桜咲く未来〜恋夢〜


 三の夢 〜再会のプリティガール(前編)〜















 「あ……」



 自分の唯一といっていい友人と楽しそうに話す少年。

 その姿を視界にとらえた一人の少女がはっと息を飲んだ。

 視線は少年から離れない。

 何故なら、彼はずっと少女が会いたかった人だったから。



 (やっと、見つけた)















 少女の家は昔から続く、俗に言う名門の家だった。

 学生の間は真摯な態度で勉学に臨むべきであり、色恋沙汰など以ての外。

 それが少女の家の理念であり、それ故に少女の家では女の子が生まれると学生時代は女を捨てなさい。

 つまり男として過ごしなさい、というしきたりがあった。 



 「けど、私だって他の娘みたいに可愛いお洋服が着たい」



 最初は学生時代なんてすぐだと思っていた。

 自分を男だと信じていれば修了なんてすぐだと思っていた。

 けれど現実はそう甘くはなかった。

 同年代の女の子が楽しそうにおしゃべりをしている中に交じれない。

 さりとて男の子の中には感情的に交じれない。

 少女は、いつも一人だった。



 「服とかドラマのお話をしたい、みんなでお菓子を食べたりしたい」



 不満が口からついてでる。

 少女は祖母が大好きだった。

 だが、このしきたりを守らせようとするのが当の祖母であるが故に少女は複雑な気持ちだった。



 「けど、無理だよね。そんなこと……」



 気落ちした様子でとぼとぼと階段をのぼる少女。

 その格好はほっそりとした体をすっぽりと覆い隠すような大き目の学ラン。

 顔はともかく、見た目だけなら女の子には見えない服装だった。



 「セーラー服、着てみたいなぁ……」



 ブルーのスカートと真っ白のセーラー服を身に付けた自分を想像する少女。

 少女は家のお使いでお菓子を届ける最中だった。

 だが、気をそらしていたせいで前をよく見ていなかったのだろう。

 少女は階段の段差につまづいた。



 「あっ、きゃあっ!」



 後方へと倒れこんでいく少女。

 落下の恐怖に少女は思わず目をつぶる。

 しかし、少女の体は何か暖かな衝撃によって包まれた。



 「……っと。ぎりぎりセーフだな」

 「……えっ、あ?」



 おそるおそる目を開けて振り返った少女の目に映ったのは、優しそうな少年の瞳だった。

 状況を察するに、この少年が自分を助けてくれたのだろうと少女は呆然としながらも理解した。



 「あ、あの……?」



 お礼を言いたいのに間の抜けた声しかでない自分が恨めしかった。

 女の子である自分をすっぽりと覆える男の子の体。

 少女が初めて包まれたそれはとても暖かくて居心地がよかった。



 「ったく、いきなり段差につまづいて倒れるからびっくりしたぜ。今度からは気を―――――」



 と、そこで少年の言葉が切れた。

 どうしたのだろう? と少女が見ると少年は不思議そうな表情をしていた。

 少年の視線を追っていく。

 そこにはがっしりと掴まれた自分の胸が―――――



 「…………え?」

 「あれ、なんで……?」



 少年の戸惑った声と共に少女の胸がふにふにと揉まれる。

 数瞬後、少女の顔は薔薇のように真っ赤に染まった。



 「あ……あ……」

 「え、あ、その、あれ? いや、ごめん?」

 「ばかーっ!!」



 ばちーん!















 「いててて……」

 「ご、ごめんなさい!」



 見事な紅葉を頬につけた少年。

 少女は謝罪されている少年が申し訳なくなるほど深く頭を下げていた。



 「いや、気にしないでくれ。俺が悪いんだし」

 「でも……」

 「でも、はなしだ。それにそんなに謝られてもかったるいだけだし」



 な? と念押しする少年に少女はしぶしぶと引き下がった。

 しかし、



 「あ!」

 「どうした?」

 「地図と……お菓子が……」



 少年を叩く時に荷物から手を放してしまったため、お菓子はものの見事に地面に落ちて潰れていた。

 目的地への地図は風に飛ばされたのか影も形も見えない。



 「どうしよう……」

 「う、悪い。俺がちゃんと受け止めなかったから……」

 「そ、そんなことありません! 私が……その、悪いんです」



 と、そこで少女の声が小さくなり、頬が真っ赤に染まる。

 先程のことを思い出したのだ。



 「……お菓子ならどうにかなるけど」

 「え、そんな、悪いです!」



 少年の申し出に素早く拒否を返す少女。

 少年がお菓子を買ってくれると思ったのだろう。

 だが、少年はそんな少女の考えを察したのか「まあ、見てろって」と言うと手を後ろに回した。

 数秒後、少女の目に映ったのは地に落ちたお菓子と全く同じものが乗せられた少年の手だった。



 「……ん、これで全部だよな?」

 「わぁ……!」



 少女が感嘆の声を上げる。

 まるで魔法みたいだと少女は思った。

 少し考えれば才の力だということはわかることだが、困り果てていた少女には少年の力は魔法に見えたのである。



 「あ、でも包みがないな……」

 「包装紙は無事でしたから大丈夫だと思います」

 「そっか、ならいいけど」



 ほっと安堵の溜息をつく二人。

 だが、そこで少女は気がついた。

 いつのまにか自分の喋り方が女の子のものに戻っていることを。



 (あ……私、どうして)



 意外に動揺はなかった。

 これが祖母に知れれば叱られることは間違いない。

 にも関わらず何故自分はこんなに晴やかな気持ちなのだろう。



 「あ、あの……」

 「ん、礼ならいらないぞ。大した手間じゃなかったしな」

 「いえ、それもですけど……聞かないんですか、私のこと」

 「んー、なんか事情があるんだろ? まあ、気にならないといえば嘘になるけど……」



 ぽりぽりと頬をかく少年。

 なんとなくその様子が可愛いな、と少女は思った。



 「ま、もったいないとは思うけどな」

 「え」

 「やっぱり、女の子は女の子の服のほうが似合ってると思うし」

 「あ……」



 するり、と少年の言葉が少女の心に染み込んだ。

 彼の言葉は当たり前のことだった。

 自分でも何度そう思ったのかはわからない。

 けれど、少年に「何がわかるの!」と文句をいう気にはなれなかった。

 ただ、嬉しかったのだ。

 偶然が重なった結果だとしても、自分を女の子として見てくれる目の前の少年が。



 「ありがとう、ございます……」

 「いや、だから礼はいいって」

 「いえ、言わせてください。だって、凄く嬉しかったから……」

 「おおげさな奴だな」



 きっと少年はお菓子の件だと思っているのだろう。

 それでも、少女はお礼が言いたかった。

 女の子の自分として。



 「あー、じゃ、じゃあ俺は行くな。今度からは気をつけて階段のぼれよ?」

 「あ、ま、待ってください!」



 少女の笑顔に照れてしまったのか、少年は足早に立ち去ろうとする。

 だが、それを遮るかのように少女は咄嗟に声を出した。



 (あ、ど、どうしよう……)



 つい引き止めてしまったものの、少女は少年に対して特に用事があるわけではない。

 ただ、なんとなくこのまま別れてしまうのが嫌だったのだ。

 ここで別れてしまったら、もう二度と少年と会えなくなってしまうような気がして……



 (けど、もっとお話がしたい)



 会ったばかりだというのに、少女は少年に心惹かれてしまった。

 自覚はない、けれど初めて抱いた感情は少女に行動を起こさせたのである。



 「……? まだ、何か用か?」

 「あ、あのっ。道を教えてもらいたいんです。その、地図、なくなっちゃったから……」

 「え、ああ、そうか。んで、どこに行きたいんだ?」



 俺がわかるところならいいんだけどな、と呟く少年に申し訳なく思いながらも少女は心が湧き立つのを感じた。

 男装しているために少女は男の子と話すことのほうが多い。

 もっとも、それは気乗りのするものではないし、必要に迫られてのことである。

 けれど、今は楽しい。

 女の子として男の子と話すことは、こんなにもドキドキすることなのだと少女は初めて知った。



 「あの、夢岬町にある芳乃って家なんですけど……」

 「よしの? どっかで聞いた名前だな……」

 「魔法使いって呼ばれてる人が住んでいる家らしいんですけど」

 「…………なぬ?」

 「知ってるんですか?」

 「……よく、知ってる。つーかそれ俺のばあちゃんだ……まあ、案内してやるからついてこいよ」



 凄い偶然だ。

 少女は驚きと共に偶然に感謝した。

 これでこの男の子ともっとお話ができる。

 もしかして今までずっと我慢してきたから神様がごほうびをくれたのかとさえ思った。



 「どうした? ついてこないのか?」

 「あっ、ご、ごめんなさい。よろしくお願いします」



 歩き出す二人。

 少年が少女の歩調に合わせてゆっくりと歩いているのだと少女にはすぐにわかった。

 ただそれだけのことなのに、少女はなんだか嬉しくなる自分がおかしかった。



 (……あ、そういえば名前も聞いてない)



 本来ここで少年の名前を聞く必要はない。

 だが、少女は少しでも少年のことが知りたかった。



 「あ、あの、お名前はなんと仰るんですか?」

 「へ? 名前?」

 「は、はい……」



 言ってはみたものの、男の子との会話になれていない少女には一大事件だったのだろう。

 俯いた少女の顔は真っ赤に染まっていた。



 「名乗るほどの名前じゃないけど……朝倉純一だ」

 「朝倉……純一さん」



 噛み締めるようにその名前を呟く。

 きっと忘れられない名前になると少女は何故か確信した。



 「あの、私は、私の名前は―――――」















 その後のことを少女はよく覚えている。

 お使いを済ませて帰ると『何故か』憔悴しきった祖母が高校に入ったら女に戻ってよいと言ったのだ。

 何故祖母がそんなことをいいだしたのかは不明だったが少女は気にしなかった。



 (これであの人に女の子としての私を見てもらうことができる)



 思い浮かぶのは自分を助けてくれた少年の顔。

 頬が我知らず赤くなるのに気が付くことなく、少女は微笑んだ。















 そして、少女が少年と出会ってから一年後。



 「ことりっ」

 「えっ……くど……いや、か、かな……あれ?」

 「ん、ことり、知り合いか?」

 「う、うん、そうなんだけど……」

 「ふふ、どうしたのことり? そんな顔して」

 「だ、だって……」

 「くすくす、それはそうと……お久しぶりですね、朝倉純一さん?」

 「え?」



 少女ににっこりと微笑まれて軽く混乱する純一。

 だが、その笑顔に記憶の紐がほどかれたのだろうか。

 純一の脳裏に一年前に出会った少女の顔が浮かび、目の前の少女と重なった。



 「あ、も、もしかして……?」

 「よかった、覚えててくれたんですね」



 ほっと安堵の息をつく少女。

 ことりはまだ混乱しているのか目をぱちくりさせている。



 「もう一度、自己紹介させてもらいますね。私の名前は工藤叶、これからよろしくお願いします」



 そう言って会釈した彼女は―――――セーラー服を身にまとった可愛らしい女の子だった。





 あとがき

 第二のヒロインこと工藤叶嬢登場。
 うわー、ことりをくってる登場だなぁ彼女!(笑
 叶が何故女の子に戻ることを許されたのかは次回以降で明かされます。
 最初は原作と同じく男装で登場させようと思ったのですがそれだと叶が有利すぎる(笑)のでこういう形におちつきました。
 次回、親友対決!(ぇ