適度な風と穏やかな波、雲一つない蒼天の空。

 絶好の航海日和の中、一隻の船が呉の都である建業の港へと向かっている。

 寄港準備に忙しく船乗り達が動き回るのを尻目に、乗船している客達はそれぞれ思い思いに過ごしていた。



 「おーっ、あれが建業の港かいな! 見るんは二度目やけどやっぱり見事やなぁ!」



 甲板から見える港を嬉しそうに眺める菫色の髪の女性―――霞。

 余程嬉しいのか、ぴょんぴょんと跳ね回るその姿は子供のようだ。

 何気にサラシに押し込められた胸が反動で上下に揺れ、周囲の男達の視線を釘付けにしてしまっている。



 「ほらほら一刀と風もこっちに来いや!」

 「い、いや俺は遠慮する。あと、風は寝てる」

 「すぴー」



 ぶんぶん、と手を振って呼んで来る同僚に一刀はやや青褪めた表情で返事をする。

 少年は甲板の中央部に備え付けられている長椅子に座っていた。

 ちなみに、その膝枕で金髪の少女があまりの陽気に眠りこけていたりするがこれはいつものことなので割愛する。



 「おっ! あっちのほうで軍船が河賊の船を包囲しとる!」

 「な、何!? こっちに被害とかこないだろうな!?」

 「離れとるから大丈夫やと思うけど……なあ一刀。ちょっとビビリすぎとちゃうか?」

 「お前はあんなこと言われてないからそう言えるんだよ!」


 
 河賊、と聞いて更に顔色を悪くした一刀の反論に霞ははあっと溜息をつく。

 別に旅仲間の少年は船酔いにかかっているというわけではない。

 ただ、今彼は水を極度に恐れているのだ。



 その理由は数日前、呉への出立の日に遡る―――















 一刀の呉国訪問記(到着編)















 「空も晴れとるし、ええ旅立ち日和やなー」

 「こうして旅をするのは久しぶりでなんだか楽しくなってくるのですよ」

 「わかるわかる! こう、なんちゅーか気持ちが浮き立つっちゅーか」

 「ちょ……二人とも、もう少しペースを落とし……」



 和気藹々と喋りながら歩く美女美少女を前に見ながら、一刀はげっそりとした表情で歩いていた。

 まだ呉はおろか、洛陽の城下街すら出ていないというのに既に少年は疲労困憊といった様子だ。



 「ていうか、一刀はどないしたん? 朝からずっとあの調子やけど……寝不足?」

 「半分は正解ですねー。完璧な解答としては、昨夜張り切りすぎたのが原因かと」

 「出立の前日に何やっとんねん。ただでさえ一刀はウチらと比べて体力ないんやから……」



 やれやれ、と溜息をつく霞。

 一刀は反射的に反論を口にしようとするが、声を出すエネルギーも惜しいのかぐっと唇を噛むだけだった。

 そんな少年を見て、風はにまっと意地悪そうな笑みを浮かべる。



 「まあまあ霞ちゃん、そんなにお兄さんをいじめないであげて下さい」

 「せやけど……」

 「愛しい男性としばらく離れることになって寂しがっている女の子を目にして、お兄さんが我慢できるはずがないじゃないですか」

 「寂し……ああ!」



 ぽん、と手を叩いて何事かを納得した霞が隣の軍師少女と同じ笑みを浮かべる。

 どうやら昨夜一刀が誰と過ごしていたかを察した様子。



 「成程成程、それは仕方あらへんなー」

 「ええ、仕方ないのですよ」

 「でも寂しがっとるのはかり……げふんげふん! 一人だけじゃないやろ?」

 「真桜ちゃんと沙和ちゃんと凪ちゃんは一昨日三人で。流琉ちゃんと季衣ちゃんは」

 「わー! わー! おまっ、天下の往来で何をっ!」

 「―――とまあ、お兄さんの気配りはバッチリなのです」

 「どーりで最近はウチが飲みに誘うても付き合うてくれんわけや」

 「でも、これからしばらくは風と霞ちゃんの二人占めですから」

 「せやね。なら許したるか!」



 ふふふ、とイイ笑顔を浮かべた二人を見て、一刀は思わず腰を引いてしまっていた。

 俺は無事に魏に帰ってこれるんだろうか。

 まだ洛陽を出ていないにも関わらず既に不安一杯な少年の視界に、次の刹那ふと既視感を感じる光景が映った。



 「ん……?」



 その人物は、意識しなければ気にすることもなく通り過ぎていたであろう街並の景色の中にポツンと存在していた。

 目深に布を被った男とも女ともつかない風体で道端に佇む一つの影。

 格好から生業が占い師と推測できる以外、何も読み取れないその人物に一刀は何故か注意を惹きつけられる。



 「一刀、どないしたん……ん? 占い師かいな」

 「いかにも怪しい風体ですが……お兄さんが目を留めたということは、女の人でしょうか?」

 「さりげなく失礼だなお前。いや、ちょっとあの人に見覚えがある気がしてさ……」



 言いながら疑念が膨らんできた一刀はその占い師に声をかけるべく近づいていく。



 「ほう……!」



 が、先に声を発したのは相手のほうだった。

 布の下の目をまんまるに見開き(見えないが何故かそう思った)自分を見つめる占い師の姿に、一刀の記憶が刺激される。



 「……思い出した。確かあなたは、許子将……さん?」

 「その名で呼ばんでくれんか。この身はただの占い師なのでな、しかも当たらない……な」

 「そんな、あなたの占いは……!」

 「今、この場にお主がおることがその証拠よ。しかし……まさか、運命を覆すとはのう」

 「……それは、多分華琳の、そして皆のおかげです。彼女達がいなければ俺はきっと戻ってはこれなかった」



 チラリ、と後ろの風と霞に視線を向ける一刀。

 わけのわからない会話に疑問符を浮かべていた彼女達は、突然向けられた少年の優しい視線に戸惑う。

 だが許子将はその光景を感慨深そうに眺め、低くしわがれた声で楽しそうに笑った。



 「ほっほっほっ……成程のう。縁の力か……ならば、我が占いが外れたことも納得がいくというもの」

 「大切な人たちのいるこの世界が、俺のいるべき場所ですから」

 「そうかそうか、その縁を大事にしなされよ?」

 「はい!」



 深く、そしてしっかりと頷く少年の姿に許子将は満足そうに笑みを浮かべる。

 一刀は最後に深々と頭を下げると、風と霞に合流するべくその場を離れた。

 その背中に、かけられる占い師の言葉。



 「江東の地にて、お主には水難と猫難の相が出ておる。命に関わることはないが、これ以上の波乱を望まないのならば……気をつけなされ」

 「え?」



 悪戯っぽい声音で告げられた不穏な占いに一刀は思わずぎょっと立ち止まり、振り向く。

 しかし布の下に顔を隠した占い師はそれ以上語ることをしなかった。















 「ほら、何も起きんかったやんか」

 「いや、まだ帰りがある……それに水はどこにでもある。油断はできないっ!」

 「そないに気を張り詰めとったらそのうちぶっ倒れるで? もうちょい気楽にいかんと。それに命に関わることはないんやろ?」

 「わかってはいる……わかってはいるんだけどな、これ以上波乱の人生とかいらないし」



 時間は戻って建業の港に到着した天の遣い一行。

 水難を示唆されていたからといって別段船が沈むということはなく。

 勿論河賊が軍船の包囲網を抜けて襲い掛かってくるということもなく三人は無事に江東の地を踏んでいた。



 「風としては、猫難のほうが気になるのですが」

 「つーか猫難ってなんだよ、まんまじゃないか。まあこっちは猫にさえ気をつけてればいいわけだから問題ないけど」

 (果たしてそうでしょうかねー?)



 水難と違い、猫難に対しては気楽に構えている一刀だが、風はこちらのほうが重要ではないかと考えていた。

 確かに猫は大した脅威ではない。

 だが、それは言葉通りに解釈すればの話だ。

 広い意味―――例えば、虎とて猫科の動物なのだから難の範囲に入るかもしれない。



 (虎といえば、孫策さんや孫権さんの母親は江東の虎と呼ばれていましたねー)



 だからどうだというわけではないのだが、気をつけておくに越したことはない。

 一刀の身は既に彼一人のものではない。

 彼は華琳の、春蘭達の、そして風にとって大事な人なのだから。



 「まあ、華琳さまにも頼まれていますし、少し頑張らないといけませんねー」

 「頑張るって、何を?」

 「おや、聞こえてしまいましたか。いやなに、お兄さんが呉の女の人に触手を伸ばさないかちゃんと監視しなければと思いまして」

 「触手じゃない、食指だから! あとどんだけ信用されてないの俺!?」

 「自分のち〇こに手を当てて考えてみればいいと思うぜ」

 「う」



 風のかぶりものこと宝ャのツッコミ。

 言い返せない一刀は言葉に詰まってしまう。

 こと女性関係の話題で少年に義など欠片も存在していないのだから仕方ないといえば仕方ない結果である。



 「あはは! まあ細かいことはええやないか。折角の旅なんやし、楽しまな損やで?」

 「たまに霞のノー天気なところが羨ましくなるよ俺は……でもまあ、確かにそうだな」



 うーん、と背伸びをして身体をほぐし一刀は周囲を見回す。

 船着場とはいえ、流石に呉の都である建業は活気に賑わっていた。

 大量の魚や積荷が慌しく行き来し、そんな光景が呉の豊かさを感じさせる。



 「流石は建業の港。賑わってるなぁ」

 「さっき船から見えた水軍の動きも相変わらず見事やったし、呉もまずまず平和やっちゅーことやな」

 「おお、あそこにお魚をくわえたドラ猫を追いかけているお母さんが……」

 「いや、何を見つけてるんだよ風」



 ぱしっと軽くツッコミをしながら一刀はこれからのことを思案する。

 時刻は昼過ぎ。

 今から城に行ってもいいのだが、いきなり訪ねて即座にお目通りということにならないことくらい一刀も理解している。

 いかに今回の件が孫策からの申し出といっても、王に会うには幾つかの手続きが必要なのだ。

 まあ、そのあたりのことは風に丸投げなので問題ないといえば問題ないのだが。



 「とりあえず今日の宿を見つけようか?」

 「せやな。どうせ謁見は明日以降になるやろうし……手続き済ませたら街に繰り出そうや」



 呉の酒、楽しみやなー♪

 顔にそんな台詞が浮かんでいるのが一目でわかるほど浮かれている霞に一刀は苦笑するほかなかった。
















 「……なんでこんなことになったんだろうな」



 建業到着から数刻後。

 ぽつん、と一人きりで一刀は呟いていた。

 そう、一人きりでだ。

 現在、彼が突っ立っているのは建業の城下街。

 先程話したとおり、宿を取り、謁見手続きを終えた一行は街に繰り出していた。

 勿論個別行動ではなく三人一緒に動いていたはずだった。

 しかし、両隣にいたはずの風と霞の姿は見当たらない。

 通りすがりの、姉妹と思われるピンク色の髪をした美少女二人に少しだけ目を奪われていただけなのだ。

 それだけなのに、気がつけば二人の姿は人ごみの中へ忽然と消え去ってしまっていたのである。



 「いきなり迷子か」



 見知らぬ地で一人きり、まごうことなき迷子だ。

 その責任が勝手にいなくなった二人にあるのか、それとも美少女に見惚れた一刀にあるのかは論議すべき事柄ではない。

 とにかく考えるべきは、今からどう行動するかなのだから。



 「まあ、宿の場所は覚えてるから戻って大人しくしてればいいんだけどさ……」



 恐らく遊覧を楽しんでいるであろう二人を思うと、それは面白くない。

 建業の街は治安もよく、笑顔を浮かべた人々で賑わっている。

 一人で行動してもまあ大丈夫だろう。

 そう一刀が判断を下すのに時間はかからなかった。

 かくして、天の遣いは護衛とお目付け役から離れ、一人行動を始めるのだった。















 「しかし流石は呉の都……洛陽と比べても治安の良さは引けをとらないな」



 警備隊長としての性か、道行く人々の顔色や賑わいの様子を観察しながら歩く一刀。

 少なくとも見た限りでは建業の街は治安も良く、活気に満ち溢れている様子。

 すなわち、これは統治者である孫策の政治がよく行き渡っていることを意味するわけで。



 「聞いた話だと蜀もこんな感じらしいし……まあ、平和が一番だよな」



 街を出れば未だに賊や異民族の脅威が存在しているものの、今の中華は概ね平和といえる。

 元々平和な日本からやってきた一刀としては、この状況は歓迎すべきことであり、また喜ぶべきことであった。



 「……お?」



 と、ふらふらと所在無さそうに巡らせていた一刀の視線がとある一点を捉えた。

 視線の先にはよたよたと頼りなく歩く一人の少女の姿。

 身の丈を越えるほどの量の本を抱え、人をよけて歩くその少女の姿は非常に危なっかしい。



 「よくあれだけの量の本を持って歩けるなあの娘……」



 感心する一刀の視界に、本の隙間からチラリと少女の顔が見える。

 ―――可愛い。

 最初に抱いた感想は実に魏の種馬と呼ばれる少年らしいものであったが、それも無理はない。

 茶色の髪を後頭部でまとめ、水色のリボンを頭頂部にあしらい、白を基調にしたエプロンドレス姿の女の子は掛け値なしの美少女だ。

 魏で美人美少女を見慣れているはずの一刀ですら素直にそう思えるのだから、他の男の感想は推して知るべしと言える。

 現に周囲の男達は、すれ違うたびに振り返り少女に見惚れている始末だった。



 (ていうか何故エプロンドレス? この世界の衣服と食事はたまにおかしいよな絶対……)



 時代的にありえない服装に考え込んでしまう一刀だが、すぐに悩むことをやめる。

 そもそもそれを言い出せば魏の面々の服装もおかしいし、女性用下着があるのもおかしい、あと眼鏡とか。

 ハッキリ言って今更なのだ。

 それに、可愛いのだからいいではないか。

 そう、可愛いは正義!

 一人納得した一刀は、件の女の子の手助けをするべく歩を進めようとし。

 そして次の瞬間、目に入った光景に顔を顰めた。



 「きゃっ!」



 ドサッ!

 可愛らしい悲鳴とともに、抱えられていた本が地面に零れ落ちていく。

 少女が手を滑らせたわけではない。

 前方から向かってきた人相の悪い男たちの一人が、わざと少女にぶつかった結果、そうなってしまったのだ。



 「ああ、本が……」

 「オイオイ姉ちゃん、本の心配なんかしてる場合かよ?」

 「姉ちゃんがぶつかってきたおかげで兄貴が怪我したじゃねえか」



 お約束ないちゃもんをつける男達に周囲の人間は皆不快そうな表情を浮かべる。

 が、男達は皆それなりに屈強そうな見た目をしているせいか誰一人として助けに入る者はいない。

 あるいは警備兵にいるところに走った者はいるかもしれないが、いかんせんそれでは時間がかかる。

 一刀は気がつけば足を動かし始めていた。

 勿論目指すは騒動の中心地である。



 「え、あ……す、すみません!」

 「姉ちゃん、謝るだけで済むと思ってんのか?」

 「そうだぜ、誠意が足りねえなァ」

 「えっ、じゃ、じゃあどうすれば……」

 「そうだな、俺達に付き合ってくれればいいぜ。酒の酌でもしてもらおうか……ひひっ」



 卑猥な表情を浮かべて少女に迫る男の態度からして、間違いなくそれだけではすまない雰囲気が伝わってくる。

 しかし、少女はそれに気づいていないのかおろおろと戸惑った様子で視線を彷徨わせるばかり。

 男はそんな少女の様子に調子に乗ったのか、か細い肩に手をかけようとする。



 「よっ!」

 「ぷげら!?」



 が、手が少女に触れようとした刹那、男の身体は横合いからドロップキックをうけて吹き飛んでしまう。

 当然その犯人は加速のままに突っ込んだ一刀だ。

 突然のことに少女と男達、そして周囲の人々は目を丸くした。



 「やれやれ、これじゃあ霞のことを言えないな俺も」



 パンパン、と着地の際についた埃を払いながら一刀は苦笑する。

 昔、霞が一人でチンピラを相手取っていたのを注意していたことを思い出したのだ。

 とはいえ、ここは洛陽ではなく建業であり同僚や部下達はいない。

 街の警備隊は配置されているのだろうが、彼らが何処にいるのかわからない以上、独力でどうにかする他なかった。

 そう自分に言い訳しながらも一刀は少女の無事を確認する。



 「大丈夫?」

 「え? あの、その……はい」



 心配そうに顔を覗き込んできた少年に照れたのか、ぽっと頬を朱に染めた少女がぶんぶんと頭を上下に振る。

 こうして改めて近くで見ると物凄い美少女だなぁ。

 一刀はのんきにそんなことを考えながらも、少女を守るような形で男達の方を向いた。



 「さて、と」

 「なんだテメェ!? よくも兄貴を……!」

 「自業自得だ。自分のほうからぶつかってきておいていちゃもんつけるなっての。同じ男として恥ずかしいぞ俺は」



 そうだそうだ、と周囲からかけられる声に男達は顔を真っ赤にして憤慨する。

 見た目通り沸点が低いのか、奇声を上げながら二人の男が襲い掛かってくるのを一刀は呆れたように見つめた。



 「あ、あぶなっ」

 「……悪いけど、春蘭に比べたら遅すぎて欠伸がでるスピードだ!」



 一刀は振り下ろされる拳を危なげなくかわしつつ、鳩尾に膝蹴りを一発。

 続いて襲い掛かってくる男に対しては、横に身をかわしつつ足払いをかけて転倒させる。



 「ぎゃっ!」

 「くっ、油断するな! このガキ結構強いぞ!」

 「クソ! 何もんなんだテメェ!」



 あっという間に仲間が三人やられたことに臆したのか、残りのチンピラ達は僅かに怯みを見せる。

 しかしそれでも引く気はないのか、ジリジリと距離を測りながら飛び掛る機を窺う男達。



 (残りは……五人か。俺でもなんとかなる数だな)



 日々魏の将軍達と稽古を積んでいるだけに、十人を切る街のチンピラ程度に負けるほど一刀は弱くはない。

 自分が天の遣いで孫策の客であると言えば戦うまでもなく引いてくれるかもしれないのだが、流石に街中でそれを言うわけにもいかない。

 そもそも、今着ているのは学生服ではなく旅用の衣装なので言ったところで信じてもらえるはずもないのだが。

 つまり、結局はやりあうしかない。



 「ぶっ殺してやる!」

 「無手はあんまり得意じゃないんだけど、仕方ないか……」



 短刀を取り出す男達に周囲から悲鳴が上がるも、一刀は顔色を変えることはない。

 刃物など今更だし、殺気にしても曹魏の将軍達と比べればそよ風もいいところなのだから。

 しかし、その余裕が油断となってしまうのは次の瞬間のことだった。



 「ひゃあ!」

 「……ッ!?」



 背後から上がった悲鳴に振り向いた一刀の目に映ったのは、首筋に短刀を突きつけられた少女の姿だった。

 先程転ばせた男がいつの間にか立ち上がり、少女の背後に回っていたのである。



 (しまった……!)



 己の失態に舌打ちする一刀。

 しかし人質を取られてしまってはどうすることもできない。

 ニヤつく男が「大人しくしろ」と命令するのを黙って聞くしかなかった。



 (くそ……警備はまだなのか!? せめてあの女の子だけでも……!)



 ジリジリとにじり寄って来る男達に顔を歪めつつも、一刀は少女を助ける機会を窺う。

 だが次の刹那、その場にいた誰もが予想だにしなかったことが起きた。















 少女に短刀を突きつけていた男が、突然宙を舞ったのである。
















あとがき

少女の正体はバレバレなので次回の展開もバレバレでしょうね(w
しかし彼女、魏ルートの立食パーティーでもあの服装でしたが呉ルートでもないのにいつ購入したんだ…?
まあそれを言い出せば月と詠だって何故かメイド服着てますが。
ちなみに一刀は護身用に剣を持ってきてますが、他国の街中ということもあり無用心にも宿に置きっぱなしです。