積もりに積もった書類の山を見て、ハクオロは深くため息をつく。自分が書き終えた書類と残っている書類を見比べると、明らかに残っている書類の方が多い。しかしそれは当たり前、まだノルマの半分にも達していないのだから。

 時間はまだ昼過ぎ。昼を過ぎても半分も減っていないのだ。この仕事が終わるのは夜深くの事であろう。

 だがハクオロにとって、それは日常であった。

 極稀にだが、仕事の量が少ない日もある。しかし、それでも仕事が終わるのは夜になってから。

 ハクオロの休みは皆無と言っていいほどなかった。

 だがハクオロは弱音をはかない。

 自分が仕事をすればするだけ、村は栄え、民の皆が安心して暮らしていける国を作れるとハクオロは信じている。だからこそ、ハクオロは休まず仕事に取り組む。

 そんなハクオロを知ってか、本当は遊んで欲しい、構って欲しいと思っているアルルゥ達も、書斎に来ては、真剣に仕事に取り組んでいるハクオロを見て、静かに書斎を後にしている。

 ウルト、エルルゥ、ベナウィはそんなハクオロを少しでも楽をさせたいと思い、ハクオロの仕事を手伝っている。

 トウカも、出来る事ならばハクオロの仕事を手伝いたいと思ってはいるが、自分では仕事を出来るだけの力は無い。自分に出来ることはただ剣を振るうだけ、そう思っていた。だが、何もやらないよりもやった方がいいと言う考えに至ったのか、今は暇をみつけては剣を振るい、鍛錬をする毎日となっていた。

 オボロ、クロウも自分では役に立たないとわかっており、自分の出来ること……部下の鍛錬などをしていた。

 カルラは内心つまらないと感じつつも、特に目立った行動は起こしていない。

 言葉には出さずとも、それぞれがハクオロの事を想い、ハクオロのために行動していた。

 一人一人が、見えない絆によって結ばれている。第3者からすれば、そう見えていても不思議ではない。

 全てはハクオロのため………そう想う事によって作られたこの絆は、とても強く見えた。

 だがいくら強くても、言葉に出さないこの絆は、時として寂しさを生み出す元のなる。

 言葉に出さずとも、想いは一緒。最初はそれでいいかもしれない。だが、時間が経つにつれ、この想いは徐々に不安へと変化していく。

 自分の行動はハクオロの為になっているのだろうか、少しでも役にたっているのだろうか。

 その不安は徐々に膨らんでいき、ハクオロに問いただしたいが、肯定されてしまう事を恐れ、口を閉ざしてしまう。

 そして口数も減っていき、それは日常会話にも及んできている。

 楽しいはずの夕食時の団欒。だが、そこに今までのような楽しげな会話はない。

 どこか空々しく、重苦しい空気だけが流れる場となってしまっている。

 アルルゥやカミュは、その事に気付かず、普通に夕食をとっているが、それは最早、楽しいと言える場ではなかった。

 ハクオロはこの空気を感じてはいたが、日頃の激務の疲れが溜まっているせいで、特に行動を起こそうとは思ってはいない。

 徐々に……徐々にだが、家族同然であったこのトゥスクルの主要メンバーが、崩れ始めている。

 そんな時、一人の少女がハクオロにデートを申し込んだ。

 その少女の名前は………ユズハ。













『クリスマスの休日』














 ハクオロの書斎の入り口まで来て、ユズハは入るのを躊躇っていた。

 彼女は現在の状況を打開したく、この場に来た。

 だが、いざ実行しようとすると、これから自分のする事でより悪い方向へ向かってしまうのではないかと不安になっていた。

 悪い方向へは向かわないまでも、ハクオロの仕事の邪魔になるだけではと思うと、後一歩が踏み出せない。

 まだ他人との付き合いを始めてから日が浅い彼女には、その一歩を踏み出す勇気がなかった。
「ん? どうしたユズハ?」


 ユズハが入り口を行ったり来たりしているのを見つけて、ハクオロが声をかける。

 入るかどうかを迷っていたユズハにとって、ハクオロの声はもう一歩を踏み出すきっかけとなった。

 ユズハは書斎の中へ入り、ハクオロの声が聞こえた方向に歩き出す。

 彼女は眼が見えない為、ハクオロから発せられた声だけを頼りに、ゆっくりとハクオロに近づいていく。

 一方、書斎に入ってきたユズハを見て、ハクオロは少し驚いていた。

 彼女は身体が弱く、眼も見えない為、一人で出歩くなんてほとんどしない。彼女が出歩く時は、必ず誰かが連れ添う。

 それに、ユズハは滅多に書斎には来ない。誰か付き添いがいてもだ。

 眼は見えず、身体の弱い自分が書斎に来れば、ハクオロは仕事を中断してでも、自分を構ってくれる。構ってくれるのは嬉しい。

 だが、それでは仕事に支障が出て、ハクオロに余計な迷惑をかけてしまうのではと彼女は思っており、書斎に立ち入る事はほとんどなかった。

 ユズハはハクオロが仕事をしている机の前まで来て、静かに腰を下ろす。


「ハクオロ様……今、お暇ですか?」

「いや、まだ仕事の途中でな」

「そう……ですか」


 仕事の最中とわかり、ユズハは少しだけ今から自分のする行動について躊躇った。

 仕事をしているハクオロを邪魔したくない気持ちと、自分の言いたい事を話したい気持ちで、ユズハは揺れていた。

 しばらく無言で向かい合っていた両者だが、ふいにハクオロの表情が緩み、こう言った。


「そうだな、そろそろ休憩してもいい時間だな。ユズハ、よかったら私に付き合ってくれないか?」

「え……?」


 ハクオロの言葉をユズハは一瞬理解できなかった。


「少し散歩でもしないか?」

「あ………はい」


 ハクオロはユズハの表情から、自分の言った言葉を理解していないと感じたのか、再度ユズハに言う。

 ユズハはそれを聞き、自分のために時間を割いてくれたハクオロに対して、嬉しさと申し訳ないと言う気持ちでいっぱいだった。







 宮殿の外に出て、二人並んで庭を歩く。太陽は丁度真上に来ていて、散歩するには絶好の時間である。

 だが空は少しだけ曇っており、もしかしたら雨が降るかもしれないと感じたハクオロは、以前トウカから教えてもらった川に行く事を諦めた。

 あそこはハクオロにとっても心安らげる場所で、ユズハにもその場所の空気、音などを感じてもらいたかったのだが。

 そんなハクオロの気持ちなど知らないユズハは、ハクオロと二人で歩ける幸せに浸っている。

 だが、その幸せに浸っていたのもつかの間。

 ユズハは本来の目的を思い出し、表情を引き締める。


「あの……ハクオロ様」

「ん? なんだ?」

「ハクオロ様は……最近の皆さんを………どう思いますか?」


 ユズハは交友関係があまり広くなく、喋るのはあまり得意ではないため、こう言った事はストレートに聞く事しかできない。

 ハクオロはそんなユズハに苦笑いしながらも、微笑ましい気分になっていた。


(あの、人付き合いを知らなかったユズハが、こうやって他人の事を気にするようになるとは……)


 彼女も成長している。何も知らず、何も出来なかった昔とは違う。

 彼女はこうやって成長し、他人のために行動出来るようになった。

 ハクオロはそんなユズハを見て、つい頭に手を伸ばす。


「……ハクオロ様?」

「ん? おお、すまん」


 何時の間にかユズハの頭を優しく撫でている自分に、ユズハの言葉で気付く。

 だが、すまんと謝った割には、頭を撫でる手は止めない。

 それはユズハの表情が、とても気持ちよさそうにしていたから。それに気付いたハクオロは、もうしばらくこのままでもいいかと思っていた。

 しばらく撫で続けていたが、ユズハがすっと身体を後ろに引き、ハクオロの手から離れる。そしてハクオロに背を向け、空を見上げる。

 そんなユズハの行動に、ハクオロは首を傾げる。


「ハクオロ様……ユズハは今、とても幸せです」

「ユズハ?」


 突然のユズハの告白に、ハクオロは戸惑う。ユズハが何を言いたいのか、何を考えているのかわからなかった。

 ハクオロに背を向けたまま、ユズハは喋り続ける。


「ハクオロ様に出会って……外の世界を知り、アルちゃんやカミュっちともお友達になれました。他の皆さんとも出会えて、毎日を楽しく過ごせています」


 そこで一旦間をおき、ハクオロに振り返る。


「ですが……最近は皆さんの笑い声が聞こえません」

「ッ!!」


 ユズハの言葉に、ハクオロは気付く。この頃、エルルゥ達の笑い声はもちろん、いつも元気なアルルゥやカミュの笑い声さえも聞いていなかった事に。

 仕事に追われ、アルルゥ達と遊んでやれなかった事は仕方がないと言える。だが食事中までも談笑の声を聞いていない事に気付き、ショックを受けた。


「皆さんの表情が見えないユズハは、皆さんが嬉しそうな表情をしているのか、悲しそうな表情をしているのか……わかりません。でも、声は聞こえます」


 ユズハの言葉は続く。

 ふと、ハクオロとユズハの間を白い何かが落ちてきた。

 その白い物は、ひらひらと舞い落ちてきて、地面に落ち、そしてゆっくりと消えていった。

 ハクオロの頬に冷たい感触が走り、そっと頬を触ると、そこは濡れていた。

 気になったハクオロが空を見上げると、白い、真っ白い雪が降ってきていた。


(雪? この国に雪だと?)


 この国は冬は暖かく、夏は涼しいと言った気候で、雪が降る事など今まではなかった。


「ハクオロ様、お仕事は大変だと思いますが………もう少し気を抜かれてはいかがですか?」

「……………」

「今のハクオロ様は………以前のように楽しそうではありません」

「楽しそうでは……ない?」

「はい。あの……私にエルルゥさんやアルちゃんの話をしてくれた時のような………楽しさは感じられません」


 ユズハは眼が見えない分、場の雰囲気や空気に人一倍敏感である。

 だから皆が何か不安がっている、気にしていると言う事を漠然としていながらも気付いていた。

 そして、その不安の先がハクオロだと言う事も。

 そしてハクオロ本人も、どこか無理をしている事も気付いていた。


「仕事をすればするだけ……皆が楽になるかもしれません。ですが………ユズハ達の笑顔は───


 ユズハが言葉を言い終える前に、ハクオロはユズハを抱きしめた。

 急に顔に当たった感触を、ユズハは最初は何なのか理解できなかったが、その感触はとても暖かく、安らぎを感じる事が出来た。

 その暖かい物からは、ドクン、ドクンと鼓動が聞こえる。

 ユズハは、少ししてから自分はハクオロに抱きしめられていると理解した。


「すまなかった。まさか皆がそこまで………」


 近くで聞こえるハクオロの声、そして息遣いにユズハの鼓動は高まりっぱなしであった。

 だが、この鼓動の高まりも、どこか楽しく、嬉しいものだった。


「それでは、これからは………」

「ああ。もう少し皆との時間を大切にするよ」


 ハクオロのその言葉を聞き、ユズハは表情を緩めた。そして、頭をそっとハクオロの胸にすり寄せた。


「そうか、今日は………」

「?」


 しばらくハクオロの心地よい体温を感じていたユズハであったが、ハクオロの呟きに顔を上げる。


「クリスマス………」

「くりすます?」

「………いや、ふと頭に浮かんできてな」


 ハクオロは、自分でも何故このような言葉が浮かんできたのかわかっていなかった。

 ただ遠い昔、この日をこう言う風に言っていたのを。


「クリスマス………どういう意味なんでしょう?」

「私もよくわからないが……クリスマスには奇跡が起こるそうだ」

「奇跡………」


 クリスマスと言う言葉を知らないユズハにとっては、イマイチピンと来ない。


「この雪も、もしかしたらクリスマスの奇跡なのかもな……」

「雪? これが雪なのですか?」


 ひらひらと自分の頭や手に舞い落ちてくる雪を手に取り、その冷たさを感じる。

 話には聞いていたが、実際に手にとって感じる事はなかった。

 自分の体温で融けていく雪の感触を、何度も……何度も確かめる。


「さぁて、今日の仕事は終わり!」

「えっ?」

「いや………今日と明日は休みだ」


 突然言い出すハクオロ。その言葉を聞き、ユズハは微笑む。

 やる事が極端。

 彼女でなくても、そう思うだろう。 


「これくらい降っていれば明日には積もるだろうから、アルルゥ達と雪合戦でもするかな」

「楽しそう……ですね」

「ユズハとは……そうだな、雪だるまでも作るか」


 そっと、ハクオロはユズハの手を握る。


「………はい」


 握られた手を、優しく握り返すユズハ。

 二人はエルルゥ達がいる宮殿へと戻っていった。









 そして………


「ハクオロさ〜ん、ユズハちゃ〜ん」

「エルルゥ?」


 エルルゥが宮殿からハクオロ達の所まで走ってくる。エルルゥは長い間ハクオロ達を探し回っていたため、呼吸は荒かった。


「どうしたんだ?」

「はぁ……はぁ………、う、ウルトリィ様が、今日は特別な日だからと……」

「特別な日?」

「はい。ですから、皆でお祝いをしようと」


 ハクオロとユズハはエルルゥの言葉を聞き、驚く。二人で顔を見合わせ、そして笑った。


「はっはっは、そうか、ウルトがそんな事を……」

「ふふ、クリスマスですからね」

「ああ、そうだな」

「えっ? えっ?」


 何の事かわからないエルルゥは、二人が何故笑っているのかわからず、首を傾げるしかなかった。


「今日は……そう、特別な日なんだ」









宮殿の中に入ったハクオロ達を待っていたのは、最近暗かったみんなと、豪華な食事であった。


「これ……みんなエルルゥが作ったのか?」

「いえ、ウルトリィ様に手伝っていただきました」

「お口にあえばよろしいのですが……」


奥から料理の乗った皿を運んできて、少し不安そうハクオロを見るウルトリィ。

普段彼女は料理をしない。そのため、久しぶりに作った料理が美味く出来たかどうか不安なのだ。


「カミュ達も頑張ったよねっ」

「ん」


ウルトリィに続いて奥から出てくるカミュとアルルゥ。

二人ともお皿を持っており、その上には綺麗とはいいがたいが料理が乗せられている。


「二人も作ったのか?」

「うんっ。おじさま、いっぱい食べてねっ」

「おと〜さんのために作った」


二人は自分の持っている料理をはいっと言いながらハクオロに突き出す。


「わたしも食べていいでしょうか?」

「えっ………ユズっちはやめておいたほうが」

「……ダメですか?」


カミュの言葉を拒否と受け取ったのか、ユズハは悲しそうに呟く。

それを見て焦ったカミュが……


「あっ、違う違う! だってほら、カミュが作った料理なんかよりも、エルルゥ姉様の料理の方が美味しいし、それに……」

「よくわからないもの、いっぱい入れた」

「待て、お前達はそんな物を私に食べさせようとしてたのか?」

「でもでも、娘が作った料理を一番先に食べるのは父親だって」


カミュはハクオロの娘な訳ではないが、娘みたいなものである。


「誰が言った?」

「カルラ姉様」

「出て来いカルラっ!!」


ハクオロの心の叫びに応じたのか、天井からカルラが飛び降りてくる。


「あ〜ら、主様だってアルルゥやカミュの料理を食べたいでしょ?」

「うっ……それはそうだが……」

「まぁ、それをつまみに一杯やりましょう」


そう言って、背中から酒を出す。


「カルラ殿、そなたは先ほども飲んでおられただろう。これ以上の……」

「あら、いたんですの?」

「拙者は聖上の側から片時も離れぬ」

「厠も?」

「もちろん」

「いや、それは勘弁してくれ」


ハクオロは心底嫌そうだ。

この騒ぎを聞きつけ、ベナウィやオボロ、クロウも集まってきた。

そして全員が揃い、クリスマスの宴が始まる。


「みんな、さっき言った言葉を言いながら乾杯するんだぞ?」


全員に器が行き渡ったのを見て、ハクオロが言う。

ハクオロの言葉に全員が頷く。


(今朝までは暗かった皆さんが、こんなにも明るく………。ユズハだけではなかったんですね)


皆それぞれが、暗い雰囲気をどうやって取り払おうか迷っていた。

ウルトは今日と言う日を使う事。

エルルゥは料理を頑張る事。

アルルゥとカミュは、自分の作った料理をハクオロに食べてもらう事。

カルラはお酒を。

トウカはより任務をこなす事。

そしてユズハは………


(これが、家族と言うものでしょうか)


何も言わなくても、強い絆で結ばれているハクオロファミリー。

ユズハは、改めてこの絆を実感する。


「それじゃいくぞ。せーのーっ……!!」




「Merry Christmas!!!」



















後書き

……なんか、微妙な出来に。
自分で突っ込みますが、これクリスマス関係ないじゃん。
それでも、自分の連載作品とは異なった書き方をしたので、どのような反応が来るか、楽しみでもあり不安でもあります。
それでは最後に、このような作品を見ていただき、ありがとうございました。