サンタなんているわけない。
人は何故、幼少の頃にあれだけ信じた存在をあんなに簡単に笑えるんだろう?
人は何時、皆が待ち焦がれていた存在を忘れてしまったんだろう?
僕は信じたい。
たとえそれで笑われても構わない。
だから、忘れたくない。
―この世にサンタがいることを―
〜サンタのくれた贈り物〜
カタカタとキーボードが音を鳴らす。
画面が音に併せて文字を映し出す。
カタ…、とキーが叩かれると、それまで続いていた音が止まる。
「ふぅ…」
先程までキーボードを叩いていた男がもたれかかった椅子が、ギシッと悲鳴を上げる。
「ようやく書き終わったぁ〜…」
ボンヤリとした光が画面から溢れ、その中には一つの物語が刻まれている。
そして、外には男が過去に体験した時と同じように雪が降り続いていた。
少年は前から思っていることがあった。
サンタに会ってみたい。
ただ一つ。それだけが少年の願いだった。
ベッドの中、頭まで布団を被りながらサンタを待ち続ける。
が、そこはまだ小さな少年。睡魔に一瞬でも襲われれば、なす術も無くその甘い誘惑に負けてしまう。
そして一体どれだけの時間が過ぎただろうか。ふと、急な物音に目を覚ます。
目を開け、身体を持ち上げると目の前には全身が赤と白のコートで防御した女性がしゃがみ込んで、少年の前で手を組み合わせて俯いていた。
「お、おねーさん、誰?」
少年の言葉に初めて、彼が目を覚ましていると気付いたらしく、驚いた表情で顔を上げる。
「あちゃぁ〜、起こしちゃったかぁ…」
自らの綺麗な銀髪を手で掻きながら、残念そうに呟く。
その間、少年の方はというと、女性の姿を色々と見ていた。
赤が基調のコートと帽子。その様々な場所には白いフワフワとしていそうな毛の球などが付いたりしていて、暖かそうだった。
そして視線が滑り、足、胴体、首、タバコと動いて、止まった。
(…タバコ?)
女性の口にはタバコが咥えられていた。
少なくとも、彼が想像していたサンタの像にはタバコなど欠片も存在しない。
と、女性がタバコを凝視しているのに気付き、口を開く。
「あぁ、タバコね。私、結構ヘビースモーカーなのよね。あ、これでも仕事中はガマンしてる方なのよ?」
特に悪気も無く、女性は少年の想像を見る見る内に駆逐していく。
そしてふと思い立ったように女性が少年の顔を覗き込む。
「そうだ。ねぇ、私のことを黙っていてくれるなら、今から一緒に空の散歩をしない?」
その言葉は、少年にとってはこの上ない、至高の誘いだった。
もちろん、少年は首を縦に振った。
「よ〜し。それなら外はまだ雪が降ってるし、これを着なさい」
女性はそう言うと、自分のコートを一枚脱いで少年に着せる。
「あ、ありが…」
「さ、こっちこっち」
少年がお礼を言おうとする前に、女性は窓を開けて外に出ようとしていた。
口に出しかけていた言葉が、部屋の中を無意味に漂っていた。
「よ〜し、じゃあしっかり掴まっていなさいよ〜」
女性が自分の背中を掴んでいる少年に声を掛ける。
「だ、大丈夫なんだけど…。ソリじゃないの?」
「あら、バイクは嫌い?」
しれっと言う女性。その股の下には漆黒のバイクが存在していた。
「ト、トナカイさんは…?」
そこまで聞いて、女性はようやく気付いたように少年の質問に答える。
「トナカイとソリ、なんていうのはもう古いわよ〜。今は他の人たちもソリなんて殆ど使ってないわよ」
またも少年の夢を駆逐するようなことを何の悪気も無く言う。
すると、急にバイクがエンジンを吹かし始める。
「ま、お喋りしてたらお散歩する時間が無くなるわよ〜」
という女性の言葉と同時、バイクは急上昇をしていた。
「う、うわ…」
少年が、感動とも驚きとも取れるような声を出す。
すでに彼の住んでいる街は眼下にあっていた。
「どお? 気持ちいいでしょ〜?」
女性が広く眼下を眺めながら少年に話し掛ける。
「うん…」
風が頬を撫でる心地よさ。
眼下に広がる光の波。
そして周囲にちらつく真っ白な雪。
「とても…、とても綺麗…」
「ふっふ〜ん。そうでしょうそうでしょう」
何やら勝ち誇ったように女性は鼻を鳴らす。
「ところでおねーさん、おねーさんはプレゼントの袋を持ってないの?」
ふと、思ったことを少年は口にしていた。
「あぁ〜。プレゼントの入った袋? そんなものは無いわよ。だってプレゼントを渡しているのはあなたのお父さんやお母さんだもの」
その言葉に、少年は泣きそうな顔になるのを避けれなかった。
「ゴメンゴメン。あのね、私たちがやっているのはプレゼントを配ることじゃないのよ」
女性はすぐに謝り、説明し始める。
「私たちがやっているのは、プレゼントを子供に配るんじゃなくてプレゼントと、それを貰った子供が幸せでありますように、って祈るのよ。『この子が一生幸せでありますように』ってね」
少年も、それを聞いて、不承不承ながらも納得していた。
「そ、そうなんだ。それじゃあ、おねーさんは一体、誰なの?」
「サンタよ」
当然じゃないの、とでも言うような表情で女性は答える。
「それじゃあ、どこから来たの?」
「ん〜、残念。その質問は答えられないな〜。その代わり年齢なら教えるわよ?」
「それは大丈夫。それじゃあ、サンタさんって何でこんな事をやっているの?」
少年は、女性の年齢を聞くことを即座に断り、次の質問に移る。
「そこまで素早く答えられると、こっちとしても不機嫌になっちゃうわね。ま、いいけど〜」
一瞬、拗ねたような表情を見せると、すぐに笑顔になる。
「そ〜ね、まずは昔話をしましょうか」
昔、トルコという国にはニコラウスというおじいさんがいました。
彼はとても裕福で子供をとても愛する人です。
そんな彼は、いつも貧しい子供達の家の窓際に来てはお金や食べ物を分け与えていました。
神様はそんなニコラウスを見て、ある二つの力を授けました。
それは『幸せを与える力』、そして世界中の子供に幸せを分け与える為の『空を飛ぶ力』。
ニコラウスはこの二つの力を使い、全世界にいる子供達に幸せを配って回りました。
その間、彼はとても幸せな時間を過ごしていました。
でも、この時間は決して長くは続きませんでした。
世界中を飛び回っていた為、もうおじいさんだったニコラウスは疲れて倒れてしまったのです。
すると、彼の子供達はベッドで寝ている父親に言いました。
「僕らが父さんの代わりに子供達に幸せを与える」と。
これにニコラウスは涙を流して感謝しました。
もう子供達の幸せな顔を見ることが出来ないのは悲しかったけれど、それを自分の子供達が見届けてくれる。
神様は、彼らにもニコラウスと同じ力を、そして新しく『力を受け継がせる力』というものを授けました。
そしてこう告げたのです。
「これから先、あなた達はその力を使って子供に幸せを分け与え続けるなさい」
子供達はその言いつけを守り、世界中の小さな子供達に幸せを分け与え続けたのです。
ですが、与えられていた子供達はその幸せが当然のものと思い始めてしまったのです。
困ったのがニコラウス達でした。
人は幸せがあるほうがいいが、それだけではいけないということを理解していたからです。
だから神様に頼み、彼らの力をしばらく預かってもらったのです。
それで悲しんだのは幸せを与えられていた子供達でした。
当たり前だと思っていたものが急に無くなり、辛いことが多くなってしまったのです。
そしてようやく気付いたのです。
決して与えられる幸せを当たり前と思ってはいけない。それは当然ではなく、与えてくれた人の優しさなのだ、と。
子供達は後悔しました。
自分達のせいで幸せを失ってしまったのだから。
神様がその様子をニコラウス達に告げると、再びその力を授けました。
しかし、すぐに幸せを与えに行こうとする子供達を、ニコラウスは止めました。
また与え続けると、その感謝を忘れてしまうから。
だから1年に1度。ニコラウスが力を与えてもらった日、12月25日の深夜、子供達が寝静まっている間にそっと与えることにしたのです。
そのことを決めた今、彼らはクリスマスの夜にだけ現れ、子供達に幸せの祈りを捧げて去っていくのです。
でも、決して忘れてはいけないのは、彼らに与えられた幸せを当然と思ってはいけない、ということです。
「…とまぁ、こういうお話なんだけど…」
女性はそこで言葉を切る。
何故なら、後ろでは少年が穏やかな寝息を立てて寝ていたからだった。
「寝ちゃったか…。ま、こんな昔話なんて子守唄と同じ扱いよね〜」
小声で独りごちると、乗っていたバイクの頭を曲げる。
「さってと〜。この子を家に送ったら仕事の続きをしなくちゃ」
すでに大きくなりつつある少年の家を見て、女性はバイクのブレーキをかけ始めた。
「よ〜し…、サンタのお姉さんとの楽しいお散歩はこれにて終了〜♪」
バイクを少年の部屋の窓に、平行にピッタリとつける。
女性が先に部屋の中に入ると、バイクから少年を抱きかかえる。
「ん、カワイイ寝顔だね〜」
タバコの灰を少年に落とさないように気をつけながら、少年をベッドまで静かに連れて行く。
そして寒くないように布団を掛けてあげると、女性は目を瞑って祈りを捧げる。
しばらくの無音。
その後、女性は少年を起こさないように立ち上がると、静かに呟いた。
「少年。私達は…ニコラウスの子供達は夢を持つ子供達を見守るわ。だから…」
ポケットから、女性はバイクのキーを一つ取り出す。
「だから、夢を失わないでね。これ、バイクのスペアキーなんだけど、これとそのコート、君へのプレゼント。
私に会ったことを忘れないで。サンタはきっといる。ニコラウスの子供達が毎年、やってくるんだ、ってね」
女性は少年の頬に軽く口づけすると、窓辺まで歩いていく。
「それじゃあね。…少年に、我らがセント・ニコラウスのお導きあれ」
ただ一言、そう呟くとバイクにまたがりエンジンを吹かす。
瞬く間にバイクは急上昇し、まだ暗い夜の闇へと駆け出していった。
雪が、再び降り出していた。
ゆっくりと目蓋が開く。
目の前には淡い光を放ったまま目を開ける前と変わらぬ文字を刻んでいる。
外はすでに明るくなっていた。
「っあ〜…、どうやら寝ちゃったみたいだな〜…」
頭の中がボンヤリとする。
何か懐かしい夢を見ていたような気がするけど、上手く思い出すことが出来ない。
「ま、いいか。ひとまずこの小説は出来ているわけだし」
画面に紡がれている、少年とサンタの物語。
それを保存すると、画面を消す。
そして軽く欠伸をすると、伸びをする。
一息つくと、パソコンの横に置かれているものを見る。
赤いコートとバイクのキー。
それが陽光を受けて軽く光っていた。
一目見て軽く微笑むと、男は座っていた椅子を立つと、ベッドへと足を向けた。
サンタは絶対にいる。
それを世界が認めなくても、絶対に僕は信じ続ける。
それが約束だから。
また会えると信じ続けて。
毎年、決まった日になれば彼女にこの言葉を捧げよう。
― Merry X'mas ―
また、いつか会いましょう。
〜The End〜