何かが……何かが足りない。
俺が俺であるために必要な何か……足りないそれは何だろうか?
何かが足りないのは解っているのに、それが何だかわからない。
何時だったか、こういう事が俺の身に起こったような気がする。
いつのことだっただろうか?
一日前? 一週間前? 一ヶ月前? 一年前? ……それとも、
七年前?
……わからない…わからないけど、俺はまた何かを失おうとしている。
そして、わからない事がもう一つ……
俺は……誰なんだ?
粉雪の空に… don’t you forget again
第一話 騒がしき概視感
ぴぴぴぴ……ぴぴぴぴ……
見慣れた天井。
もう、見慣れるほどに、ここでの生活が板についてきたんだなぁ……と感慨深げに思って、俺こと相沢祐一はベッドから身を起こし、いまだ鳴り止まぬ目覚まし時計を止める。
そして、目覚まし時計を止めた手が、そのまま自分の首筋を労わる様になぜる。
はて? 俺は朝起きて、何ゆえ首筋をさすっているのか? 無意識に何をやっているんだろうか?
でも、いつもそうせざるを得ないような起こし方をされていたような……
ん? 俺はいつも自分一人で起きているはずだが……
どうやら俺は寝ぼけているらしい。
きっと、夢見が悪かったせいだろう。 内容は覚えてないが、そりゃもう酷い夢だった。
うむ、きっとそのせいだ!
俺はそう納得し、毎朝恒例の名雪討伐を行うため、パジャマから制服に着替え、名雪の部屋の扉にノックした。
「名雪〜、寝てるか〜? 入るぞ〜?」
「…祐一君、普通、『寝てるか〜?』 なんて聞いといて部屋に入ろうとはしないよ…」
「おう、おはよう。あゆ。まぁ、お前も解ってると思うが、こんな事は名雪にしかしないから、いいんだ」
いつの間にか俺の後ろに忍び寄っていたあゆが、幾分、非難の混じった声でつっこんできたので、挨拶をしつつ言い訳をする。
俺の言い訳にあゆも、あはは…と苦笑いをしつつ納得した。同じ屋根の下に住んでいるもの同士、朝の名雪の手強さはお互いに知っている。
「…………」
「…………」
俺たち二人は数秒の沈黙の後にため息をついて、名雪の部屋の扉を開けた。
「「行ってきまーす」」
「気をつけて行ってくださいね」
「名雪さん、祐一君、行ってらっしゃい」
秋子さんとあゆの二人に見送られ、俺と名雪が家を出る。
俺は時間を見て、やはり今日もギリギリだと悟る。
やれやれ……名雪ももう少し、早起きしてくれれば楽なんだが……
そう言って、俺は自転車を取り出そうとするのだが、自転車が見当たらない。
「名雪ー、俺の自転車しらないか?」
「え? 祐一、こっちに自転車なんか持って来てたの?」
「なに、今更なことを……毎日、それに乗って…………」
乗ってないよな?
うむ、認めたくはないが、俺はまだ寝ぼけているらしい。
おそらく、名雪菌か何かに感染したに違いない。
毎日、起こしてやってるのに、仇で返すとは何て奴だ!
ここは、何かお返しをしないとな。
「ゆういち……何か今日はおかしいよ? 朝だって、いつものコーヒーじゃなくて、牛乳飲んでいたし……」
「今日は、牛乳な気分だったんだ」
何となく言い訳してみるが、実際は今日の朝は牛乳な気分などでは無かった。
ただ、何となく秋子さんに、『飲み物はコーヒーでいいですか?』と聞かれ、『牛乳で』と自然に返していたのである。
秋子さんはいつものスマイルを浮かべたまま、牛乳を持ってきて、その時に俺は、何でんなこと言ったんだろう? と自問しながらも、自分から言って出されたものを返すわけにも行かず、牛乳を飲んだのである。
俺、牛乳嫌いなのに……
朝食のことを思い出しげんなりするが、そんな事ばかりもしてられない。時間がおしてるのだ。
名雪のおかげで一刻の猶予も無い。
「そんなことより……行くぞ名雪!」
「うん、祐一!」
俺たちは脚に力を籠め、全力で晴れた雪道を走っていった。
ガラガラ
教室の扉を開け、俺と名雪は中に滑り込む。
「北川! ついに俺はやったぞっ!」
「ああ、しかと見届けたぜ相沢!」
教室に入り開口一番、北川に勝利の報告をいれる俺。
「今日は一体、何なのよ?」
「祐一、何がやったの?」
北川の隣であきれた様に声を出す香里と、いつの間にか自分の席まで移動した名雪が、感動に身を震わせている俺たちを見て怪訝な表情になる。
そんな二人を北川は指差して言った。
「水瀬さんはともかく、学年主席である美坂がわからないなんて……」
「その学年主席の頭脳を以ってしても予測不可能なのよ、あなたたちはね」
「うにゅ…北川君、なんでわたしは、ともかくなの?」
「見りゃわかんだろ!? 相沢はなぁ……」
…とそこで言葉を切る北川。
名雪と香里もその答えがなんなのか少し興味が引かれたようだ。
教室のクラスメートたちも同じみたいで、みな静かになり、少しの間だけ教室が静寂に包まれる。
一時的な静寂の中、北川は言葉を発した。
「……で? 何がやったんだ? 相沢?」
「…って、あんたも解ってなかったんじゃないの!」
北川のボケに脱力するクラスメイト一同、いつの間にか来ていた石橋も後ろで苦笑いをしていた。
「あー、相沢に北川。いつものボケは後にして先に席に着け」
「はい」
「……俺はまだボケてないんですが」
「時間の問題だっただろう」
石橋のありがたくないお言葉に従い席に着く俺と北川。
酷い話だ。
「えー、今日は全員いるな? 今日の連絡事項は特に無い。くれぐれも怪我だけはしないように……これでSHRは解散」
早っ!?
SHRもつつがなく終わり、北川が朝の事について話しかけてきた。
「で、相沢…さっきは聞きそびれたが、何がやったんだ?」
「あら、あたしも少し気になるわね。今度は何をしでかしたの? 相沢君」
「しでかす…って失礼な。俺がいつも悪い事をしているみたいじゃないか?」
まぁ、否定は出来ないがな……
「で? 何をしたのよ?」
「実は……」
…とここで言葉を切る俺。
だって、ノリで言っただけで何も考えてなかったからなっ!
何かネタになるものは……と周りを見回すと既に眠り姫にクラスチェンジを遂げた名雪が視界に入った。
うむ、名雪菌のうらみを晴らしてやろう。
「実は……とうとう名雪が俺の恋人になった」
「は?」
「え?」
シーン
あれ? はずしたか?
俺の予定では、寝ている所を起こされ、香里と北川にからかわれる名雪が見れる筈だったんだが……Why?
しかも、香里と北川だけでなくクラス中が静まり返っているような……
……うむ、今になって猛烈に嫌な予感がしてきた。
「ま、まて、今のは冗だ…『ええぇ〜!?』」
クラス中の驚きの声にかき消される俺の弁明の声。
嫌な予感が現実のものになりそうだ。
「なっ、名雪っ! 一体どういうことよ?」
「相沢っ! よくやった! 美坂の事は俺にまかしとけ!」
「えぇ〜、相沢君、名雪とくっ付いちゃったの〜? ショックーぅ」
「とうとう、相沢も観念したか」
「うおぉ〜嘘だ〜! 水瀬さ〜ん!」
「ねぇねぇ、相沢君、名雪とはどこまでいったの? 腕くんだの? キスしたの? それとも、もうシちゃったの?」
「これで相沢のハーレム伝説も終わりだ〜!」
うん、まずい事になったね?
誰も俺の話、聞いてくれないね?
しかたないから、俺は逃げるね?
…っていう事で、俺は教室と授業からエスケープし、春も近くなって少しは暖かくなった屋上で眠る事にした。
屋上は立ち入り禁止区域になっているが、裏を返せばそうそう誰も他人が入ってこないという事だ。
そもそも、春が近づいたからとは言え、冬に屋上に出る奴なんてそうそういない。
俺は以前、ここで昼寝をして風邪を引いた教訓を生かし、今回は毛布持参である。
え? なんで毛布なんて持ってるのかって?
カバンの中にいれているんだ。どうせ教科書の類は全部机の中に入れっぱなしだしなっ!
……そういうわけで少し眠る事にしよう。
朝は夢見が悪かったせいで、あまり眠った気がしなかったし……今度こそきちんと眠ろう。
俺は毛布に包まり、起きる頃にはあの騒ぎが収まってくれている事を期待しながら、目を閉じた。
…………あたたかい
それにとても気持ちいい……
いい枕だなぁ……俺、こういう枕が欲しかったんだよなぁ……
でも、俺、屋上に枕なんか持って来てたっけ?
どうでもいいや、気持ちいいし。
でも、この枕、ほんと気持ちいいなぁ……思わず頬擦りしてしまいそうなほど……
こんな感じに、すりすりーってな。
「ふぇっ!?」
おおぅ? 涙が出そうなほど気持ちいいぞ?
うむ、気持ちいいことは良い事だ。
普段から、名雪やら真琴やらあゆとかの子守で疲れてるんだ。休める時は休まないとな。
それっもっと、すりすり〜。
「え? やっ!? ちょっと祐一さん? ふぇ……」
うむ、俺ってばこんな気持ちいい枕持ってたんだな……知らなかったぜ。起きたら家宝にしよう。
でも、起きる前にもう少し……
「ふぇ……あっ……そこは……や…ぁ……」
うん? なにやら遥か遠くに誰かの声がするような…
だが、今の俺の使命に身体を休める事に勝る事はないのだっ!
「……ぁ…息が……やぁん……そこ…だ…め……です……ぁん……ゆ…ういちさ……ぁん」
「……祐一、いい加減にする」
ぶすっ!
「んぎゃぁ!? な、何だ!? 曲者かっ!?」
うつ伏せに寝ていた俺は首筋にどえらい衝撃を受け顔を上げる。
顔を上げた先には、堂々とそびえ立つ制服越しの胸。
胸?
何で起きて顔を上げた先に胸が? Why?
さらに視線だけを上げていくと、何故か潤んだ瞳の佐祐理さんの顔があった。
心なしか顔も赤いような……風邪?
「ゆ…祐一さぁ〜ん」
…と何故か切なげに声をあげる佐祐理さん。
俺の寝ている間に一体何が?
と、俺が考えを巡らしていると再び頭上から、さっきよりか幾分か冷静さを取り戻した佐祐理さんの声。
「祐一さん……その……そろそろ腕のほうを外していただけると……」
「腕?」
…と言って自分の腕を見てみる。
アンギャー!?!?
何かわからんが、俺の腕は佐祐理さんの腰に回され、あまつさえ手は佐祐理さんのお尻を鷲づかみ。
しかも、佐祐理さん制服でスカート短いからスカートじゃなくてパンツ越しに掴んでるしっ!?
「いやっ! これはその……何で?」
思わず佐祐理さんに問いかける俺。
そして何故か手はお尻をつかんだまま。
このままでは、どこに出しても恥ずかしい変態さんである。
「……いいから離れる!」
ぶすっ!!
…とここで再び後ろから首筋に衝撃。声からして舞で、感触からして箸で首筋を突かれたのだろう。
「んぎゃっ!?」
「きゃっ!?」
俺は首筋に受けた衝撃のまま前に倒れる。
しかし、前には佐祐理さんがいる為に、佐祐理さんを押し倒す様に倒れた。
ふにょん
俺の感じた感触は音であらわすとこんな感じだった。
もう、考えるまでもなく、この感触は先程まで俺の目の前に在った二つのアレだろう。
舞も俺に佐祐理さんを取られて嫉妬するのは可愛いのだが、もう少し考えてから行動してほしい。
「あ、あの祐一さん……その……佐祐理は準備おっけーですよ?」
「さっ、佐祐理さん……こ、こここここ、この状況でその冗談は年頃の男子学生にはきついものがあるんですがっ!」
主に下半身がきついですっ!
あと後ろに生まれてる殺気が心臓にきついですっ!(涙)
「はっ、はぇっ!? つい本音が……佐祐理ったら何を口走って……」
「ほ、本音っ!?」
隊長! 下半身がさらにきつくなりましたっ!
副長! 後ろの殺気もさらにきつくなりましたっ!
やばい、これは間違いなく今日一番の選択だぞっ!?
@ 今すぐ佐祐理さんに、本音の件を聞く
A 命が惜しいので、今すぐ佐祐理さんから離れて舞に弁解する。
B 現実逃避してもう一度、佐祐理さんの膝枕で寝る。
俺自身は非常に@番を選びたいんだが、生存本能がA番を選べと訴えかけているっ。
どっちだ!?
「ゆういち〜今までどこに……って祐一!?」
「あ〜い〜ざ〜わ〜く〜ん?」
「相沢っ! 水瀬だけじゃなく倉田先輩までとは、なんて羨まし…ぶべらっ!?」
「そんな事する祐一さん嫌いですっ!」
「そんな酷な事ないでしょう」
「……祐一、私もすぐに後を追う」
タイムオーバーですか……(泣)
とりあえず、「今日のお昼に食べるのは佐祐理だ〜」…と冗談ぽく言ってみたが、焼け石に水どころか火に油だった。
あとがき
初めましてな方々が殆どだと思うので簡潔に挨拶をさせていただきます。
ヘタレSS書きの秋明と言います。やってる事は、大体ゲームか、SS書いてるか、寝てるか、遊んでるかのどれか、というダメ人間の見本みたいな人です。
此度は、Kanonと秋桜の空に、のクロスを書いてみようかと……
今更、秋桜かよ!? って思うかも知れませんが何故か突発的に書きたくなったのです。
秋明は気分屋な所があるみたいなんで、こんな事があるんですね〜
…とまぁ、秋明の事は置いといて、この先の展開……というか、『粉雪の空に don’t you forget again』略して雪空の構成は…
Kanon世界と秋桜の世界に分れてますが、主人公は微妙にリンクしています。
あるはずの無い記憶と失っていく記憶、そして失った記憶。
それらに気付き、手にする事は出来るのか?
…って言った感じ?
注:作者の気分次第で変わります(マテ
こんな駄文ですが、秋桜の空に、のゲームをやった事無い人も、やった人も読んでやってくださいね?
それでは〜♪