「あ、お母さん…私、24日、香里の家に泊まりにいくから」
「了承」
いつもの面子のいつもの光景…
何処にでも有る一家団欒のその場で、ふと思い出したように言葉を紡ぐ少女…それだけを言い終え、許可を取り付けると再び食事に戻る…
それは、家族という姿…食卓に座す四人は、時に声高に言葉を重ね合い。時に静かに時の移ろいに身を委ねる
何処にでも在るだろう、幸せな団欒の姿…が、構成としては少々おかしな点がないわけでもない
先程、友人の家に泊まりにいくと呟いた少女…名は名雪。その隣にはその母である秋子、この家の家主だが
…名雪を育み、その名雪も既に十代の半ばを過ぎているのだが、とてもそうは見えない外見を持つ…顔立ちは似通っているため、血縁を疑うことはないが。それでも初見ならば親子ではなく姉妹と捉えることが自然だろう
少し前までは、この家では彼女達だけが家族だった…秋子と名雪、母と娘。2人だけの家族…けれど、食卓に座すのは四人
彼女達にはお互い以外にも、家族と呼ぶべき存在が居り
「何だ……クリスマスに集まるのか?」
口に物を詰め込みながら呟いたのは、かなり整った容姿をした青年…いや、未だ少年の域を脱しきれては居ないが。それでも日増しに男になっていく過程の少年だ
秋子の姉の息子…秋子からすれば甥、名雪にとっては従兄にあたる少年で。現在家庭の事情でこの家に居候中である
「あうー祐一、私のおかず取るなぁ」
そして、最後の1人…名雪と同い年くらいの少女
彼女も祐一同様居候だが…名雪達とは全く血縁はない。いろいろと変わった経歴を持つ少女で。名は真琴、彼女もいつの間にか家族に加えられていた
過ごした時が少なかろうと。血の繋がりがなかろうと…祐一も真琴もこの家の家族で
…秋子がにこにこと、祐一と真琴のじゃれ合いを見ている…兄妹喧嘩のようなその光景…母が子を見守るような暖かな視線…にっこりと、優しい微笑みで祐一を見、微笑ましい姿を見て満足したのか。食事を再開する
変わらぬ団欒の風景、名雪と秋子は既に話は終わった物と食事を再開するが…端で聞いてた祐一は少し気になったので聞いてみた
「で、クリスマスは香里の家か?」
「うん、女の子達だけで集まってパーティー。栞ちゃんが企画したんだって」
それだけでだいたいの構図は想像ついた…頭脳明晰、成績優秀、スポーツ万能…自他共に認める二年の天才少女の香里だが。唯一の欠点は…極度のシスコン
彼女の妹、栞はつい最近まで重い病に冒されていた…が、祐一がこちらへ転校してきてから数日。あっと言う間に奇跡の復活を遂げたらしい
その日からと言うもの、香里のシスコンぶりは華開いた。今まで構ってやれなかった分を取り戻すかのように親バカならぬ姉バカを遺憾なく発揮。栞の言うことならどんなことでも頷くYESウーマンと化した
今回も、栞のふとした思いつきを全力でやり遂げるつもりなのだろう…まぁ、泊まり込みでパーティーなんて、確かに男は参加できないだろうが
「そうすると…クリスマスはこいつとか…」
女友達…それも上玉…は多いが。特別親しい異性が居るわけでもない祐一…イベント好きのこの家なら、クリスマスにも何かしら有るだろうと思っていたため、この家で過ごそうと決めていたのだが
…真琴が絡むと色々とトラブルも巻き起こる、今度はどんなことをしでかすのか。少し眉を蹙め…
「あ、私もクリスマス。居ないから」
真琴は事も無げに言い放った…眼で理由を促す祐一に。真琴は胸を張ると
「保育所で子供達を集めてパーティーするのよ、それの手伝いを頼まれてるの」
…保育所で子供達の面倒を見るというアルバイトをしている真琴だ。もし何らかのイベントがあるのなら、行くだろうとは思っていたが…
聞いてみると、どうやらパーティーはかなり遅くまで続けられるらしい
みんなでツリーに靴下をかけて。そのまま保育所に泊まっていく子供もいるようで…ともすれば真琴も泊まり込みだろう
「……なんだ、クリスマスに予定がないのは俺だけか」
それはそれで寂しい物がある…まぁ…名雪も真琴も。片や女の子達だけの集まり。片や子供相手…年頃の女の子としては少し寂しい物があるのだが
「祐一も、友達と集まったら?」
「北川や斉藤とか?…お前…何が楽しくてクリスマスに男ばかりで集まらないといけないんだ…」
女の子の集まりなら華やかで、有りと言えるだろうが…聖夜に男連中集まっても、せいぜい飲み明かすのが関の山である
…が、まぁ…特別クリスマスというイベントに思い入れのない祐一は、別にそれでも良いかと肩を竦めようと…
「じゃぁ、クリスマスは祐一さんと私だけなんですね…」
にっこりと…秋子が呟く…いつもと同じ、優しい微笑みで
その微笑みに毒気を抜かれたか、祐一に突っかかる気満々だった真琴は、渋々と食事に戻
「あぁ…そうですね、秋子さんが居ましたね…」
「名雪や真琴、香里ちゃん達みたいに可愛くなくてご不満でしょうけど」
うふふと、歳を全く感じさせない、少し艶っぽい微笑みを浮かべる秋子…祐一でもどきりとするような魅力的な笑みで
「い、いや…そんなことは…」
どぎまぎと顔を真っ赤にさせる祐一…普段見慣れてる顔に、急に新しい魅力を感じてしまったような気分で
「男の人と2人きりでクリスマス…ふふふ、何年ぶりでしょうねぇ」
からかうように微笑む秋子…何だか凄く楽しそうだ
これでは、まさか断ることも出来ず…ふふふふと、堪えきれない笑みを零しながら秋子が食事を再開する
…その時の秋子は、何だか、いつもとちょっと違って見えた
「うぅぅ…」
眠い目を擦りながら歩く祐一…昨晩、妙に緊張してしまって眠れなかったのだ
「…ったく、何を意識してるんだよ」
(確かに秋子さんは美人だ。スタイルも良い、気だても良い…けど、名雪の母親で俺の叔母さんだろうが…)
まぁ…おばさんという言葉がまったく似合わない人ではあるのだが
間違いなくお姉さん。と言うか年上のお姉さん…美人…スタイル抜群…性格温厚…
…秋子の必殺技の影響を未だ引きずっているようである。とぼとぼと道を行く祐一は…深い溜息を吐く
…今の状況は登校中…遅刻確定の、ではあるが…
結局、寝付けなかった祐一はいつもより寝るのが遅れ…しかも、部屋に入ってきた秋子さんに起こされたせいで妙に意識してしまい
…火照る顔を引きずって家を出た後、走り出した名雪に着いていくだけの気力は既に無かった
名雪の背中はとうに遠く彼方、こんな時間にとぼとぼ歩いている自分は一時限目の半ばに学校に着けるだろう
「はぁ…とりあえず…学校行ったら寝よう」
明日は終業式…つまりは、今日は最後の授業…どうせ、大した内容ではないだろう
熟睡できることを祈りながら、祐一は学校に身を投じた…そこで、さらなる苦行が待つことを知る由もなく
結局、祐一は3時間ぐっすりと熟睡し。多少ながら体調を回復するに至った
そして、待ちに待った昼食…祐一はいつものように、階段を上ると踊り場に足を踏み出し
「いらっしゃい、祐一さん」
見慣れた顔が微笑んでいる…踊り場に座し。重箱を持つ少女の姿
一学年上の先輩で、現在祐一の昼食をほぼ完全に賄ってくれている先輩…倉田佐祐理…
3年では学年トップの成績を誇る才女で、名門、倉田家の一人娘…容姿端麗、清楚可憐…非の打ち所のない美少女で、その上全てを包み込むような優しい性格をしている…ちょっと抜けているところもご愛敬だろう
…もし、欠点を探すとするならば。あまりに狭い交友関係だろうか
佐祐理に近付いてくる者は多いのだが、佐祐理は親友である舞と。同じく祐一くらいしか友達らしい友達が居ない
それでも、それを苦にはしていない…彼女にとっては、舞と祐一が一番大切なのだから…
けれど、いつもなら必ず2人で居るはずの舞と佐祐理だが、今日は舞の姿が見えず
「あれ?…舞は?」
「あははー、舞は遠縁の親族で不幸があったらしくて。お母さんとそちらに向かわれたんですよー」
いつもなら舞が要る辺りに視線を彷徨わせると…微笑みを心配そうに歪める佐祐理。それに声をかけずらくなって。祐一も言葉を詰まらせ
「あ、大丈夫ですよ。既に持ち直したと電話で聞きましたので…ただ、飛行機のチケットが取れなくて。しばらくは向こうにいるそうです」
「そうなんだ、それは良かった」
よっと、佐祐理の隣に座り込む祐一。その姿を眼で追いながら弁当を拡げる佐祐理は…それでも、いつもより暗い笑みを湛え
「えぇ…ただ…クリスマスには、間に合わないみたいで…今日、一緒にお祝いしようと誘うつもりだったのですが」
再び、気落ちする…
「あぁ…そうなんだ…」
「………………」
しょぼぉんと、肩を落とす佐祐理…普段の明るさがかき消えたかのような。哀しそうな横顔でいつもなら舞が居る場所を見つめ
「ええと…元気出そうよ…ほら、遊ぶ機会なんていくらでもあるし」
「…今までのクリスマスは、いつもお父様に連れられてパーティーの方に出ていたのです…でも、佐祐理は一度で良いから…友達だけで、クリスマスを祝いたかったんです…高校生活最後のクリスマスに、ようやくお父様を説得できたのですが…」
「あ、ならさ…クラスの誰かを誘って」
それが気休めに過ぎないことは分かっているが。それでも何とか、佐祐理に言うが…
「佐祐理は、お友達が少ないですから…舞と、祐一さんくらいしか…」
佐祐理の気落ちは変わらない…ただ…希望は見えた
「じゃぁさ、俺じゃ駄目かな」
「え?…」
…佐祐理が祐一を見上げる
そう、隣り合って座りながら。縋るように身を乗り出し間近から見上げるという凶悪コンボだ。手を伸ばせば触れられる距離で震える佐祐理の瞳がじっと祐一の目を射抜き
「あ、ああっと…ええと…と、言っても。大したことが出来る訳じゃないけど」
「良いんです、祐一さんとなら。ツリーを飾ってケーキを食べて、プレゼント交換とかして…」
喜びを全身で表現する佐祐理…その嬉しそうな姿に、思わず舞のことも忘れて祐一は喜び
「名雪と真琴が外でクリスマスパーティーをするらしいから、俺の家…と言っても、親戚の家だけど…がさ、空いてるんだ」
少しだけ、佐祐理が頬を赤らめる…ただ、嬉しそうな顔は変わらず
「ちょうど、秋子さんと2人でクリスマスを祝おうって言う話になってたからさ…秋子さんと俺と3人で」
「……はい」
にっこりと、佐祐理が微笑み。いつものように楽しい昼食の時間が過ぎていった…祐一達は自分達の教室へ戻ることにし、佐祐理は空の重箱を抱え…2人並んで、階段を下り…
「相沢さん」
…祐一に声がかけられる
見れば、見覚え有る顔立ち…一学年下の天野美汐だ…真琴の親友で祐一の友人。栞の親友でもある
その美汐は、声をかけた祐一ではなく、ちらっと佐祐理の方に眼を向け…自分の知らない上級生にぺこりと頭を下げる
…佐祐理の方も、初対面の女の子に祐一の方に視線を向け
「あぁ…この子は天野美汐…友人の一年だ、でこの人は倉田佐由理さん…3年生で俺の友達」
再び、佐祐理は美汐に視線を戻すと…ぺこりと頭を下げ返し
…美汐は、祐一に本題を言ってきた
「あの…真琴なんですが、クリスマスの予定の事は聞いてますか?」
「真琴なら、保育所のイベントでパーティーに出るはずだぞ」
「やっぱりそうですか…聞きはしたんですが、要領をえないものでしたので…では、やっぱりクリスマスは遊べませんね」
残念そうに呟く…何だか似たようなシチュエーションが…と。隣の佐祐理を思って祐一は冷や汗をかき
「真琴に着いてけばどうだ?」
「残念ですが、子供の相手は苦手で…あの元気にはついていけないんですよ」
「あいかわらずおばさん臭いな、天野は」
…が、まぁたしかに…天野が真琴のように子供とはしゃぎ回ってる姿は天地がひっくり返っても想像できない
「物腰が上品だと言ってください」
そして、いつもの言葉。祐一が苦笑いし
「…仕方有りません。相沢さん…24日はご在宅ですか?」
1つ溜息を付くと、美汐は話題を変えてきた…何だか、つくづく状況が似ていて。思わず怪訝そうな顔をする祐一
まして、あの美汐が…
(デートの誘い…って事はないよな…)
そうだとすると、秋子や佐祐理と約束してしまっている祐一は板挟みになることになり…
「ええと…悪い、ちょっと用事が」
先んじて言い放つ…家にはいるが…手は離せそうになく
「真琴の部屋に上がらせて貰いたいのですが…どうもあの子、サンタを信じてるみたいですから…その…」
プレゼントを忍ばせたいのだと。暗に伝える美汐…
なるほど、中身も子供の真琴はサンタを信じ。親友である真琴は何とかそれを叶えようと言うのだろう
…ただ、それなら全く問題ない…むしろ、好都合
「あぁ…クリスマスイブは佐由理さんと秋子さんと俺とで簡単なパーティーをするつもりなんだ…良かったら天野も来るか?」
ふっと、佐祐理と天野が見つめ合う…互いに、互いの邪魔をしないのかと心配しあっているようで…
「私も参加させていただいてもよろしいですか?……お邪魔なようなら遠慮させていただきますが」
「あははー人数は多い方が楽しいですよー」
笑い合う2人。とても和やかな雰囲気で
「では…当日はよろしくお願いします」
「こちらこそ………」
天野と佐祐理が、握手する…小さな細い指と指が絡み合い、2人とも…美汐は微妙に口元を上げるだけだが、微笑みあう
「良かったですね佐由理さん、友達が増えそうですよ」
その言葉には、佐祐理はさらに嬉しそうになり
「はい、よろしくお願いします…天野さん」
「はい…こちらこそ」
…結局…熱い熱い握手は、予鈴が鳴るまで続けられた…
…そして放課後…
帰宅しようとしていた祐一の席に北川が満面の笑みで近付いてきた…満面の笑みだ…恐いぐらいである…いや、それどころか斉藤や佐藤と言った悪友連中が集まって来るじゃないか
そして、第一声
「友よ!クリスマスは俺達と一緒に飲み明かそうぜ!」
…狂った声をかけてくれる
何が楽しくてクリスマスに男連中と屯って飲み明かさないといけないのか
そもそも既に祐一には予定がある…それも、秋子。佐祐理。美汐という美女、美少女軍団とのパーティーというこの世の天国のようなイベントが…
(ま…待てよ…この面子…)
ふと、考えてみる…全員自分の親しい人間だ、親友と呼んでも過言ではない
けれど、この3人…全員祐一の親しい人間ではあるが。それぞれの間での交流はない…つまりは。全員に共通している話題は祐一のみ…
しかも、仮に他の話題だとしても。3人の言いそうなほとんどの話題に祐一は割って入ることが出来る、それくらい3人のことを知っている
他の2人が知らない以上、どんな話題も最初から入らないといけないが…自分が知っているというアドバンテージは揺らがない
結論…クリスマス、四人の会話は間違いなく…常に自分を中心に行われる…
それぞれ趣の違う絶世の美女、美少女達に囲まれてのパーティー…
(秋子さんも佐由理さんも人当たりは良いし、天野も人見知りはするが人付き合いは心得てる…悪い雰囲気になる要素は欠片としてない…)
…悪い要素である張本人はそう確信する
そう…天国だ…故に…そんな、気が狂ったようなイベントに参加する気にはならない
「悪いな、北川…俺は」
「何ぃ…貴様ぁ…まさか…俺達を裏切るつもりかぁぁぁ」
地獄の底から響き渡るようなおどろおどろしい声。同じように数人の男子生徒も北川に続く……前に述べた3人には遠く及ばないが、それでもオーラは鬼に似たものを創り上げている
そして、見れば…教室の床には数人の男子生徒の骸
「…えぇと…あれは…」
「聖夜に婦女子とうつつを抜かそうなどという惰弱者よ!」
…つまりは…同様に誘いを断り。その理由がデートかなにかだった者達と言うことだろう…そして、北川達の鉄拳制裁を喰らったと言うことか
(…佐由理さん達のことを知られたら殺されるな)
他の2人は知らないが、北川は…先日。香里にクリスマスの予定を聞いていた…彼の脳裏には、香里とのデートという淡い希望があったのだろうが…
…栞という伏兵の登場によりその夢は打ち砕かれたことだろう…そして、クリスマスムード一色の教室にキれたと…
「貴様…水瀬さんと同居などと言う恵まれた環境にありながら…いや、まさか水瀬さんや真琴ちゃん達とかぁぁっ」
…何で真琴のことを知っているんだろうか…まぁ、ともかく
「名雪は香里とパーティーで、真琴は保育所のパーティーだ」
「…水瀬さん…本当か?」
寝惚け眼の名雪に問う北川…それに、首肯が返され
「なら、誰と聖夜を過ごすと言うんだぁぁぁぁ」
地獄の底から響き渡るような声で、触角を鬼の角のようにいからせながら叫ぶ北川
返答次第では私刑も辞さないと言う様子で…
「うちのお母さんと留守番するって言ってたよ」
名雪の言葉に、僅かに北川の怒気が緩む…『水瀬さんのお母さん=おばさん』と言う方程式が一瞬にして組み上がる
実際、最低でも三十路後半……まぁ、定説では彼女のみは28歳らしいが…世間一般でのクラスメイトの母親を思い浮かべ…
「そ、そう…名雪も真琴も家にいないのに、1人家に取り残すわけにはいかないだろう」
ナイスだ名雪、と目配せするが…既に寝かけの名雪…偶然が産んだファインプレーだったろう
…家族とのクリスマスと、怒気を緩めた北川は…次の獲物を求めてか、眼を走らせ…
「…相沢君、いくら秋子さんが綺麗でも。身内だって事忘れちゃ駄目よ」
…香里が飛んでもない爆弾発言を述べてくれる
(確かに…確かに俺は朝から浮かれていた…その気配を察していて。忠告したのかも知れないが…よりによってココで言うかぁぁ)
「…綺麗?」
ぐりんと、北川達の首が180度捻られる…
祐一に背を向けながら、首から上だけが祐一を睨んでいるという。エクソシストも真っ青な姿だ…
そして…
「見たこと有るでしょう?…授業参観で来てたじゃない、名雪のお母さん……誰かのお姉さんだろうって間違えてたみたいだけど」
(おぉ…神よ…)
…ちなみにその際、彼等は誰の身内か確かめようとクラスの者全員に『お前のお姉さんか?』と言う質問の縦断爆撃を行っていた…が…香里は違うと良い。寝惚け眼の名雪も『ううん、違うよぉー』と答えていた…ちなみに、その後に続くはずだった『お母さんだよー』は聞かれる間もなく次の生徒に質問は流れていったため…
当時のクラスメイト達…主に男子…の間での呼称は『何故の美人お姉さん』でまかり通っている……
そして、ともすれば学園七不思議に加えられかねない勢いだったこの情報は。今日晴れて…とうとう真実が日の目を拝み
「…間違い…無いのか?」
「…じゃないの?…私も初めて名雪の家に遊びに行ったときにはお姉さんに間違えたし…栞が初めて会ったとき…つい、数ヶ月前だけど…何歳くらいに見える?って聞いたら二十代前半って答えたし」
(香里よ…お前…俺に何か恨みでもあるのか?…なぁ…)
…本当は栞と2人きりで過ごすはずだったクリスマスが、美汐の計略によって名雪も混じることになってしまったのは…少々憎悪に値するだろう…シスコン姉にとっては
ぎらぎらと憎悪に沸き立つ北川達の視線…けれど……まだ…序の口だった
「失礼します…」
コンッコンッと、控え目なノックの後で開かれる扉…そこには、小柄な美少女が立ち…下級生の色の制服を纏って視線を辺りに走らせる
…美汐、である…
「…教室に入らせて貰ってもよろしいでしょうか」
とりあえず、近くにいた生徒に伺いを立てる…生徒は、特に気にした様子もなく…佑一達の騒ぎの方が気になる…首肯し
てくてくてくと、美汐は迷いもせずに…祐一の前まで歩み寄った…
「相沢さん、24日ですが、何時頃にお伺いすればよろしいでしょうか」
「くはぁっっっ」
喀血する祐一…周りの視線は痛いほど突き刺さってくる
『あの子…一年の…』
『ほら…学年トップの…』
『相沢の知り合い?』
辺りから、ぼそぼそと囁き声が聞こえてくる…もう、死にたい(死に体)である祐一には…どうでも良いことだが…
…不幸とは、重なるもので
コンッコン…再び教室を叩くノック…開かれた扉の先では…祐一が、最も見たくなかった少女が、あははーと微笑み
「祐一さん、24日のことでお話が…あ、天野さんも来てたんですねー」
まったく同じ思惑を募らせながら睨み合う2人の美少女…
『倉田先輩!?…あの!?』
『3年トップの…』
『何で…水瀬さんや美坂さんでは飽きたらず、あんな子やあんな人にまで』
「…なかなか、豪華な面子で集まるのね」
二年のトップである香里が呟く…これで、一教室に噂に名高い学園3才女…全員美少女で、成績は常にトップ…各学年、男子の憧れの的である美少女が揃ったわけだ…それも…1人の少年の前で…加えて…謎のお姉さんに関する話題も…
周囲の視線、興味、疑惑、憎悪の最前線に立たされた祐一は、間近で血涙を流しながら硬直する北川を前にがたがたと震え…
「…あの…すいません…お邪魔でしたか?」
美汐の声に何とか正気に戻る……辛うじて、自律意識を復活させ…
「あははーお友達の皆さんとのお話を邪魔してしまいましたか?」
ふっと、佐祐理と美汐が視線を合わせる…やがて、佐祐理は北川の方を向くと
「そうだ、24日。祐一さんとパーティーをするんですけど。皆さんも如何ですか?」
…風が吹いた…
全ての暗雲を吹き飛ばす神風が
そう、元寇の際に吹き荒れた神風と同様に戦いの趨勢を一瞬で決する神風が
美汐が睨んでくるが…
結局、北川達三人は佐祐理の申し出に涙しながら頷き…他にも参加したいと思っている者は多いようだったが、全て北川に追い払われた
…祐一は佐祐理と共に、帰宅の途につくのだった…
そして、来た24日の聖なるその日。朝食を食べた名雪と真琴は既に家を出た
残るのは、食後のコーヒーを手にゆったりと落ち着いた様子の祐一と今日は朝からご機嫌の秋子さんだ
その秋子に、祐一は言い忘れていた事柄を告げた
「あぁ、秋子さん…今日ですけど。友達が何人か来ますので。賑やかな方が良いと思いまして」
「まぁ…どなた?」
わくわくと、楽しそうに問うてくる秋子。それに祐一は指折り数えながら
「男友達が3人と…佐祐理さんと、天野って言う名前の女の子です」
「そうですか…きっと楽しくなるでしょうねぇ…了承」
珍しく了承まで時間はかかったが、秋子は嬉しそうに微笑み。その笑みを背に祐一は部屋へと戻ることにした
そして、残された秋子は…
「……さて…いろいろと用意しませんと…ね」
1人、微笑んだ
…時計の針が、五時に近付いてきた……
(そろそろ約束した時間だな…)
部屋で漫画本を読んでいた祐一は身を起こす
佐祐理も美汐も時間には正確だし。北川達の熱意を思い出せば。まさか遅れては来まい
そして…それは、早々にも現実のものとなった
ピンポーン
鳴らされる水瀬家のインターホン……時計の長針はきっかり十二を指している
「……5時過ぎの約束なのにきっかりか…北川のやつか?」
堅苦しくない方がいいだろうと、五時を回ったらめいめい六時くらいまでに集合という約束にしていたのに、きっかり
…玄関の近くで五時になるのを心待ちにしている北川の様子を想像し…あまりに容易く想像できてしまったために、少々陰鬱になる
興奮し、神に自らの幸運を感謝していた悪友達…待ち合わせの時間は特に指定していなかったので、最低限失礼にならない時間帯を見計らって来たのだろうが
祐一は、台所で調理している様子の秋子に一声かけた後…玄関を開き
「あははー、おはようございます、祐一さん」
…赤と白を基調としたドレスを身に纏った佐祐理がそこで笑っていた…想像とは全く違う人物の、艶やかな姿に思わず祐一は言葉に詰まり…
「我慢しきれなくなって早めに来てしまいました」
子供らしい、佐祐理の言葉に頬を緩める…よっぽど楽しみだったのだろうと。佐祐理を招き入れ…
「あら、可愛らしいお客さんですね。祐一さん」
秋子が微笑みを浮かべ。玄関に足を踏み入れた佐祐理と対面した
にこにこと、頬に手を当てて微笑む秋子…そして、ドレスを纏って微笑む佐祐理…どちらもよく似た種類の微笑みだ…
そう、周りを暖かくさせる笑みで…
「しかし、ずいぶんめかし込んできたね」
佐祐理の姿を上から下まで見た祐一は苦笑する
苦笑混じりの祐一の感想に、佐祐理は恥ずかしそうにしながら
「あははー、佐祐理はお友達とパーティーなんて初めてですから。どんな格好すればいいか分からなかったんですよ…おかしいですか?」
ひらりと、スカートの端を摘んでくるりと一回転
風を孕んだスカートが拡がり。足首の辺りが見えたりなんかして…
「いや、全然おかしくない…むしろ、似合いすぎて。こんな格好の俺の方が恥ずかしい」
自分の、着古したシャツなど引っ張ってみる…それに、秋子と佐祐理はくすくすと笑い
「さぁ、何時までもお客様を玄関に立たせるわけにはいきませんし、まずは中へどうぞ」
「はい、お邪魔します」
…何故か、遠くで、爆発が響いたような気がした…
すっと、秋子から出された妙に渋いお茶を啜りながら、たわいない談笑を交わす祐一…佐祐理は祐一と秋子の会話をとても楽しそうに横で聞いて、たまに会話に混じってくる
そして、佐祐理が来てから半時間もしただろうか…
ピンポーンと、再びチャイムが鳴った
少し驚いた様子の佐由理と秋子を居間に置くと、祐一はそれを出迎えるために玄関に向かい
「さて、今度こそ北川かな?」
それとも斉藤か…どちらかの訪問を期待して扉を開けるが…期待はまたしても裏切られた…良い方向で
そこに立つのは。白いセーターとスカートを纏った美汐の姿。寒い外気に晒されていたわりには、少々頬を上気させ、立ち
「…お招きいただいてありがとうございます。お言葉に甘えてお邪魔させていただきました」
「……そんな堅苦しい挨拶じゃなくても。お邪魔しますで良いと思うんだが」
「いえ、最低限の礼儀はわきまえておきませんと」
頭を下げる、あまりに世間慣れたと感じさせるその姿に
(…やっぱり…)
「…おばさん臭い…ですか?」
一瞬後。じと眼で、祐一を見つめる美汐の視線…それに、ほんのわずかにだけは。笑みを見せ…やがて、その笑みを渇かせていく祐一
ふぅと、溜息を漏らす姿すら、何故か…それに飽きたような姿で
「良いです…相沢さんに言われるまでもなく、堅苦しいかなとは思いましたから」
きちんと、靴を正し…そう言えば、佐祐理さんも同じように靴を正していたが、美汐がするとそれだけで絵になるから不思議だ
厳かにという形容が相応しい美汐を招き入れた祐一は、ひとまず彼女を伴うと居間へと向かい…秋子と佐祐理の前に出される美汐…それは、一瞬。祐一の方に視線を向けると
「お邪魔します」
ぺこりと、家主である秋子に頭を下げた…なるほど、祐一の言ったとおりの挨拶に。僅かに苦笑いする祐一
「天野さん…だったわよね、私は水瀬秋子。祐一さんの叔母です…よろしくね」
微笑みながら、秋子が美汐に声をかける
「あははー、私は倉田佐祐理です」
和やかな場で。改めて名を交換し合う3人…
ぴんぽーん…
そして、間を置かずして新たな来訪者が訪れた
既に、佐祐理と美汐は来ている…残るはクラスメート3人組
(もうちょっと、この場にいたかったけどなぁ…)
苦笑いしながら玄関に向かう祐一…さっきから、この廊下を往復してばかりだ
そして…開いた扉の向こうには、果たして北川の姿があり…
「な…何だ?お前…大丈夫か?」
祐一はその姿を見て…さすがに驚いた
…いつもの触角、いつもの顔、いつもより少し気合いの入った服…そこまでは良いが
…触角と服の端々が焦げていた
「あぁ、大したことはない…ちょっと、来るとき乗ったバスが事故っただけだ」
事も無げに言う北川は、実際大したことないのか笑みを浮かべ…それでも、焦げ痕が残るほどの事故など洒落にならないだろう
「大したことだろ、それは」
ずかずかと居間まで足を踏み入れてくる北川…その北川に、女性陣の視線も集まり
美汐と佐祐理が不安そうに目線を交わし合う
そして、大丈夫なのか問う秋子に
「俺はなんとか窓から逃げたが斉藤と佐藤は駄目だった…」
「…駄目…って…」
青ざめる祐一…ふと、先程聞いた爆発音を思い出し…髪を焦がした北川を見…
「救急退院の奴等に捕まったままだ…俺はかろうじて、救急車から飛び降りて辿り着けたんだが」
「逃げるなよ!」
「何を言う、絶対安静とか言い出したんだぞ、それでは今日のパーティーはどうなる!」
パーティーに参加するために、病院に担ぎ込まれる最中から逃亡…まさに漢と言えよう
実際、焦げてはいるものの。怪我的にはほとんど無傷だ…強力な目的意識が自己を護ったのだろうか
「本当に、大丈夫ですか?…今からでも病院にいかれた方が…」
不安そうに言う秋子…けれど、北川は元気良く
「大丈夫です、水瀬さんのお母さん。俺は身体だけは丈夫ですから。斉藤や佐藤も検査受けたらすぐに行くって、断末魔を上げてましたから」
(断末魔でどうする…)
汗を僅かに垂らすのは祐一だ…このパーティーのために命すら賭けている様子の北川に、薄ら寒い物を感じ…
「それに、パーティーを盛り上げる名人のこの俺が居ないと盛り上がる物も盛り上がらないでしょうから」
はっはっはっと、高らかに笑う北川…それに。苦笑混じりの笑みを零す女性陣
状況はなし崩し的に、談笑続行という感じに流れ始め…
「あの、それは何ですか?」
佐祐理が、北川が大切そうに抱えている手提げ鞄を指差した…服の端や、髪には焦げ痕が付いてるのに。手提げ鞄には汚れらしい汚れも見えず
「ふっ、このパーティーを盛り上げるための最終兵器ですよ、倉田先輩」
「あ、ゲームかなにかですか?…見せて貰って良いですか?」
にこにこと、期待するような眼で北川を見上げる佐祐理…それに。僅かに視線を逸らす北川は…気まずそうに咳払いし
「いやぁ、もうちょっと後の方が…」
「何持ってきたんだ?お前」
佐祐理から隠そうとした北川から、祐一が手提げ鞄をひょいと取る…慌てる北川をよそに、祐一は鞄の中身を覗き…
「………………………」
目眩がした
ゴスッッ
立ち眩みを起こしたように前のめりに倒れかける祐一。すると、奪い返そうと飛び込んできた北川の額が祐一のそれを直撃し
「ぐはっ」
「あうっ」
互いに視界の中で星を飛ばす祐一と北川…そして、祐一の手からこぼれ落ちた手提げ鞄は…盛大に、その中身をぶちまけ…
「………王冠と、番号の書かれた割り箸?…」
「いや、それは…」
「あははー、こっちは色分けされた丸の付いたマットですよ」
「あの……」
「ポッキーに、輪ゴム…」
だらだらと、汗を垂らし始める北川…本当は。もっと盛り上がってから、冗談交じりに提案するつもりだった素晴らしゲームの数々が。相沢のせいで白日の下に晒され…
(あぁぁーいきなり俺の清純なイメージがぁぁぁ…)
そんな物ははなから無い…が…
「はー…これは、どうやって遊ぶゲームなんですか?」
佐祐理が、互いに頭を抑える祐一と北川の前でしゃがみ込んで割り箸を摘み上げる
すると、北川は眼に見えて分かるくらい狼狽し
「確か…その王冠の割り箸を引いた人が、番号で命令するゲームだったと思います…パーティーの際にはよくやるゲームだと、美坂さんが以前言っていました…」
…どうせ、ドラマか何かで見ただけなのだろうが…よく分かってない様子の佐祐理と美汐に、北川は安堵し
「あ、じゃぁ普通のパーティーとかでは良くあるゲームなんですね…」
「えぇ、私はそう言った集まりに参加する機会が少ないので、やったことはありませんが…」
(…それは…パーティーじゃなくて、合コンなんじゃ…)
祐一が胸中で呻くが…この好機を逃す北川ではなかった
「そ、そうなんですよ。トランプと同じくらい王道なゲームで。王様ゲームと言うんですが」
げしりっと、祐一の爪先を軽く踏みながら言う北川…合わせろと言うことだろう
とりあえず、曖昧に頷いておくと…
「じゃぁ、後でやってみましょうね」
…秋子がにこにこと言ってくる
…神が自分に微笑んだと歓喜する北川…同時に、祐一も面子を眺め回した後で…
(これは…凄そうだ)
…まぁ、何も知らなそうな佐祐理や秋子、美汐に大層なことが強要できるはずもないが
「あ、こっちは何ですか?」
言って、次に佐祐理が興味を持ったのはマット…言葉で説明するのがさらに難しいそれに、北川も祐一も声を詰まらせ
「何ですか?」
にこにこと、佐祐理が問う…秋子があらあらと笑い
…混乱の中で、波乱含みのパーティーは始まった
「あははー」
佐祐理の笑い声が木霊する…北川が漏らした些細な言葉に大きなリアクションを返し…そして、それにつられて周りもどっと笑い出す
和やかなで、暖かな談笑風景…スナック菓子や、秋子が作った料理…ジュース類、それに混じってアルコールが所狭しと並ぶ中、水瀬家の居間では今は裕一達の学校生活の話題が取り沙汰されている
…ちなみに、マットのゲームの説明は結局有耶無耶のままで終わっている。その後
秋子が家での祐一や名雪、真琴の話をしたり、舞や栞など、ここには居ない人物の話も繰り広げられ。みんなでツリーの飾り付けもした…それは、笑い声の絶えない光景で……
「あははー、そろそろお腹が空きましたねー」
「そうね、料理を出しましょうか…」
とりとめもなく漏らされた言葉に、用意されるのは鶏やケーキ、佐祐理のお弁当…欠食児童の如く眼の色を変える北川や、喰いきれるか心配する祐一の前で…
机の上は料理で埋め尽くされ
「それと…ちょっとだけ、こういう物も」
呟き、秋子がシャンパンを取り出してくる…きちんと、アルコールの入った物である
「あははーお父様から拝借してきちゃいました」
佐由理が出すのはワイン…言わずもがな、アルコール含む
…理性を無くさせる魂胆らしい。美汐も少し顔を蹙めはしたが…無理に止めようとする気配はなく
「ささ、祐一さんどうぞ」
シュワワワと。北川と祐一の前のグラスにシャンパンが注がれる…同様に。他のみんなのグラスにもシャンパンが注がれ
「あははー祐一さん、せっかくですから乾杯しましょう、合図をお願いします」
「あ、うん…えぇ…」
突然乾杯の音頭を求められても困るだけだが…どうせ、既にパーティーどころかただの友人の集まり…そのほとんどが初対面の割には希有なほど和やかだが…大した言は必要としないだろう…
祐一は、全員に飲み物が渡っていることを確認すると
「えぇ…今日は、暇な人達で集まって騒いで…楽しみましょう」
「「「「「乾杯」」」」」
重なる声…北川と祐一はここに至るまでで散っていった戦友(斉藤と佐藤)の姿を思い出しながらシャンパンを煽り
((お前達の分まで幸せになってやるからな))
…何だか、裏切り者だのと怨嗟の声でも聞こえてきそうだが。そんな物は聞く耳持たない
今、祐一と北川の脳内を満たすのは。あのゲームのみ
…既に北川とは、あまり無茶な命令をしないことと羽目を外しすぎないことに関して確約済みである
北川にしても、まさか嫌われるようなことをするつもりはないわけで
「…良いか、北川…」
「…あぁ…親友」
ぐっと、親指を立て合う…時は来た、今こそ聖戦の時
そう、さりげなく…さりげなく、あのゲームの話題を出して…
「あ、そう言えば。き北川さんの持ってきたゲーム、やってみませんかー?」
(佐祐理さん、グッジョブ)
思わず感涙したい…凄まじくハイテンションな佐祐理さんから振ってくれるなんて…これはもう、やるしか無い
「そ、そうですね…倉田先輩は来年大学でしょうし、だ、大学のこ…こココパーティーとかではこのゲーム、本当に多いんですよ」
(北川…ぼろが出る前に喋るのをやめろ…頼むから)
…が、そこは出来た人秋子と、天然佐祐理のコンビ…唯一。美汐だけが北川に冷めたような眼を送ってはいたが。滞り無くゲームは始められることとなり
「あははー、やりましたー」
北川の手から順番に割り箸を取っていく四人…その中で、佐祐理が嬉しそうに割り箸を振っている…王様と言うことなのだろ
「1番です!」
(ルール分かってねぇ!!)
1の印が書かれた割り箸を振って喜ぶ佐祐理…北川と祐一が目を見合わせ…
「私は3番ですね…この番号の順番に命令するんですか?」
(天野…お前もか!!!)
「私は王冠…ですけど…」
秋子さんが王様のようだ…祐一が自分の物を見れば2番…と言うことは…消去法で。北川が4番なのだろう…
とりあえず、目を合わせていた祐一と北川は溜息を漏らすと…
改めて…ルールを説明した
「まぁ…そうすると。誰になにをさせるのか、もうだいたい分かっちゃいますね…」
ようやく説明を終えた後。秋子はあらあらと呟き…
「はい、ですから」
もう一度取り直そうと、提案しかけた瞬間
「1番の倉田さん、2番の方に、自分が1番美味しいと思うものを食べさせてあげて貰えますか」
…秋子は命令を終えていた
現段階で分かっていなかったのは、男性陣が何番であるかだけ…そのため。秋子は佐祐理を確定として半々の確率を持たせたのだろうが…
…命令の内容にしても、初めてにしてはなかなか心得た物で…
(秋子さん…あなた…このゲーム知ってるでしょう…)
(…それは、企業秘密です)
祐一のアイコンタクトに、同じくアイコンタクトで応えてくる秋子
…まず間違いなく知っている、で。面白がってる…祐一はそう確信し…
「ええと、私が…2番て誰なんですか?」
「あ、俺です」
北川が隣で口惜しそうに唸っている…が…
(こ、これは…)
佐祐理が目の前で、寸前までくわえていた自分の端で重箱をつついている
やがて、舞の好きなたこさんウィンナーを取り出すと…
「はい、祐一さん」
「っ………」
(これは…間接…)
北川が恨みすら感じさせる眼でこちらを睨んでくる…そして、自分の唇の前にはたこさんの形をしたウィンナー…
これを食べろ…それは命令…そう、王の命には下々の者は従わないといけない、それは絶対だ…
そう、命令だから仕方なくて…
「祐一さん、あーんしてくださいよー」
ぷにぷにと、佐祐理がウィンナーを祐一の唇に押しつける…僅かに開いた口に。ウィンナーが滑り込み
…とりあえず、にこにこと目の前で微笑む佐祐理の顔のせいで…味はよく分からなかった…
「…美味しくありません?」
自分の顔が微動だにしなかったことが不満だったのだろう、佐祐理は寂しそうに呟き…もう一つウィンナーを摘み上げると、自分で堪能した…祐一にウィンナーを運んだそのまま、自分でもウィンナーを食べ…
「うん、美味しいです」
(くはぁぁぁっっ)
思わず胸中で叫ぶ…にこにこと無垢に微笑む佐祐理…後光すら差しそうなその姿に。祐一は打ち震え
「さ、さ…第2Rといきましょう」
北川が2度目のシャッフルを終える…今度こそ、今度こそ…今度こそと野望に萌える中…祐一が引いたのは3番
さすがに、今度は誰も自分の番号を口にしたりせず
「あははー私が王様です」
佐祐理が嬉しそうに微笑む…しばらく、美汐や秋子の方に目をやり…
「ええとー…1番が3番に、2番が4番に。自分が1番美味しいと思うものを食べさせてあげてください」
以前の秋子の内容を踏襲する命令を下す…が…自分は3番…と言うことは…
ちらりと横目で見る…と
(相沢…貴様…2番だったら殺す!)
と言う眼で北川が睨んでくる
(安心しろ…俺は3番だ)
とりあえず、アイコンタクトで語り返す祐一…瞬間。北川が安堵の顔になり
…というか、アイコンタクトでよくそこまで語れるものだが…
「私が、3番の方にですか……3番はどなたですか?」
美汐の声…1番が美汐……ならば
「あ、俺4番です!」
きらきらした瞳で秋子に言い放つ北川…実に欲望に素直だ
「まぁ、私の1番美味しいと思うものですね…」
にこにこ微笑む秋子…祐一は何故か、背筋が寒くなった…
「じゃぁ……相沢さん、はい、どうぞ…」
ふと、横を見れば美汐が…フォークで、ケーキの一部を削って差し出してくる…甘いものが好きという訳か
(意外と…)
「…意外と、おばさん臭くないなどと言う不出来な考えをしてませんか?」
「し、してないしてない」
天野手ずからのケーキ、勿論有り難く味合わせていただく…作ったのは秋子だろう。甘さも程良く美味しいできばえで…
…視線を、ご褒美を心待ちにする犬のような雰囲気の北川に向ける…
が…何故か、その飼い主たる秋子さんの姿が見えず
(おや?…)
「お待たせしました」
見れば、台所からだろう…秋子さんが戻ってくる
…美汐に気を取られているうちにいったん、席を外したようで…
「私が、1番美味しいと思うモノです」
…手には…オレンジ色の瓶詰めがあった…
…そして、硬直する祐一の眼前で。それは秋子さん手ずから、スプーンで北川へと運ばれ……
……至福の顔でそれを受け入れる北川……そして
「うまがはっっっ」
…美味いと言いかけた途上で突然悶絶し、泡を吹いて倒れ込む…
…おそらく、味云々を気にする間もなく美味いと宣言するつもりだったのだろうが…口内を占めるのは…謎ジャム…その不可思議な味わいを無理に美味いと認識しようとした。想像と現実のギャップが…悶絶の原因だろうか…
「あら、北川さん?」
「……北川…安らかに眠れ…」
何故か、目元だけは満面の笑みで。唇は苦悶の表情を浮かべ舌を零しだした北川の寝顔は…まさに、不気味の形容しか当てはまらず
…それでも、夢に殉じて死んだ北川に、せめて幸あらん事を…
祐一が友に祈り…祐一が汗を一筋垂らしながら。秋子が懐に抱え込んだままのジャムを見る
(ま…まさか…全員に食べさせるつもりじゃ…)
「北川さんも倒れてしまいましたし…このゲームはおしまいでしょうか…思っていたより、危ないゲームのようですし…」
「そうですね…正直、ちょっと恥ずかしくもありました」
赤面した様子の美汐と佐祐理が中止を申し出る。秋子は不満そうだったが……無理強いするわけにもいかず
祐一にすれば命拾いした気分だ
その後、ちゃんと北川をソファに寝かしつけた後で…また和やかな談笑が始まり
…そして、パーティーも締めの時間となってきた。すると…佐祐理が箱を取り出し
「あははー…不要かとも思いましたが、ブッシュド・ノエルなんて…作ってきたんですがお召し上がり頂けませんか?…秋子さんなんて、しっかりされてる方が居るんですから…要らぬお節介でしたかも知れませんが」
場の雰囲気を変えるためだろうか。佐祐理が嬉しそうにケーキを取り出してくる
機をモチーフにしたケーキに…4つの砂糖菓子が乗っている
…姉弟らしきデフォルメされた砂糖菓子…そして
…可愛らしい仔狐の砂糖菓子…
…特徴的な蒼い髪をした少女の砂糖菓子…
最後に、ブッシュド・ノエルの上にさらに重なる、切り株を象った砂糖菓子…
…何処でどうやって調べたのやら…
さすがに、祐一も背に汗を浮かべる
「まぁ、美味しそうなお菓子…私、お茶を淹れてきますね」
ふっと、秋子が立ち上がる…当然のように佐祐理が、姉弟の砂糖菓子の飾られたケーキを取り、仔狐の飾られたケーキを美汐が取り……美汐は、蒼い髪の少女が飾られたケーキを秋子の席の前に置いた
「はい、お茶が入りましたよ」
秋子が微笑みながら紅茶を配ってくれる…美味しいケーキと美味しい紅茶。それを堪能しながら…
…そのまま…佐祐理と祐一は…テーブルに突っ伏した
…紅茶からは…何というか、不思議な味がした
…遠のく意識の中で…
(ろ…ロシアンティー…)
…ジャムの沈殿した紅茶に…意識を、物理的に奪われた…
「…眼…覚めました?…」
ゆっくりと、瞳を開く…見れば、目の前には秋子の顔…
辺りには、佐祐理と天野…遠くに北川も転がっている
「皆さん、急に倒れられて…私、どうして良いか…」
…本当に近くに在る秋子の顔…名雪に似ていて…けどずっと大人びて…綺麗な顔、それにどぎまぎしながら…後頭部の柔らかさに気付く
……………額を撫でる秋子の掌…そして、目の前の…豊かな胸…
(ひ…膝枕…………)
髪を撫でられる…そして
かくっ
音すら立てたように、秋子が頭を擡げる…
額と額がぶつかりそうなくらい近づき
「あ…あら…少しだけ安心したら…急に…」
そのまま…秋子も意識を閉ざし…祐一を太股に抱き、前のめりになったまま眠りに落ちる…
「あの…秋子さん?…」
返事はない…熟睡しているようだ…祐一の眼前に美麗な顔と、豊かな胸を見せつけるようにしながら
(ちょっと待て…これは何だ……いったいどう言うことだ!?)
…真相へと続く(ぇぇ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結局、書ききれなかったか…
尚…真相は…出来れば読まない方が…(ぇぇ)
とりあえず…クリスマスSSになってない辺りに問題がある気がしますが…今は、コレが精一杯