐祐理の言葉に頬を緩める…よっぽど楽しみだったのだろうと。佐祐理を招き入れ…
「あら、可愛らしいお客さんですね。祐一さん」
にっっこりっと、秋子が微笑みを浮かべ。玄関に足を踏み入れた佐祐理と対面した
にこにこと、頬に手を当てて微笑む秋子…そして、ドレスを纏って微笑む佐祐理…どちらもよく似た種類の微笑みだ…
そう、周りを暖かくさせるという意味でも…
…仮面という意味でも…
((勝った))
2人が同時に心中で感想を漏らす
(なるほど…この子が祐一さんを拐かす毒婦ですか…友人の家に招かれてドレスというのは、自らのキャラを立たせ、煌びやかに見せ…なかなかですが。年上、プロポーション抜群、天然系と…私に被る点が多いですから、未亡人、背徳感という属性効果のある私の有利…まして、私だと…親子丼の可能性なんて言うモノも付いてきますから…)
(なるほど…確かにお綺麗な方ですね、子持ちで三十路過ぎというのはブラフですかー?ですけど…あははー、若さがないですからねぇ。年上のお姉さんでありながら、限りなく祐一さんと同年代の私にはかないませんよー)
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴと、秋子の背後に阿修羅像が…佐祐理の背後にオオアリクイの姿が浮かび上がる
互いに睨み合うそれらはばちばちと火花を散らしながら一触即発の空気を紡ぎ上げ
「しかし、ずいぶんめかし込んできたね」
苦笑混じりの祐一の感想に、いったんは決着は先延ばしとなった…それでも、何時始まってもおかしくない雰囲気だが
「あははー、佐祐理はお友達とパーティーなんて初めてですから。どんな格好すればいいか分からなかったんですよ…おかしいですか?」
ひらりと、スカートの端を摘んでくるりと一回転
風を孕んだスカートが拡がり。足首の辺りが見えたりなんかして…
(くっ、あざとい…それに、私、じゃなくて佐祐理と名前で自身を呼称しますか…天然なのか、抜け目がないのか…判断に困りますね…ですが、このオーラ…敵であることは間違いないようですが)
「いや、全然おかしくない…むしろ、似合いすぎて。こんな格好の俺の方が恥ずかしい」
自分の、着古したシャツなど引っ張ってみる…それに、秋子と佐祐理はくすくすと笑い
「さぁ、何時までもお客様を玄関に立たせるわけにはいきませんし、まずは中へどうぞ」
「はい、お邪魔します」
…阿修羅がオオアリクイを自らが住処へと招き入れた
…変わらぬ笑顔の下で繰り広げられる互いへの邪推と悪意。それにとんと気付かぬ祐一は、美女美少女の後に続いて、居間へ向かい…
…遠くで、爆発が響いたような気がした…
『こちら、襲撃班β…目標、3人の撃破を報告』
すっと、秋子から出された妙に渋いお茶を啜りながら、耳元で響く声に思索を巡らせ…口元を僅かに緩めた
声が出ているのは耳元に隠したイヤホンからで、祐一や秋子に聞かれる心配はない。どうやら命令を果たしたようだ
…襲撃班等という物騒な呼ばれはしているが、その実態は倉田家のボディガード連だ
今日のみは、本来の職務から外れ。非合法すれすれ…というか、むしろ犯罪よりの佐祐理の命に従って行動している
当初は、佐祐理の突然の命令に訝しむ者も居たが…父親。倉田家当主が一弥の位牌に頭を下げ始め、佐由理の指示がある1つの方向性に向いていることに気付く内…逆らわぬ方が良いという結論に達した
そして、現在目標となっていた。祐一のクラスメイト3人の襲撃に成功…これで、3人とも今日一日はベッドに縛り付けておくことが可能で
「αは?」
唇を動かすことなく、襟元のマイクに問う…マイクの受信先では、二言三言何か確認しているようだが…
『天野宅に、未だ変化無し…』
僅かに眉を蹙める…彼女も、すぐにこの家に来ると思っていたのだが…
『お嬢様…』
ザッザッと、数度のノイズ…回線が切り替わったようで…
『こちら、水瀬宅監視班…標的Aが出現…駄目です、玄関に到達します』
少し混乱する…天野という少女の家も、ここに至るまでの道路も張らせていたのだ…それが、突然。出現したと…報告され
「…詳しい報告を」
『…………っ、水瀬宅の隣家の庭に、トンネルを発見…方角は天野宅にむかっぐわっっ』
急に音声が乱れる…突然の騒音に、顔を蹙めそうになるが…幸いか、それはチャイムによって回避された
…そう…彼女が来たのだ
『現状を…』
祐一が立ち上がり、出迎えに向かう…秋子と取り残され、多少緊張しながら…現状をと、報告を求め
「…どなたと、話されているのかしら?」
くすりと微笑む秋子に肝を冷やす…唇も動かさず、マイクに届くだけの声を漏らしていたはずだが…覚られていた、のだろうか…
『……申し、訳在りません…突然トンネルが落盤…時限性の仕掛けかと、使用不能になりました』
(読まれていた?…くっ、襲撃のチャンスをみすみす失うなんて…)
秋子から出された不味いお茶を飲みながら。口の中の苦虫を胃へと流し込む…
とにかく、相手が侮れないことは分かった…気を引き締めないと
天野もそうだが、目の前に座す秋子という女もただ者ではない…先程から…祐一が席を立ってから、笑みの種類が変わった…
…眼が、笑ってない…
そして、3人目の美少女が現れた
「お邪魔します」
裕一に連れられ、ぺこりと秋子に頭を下げる美汐…
白を基調としたセーターにスカートという格好だ、靴下に土が付いているのはトンネルを抜けてきたからだろう…
そして、美汐も現状を認識する
(…この家の周り、妙に人の気配が多い…真琴に無理を言って、トンネルを掘らせて正解でしたね)
…それ程離れていないとは言え、人が通れるサイズのトンネルだ…いくら狐娘とは言え、大変だったろうに…
「天野さん…だったわよね、私は水瀬秋子。祐一さんの叔母です…よろしくね」
阿修羅を背負った秋子が呟き、美汐に微笑む
「はい、秋子さんですね…私は天野美汐と言います」
九尾狐が美汐の背後に浮かび、阿修羅と激しく睨み合う
「あははー、私は倉田佐祐理です」
オオアリクイが、しゅるるると、その長い舌を蛇のように蠢かせる
(((気を抜いたら…やられる)))
互いに互いの隙を伺いあう、緊迫する一瞬…そんな中、裕一だけが…その雰囲気にとんと気付かず。美少女達で埋め尽くされた居間に喜び…
…佐祐理の耳元のイヤホンが、新たな情報を伝えてきた
『お嬢様…目標3人のうち、2人の撃破に成功…ですが、残り1人…触角を持った男が。事故現場から相沢宅への移動を開始』
(触角…あははー。あの金髪の方ですか…丈夫ですねぇ…)
「…今度こそ仕留めなさい」
ぽそりと呟く…秋子と美汐はその呟きを聞き咎めたのか、僅かに耳を震わせたが…祐一は、そんなことには全く気付く様子もなく…
『…報告までに、事故の際。対象が保有していた荷物の一部が散乱したのですが………………』
推測を交えて、襲撃班βの隊長が報告してくる
…本来ならば、どのような事情があれ。主の命令を遂行すべきと考えていたが…それらの内容を聞いていた佐祐理は、僅かに笑みを深くすると
「…襲撃を中止、そのまま此方まで来させなさい」
…佐由理は計画の中止を決断した。自らの部下…本来は父のものだが…の、好判断に気をよくしながら。佐由理はその時を待ち
『触角が…異常な速度で接近中…間もなく、到達します』
と、部下からの報告の直後…
ぴんぽーん…
チャイムが鳴り響いた
今度こそはと…まぁ、女性陣が全員揃っているため。残りは男しか居ないんだが…玄関に向かう祐一…そして
「な…何だ?お前…大丈夫か?」
祐一の驚いたような声…案内され、やってきた北川は…触角の一部や服の端などに焦げ痕を付け。手提げ鞄を提げてやってきた…
「あぁ、大したことはない…ちょっと、来るとき乗ったバスが事故っただけだ」
「大したことだろ、それは」
焦った様子の祐一…周りの女性陣も揃って。心配そうな眼を北側に向け…唯一、美汐だけが一瞬。咎めるような視線を佐祐理に送る
(あなたが仕留める予定では?)
(なかなか丈夫な方でして…)
「俺はなんとか窓から逃げたが斉藤と佐藤は駄目だった…」
「…駄目…って…」
青ざめる祐一…ふと、先程聞いた爆発音を思い出し…髪を焦がした北川を見…
「救急退院の奴等に捕まったままだ…俺はかろうじて、救急車から飛び降りて辿り着けたんだが」
「逃げるなよ!」
「何を言う、絶対安静とか言い出したんだぞ、それでは今日のパーティーはどうなる!」
パーティーに参加するために、病院に担ぎ込まれる最中から逃亡…まさに漢と言えよう
実際、焦げてはいるものの。怪我的にはほとんど無傷だ…強力な目的意識が自己を護ったのだろうか
「本当に、大丈夫ですか?…今からでも病院に逝かれた方が…」
(男の方は、祐一さん1人居れば十分ですから)
不安そうに言う秋子…けれど、それが逆効果だったと嘆くのは。ほんの一瞬後のことだった
「大丈夫です、水瀬さんのお母さん。俺は身体だけは丈夫ですから。斉藤や佐藤も検査受けたらすぐに行くって、断末魔を上げてましたから」
(断末魔でどうする…)
汗を僅かに垂らすのは祐一だ…このパーティーのために命すら賭けている様子の北川に、薄ら寒い物を感じ…
「それに、パーティーを盛り上げる名人のこの俺が居ないと盛り上がる物も盛り上がらないでしょうから」
(むしろ、盛り下がります)
(あははー、とりあえず荷物だけ置いていってくれれば良いんですけどねー)
はっはっはっと、高らかに笑う北川…それに。苦笑混じりの笑みを零す女性陣
状況はなし崩し的に、パーティー続行という感じに流れ始め…
「あの、それは何ですか?」
佐祐理が、北川が大切そうに抱えている手提げ鞄を指差した…服の端や、髪には焦げ痕が付いてるのに。手提げ鞄には汚れらしい汚れも見えず
「ふっ、このパーティーを盛り上げるための最終兵器ですよ、倉田先輩」
「あ、ゲームかなにかですか?…見せて貰って良いですか?」
にこにこと、期待するような眼で北川を見上げる佐祐理…それに。僅かに視線を逸らす北川は…気まずそうに咳払いし
「いやぁ、もうちょっと後の方が…」
「何持ってきたんだ?お前」
佐祐理から隠そうとした北川から、祐一が手提げ鞄をひょいと取る…慌てる北川をよそに、祐一は鞄の中身を覗き…
「………………………」
目眩がした
ゴスッッ
立ち眩みを起こしたように前のめりに倒れかける祐一。すると、奪い返そうと飛び込んできた北川の額が祐一のそれを直撃し
「ぐはっ」
「あうっ」
互いに視界の中で星を飛ばす祐一と北川…そして、祐一の手からこぼれ落ちた手提げ鞄は…盛大に、その中身をぶちまけ…
「………王冠と、番号の書かれた割り箸?…」
「いや、それは…」
「あははー、こっちは色分けされた丸の付いたマットですよ」
「あの……」
「ポッキーに、輪ゴム…」
だらだらと、汗を垂らし始める北川…本当は。もっと盛り上がってから、冗談交じりに提案するつもりだった素晴らしゲームの数々が。相沢のせいで白日の下に晒され…
(あぁぁーいきなり俺の清純なイメージがぁぁぁ…)
そんな物ははなから無い…が…
(((……使える!)))
…阿修羅とオオアリクイと九尾狐が一瞬だけ眼を交わし合った
その瞬間だけは、敵対関係を乗り越え…1つの目的意識の元に連携が芽生える
…これらが何のつもりで、どのような用途で用いられる物かくらいは知っている…そして、これはチャンス
(私達の方からこのようなゲームを提案して、イメージを崩すわけにはいきませんが…)
(あははー、この触角さんが提案すれば無問題)
(そして、後はゲームの間にこの金色の方を潰せば…)
「はー…これは、どうやって遊ぶゲームなんですか?」
佐祐理が、互いに頭を抑える祐一と北川の前でしゃがみ込んで割り箸を摘み上げる
すると、北川は眼に見えて分かるくらい狼狽し
「確か…その王冠の割り箸を引いた人が、番号で命令するゲームだったと思います…パーティーの際にはよくやるゲームだと、美坂さんが以前言っていました…」
(本人、ドラマで見ただけのようでしたが…)
佐祐理の問に答えたのは美汐…北川が狼狽している隙に。話の流れを作り上げる
「あ、じゃぁ普通のパーティーとかでは良くあるゲームなんですね…」
「えぇ、私はそう言った集まりに参加する機会が少ないので、やったことはありませんが…」
(…それは…パーティーじゃなくて、合コンなんじゃ…)
祐一が胸中で呻くが…この好機を逃す北川ではなかった
「そ、そうなんですよ。トランプと同じくらい王道なゲームで。王様ゲームと言うんですが」
げしりっと、祐一の爪先を軽く踏みながら言う北川…合わせろと言うことだろう
とりあえず、曖昧に頷いておくと…
「じゃぁ、後でやってみましょうね」
…秋子がにこにこと言ってくる
…神が自分に微笑んだと歓喜する北川…同時に、祐一も面子を眺め回した後で…
(これは…凄そうだ)
…まぁ、何も知らなそうな佐祐理や秋子、美汐に大層なことが強要できるはずもないが
「あ、こっちは何ですか?」
言って、次に佐祐理が興味を持ったのはマット…言葉で説明するのがさらに難しいそれに、北川も祐一も声を詰まらせ
「何ですか?」
にこにこと、佐祐理が問う…秋子があらあらと笑い
…混乱の中で、波乱含みのパーティーは始まった
「あははー」
佐祐理の笑い声が木霊する…北川が漏らした些細な言葉に大きなリアクションを返し…そして、それにつられて周りもどっと笑い出す
一見、和やかなで、暖かな談笑風景…スナック菓子や、秋子が作った料理…ジュース類、それに混じってアルコールが所狭しと並ぶ中、水瀬家の居間では今は裕一達の学校生活の話題が取り沙汰されている
…ちなみに、マットのゲームの説明は結局有耶無耶のままで終わっている。その後
秋子が家での祐一や名雪、真琴の話をしたり、舞や栞など、ここには居ない人物の話も繰り広げられ。みんなでツリーの飾り付けもした…それは、笑い声の絶えない光景で……
…けれど、そのバックでは九尾狐と阿修羅、オオアリクイが互いに互いを牽制し。眼に見えぬ攻防戦を繰り広げている
…けれど、彼女達に共通していることは。最終的に祐一を自分が確保すること
…今日のパーティーのクライマックスは…北川が持ち込んだあのゲーム
…今はまだ好機ではなく、下手に敵や隙を作ることは良しとしなかったため。特に問題なく状況は経過していく
「あははー、そろそろお腹が空きましたねー」
「そうね、料理を出しましょうか…」
どんどんと、夜の帳が近付く頃に…秋子が料理を出し始める
用意されるのは鶏やケーキ、佐祐理のお弁当…欠食児童の如く眼の色を変える北川や、喰いきれるか心配する祐一の前で…
机の上は料理で埋め尽くされ
「それと…ちょっとだけ、こういう物も」
呟き、秋子がシャンパンを取り出してくる…きちんと、アルコールの入った物である
「あははーお父様から拝借してきちゃいました」
佐由理が出すのはワイン…言わずもがな、アルコール含む
(あははー(酔わせてしまえばこっちのもの)です)
…理性を無くさせる魂胆らしい。美汐も少し顔を蹙めはしたが…無理に止めようとする気配はなく
「ささ、祐一さんどうぞ」
シュワワワと。北川と祐一の前のグラスにシャンパンが注がれる…同様に。他のみんなのグラスにもシャンパンが注がれ
「あははー祐一さん、せっかくですから乾杯しましょう、合図をお願いします」
「あ、うん…えぇ…」
突然乾杯の音頭を求められても困るだけだが…どうせ、既にパーティーどころかただの友人の集まり…そのほとんどが初対面の割には希有なほど和やかだが…大した言は必要としないだろう…
祐一は、全員に飲み物が渡っていることを確認すると
「えぇ…今日は、暇な人達で集まって騒いで…楽しみましょう」
「「「「「乾杯」」」」」
重なる声…そして、勝負が始まった…狐が、オオアリクイが、阿修羅が…一回りも大きくなってゴゴゴゴと威圧感をまき散らす
3人の目的は、唯一祐一の確保のみ…そして、今こそその好機…
「…良いか、北川…」
「…あぁ…親友」
ぐっと、親指を立て合っている北川と祐一…
彼等の目的も分かる
(あぁ、祐一さん…王様ゲームで私達にあんな事やあんな事をさせるつもりなんですね…)
どきどきわくわくと、期待に胸躍らせる佐祐理…もう、我慢も出来なくなってきた
「あ、そう言えば。き北川さんの持ってきたゲーム、やってみませんかー?」
北川達の遠回りな誘いを受けるよりはと、此方から話しかける佐由理…一瞬、満面の笑みを浮かべかけた祐一は顔を引き締め
「そ、そうですね…倉田先輩は来年大学でしょうし、だ、大学のこ…こココパーティーとかではこのゲーム、本当に多いんですよ」
北川があたふたと慌てている…幾つかの計画が一瞬で水泡に帰したせいで錯乱しているらしい
(…分かりやすい人ですね…)
あははと微笑む佐祐理と、うふふと微笑む秋子と。美汐…佐祐理と秋子は既に北川は眼中になく。美汐も興味はない…
ただ…美汐には問題点が1つ
(…如何にして、この触角を排除しましょうか…)
…辺り一帯に手勢を配した佐祐理…道具には事欠かないだろうし。秋子にすればここは自分のホームグラウンドだ…凶器の一つや二つは容易く入手できるだろう
…可能性としては、真琴の部屋に在るであろう悪戯グッズの数々で…
(相沢さんに覚られぬよう、偶然を装い排除…難しいですね…)
むぅぅと頭を悩ませる。その中で…北川は、割り箸を取らせ始め…
「あははー、やりましたー」
…突然佐祐理が騒ぎ出す…
((っ…王を取られましたか))
北川の排除も重要だが、敵の排除も重要な状況で…先に権益を奪われたのは辛い
後は、如何にして自分の番号を隠して…
「1番です!」
1の印が書かれた割り箸を振って喜ぶ佐祐理…
…ふっと、秋子と視線を交わし合う…
(……まずは、あの触角の排除)
(了承)
「私は3番ですね…この番号の順番に命令するんですか?」
「私は王冠…ですけど…」
次々に自分の番号を口にする3人…これで、誰が何を持っているかは分かった
…2番か4番が標的で…
溜息を漏らし、ルールを説明してくる北川に相槌を返しながら
九尾狐とオオアリクイと阿修羅は談合を始める…阿修羅は、オオアリクイと九尾狐を指差すと、それぞれに首を傾げ
九尾狐が首を横に振り。オオアリクイは大きく頷く…その後で、阿修羅は自分の口を指差し。オオアリクイも頷く…
これは、彼女達がアイコンタクトで交わし合った情報を映像化したものだが…どういうアイコンタクトなんだ…本当に
ともあれ、北川の説明も一段落したようだ
「まぁ…そうすると。誰になにをさせるのか、もうだいたい分かっちゃいますね…」
「はい、ですから」
北川はもう一度割り箸を配り直そうとしているようだが…
「1番の倉田さん、2番の方に、自分が1番美味しいと思うものを食べさせてあげて貰えますか」
秋子は命令を終えた…佐祐理は微笑むと、自身の箸を手元に寄せる…相手が北川だった場合は。用意して有る薬の1つを用いればいい
「ええと、私が…2番て誰なんですか?」
「あ、俺です」
…が、状況は佐祐理に対して好意的に働いた…佐祐理には、祐一に自分の箸で好きなものを食べさせることが出来る権利が与えられ…
(あぁ…私の愛情いっぱいの手料理を…どうぞ…)
たこさんウィンナーを差し出す佐祐理…少し恥ずかしそうな祐一の姿に胸中でガッツポーズである
…無論、その両隣では九尾狐と阿修羅が凄まじい形相で怒っているが、今の佐祐理には何処吹く風で
「はい、祐一さん」
「っ………」
…佐祐理が、さっきまで自分が使っていた箸を持ったことに気付いたのだろう
(あぁ…なんて可愛い…)
間接キスを気にして紅くなる祐一…それを喜ぶ佐祐理
「祐一さん、あーんしてくださいよー」
ぷにぷにと、佐祐理がウィンナーを祐一の唇に押しつける…困ったような祐一の顔が面白く…
ようやく、祐一がそれを口にした…が、僅かに強ばった顔つきで…
「…美味しくありません?」
佐祐理は寂しそうに呟き…もう一つウィンナーを摘み上げると、自分で堪能した…祐一にウィンナーを運んだそのまま、自分でもウィンナーを食べ…
「うん、美味しいです」
(祐一さんの間接キス)
阿修羅と九尾狐が殺気すら放ち始めるが、佐祐理はしっかりと間接キスの味を堪能し、バックのオオアリクイは長い舌でハートマークなどを作っている
「さ、さ…第2Rといきましょう」
ふっと、北川が次のゲームを急いてくる…自分の死期を近づけていることにも気づきもせずに…
それに、それぞれは箸を取り…
「あははー私が王様です」
佐祐理が微笑む…ここで、祐一に何か強要できれば最高なのだが…まぁ、それは左右が許さないだろう
美汐の方を見れば、九尾狐が尻尾を一本立てている
阿修羅の方を見れば、指を2本立てている…くどいようだが、アイコンタクトの映像化だ
「ええとー…1番が3番に、2番が4番に。自分が1番美味しいと思うものを食べさせてあげてください」
すっと、テーブルの下で、隠していた箸を美汐に手渡す佐祐理…これで殺れと言う意味だ
九尾狐はしっかりと頷いた…
「私が、3番の方にですか……3番はどなたですか?」
「あ、俺4番です!」
美汐の問いかけ…が、返ったのは、北川の秋子に対する応え…それに
((……さようなら…触角さん…))
美汐と佐祐理は遠くを見るような眼差しを向けた…
「まぁ、私の1番美味しいと思うものですね…」
微笑む秋子に、何故か祐一が顔を蒼くする…が
「じゃぁ……相沢さん、はい、どうぞ…」
さっきまで、自分が使っていたフォークでケーキを削って祐一に差し出す美汐…
祐一はケーキと美汐を見比べるような視線を向け
「…意外と、おばさん臭くないなどと言う不出来な考えをしてませんか?」
「し、してないしてない」
…大慌てな様子は、してたのだろう
(まったく…あぁ、でも…好きな子にちょっかいをかけるのは男の子の本能ですから、許してあげます)
とりあえず、祐一がちゃんと食べてくれたことに喜び…
祐一の視線が北川に向いた隙に、自分もケーキを堪能する…何故か、先程までとはまるで別物のように味わい深く…
(…コレが愛情の味なんですね…)
…どんどんやばい方向に壊れていっている女性陣…
そして、祐一の視線の先で…秋子が台所から帰ってきた
「お待たせしました…私が、1番美味しいと思うモノです」
…手には…オレンジ色の瓶詰めがあった…
…そして、硬直する祐一の眼前で。それは秋子さん手ずから、スプーンで北川へと運ばれ……
……至福の顔でそれを受け入れる北川……そして
「うまがはっっっ」
…美味いと言いかけた途上で突然悶絶し、泡を吹いて倒れ込む…
…おそらく、味云々を気にする間もなく美味いと宣言するつもりだったのだろうが…口内を占めるのは…謎ジャム…その不可思議な味わいを無理に美味いと認識しようとした。想像と現実のギャップが…悶絶の原因だろうか…
「あら、北川さん?」
「……北川…安らかに眠れ…」
何故か、目元だけは満面の笑みで。唇は苦悶の表情を浮かべ舌を零しだした北川の寝顔は…まさに、不気味の形容しか当てはまらず
…それでも、夢に殉じて死んだ北川に、せめて幸あらん事を…
祐一が友に祈った瞬間
…オオアリクイと九尾狐は、このゲームを終えることを決意した…
(…あぁまであからさまに出しながら、祐一さんが不審に思わない…くっ、ホームグラウンドでやり合おうとした私が浅はかだったと!?)
(これは…危険ですね…おそらくは、王になりしだい私達にアレを食べさせようと…)
「北川さんも倒れてしまいましたし…このゲームはおしまいでしょうか…思っていたより、危ないゲームのようですし…」
「そうですね…正直、ちょっと恥ずかしくもありました」
九尾狐とオオアリクイが手を組む…敵地に乗り込んだ2人としては、まずは阿修羅を倒してから再分配と言ったところか…阿修羅が北川の看護に気を取られてるうちに手を組み合い
オオアリクイは一瞬、九尾狐に眼を向け。阿修羅に気取らぬうちに眼を逸らし
…また…一見和やかな談笑が始まった
…そして、パーティーも締めの時間が近付き
「あははー…不要かとも思いましたが、ブッシュド・ノエルなんて…作ってきたんですがお召し上がり頂けませんか?…秋子さんなんて、しっかりされてる方が居るんですから…要らぬお節介でしたかも知れませんが」
くすくすと微笑む佐祐理…当然。自身の調理能力を祐一に知らしめるために創り上げた、極上品だ
これらの台詞を呟きながら、佐祐理は作ってきたケーキを4つに切り分けた……言わずもがな、それぞれを直撃させるが為のケーキである
現に、ケーキを飾る砂糖菓子は4種類……ちょうど、四分割に切り分けられるよう配置してあったりする…
ブッシュド・ノエルには四個の砂糖菓子が乗せられ、それぞれが…
…姉弟らしきデフォルメされた砂糖菓子…そして
…可愛らしい仔狐の砂糖菓子…
…特徴的な蒼い髪をした少女の砂糖菓子…
最後に、ブッシュド・ノエルの上にさらに重なる、切り株を象った砂糖菓子…
如何にして、敵となるべき対象と、目標の印象的なモチーフを探し当てたか…なるほど、倉田家の壁というものはなかなか厚いものらしい
それにふっと、美汐と秋子が視線を合わせた
僅かに笑みを漏らす、この女を潰す…互いに…好機を求めた、九尾狐と阿修羅が手を組んだ瞬間である
…尚…ここでおさらいしておこう…この九尾狐…ほんの30行程先で、既にオオアリクイと手を組んでいたはずだ…
…化かし合いは、やはり狐に軍配が上がるのだろうか…
「まぁ、美味しそうなお菓子…私、お茶を淹れてきますね」
ふっと、秋子が立ち上がる…当然のように佐祐理が、姉弟の砂糖菓子の飾られたケーキを取り、仔狐の飾られたケーキを美汐が取り……美汐は、蒼い髪の少女が飾られたケーキを秋子の席の前に置いた
…一瞬、怪訝そうな眼を見せる佐祐理…一波乱は覚悟したその瞬間に、敵の1人は姿を外し、残る1人は望むべき物を祐一に渡した…手を組んだとは言え、そこまで協力的とは思わず…
(あははーでも、これで特性媚薬入りケーキは祐一さんの処…遅効性ですから、佐祐理を送ってくれてる頃に本格的に効いてくるでしょうし…あははー、最寄りの愛宿舎は倉田家で貸しきりにしてますので、どのホテルでもオッケーですよー祐一さーん♪)
「はい、お茶が入りましたよ」
秋子が微笑みながら紅茶を配ってくれる…が、もう手遅れ
後は…今後の時間戦略…如何にして祐一を、予定限界点にホテル街に誘い込むかが要で…
祐一はケーキを口に運び…
(あははー)
…そのまま…佐祐理と祐一は…テーブルに突っ伏した
「…え?………………」
…急速に遠のく意識の中で、辛うじて佐祐理は意識を留めたが。祐一はばたんきゅーで
「…もう…腹のさぐり合いはやめましょうか」
にこにこと、紅茶……………………ジャムの沈殿したロシアンティーをかき混ぜ。一口美味しそうに味わった秋子が呟く
…ちなみに、美汐は飲んだふりだ…ケーキにも手は付けてない
その瞬間。それまで…一般人には知られないよう抑えていた阿修羅のオーラが辺り一帯に響き渡り…カタカタと、茶器が音を奏で始める
ふわりと、綿埃が舞う。実在感を伴う殺気…それが、秋子から漏れ…
「………物腰が下品な方は、直接的でいけませんね…」
美汐から伸びた九本のナニカが、秋子が放つ殺気を受け止めるように障壁を為す
…全身をくるむようにした尾に。防護を命じながら…美汐は、残る1人にも目をやり
「あははー…即効性の毒を盛るなんて…ひどいことしますね」
オオアリクイが、それでも身を仰け反らす…t殺意でコーティングされた舌は、岩盤をも貫きそうで…
……死闘が始まった……
僅かな身動ぎ…それに反応し、憔悴しきった体躯を揺り動かす…
さすがは、九尾狐…なかなかの好敵手と言えた……が、まだまだ若い…あの程度ならば敵とは言い切れず…
唯一、復活したオオアリクイまで参加して来たときには苦戦を強いられたが…今や、2人とも夢の中…朝まで目覚めはしないだろう
「…眼…覚めました?…」
腕の中には商品たる祐一…寝惚け眼を辺りに向けて
「皆さん、急に倒れられて…私、どうして良いか…」
すっとぼけた嘘を漏らす
胸と顔を強調するように近づけながら。秋子は最高のメインディッシュを頂こうと…祐一に声をかけようとして
ぐさっっ
…何かが…突き刺さる…
見れば…よろよろと、倒れ伏していたはずの九尾狐が尾の八本を失いながらも…最後の一本で、阿修羅にオオアリクイの舌の先端を突き刺している…
現実では…美汐が、倒れ伏しながら秋子の足首…乱闘で出来たみみず腫れに。箸の先端を突きつけ
そのまま、力尽きる
(…痛くはありますが…まぁ、問題ありませんね…ふっ、まったく往生際の悪…)
かくっ
音すら立てたように、秋子が頭を擡げる…
祐一と額と額がぶつかりそうなくらい近づき
「あ…あら…少しだけ安心したら…急に…」
(な…毒!?でも…あの時九尾狐は毒は持ち込んでない…と…)
ビジョンの中で、九尾狐が突き刺したのは…オオアリクイの舌
(あ、あのあははー娘が持ち込んだ毒…いつの間に!)
北川抹殺作戦の最中である
そして……そのまま…秋子も意識を失った…
…とぅ びぃ こんてぃぬづ?
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
すいません…ごめんなさい
えぇ…何故こんなモノ書いてしまったのか…と言うか、一応コレでもかなり自制したという辺りが何というか…
…書ききれなかったネタはかなり多いです(爆)
さて、次回予告です
次回は今回登場しなかった香里のお話
雪の降る夜に…少女は、自身の想いを。1人の男に打ち明ける…
題は Deep red which covers and covers snow
副題 凶器は紅いメリケンサック!!
唸れ鉄拳轟け雷光。作者が香里に闇討ちされなければ公開予定。確率万に一
…年のため注…いや…別に…サブキャラ達が嫌いな分けじゃないですので…はい…