「恋は唐突に?」
ある日の朝の進藤さん家。
突然だが、いまそこで、恐るべき極秘作戦が始動していると言ったら誰が信じるであろうか?
自分の部屋にて、鏡を前に制服姿の進藤さん。
だが、そんな彼女のシャツの、後ろ襟の下に何かが仕込まれている。
それは、恐るべき硬度を誇るチタン製の首当てだった。
「ふふふ、今度は先輩がお花畑を見る番です……名付けて延髄チョップ破れたり、逆襲の進藤! ドドーン!!」
効果音まで口に出してガッツポーズ。色んな意味で完璧だ。
ああ、なんということであろう。
いつもと同じ日常、いつまでも続くかと思われた平穏が、ひとりの少女の逆襲劇によって、青天の霹靂をもって崩れ去ろうとしている!
賢明なる読者諸君には説明するまでもないだろうが、首当ての提供元は通販グッズ御用達の、我らが小野崎清香さんです。
そんなわけで、いつもの通学路。
ところどころ霜がきらめくアスファルトの上を、片瀬兄妹が何気ない会話を楽しみながら歩いていた。
唇からは「冷凍光線、はあ〜っ」と言わんばかりの真っ白な吐息。
暖かい、穏やかな雰囲気。
そんな二人の耳に、夏はマシンガンとも思える張りのある声が届いた。
「雪希ちゃん、おはよーっ。そして、先輩もおはようございまーすっ♪」
右手を大きく振りながら明るく駆け寄ってくる進藤さん。
その双眸は、肩でげんなりした態度を作る片瀬健二を映していた。
ターゲット・ロックオン。
「おはよう進藤さ……」
「今日もいい天気だねー。こういうのって、日頃の行いが影響してると思うの。やっぱり私が来ると快晴なのはそのせいだよねっ」
「う、うん……」
「雪希ちゃんもそう思うでしょ? あ、せーんぱい! 先輩が1人で通学するときはもしかして雨が多くないですか!? いやいや、言わなくても分かります。それはやはり先輩の日頃の行いのせいだと――」
「…………」
無言で上がる健二の右の手刀。チャンス到来。
(甘いですよ、先輩! 今日はいつものようには――)
とすっ。
「う゛っ……ぷるぷるぷるぷる」
「わーっ、進藤さん!」
腹の辺りを両手で押さえ、身体を二つ折りにした進藤さんの顔には青い縦線が額から幾つも走っていた。
「みぞ……おち、と……きました……か…………ガクリッ」
「ふっ。これ書いてるやつが「延髄」を「鳩尾」と勘違いしてプレイしていた事が、こんなところで役に立つとはな」
「うわ〜、大丈夫かな。意識が飛んじゃってるよ……」
心配げに見下ろす雪希。
「まったく、こんなところで意識喪失とは傍迷惑なやつだ」
「お兄ちゃん……いつか進藤さん、壊れちゃうよ?」
はあ、と溜息。
「でも、困ったなあ。とてもこのまま置いて行くなんてできないよ」
「お困りですか?」
「そうだな、困ったといえば困ったが……はっ!」
突然どこからともなく割って入ってきた間延びした声に、健二が鋭く反応する。
そして、どこからか流れるBGM(ひより)と共に1人の少女の姿が。
「そんな時はわたしにお任せ。はぁい、まじかる☆ひよりんだよ〜♪」
ワアァァァァーーーーーーッ!(湧き上がる謎の歓声)
「さあ、何に困っていたのかなぁ……って、あれれ〜?」
見ると、既に健二たち三人の姿は影も形もなくなっていた。
「はぁはぁ……危なかった」
逝っちゃってる進藤さんを背負って疾走する健二。
隣を駆ける雪希も一安心。
流石の片瀬健二も、まじかる☆ひよりん登場時に臨死中の進藤さんを見捨てるのは色々な意味でやばいと思ったようだ。
「ん……お花畑……あれ」
振動で目覚める進藤さん。シャレに非ず。
そして、脳が現状を把握した途端、パニックに陥るのはむべなるかな。
「えっ、あれっ、わっ! なんで私、先輩に背負われて!? はっ、これって……これってまさか――」
――――愛の逃避行!!?
「わっ、そんなっ……そりゃ確かに先輩のこと、いいなあって思ったことありますよ? でもだからって、いきなりそんな、困るってゆーか……あっ、困るっていってもそれが嫌だっていう意味じゃなくて――」
耳まで真っ赤にしてまくし立てる進藤さんだったが、予鈴に間に合うように必死に走る二人の耳に届くことはなかったりする。
時間は進み、昼休み。
「で、どうだったの。効果あった?」
面積を無駄に占領した巨大タケコプター……もとい、小野崎清香の質問に、少女は両手を握り締めて明るく返事した。
「はいっ。小野崎先輩のおかげで私、自分の気持ちに気付けました!」
「そ、そう? それはよかったわ。あはははは!」
わけがわからず首を傾げる清香だったが、すぐに気を取り直して意味もなく笑ってのけた。
合わせるように嬉しそうに笑う進藤さん。
……恋とは、或いはこういうひょんなことから始まるのかも知れない。
―――― やかま進藤ルート ON ――――