※本SS独自の設定―― と、いうより言い訳――
・祐一の母親は彼が幼いころに死別しています。
・真琴のことは・・・気にしないでください。
・祐一は、結構古風な考えの持主です。
上記の設定に不満の方・・・・・申し訳ありません(土下座)
RECOLLECTIONS OF THE PAST
12月某日
クリスマスまであと数日という日の午後。
制服を着た一組の男女――おそらくは学校帰りだろう――が仲睦まじく歩いていた。
しばらく二人は他愛もない話をしていたが、青年がふと思いついたように話題を変えた。
「美汐、クリスマスは空いているか?」
「クリスマスですか?・・・・・・今のところ予定はありませんが。」
青年の問いに少女――天野 美汐――は少し考えながら答える。
すると青年は安堵し、どこか照れくさそうに、
「それなら俺と一緒に過ごさないか?ほら・・・・・俺たちは、その・・・・・恋人なんだから
さ。」
その発言に美汐は頬を朱くし、嬉しそうに、
「はい・・・。」
と、かすかに、しかししっかりと頷く。
「でも祐一さん、何処で過ごすのですか?」
美汐の疑問に青年――相沢 祐一――は自信たっぷりに、
「それはもちろん・・・・・・・・・・」
しばし沈黙し、
「・・・・・・考えてなかったな。」
・・・・・・・・企画だけで、計画は何一つしていなかったようだ。
そんな祐一に苦笑し、
「それでしたら――」
顔を真っ赤に染め、美汐は、
「私の家で・・・・・過ごしませんか?」
そう、提案した。
――
しばらくお待ちください――
「お嫌・・・・・・ですか?」
悲しげに問う美汐の声を聞いて、ようやく祐一は硬直から脱し、
「いや、違うんだ!嫌なわけじゃなくて、むしろ嬉しいというか、望むところというか!い
や、そうじゃなくて!」
「お、落ち着いてください。」
いきなり慌てだす祐一に驚きながら、美汐はなんとか祐一をなだめる。
――5分後
「落ち着きましたか?」
「ああ、なんとか・・・・・・。
それで、だ。俺としては嬉しいのだが、俺たちはまだ高校生だし、そういうことはまだ 早いと思うし、いずれはご両親に挨拶に伺うつもりだが、それはまた日を改めて・・・・・」
「そ、そういうことではないです!」
祐一の言葉に、自分の発言がそういったニュアンスを含んでいたことに気づいたのか、耳まで顔を朱く染め、慌てて訂正する。
「そういうことではなくて、『私の家でパーティーをしませんか?』という意味です!」
「なんだ、そういうことか。」
美汐の訂正に、残念そうな、ほっとしたような、複雑な表情で納得する祐一。
「でも、いいのか?家族でのパーティーに俺みたいなのが参加しても。」
「いえ・・・・・その、両親は居ないんです。」
祐一の疑問に対し、美汐は恥ずかしそうにしながら答える。
「居ない?」
「はい・・・。
実は以前、両親に祐一さんとお付き合いをしていると話したんです。
そうしたら先日、『クリスマスは久しぶりに夫婦水入らずで外出するから、美汐は祐
一さんとデートして来なさい。』と言われまして。
ですから、その・・・・・」
恥ずかしそうに俯く美汐を見て、
「そうだな、それじゃあ美汐の家でささやかなパーティーをしようか。
・・・・・・その、二人きりでな。」
少し顔を朱くし、祐一は微笑む。
そして、その顔を見て、美汐は――
「――はいっ!」
とても嬉しそうに笑顔を返した。
「そうだ、祐一さん。」
しばらくして、唐突に美汐は口を開いた。
「ん?」
「パーティーで、なにか食べたいものはありますか?」
「そうだな・・・・・」
美汐の問いに祐一はしばし黙考し、
「クリームシチュー、かな。」
どこか懐かしそうに、それでいて翳りを帯びた表情で答える。
「クリームシチューですか。」
「ああ。」
「・・・・・他には、ありますか?」
そんな祐一の表情は気になったが、その疑問をとりあえず保留にし、美汐は話をすすめた。
「いや、後は美汐に任せるよ。美汐の料理はどれも美味いからな。」
「・・・・・・・・分かりました。」
祐一の言葉に、嬉しそうに頬を染め、美汐は頷く。
こうして、今日もまた、平穏に一日は過ぎていった。
「いらっしゃいませ。」
時は過ぎ、クリスマス当日。
「メリークリスマス、美汐。」
先日の約束通り、祐一は美汐の家を訪れていた。
「メリークリスマス、祐一さん。」
互いに微笑みながら挨拶を交わし、家の中へと入っていく。
「それでは、改めて」
少し照れくさそうに祐一がグラス――アルコール飲料ではない――を持つ。
「はい。」
そんな祐一に微笑みながら美汐もグラスを持つ。
「メリークリスマス!」
二人で一緒に言い、同時に互いが持っているグラスを軽く打ち付ける。
そして、中身をあおり、美汐手作りの料理へととりかかる。
「お口に合うと良いのですが・・・。」
そう言う美汐に答える前に祐一はシチューをすすり、
「うん、美味い!」
と満面の笑みで、美汐の不安を打ち消す。
それに安心したのか、美汐も笑みをうかべ、料理を食べ始める。
その後も祐一が料理を褒めたりしながら談笑し、食事は進んでいった。
「そういえば、祐一さん。」
「ん?なんだ?」
食事も一段落し、クリスマスケーキを食べていると、美汐はずっと気になっていたことを、祐一に聞いた。
「何故、祐一さんはクリームシチューをリクエストしたのですか?」
「何か変か?」
「いえ、変ではないですけど、ただお好きなだけだとはどうしても思えなくて・・・・・。」
「・・・・・・鋭いな、美汐は。」
美汐の発言に祐一は軽く驚く。
「そう、だな。クリームシチューは俺の中では特別な料理なんだ。」
「何か、思い入れがあるのですか?」
「まあ、な。」
「もしよろしければ、その理由を聞かせてもらえませんか?」
美汐の真摯な態度を受け、祐一は逡巡し、
「理由か・・・・・・・・・・少し暗い話になってしまうけど、それでよければ。」
「それでも・・・・・聞きたいです。」
その言葉に頷くと、祐一は何かを思い出すように目を閉じ―― 過去を語り始めた。
「クリームシチューは、母さんが作ってくれた料理の中で、俺が特に好きな料理だったんだ―― 母さんは、もういないがな。」
話すべきことを少し頭の中で整理できたのか、しばしの沈黙を経て、祐一はそう、切り出した。
祐一の言葉に、美汐は自分が軽率なことを聞いてしまったと後悔したが、今は口を挟むべきではないと判断し、沈黙をまもる。
そんな美汐の心情を知ってか知らずか、祐一は先を続ける
「母さんの料理は、本当のところ、あまり上手くはなかった。
―― 少なくとも、秋子さんや美汐には完全に負けていたな。
それでも俺は、母さんの料理が一番好きだった。
母さんの料理には秋子さんの料理にはない何かが入っているような感じがしてい
た。」
どこか、母を自慢するかのように、祐一はとつとつと語っていく。
「愛情とか、暖かみとか、そういったものですか?」
美汐の推測に対し、祐一はかぶりを振る。
「多分、違う。そういったものならば秋子さんの料理にも美汐の料理にも入っていると思うし。」
その言葉に美汐は頬を染める。
「それではいったい・・・・・・・・・?」
「分からない。自分でもそれが何か説明できないからな。」
美汐の問いに祐一は苦笑で返し、話を進める。
「毎年、クリスマスになると、母さんはきまってクリームシチューを作るんだ。
そして、いつもシチューを食べる俺に向かって聞くんだ。
『美味しい?』って。
当然俺が頷くと、凄く、本当に凄く嬉しそうな笑顔をするんだ。逆にこっちのほうが
照れてしまうくらいの、な。」
当時の状況を思い出しているのか、祐一は目を細める。
「俺は、その笑顔が大好きだった。
母さんのその笑顔が向けられると、俺も凄く嬉しくなった。
クリスマスプレゼントなど必要ないと、そう思うほどに・・・。」
「祐一さん・・・・・。」
祐一の語った過去に何も返答できず、美汐は祐一をじっと見ている。
そんな美汐に気づいたのか、祐一は穏やかな表情をうかべ、言葉を紡ぐ。
「これが、俺が特別だと言った理由・・・かな。
聞いてくれてありがとう。嬉しかったよ、美汐。」
「いえ、そんな、私が無理に聞いてしまったことですし、祐一さんに感謝されることな
んて・・・・・・。」
突然の祐一の礼に、美汐はひどく動揺する。
慌てて言葉を返す美汐に苦笑し、美汐に説明するかのように、さらに言葉を繋げる。
「そんなことはないさ。母さんのことを話すきっかけをつくってくれたし、なによりその
話を真剣に聞いてくれた。それに、母さんとの思い出を共有してくれる人が一人出
きたのだから、こんなに嬉しいことはないよ。」
本当に嬉しそうに話す祐一に、美汐は目頭が熱くなるのを感じる。
「それに・・・さ。」
「?」
一転、どこか照れくさそうにする祐一を見て、美汐は不思議そうな表情をする。
「美汐が作ってくれる料理も、母さんの料理と似たような感じがするんだ。」
顔を朱くして話す祐一に触発されたのか、美汐も顔を朱く染める。
「すまないな・・・・・変なことを言ってしまって。」
「そんなことはないです!私は、その・・・そう言ってくださって、凄く嬉しいですから。」
互いにそう言い、二人ともさらに顔を朱くし、沈黙する。
しかし、その沈黙は、二人にとってとても心地よいものであった。
「あの、祐一さん。」
「ん?」
しばしの沈黙を破り、美汐が切り出す。
「私が祐一さんのお母様の料理の秘密を解いてみせますから。
そして、その料理と同じ―― いえ、それ以上の料理を作ってみせますから。
・・・・・その、時間はかかってしまうかもしれませんが。」
美汐の決意に、祐一はあっけにとられているのか言葉を発しない。
そんな祐一を見て、美汐は一転して不安そうな表情をうかべる。
「すみません。やはり迷惑ですよね・・・・・。」
悲しそうな声を聞き、祐一は慌てて口を開く。
「そ、そんなことはないさ!凄く嬉しいよ。」
「本当、ですか?」
「もちろん。
俺にとって、生涯最高のクリスマスプレゼントだよ。」
「・・・嬉しいです。本当に、嬉しいです。」
祐一の言葉に安堵したのか、微笑む美汐。
そんな美汐を見て、祐一もまた、表情を和らげている。
そして、ふと思いついたように、美汐に話しかける。
「そうだ美汐。年が明けたらさ、母さんに挨拶に行かないか?
母さんに美汐のこと紹介したいから。」
「よろしいのですか?」
「当然。」
美汐の返答は――
「はい、喜んで。」
であった。
祐一は、そんな美汐に、心底嬉しそうな笑みを見せ、
「それじゃ、この話はここまでにして、『今』を楽しもうか。」
そう、提案する。
美汐も、
「ええ、そうですね。」
と、賛同する。
そして再度、
「メリークリスマス!」
二人で唱和し、他愛もない話に花を咲かせていく。
こうして、恋人のクリスマスの夜は更けていく。
―― 過去に縛られ続けた二人は、今、
未来を見据えて――