私には何もありませんでした。

全てに目を閉じて耳を塞いで

そんな世界に生きてきました。

貴方は、そんな私の目を開かせてくれました。

何も無かった私の『世界』に光と音をくれました。

愚かな私に生きる力をくれました。

私はそんな貴方に恋をしました。

この想い貴方に届くことが無いと分かっていても

貴方を想ってしまうほどに

お慕いしています。






この奇跡が聖夜の夢でありませんように







12月23日

クリスマス・イブの前日であるこの日

街はまさにクリスマスムード一色である。

街はイルミネーションに彩られ

テレビやラジオなどのメディアからはクリスマスソングが流れる。

世は『愛』を祝福していた『恋』を祝福していた。

人々は浮かれ、幸せになれる。

たとえ、本来の『目的』を逸脱した習慣としてそこに根付いていたとしても

もはや聖夜は、存在する意味のあることであろう。

しかし、人を愛しく想うことに祝福があるとされる日が近づいたこの時に

一人の少女の心は晴れなかった。

少女の名は『天野美汐』

一人の男性に想いを寄せる少女である

その男性の名は『相沢祐一』といった。







美汐は自分の部屋で星空を見ながら

これまでにも何度となく繰り返してきた自問をまた繰り返す。

『どうして、こんなにも彼を…相沢祐一を愛してしまったのだろう』と

今日の夕方の出来事を思い出す。

祐一が二人の女性と一緒に歩いていたことを

彼に想いを寄せる女性である『川澄舞』と『倉田佐祐理』と歩いていたことを







美汐は思う。

分かっていたことだ……と

祐一には想いを寄せる女性が数多くいること

そして、その人たちは自分なんかよりずっと魅力的だということ

だからこそ

美汐は、はじめ祐一が好きかもしれないと思ったとき

祐一への想いを否定した。

そんなことは無いと、思おうとした。

でも、だめだった…。

どうしても、彼のことが浮かんでくる。

悪戯好きで

意地悪だけど

いざという時、とても頼りになって

気持ちを分かってくれる

とても優しい人

その時、思った。

人を愛するということは…こういうことなのだと

自分でも押さえられないぐらいその人を愛しいと想う事なのだと

そして、今も……夕方の情景に心は痛んでも

祐一がこの思いに答えることは無いと改めて思っても

それと同時に祐一を愛しいという想いが募るのを

美汐は確かに感じていた。







美汐は部屋にある机の上に視線を移した。

そこには、綺麗にラッピングされた小さな箱が乗っていた。

それは、美汐が祐一にクリスマスプレゼントのつもりで買った時計だった。







彼は、私のことを友人としては見てくれているかもしれない。

それくらいは、自惚れてもいいかもしれない。

でも、けして私を特別には…一人の『女性』としては見てくれていないだろう。

美汐はそう思っていた。

それでも美汐は祐一のことを一人の『男性』として見ている…その想いを込めて買った時計だった…。

その『想い』が込ったプレゼントでさえ、実用品を選ぶあたり彼女らしさがでていたが…

でも、少しだけ揺らいでしまう。

彼にこんなものを渡していいの?…と

祐一は『友人』としてこれを受け取ってくれるだろう

何の問題も無い。

そう思う。

それでも、心の奥が悲鳴をあげる

『本当にいいの?』と







その時…部屋で目的も無くつけられていたラジオから

『聖夜には確率論を無視できる』とか『奇跡が起こる』

なんて、無責任なフレーズが流れてくる。







いけないこと、ありえないことと思っても

その時、心が言っていた。

『奇跡が起こるのなら…私の願いを聖夜のときだけでいいから…叶えてください』と

美汐の心にあまりに悲しい想いを募らせたまま聖夜の前日は更けていった……。







翌日

美汐は昼過ぎにベットから起き上がった。

普段から規則正しい生活を心がけている美汐にしては非常に珍しいことである。

まあ、この時間まで寝ていたわけではなかったが

ベットの中で、いろいろと考えていたらこんな時間になっていたのである。

その結果、たとえ親友としてでもプレゼントは渡そうと思った。

着替えた後、まずは軽く食事をとるために支度をし、簡単に料理をする。

ちなみに美汐の両親はこの時期仕事が忙しく泊り込みで仕事をしているため、美汐は実質一人暮らし状態である。

食事をとった後、念入りに身だしなみを整える。

そして、プレゼントの箱を持って施錠して家をでた。







美汐は祐一が居候はしている水瀬家のインターフォンを押す。

「はーい」

そんな声とともに足音がして玄関のドアが開く。

玄関に出たのは名雪だった。

「あれ、美汐ちゃん、どうしたの?」

「あの…相沢さんはいらっしゃいますか?」

「祐一?さっきまでいたんだけど…どこかに出て行ったみたい」

「……そうですか」

その時、奥のほうからなじみのある…祐一と同じく水瀬家に引き取られている二人と家主の声が聞こえてきた。

「あう〜っ!指切っちゃった!」

「うぐぅ、なかなか泡立たないよぅ」

「あらあら」

その声を聞いた美汐が名雪に問いかけた。

「あの…何かやっているんですか?」

「ああ、今日ってクリスマス・イブでしょ。だから真琴の希望でクリスマスパーティーをやろうってことになって

みんなでケーキを作ってるの」

「そうなんですか。すいません、お忙しいところに」

「そんなこと気にしなくていいよ」

名雪がそう言って笑う。

そんな名雪に美汐は

「ありがとうございます」

と言うと

「では、失礼します。お邪魔しました」

と言って、水瀬家を後にした。







水瀬家を訪ねた後、あきらめきれない美汐は

祐一を捜して商店街やもみの丘に足を伸ばしたが祐一を見つけることはできなかった。







街を一通り捜し終えると、もう辺りは暗くなり始めていた。

美汐は、祐一に今日プレゼントが渡せない事に落胆を覚えながら帰路に着いた。

そして、家の前に着くと…そこには美汐の探し人がいた。

「あ…相沢さん!?」

美汐が驚きの声をあげる。

「おう、みっしー」

いつも通りに…祐一は挨拶をする。

しかし、その声が寒さで震えていることに美汐は気づく。

「その名で呼ばないでくださいといつも言っているでしょう」

そんないつも通りの言葉を言いながら、美汐は祐一に駆け寄り肌に触れる。

「……!!ものすごく冷たいじゃないですか!!」

美汐はそう叫ぶと、急いで家の鍵を取り出し玄関を開けた。

「入ってください。すぐに暖房をつけますから」

そう言って、美汐は祐一を招きいれた。







ストーブの前にいる祐一に美汐はトレイを持って近づいていく

そして、トレイの上にあるマグカップを祐一に差し出した。

「はい、相沢さん、あったかいココアです。少しはこれで温まると思います」

「あ…わるい」

祐一はそう言うとゆっくりとマグカップに口をつけた。

美汐はそんな祐一の横に座るとあきれた様に問いかけた。

「まったく……そんなになるまでじっとしているなんて…いつからここにいたんですか?」

「2〜3時間ぐらい前から」

その答えに美汐はさらにあきれる。

2〜3時間前といえば美汐が家を出て行った時間とほぼ同時刻だ。

冬のこの時期に、この地方でそんなことをしているなんて尋常じゃない。

「相沢さんの奇行は今に始まったことではありませんが……何でまたそんな馬鹿なことをしたんですか」

美汐の言葉に祐一は心外だという表情で驚いた声をあげる。

「むう、馬鹿なこととな、それは違うぞみっしーよ。我は非常に重要なミッションのためにあの場にいたのだ」

祐一のおどけた様な口調に美汐はため息をついて

「…で…その重要な事柄というのはなんなんですか?あなたは、水瀬家のクリスマスパーティーに

参加しなくてはいけないのでは?」

と言った。

「むう…なんで天野がそのことを知ってるんだ?」

「あ…そ、それは…」

美汐は『しまった』と言う表情をしながら顔を赤くする。

「そんなことより、私の質問に答えてください」

美汐は照れ隠しも兼ねて、そう言って話題を逸らそうとする。

「…ま、いいか。俺がここにいたのはこれを天野に渡そうと思ったからだ」

その軽い口調とは対照的に祐一は少しためらいがちにそれを美汐の前においた。

それは少し小さめの綺麗なデザインの箱だった。

「…これは?」

美汐が不思議そうに呟く。

「開けてみてくれ、天野」

祐一がそう呟く。

よく見ると、その顔は若干赤いようにも見える。

美汐は、不思議に思いつつも言われたとおり箱のふたを開けた。

そこにはシックだけど、綺麗なデザインのティーカップが入っていた。

美汐は、驚いた表情で呆然と呟く。

「あ……相沢さん、これは…?」

「…クリスマスプレゼント、天野にな」

祐一は照れたように…でも、微笑みながらそう言う。

「昨日、さんと舞にもアドバイスをもらいながら選んだんだ。天野はそういったものがいいかなって思ったんだが…」

美汐は、その時呆然と祐一の声を聞きながら、昨日見た光景を思い出していた。

あの時、自分へのプレゼントを選んでくれていたとは夢にも思わなかった美汐は、驚きでいっぱいだった。

「そういうわけで、受け取ってくれ。何でかは分からないんだが…佐祐理さんと舞の機嫌を損ねてまで買ったんだからな」

その言葉を聞いて、祐一のニブさを再確認した美汐は問いかける。

「なぜ私にプレゼントなんてくれるんですか?相沢さん」

「何でって…」

「相沢さんには、他にもプレゼントをあげなきゃいけない人がたくさんいるじゃないですか」

「名雪達のことか?」

美汐は頷く。

「……俺が天野に贈り物をしたいって思ったからかな」

祐一は微笑みながらそう言う。

「でも、相沢さんいつもお金がないって言ってるじゃないですか」

事実、日頃から名雪達に奢らされているせいで祐一のサイフはいつも残金が少ない。

だが、祐一はそんなこと気にしなくていいとでも言うような明るい声で言った。

「大丈夫だよ。俺がプレゼントを渡すのは天野だけだから」

「え…でも、相沢さんの周りには…」

美汐はためらいがちな声でそう呟く。

その声を遮る様に祐一は顔を赤くしながら

「天野は俺にとって特別ってことだよ」

と言った。

「あ…相沢さん…それって…」

「……」

辺りに沈黙が落ちる。

その沈黙を破ったのは美汐だった。

「あの、私も相沢さんにプレゼントがあるんです」

顔を赤くして俯きながら呟く。

そして、プレゼントの時計が入った箱を取り出す。

「それで…あの…このプレゼントを渡す代わりにお願いがあるんです……」

「何だ、天野?」

二人の会話はまだぎこちない。

「あの、今の言葉……もう一度はっきり聞かせてください」

美汐は顔を真っ赤に紅潮させながら潤んだ瞳でそう懇願した。

そのしぐさの前に祐一の精神がなんらかの抵抗を試みることは不可能だった。

「あー……つまり、俺は天野が好きだってことだよ」

祐一は照れたようにそう言う。

その言葉と同時に美汐は祐一の胸に抱きついた。

時計の入っている箱が静かに床に落ちる。







美汐は信じられなかった。

自分が夢でも見ているのではないかと思った。

しかし、そう感じていても美汐の唇はその幻想のような幸せに流されるまま言葉を紡いだ。

「私も、相沢さんのことずっと好きでした……愛しています」







美汐がその言葉を呟くと

祐一は、一瞬驚いたように目を見開いた。

そして、嬉しそうに微笑んで

美汐を抱きしめ返した。







「相沢さん…」

美汐は祐一の温もりに包まれながら…呟く。

「何だ?天野」

「私でいいんですか……?あなたの周りには私なんかより魅力的な人がたくさんいるのに……」

「天野もあいつらと同じぐらい…いや、俺にとって一番、天野が可愛いんだ」

祐一が囁くように言う。







昨日、美汐は願っていた。

『聖夜のときだけでも願いを叶えてください』と

でも、今は違った。

願いは叶ったのに

なんて、罪深いんだと思う。

欲深いんだと思う。

でも、今は絶対に叶わないと思っていたこの幸せを失いたくないと思った。

「夢じゃないんですよね……?」

美汐は、ためらいがちに呟き

「ずっと、そばにいてくれますよね……?」

そして、懇願した。

そんな美汐に、祐一は

「当たり前だろ……」

と呟くと

より深く、優しく抱きしめた。

美汐も、祐一の胸により深く体をうずめる。

『恋人』達は聖夜の夜に

互いの愛しい人の温もりと確かにそこに存在する幸せを感じていた……。







あとがき


今回は正体を隠さなければいけないのであとがきは簡潔に

では、このようなものでも読んでいただければ幸いです。