「と、いうわけでだな舞」
「……何」
「明日は俺がやるからな」
「何を?」
「ナイト役」
そんなことを祐一が言い出したのは――――クリスマスイブの前日、12月23日のことだった。
くりすます・ないと
ちょっぷ!
舞のツッコミチョップがとあるマンションの一室にて冴え渡る。
「いてっ」
「……意味がわからない」
「いや、今のはボケじゃないんだが……」
「ナイスタイミングのツッコミだね舞っ」
「佐祐理さんまで……」
「あはは〜、冗談ですよ。それで祐一さん、今のはどういうことなんですか?」
本気でいじけかけた祐一を見て、慌ててなだめに走る佐祐理。
あの冬から一年、三人での生活も半年を過ぎればこんなシーンは日常茶飯事である。
ちなみにこの話は舞エンド後であるがほにゃららなことはやっていないので三人の関係は親友以上、恋人未満という羨ましい状況。
しかも二人の片方を選べない祐一と違い、舞と佐祐理は事前の話し合いにより「別に二人ともでもいい」と思っている。
つまり、祐一さえ望めば両手に花がいつでも可能。
というかこの三人以外からはすでにそう見られているのだが。
まあ、暇さえあればいつも三人で行動している以上、否定の要素はないところ。
彼らの通っている某大学では最も有名な三人なのだから。
「いや、明日ってクリスマスイブじゃないですか」
「そうですね」
「……三人でおでかけする」
「うん、楽しみだよね〜、舞」
こくり、と舞は頷く。
佐祐理はニコニコ顔。
祐一はそんな二人にちょっと胸きゅん。
なんともほのぼのとした光景である。
「……ってそうじゃないだろ俺」
首を振って気を取り直そうとする祐一。
こんな雰囲気を楽しむのもいいが今日の自分にはかねてより決意していたことがある。
それを思い出して祐一は真剣な顔になる。
「明日、三人で街を歩くことになるわけだが……」
「……いつものこと」
「ぐっ、ま、舞、いまはツッコミはなしだ。……お、おほん、俺に二人のナイト役をやらせてほしいわけだよ」
「ナイト……騎士さんですね〜」
「……どういうこと、祐一?」
「いや、二人は……可愛いっていうか、その、美人じゃないか。だから歩いていたらナンパとかうけると思うんだよな。
というかいつもそうだし。んで、いつもはそういうのは舞が撃退するじゃないか。けどさ、やっぱうそいうのって
男である俺がやりたいもんなんだよ」
熱弁をふるう祐一。
しかし彼は気づいていない。
愛すべき二人の女性が反応をしていないことに。
「いや、わかってるさ……俺がだらしないってことぐらいは、腕っ節だって舞より劣るしな。
けどさ……俺にも男のプライドってもんがあるわけなんだよ。やっぱ、その、二人は、俺にとってた、大切な人だからさ
自分の手で守りたいんだよ」
一世一代の勇気を振り絞り告白同然の台詞を言い切る祐一。
その表情はまさに漢の顔だった。
……………………が、しかし。
「あ、あの……」
二人から反応がないことにここでようやく気づく祐一。
「ふ、二人とも……?」
何故か舞は俯いていた。
佐祐理は逆に天井を仰いでいる。
「ま、舞?」
とりあえず祐一は舞の様子を窺ってみる。
下から覗き込むように彼女の顔を窺ってみると……
「う、うわっ!?」
「……(真っ赤)」
湯気がたつほど舞の顔は赤面していた。
俯いたその仕草とあわせれば破壊力抜群の可愛らしさである。
慌ててもう一方、つまり佐祐理を見てみると……
「こ、こっちも……」
「あ、あはは〜……」
舞ほどでないにしろやはり赤面している。
こっちは何か夢を見ているようなほうっとした表情だった。
祐一はいまいちよくわかっていないようなので説明しておこう。
彼女達がこうなった原因は祐一の冒頭の台詞にある褒め言葉にある。
この台詞は彼女達が出会った当時、つまり同居前は他の人間からも、もちろん祐一からもよく聞いていた台詞である。
が、他の人から言われてもそれほど嬉しかったわけではないし、祐一は冗談半分で言っているようにしか聞こえなかった。
しかし、恋する乙女の二人としてはやはり好きな人に本気の言葉で誉めてもらいたいというもの。
だが、祐一から本気の言葉が発せられることは少ない、というか皆無。
故に今の祐一の真剣な台詞は二人には不意打ちの会心の一撃だったわけである。
……ただ、三人にとって不幸だったのは最初にインパクトを受けすぎたせいで後の台詞が素通りしたということだったりする。
「……お、俺の勇気と決意が」
全くもって自分の言いたいことが伝わっていなかったことを悟り、へこみまくる祐一。
「……可愛い……美人(真っ赤)」
「ふ、ふぇ〜、佐祐理、困っちゃいます……」
だが、そんな彼を慰めるものはいなかった……
そして、クリスマスイブ当日。
「……佐祐理、雪」
「ホワイトクリスマスだね〜」
白を基調とした服装の佐祐理。
黒を基調とした服装の舞。
見事に対比的な二人のお姫様が駅前のイルミネーションツリーの前に立っていた。
ちなみにこの二人、思いっきり目立ちまくっていたりする。
なんせ恋人と歩いている男ですら振り向いてしまうことがたまにあるくらいである。
「佐祐理さん!舞!」
走ってやってくるのはそんな二人のお姫様をエスコートできる権利を唯一持っている本日のナイト役こと相沢祐一。
二人をナンパしようと近づきかけていた男どもを鋭い視線で一瞥して下がらせる。
伊達に常識範囲外の魔物と戦った経験があるわけではないのだ。
いつもは舞にやっていることだが、ナンパ男を目で威嚇することくらい彼にも朝飯前である。
「今日の祐一……一味違う」
「うん、なんか凛々しいね……」
そんな自分たちの騎士様を眩しい目で見つめて感心する二人。
もう、勝手にやっちゃってくれといった感じである。
「悪い、ちょっと遅れたか?」
「いえ、大丈夫ですよ。佐祐理達が早かっただけですから」
「……今日はよろしく、騎士の祐一」
「お任せください、お姫様方」
やや慇懃に礼をして、二人の手を取る祐一。
そして跪いて手の甲に軽いキス。
今日の彼はノリノリである模様。
「さあ、二人とも……行こう」
「あ、は、はい……」
「……馬鹿」
茹であがったお姫様二人を連れて歩き出す祐一。
余談ではあるが、彼らが去った後に一人身の男がその場所に塩をまいたというのは割と有名な話である。
《First route》 ケーキ屋前
「よっ、そこの美人を二人も連れたお兄さん!クリスマスケーキはどうですか?」
「……何やってんだ、北川」
「き、北川って誰だい?わ、私はただのケーキ売りのサンタクロース……」
「え、北川さんだったんですか?」
「……帽子を取ればわかる」
「あ、ちょっと川澄先輩!だ、駄目ですって、あっ、いやん、とらないで〜!」
「……アンテナ発見」
「やっぱり北川か」
「ご苦労様です、北川さん」
親友とその連れ合いの仕打ちにぷるぷる震えだす北川。
心なしか彼の心を示すかのようにアンテナも微妙にうなだれていたりする。
「うわ〜ん!お前らなんてケーキの食いすぎで腹を壊してしまえ〜!!」
ダダッ
「あらら、ケーキほったらかしでどっかいっちゃったよアイツ」
「ふぇ?香里さんはどうしたんですか?」
「香里は家族で自宅パーティだってさ」
「……北川、ご愁傷様」
《Second route》 映画館
「……動物さんがいっぱい」
「あ、僕、お菓子食べる?」
「……うさぎさん、かわいい」
「あはは〜、お姉ちゃんの隣で見ましょうね」
「……はちみつを食べるくまさん」
「うん、いい子ですね〜」
「……ま、いいか、二人とも楽しそうだし」
子供向け映画を見ながら苦笑する祐一だった。
《Third route》 ディナー(?)
「牛丼、つゆだくで」
「佐祐理は卵もお願いします」
「あいよっ!」
「……なあ、二人とも」
「ふぇ?」
「何?」
「レストランとかでも大丈夫だったんだが……」
「佐祐理たちの外食といったらここですよ」
「……牛丼、おいしいから」
「でもなぁ……」
「それに……」
頬を軽く染め、はにかんだ笑顔を見せる佐祐理。
「……祐一と一緒なら私と佐祐理はどこでもいい」
同じく、頬を染め牛丼を食べる舞。
「……う」
照れる祐一だった。
《Final route》 公園
「雪、綺麗ですよね〜」
「……うん」
予定の行動も終わり、本日の締めにと公園にやってきた三人。
雪が舞い降る中、白のお姫様と黒のお姫様が噴水をバックにじゃれている。
祐一としては「舞や佐祐理さんの方が綺麗だよ……」といいたいところだが流石にそこまでは無理らしい。
幻想的なこの光景から目を離さないのに精一杯なのだ。
「祐一さんもこっちに来ましょうよ〜」
「……祐一」
「おうっ」
手をポケットに突っ込んで祐一は二人に近づく。
本日最後にして最大のイベントのためにポケットの中の『ブツ』を取り出して。
「佐祐理さん、舞……これ、俺からのクリスマスプレゼント」
祐一の手にあったのは二つのペンダント。
佐祐理へ渡すほうには右向きの天使、舞へ渡す方には左向きの天使。
ペアのペンダントだった。
「可愛いペンダントですね……」
「……それにこれはペアになっている。佐祐理とおそろい」
「ああ、俺が一人で二時間ほど悩んで決めたプレゼントだからな」
苦笑しつつ頬を人差し指でかいて照れた様子を見せる祐一。
一生懸命選んだプレゼントだと二人にもわかったのだろう、佐祐理も舞も感激した様子で祐一を見つめた。
「う、あんまりそんな感激しないでくれ……高いもんじゃないんだし……」
「値段は関係ないです、祐一さんの気持ちがこもっているから佐祐理は嬉しいんです」
「ありがとう、祐一」
「ま、まあ喜んでもらえて俺も嬉しいよ」
二人のお姫様の視線と言葉にたじたじな祐一。
本日勇躍の騎士も形無しであった。
「祐一さん。せっかくのペンダントですから身につけてみてもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
祐一からペンダントを受け取り、後ろ髪をあげつつ身につける佐祐理。
流石に育ちがいいせいか、その手際は流れるように見事なものだった。
後ろ髪をあげるときにちらりと見えたうなじに思わず胸を高鳴らせて見入ってしまう祐一。
「どうですか祐一さん。似合いますか?」
「え、あ、ああ。よく似合ってるよ佐祐理さん」
「ふふっ、よかったです。これで似合わなかったら祐一さんに申し訳なかったですから」
「そんなことは……」
「……祐一」
どこか不機嫌さを感じさせる舞の声が二人の甘ったるくなりかけた雰囲気を切り裂く。
びくり、と祐一が体を震わせて横を見ると予想通り不機嫌そうな舞の表情があった。
とはいえ、微妙に口を尖らせて嫉妬を表す舞の表情は可愛らしいものにしか見えなかったのではあるが。
「どうした舞?」
「……つけて」
ペンダントを差し出してそんな要求をする舞。
「え、でもそういうのは佐祐理さんのほうが……」
「つけて」
「舞は祐一さんにつけてもらいたいんですよ。ね、舞?」
「うん」
「うっ、し、しかし」
「……(じっ)」
恥ずかしいのか何とか祐一は舞の要求を断ろうとする。
しかし、お姫様は追撃の手を緩めなかった。
舞は祐一の腕の袖を軽く掴んで上目遣いをしつつ無言の圧力をかける。
「……うう、わかった。わかったよ……俺がつければ良いんだろ」
「あはは〜、佐祐理もそうしてもらえばよかったですね」
「勘弁してください……」
観念した表情で舞にペンダントを着け始める祐一。
舞は後ろ向きになる様子がないので正面から首の後に手を回して作業をする。
祐一は至近距離にある舞の顔と漂ってくる女の子の香りにくらくらしつつ天国な苦行を終えるのだった。
「……似合う?」
「ああ、佐祐理さんに劣らず似合うぞ舞」
「……ありがとう」
「じゃあ、今度は佐祐理からのプレゼントですね〜」
言いつつ佐祐理が取り出したのはかなり長いマフラーだった。
「へえ、長いマフラーだな佐祐理さん」
「ええ、長いですよ〜。でも、こうやって……」
んしょ、んしょと可愛らしい掛け声と共に祐一の首と一緒に舞の首にもマフラーを巻いていく佐祐理。
必然的に身を寄せ合う形になる祐一と舞。
「はい、完成ですっ。一つのマフラーで二人巻きですよ〜」
「……佐祐理、ナイス」
「……でも、かなり恥ずかしいぞこれ」
舞は頬を染めつつも嬉しそうだが流石に祐一は恥ずかしかった。
いつまでもそうしてるわけにもいかないので取り合えずマフラーをほどく。
残念そうな舞の表情に罪悪感がちくちくな祐一だった。
「舞、それは二人で一つのプレゼントだよ。祐一さんとのデートの時に使ってね」
「わかった」
「あ、でも佐祐理にも使わせてね」
「もちろん」
「おーい……」
どんどん祐一の預かり知らぬところで話が進んでいく。
すでに二人の中では祐一とのデートの際にこのマフラーが使用されることは決定済みらしい。
「私も、プレゼントがある」
最後に舞が出してきたプレゼントはファンシーな猿のぬいぐるみだった。
祐一に目を隠したぬいぐるみを、佐祐理に耳を隠したぬいぐるみを。
そして……
「私が、言わざるのぬいぐるみ。見ざる言わざる聞かざるで三人おそろい」
「はぇ、これは意表を突かれましたね祐一さん」
「ああ……でも、舞らしいというか何と言うか……」
「おさるさん、可愛かったから」
「うん、可愛いね〜」
「ま、大切にさせてもらうよ、舞」
「……うん」
「さて、そろそろ帰ろうか?」
メインイベントであるプレゼントの受け渡しも終了し、つつがなく終わりを迎える聖夜の時。
それは同時に祐一の一日騎士も終わりを告げるということでもある。
「最後のお勤めだな、お姫様方……お手をどうぞ」
一礼し、芝居がかった仕草で手を差し出す祐一。
あとはこの手を取ってもらい、家までエスコートすればそれで終わり。
だが、祐一のお姫様は二人とも手をとらなかった。
「……?」
不思議そうな顔をする祐一に対して、笑顔を向ける佐祐理といつものように無愛想な顔を向ける舞。
「どうしたんだ二人とも?」
「ふふ、祐一さん、今日は騎士のお仕事ご苦労様でした」
「今日の祐一は……結構格好良かった」
「な、なんだよ二人して。まだ俺の役目は終わってないぞ」
「いえ、ここまでで十分ですよ。だから……」
「……祐一に、ごほうびをあげる」
言うが早いか祐一の両サイドに回り込んだ二人はそれぞれ腕に抱きつき祐一の体勢を下げる。
そして……
ちゅっ♪
「……………………へ?」
何が起きたかわからず呆然とした表情で固まってしまう祐一。
佐祐理と舞は真っ赤になりつつも悪戯を成功させた子供のように微笑みあっていた。
「ふふっ、成功だね舞っ」
「……ちょっと恥ずかしかったけど」
「へ、は?……な?」
未だぼーっと立ち尽くす祐一。
しかし佐祐理と舞はそんな祐一に構うことなく腕を抱えたまま走り出す。
間抜けな顔をした騎士は為されるがままに白と黒のお姫様に引っ張られていく。
「あ、あのちょっと二人とも!?」
「さあ、帰ろう舞。三人のおうちに」
「了解」
「うあ、なんか嬉しいけど納得いかないぞ!?今日の俺はナイトなのに……」
白く可憐なお姫様
黒く麗しいお姫様
そんなお姫様たちに仕える騎士
聖夜はそんな彼らにメリークリスマスの鐘を鳴らすが如く優しい雪を降りつづけさせるのだった……