「……で? どういう事かきっちり説明してもらいましょうか?」

 「相沢さん、噂によると水瀬先輩と恋人になったそうですが?」

 「子供が出来たって本当なんですか!」

 「水瀬と学生結婚するとかも言ってたぞ?」

 「……祐一、聞いてるならキリキリ吐く」


 ええ、聞いてますよ。聞こえてますよ。

 だけど不思議なことにね、屋上に局地型乙女暴風が吹き荒れて、俺の身体は指一本動かせないほどに傷ついているんだよ。

 喋ろうとしても、口内の鉄の味に溺れない様にするのが精一杯なんだよ。

 名雪……お前もいい加減、この誤解を解けってばよ。

 俺が逆ギレ風味の視線を名雪に送ると名雪は、うんと頷いて言った。


 「将来は祐一と子供達とでネコさんをいっぱい飼って暮らすんだよ〜♪」


 バカ名雪……こんな時にまで寝ぼけているなんて……所詮は名雪か。

 唯一、暴風と化さなかった佐祐理さんの方を見るが、先程のショックが抜けていないのか、暴風じゃなくそこだけ春風が吹いていた。


 「はぇー……祐一さんに押し倒されてしまいました。 あの祐一さんに……あの祐一さんに……」


 『あの』って……佐祐理さんのなかでの俺の位置付けって一体どんなんなんだろう?

















 粉雪の空に… don't you forget again

 第二話 騒がしき現実





















 「…ったく、冗談だっつーの。いくら一緒に住んでるからって名雪に手を出すはずないだろ?」

 「う〜」


 何が不満なのか唸ってる名雪……そりゃま、名雪は可愛いと思うぜ?

 俺だって男だからな……一つ屋根の下で暮らしてたら過ちの一つや二つ、犯してみたいと思うぜ?

 だが、名雪は『あの』秋子さんの娘なんだ。手を出したとバレた瞬間、ダイイングメッセージにオレンジとか書かなきゃいけない羽目になるんだぜ?

 手なんか出せねぇって…

 とりあえず、俺は冗談だと言うことを説明して彼女達の怒りを抑える。

 しかし、何だって俺と名雪がくっ付いたら怒るんだろうか?

 謎だ……

 ちなみに佐祐理さんに抱きついてた一件は、もとに戻った佐祐理さんが説明してくれた。

 なんでも、いつもの如く、屋上前の踊り場で食事をしようとしていた舞と佐祐理さんが、屋上への扉が僅かに開いているのを発見。

 誰かいるのかと屋上を覗き込むと、冬の寒空の下で毛布に包まれた人間が倒れてる。

 あわてて駆け寄ったらそれは寝ている俺で、なんとなく佐祐理さんが俺に膝枕をしていると、寝相の悪い俺が佐祐理さんにしがみ付いて……

 後は俺の知ってる通り、舞に押されて佐祐理さんを押し倒し、狙ったかの様に名雪たちが来てハリケーンが起こった…と言うわけだ。


 「冗談抜きにえらい目にあった……」

 「元はと言えば相沢君がバカなことを言ったからでしょ」

 「うぐぅ……しかしもう昼か……まだ学食にパン残ってんのかな?」

 「もう手遅れだと思うぜ相沢」


 そう言って誇らしげにヤキソバパンを取り出す北川、その顔は勝者の顔だった。

 はぁ……メシ抜きか……

 俺はガックリと肩を落とし、いつの間にか少し遠くに行ってる毛布に包まり再び寝ようとする。

 そうでもしないと空腹に耐えれそうに無いからだ。

 さらに言うと、さっきまで寝ていたにもかかわらず異常なほど眠たい。

 寝ているのに身体が全然休まってない様な感じだ。

 まぁ、さっきまで死にそうな目に遭っていたのだから当然といえば当然なのだが。

 しかし世の中そう悪いことばかりではない。

 捨てる神在れば拾う神あり、そんな俺を見かねたのか、みんなが弁当を少しお裾分けしてくれるらしいのだ。


 「……重大なことを忘れていた」

 「ん? どうしたんだ相沢?」


 ヤキソバパンをモグモグ食べながら北川が反応した。

 そんな北川に向けて、弁当箱のフタの上に置かれた料理を見ながら一言。


 「箸が無かった」

 「……手で食え」

 「それしかないか……」


 メシ抜きに比べたら遥かにマシだよな、と納得しつつ料理に手を付けようとする俺の手をピシャリと打つ手。

 このメンバーの中でこんなことしそうなのは、一人しかいない。


 「相沢さん……行儀が悪いですよ」

 「天野、この場合は不可抗力だろ……と言うかいつも通りおばさんくさいな」

 「失礼ですね、いつも言っていますが物腰が上品なだけです」

 「へーへー、で? その物腰が上品な天野はこの場合どうするんだ?」

 「そ、それは…ですね……」


 と、ここでいきなり顔を真っ赤に染める天野。なにやら、もじもじとしだすと、意を決したように弁当箱のフタに乗った玉子焼きを箸でつまむ。

 そして、おもむろに玉子焼きを俺の目の前に差し出す。

 え? これってもしかして……


 「…………」

 「…………天野?」

 「あ……」

 「あ?」

 「あ〜ん……」


 ぶ……

 ブラボォォォォォ〜〜〜〜〜!!!

 最高! 最高だぞ天野!

 その頬を真っ赤に染めつつも玉子焼きを差し出す姿は、いつもの硬そうなイメージを差し引いても……いやむしろそのギャップで可愛さ倍増!?

 ちゃんと反対の手を添えているところも高得点だ!

 照れか羞恥かで少し声が震えているところも効果抜群だ!

 むしろ、玉子焼きじゃなくて、お前を食わせてくれぇぇ! ←バカ


 「あ…相沢さん……は…恥ずかしいのですから早く食べてください」

 「お…おう……」


 うぅ、もう少しこの貴重なシーンの天野を見ておきたかったんだが……さすがに腹も減ってるし食うか。

 やべぇ……緊張してきた。


 「じゃ、じゃあ食うぞ?」

 「ど…どうぞ」


 何故か確認をとる俺。天野のピンク色の箸にかぶりつく。

 うむ……今になって気付いたが、この箸は当然、天野も使ってたわけだから間接キスなんだよな。


 「ど、どうですか?」

 「ああ、うまいぞ」


 じゃあ、次はウインナーを……と言おうとしたところで周りの異様としか言えない雰囲気に気付く。

 なんか、天野と北川以外のやつらの顔が般若になってるっ!?


 「相沢君? 次は何を食べたいのかしら?」

 「今度は私が祐一さんに食べさせるんですっ」

 「うー、祐一に『あ〜ん』するのは私だもん」

 「あははーっ、今度は佐祐理がしてあげますねー」

 「羨ましいぞ相沢っ!」


 羨ましいなら代わってやろうか北川? ……間違いなく死ねるぞ?

 この頃、致死イベントが多いなぁ……などと現実逃避している俺の肩を叩くのが一人。


 「……祐一」

 「ん? なんだ舞?」


 舞は無言で箸を俺に差し出す。

 とりあえず俺はそれを受け取り、その箸で料理を食べた。

 ちなみに、これで間接キス2連発〜♪ などと浮かれているのは秘密だ。

 舞が俺に箸を渡したことで、妙に殺気だってた雰囲気も消え、また各々会話しだした時、再び舞が言う。


 「……祐一、違う」

 「うん?」

 「……そうする為に箸を渡したんじゃない」

 「違うのか?」


 じゃあ、何のために……と言おうとした時、舞は口を小さく開いた。

 ……?


 「…………」

 「…………」

 「…………何のまねだ?」

 「…………あ〜ん」


 ぐぁっ!?

 マジですか? …って感じで舞の目を覗き込むが目はマジ…と言っている。

 うん、何かさっきの雰囲気が復活しましたよ?

 やはり俺に平穏は訪れないのか……

 とりあえず、俺が食べさせてくれる事を疑う事無く口を開けたままの舞が可哀相なので、舞に好物のタコさんウインナーを食べさせてみる。

 もぐもぐと咀嚼し、再び口を開ける舞。

 なんだかエサを求める雛鳥みたいで微笑ましいなぁ……

 こんどは普通のウインナーを与えてみる。

 ちなみに、舞がウインナーを咥えたとき、いけない想像をしたのも秘密である。

 だって、舞って可愛いから仕方ないよな……と言い訳しつつ俺も料理を食う。

 ちなみにまわりは無視だ。

 だって、目を合わせた瞬間に襲い掛かられそうだから。


 「……祐一」

 「ん?」


 舞が声をかける。

 今度は何だろう? と思いつつお茶を飲む。


 「……間接キス」

 「ぶふぁっ!?」


 ここでそれ来ますか!?

 俺の脳内で、即座に第二次暴風警報が発令されていた。

 せっかく食べたのに、また胃の中がカラッポになりそうだ。


 「あ〜い〜ざ〜わ〜く〜ん」

 「お、落ち着け! 話せばわか…………らなさそうですね」


 前を向き、迫り来る香里を見た瞬間、話し合いは通じそうに無いことを悟った。

 さっき、俺が吹いたお茶がもろ香里に命中して、制服をお茶の色と香りでコーティングしてたからだ。

 とりあえず救いは、恥ずかしがってる舞の姿が異常に可愛かったことくらいだろうか?

























 「痛てて……もう少し手加減してくれても良かったのに……」

 「自業自得よ……それより相沢君。あなた体操服を教室に置きっぱなしよね? それを貸して」

 「別にそれはかまわないけど……すこし汗臭いぞ?」

 「濡れたままで、お茶の匂い放ってる制服よりマシよ」


 …と言う事で、5時間目の授業。

 朝からいなかった筈の俺が出席し、香里は何故かジャージ(しかも男子用)で授業を受けるという変な光景が出来上がっていた。

 皆が俺と香里の事を奇異の目で見ていたが、命の危機に比べたら可愛いものだ。

 とりあえず香里の怒りは収まり……というか何故かゴキゲンなのだが……授業を受けている。

 時折、香里は急に服を握り締めて、うふふ〜、といつものクールさをゴミ箱に捨ててきたかのような笑みを浮かべている。

 その表情はまさしく、夢見る少女というか、恋する少女というか……幸せいっぱい夢いっぱい、ついでに魅力と萌えもめいっぱい……って感じである。

 もしここに人がいなかったら、俺は間違い無く襲い掛かっていただろう。

 もっとも、十中八九、メリケンサックの露と消えるだろうが。

 そんな香里を面白いので見ていると、ふと視線が絡み合う。


 「…………」

 「…………」


 沈黙。

 パッ、とすぐに机に顔を伏せ、腕で顔をガードする香里。

 俺はわくわくしながら香里の次の行動に注目する。

 その香里は自分を見ていた俺が気になるのだろうか、ゆっくりと少しだけ顔を上げて、上目使いの目だけこちらに向けた。

 ちなみに、よく見えないが顔は赤く染まっているっぽい、まぁ、お茶を被ったわけだしな。

 何か、人への懐き方を忘れたけど懐きたそうな小動物みたいだ。 意味が解らんが。


 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」


 どちらも言葉を発しぬまま、視線だけがお互いを捉えている。

 このまま香里を観察してるのも良いなぁ…などと思っている俺。

 しかし、俺は重大な事を忘れていた。 今は授業中なのだ。


 「あー、相沢、美坂……ラブコメなら授業が終わってからやれ」

 「ラブコメってないっす!」

 「ちっ、違います!」

 「相沢ぁ! 裏切ったなぁ!」

 「おいおい、水瀬の次は美坂かぁ?」

 「相沢く〜ん、浮気〜?」

 「くそう、相沢のハーレム伝説は終わらないのかっ!?」

 「相沢君って、惚けてた振りして結構、手が早かったのね」

 「極悪人だよ…祐一」


 またですか?

 またなんですか?

 …ていうか前回から気になってたんだがハーレム伝説ってなんなんだぁ!?

 しかも、何故か寝ていた名雪が起きてるし!

 ……どうする?

 さすがに授業中にいきなり逃げ出すほど、俺は図々しくは出来てない(はずだ)

 ……

 ……

 …………寝るか。

 とりあえず現実逃避することにした。

 机に突っ伏し、かばんに入ってる七つ道具のうちの一つ、耳栓を取り出し耳に付けて寝る事にした。


 「相沢……私も教師生活が長いが、目の前で耳栓を付けて寝ようとする生徒はお前が初めてだ」

 「現世には苦しみがいっぱい風味なんです。見逃してください」

 「風味?」


 俺はそれだけ言うと崩れ落ちるように夢の世界へと旅立っていった。








 それは騒がしくも楽しい世界。

 喪失の恐怖に晒された世界。

 少年のこころは旅をする。

 もう二度と忘れたくない世界を忘れないために……





 少年は夢の世界を翔る。























 あとがき


 どうも、雪空の第二話でした。

 それにしても、祐一がよく寝ます。

 ひょっとしたら名雪よりも寝てるんじゃなかろうか? と思うぐらい(笑

 さて、次回は待ってる人は待っていた……待ってない人は全然待ってなかった、秋桜パートに突入です。

 秋桜キャラって初めて書くから、ちゃんとキャラ達を生かせるか心配です。

 やるからには全力で行かせて(逝かせて)もらいますが……

 では、次のお話で会いましょう〜♪