あたし、今でも絶対に会いたくない人がいる。

あたしが、あんな奴の血を引いてるんだっていう事実が重くのしかかる。

秀平…あたし、こんなの嫌だよ……




君は気付かない

9.「帰って!!」























秀平と付き合い始めて、数日後。

帰宅した母さんの機嫌は最高に最悪だった。矛盾してる発言だけど、この表現が一番的確な気もする。

「母さん…?」

「…」

声をかけてみるけど、母さんはただ無言でこっちを振り返るだけ。怖い。

暫くして、母さんは溜息を吐いて肩を竦めてみせた。その態度は、心の底から呆れてるときにするものだった。あまり自分の想いを口に出せなかった母さんが一人でいるときにそういう感情を全部吐き出せるようにと身につけた癖。

ずっと母さんを見てきた所為か、あたしにも同じ癖があったりもする。

「愛。ちょっと聞くだけ聞いて」



「今度、あの男が来るから」

「えぇっ!?」

あいつが、来るの?

信じられない。今更何の用なのよ。

「でね、愛は佐間君とどこかに出かけてきなさい。あいつのいるところにいることなんてないから。何より、母さんも愛には会わせたくないしね」

母さんの気持ちが嬉しかった。

でも、あたし…こうしていつまでも逃げ回っててもいいのかな?秀平と付き合うようになって思った。あたし、いろんなものから逃げてきてた。

だけど、今のあたしじゃ、まだまだ戦えそうにもない。今回は、秀平と出かけよう。ダシに使うのは正直、申し訳ないんだけど。

「わかった。誘ってみる」

今まではこまだったけど。これからは秀平になるのかぁ…

でも、やっぱり逃げ回るだけなのは嫌だから、これから、少しだけ頑張ってみよう。

























翌日。

昨日のうちに母さんに詳しい日程を聞いておいたから、それに合わせて秀平を誘ってみた。誤魔化すのも嫌だから、本当のことも付け加えて。

「俺をダシに使って…まぁ、それが愛の助けになるんならいいけどさ」

少し、気に入らないみたいだけど何とか了解してもらえた。

勿論、あたしの本音…いつか、逃げ出さずに立ち向かいたいってことも伝えてある。きっと、それを伝えなかったら秀平はOKしてくれなかったと思う。秀平はあたしを甘やかすことはしなかった。

あたしも、甘えるだけじゃ駄目だと思うし、少しくらい自立もしたかったから、頑張っていこうって決めてたから。だから、秀平に泣きつくようなこともあまりしなかった。…ちゃんと、相談とかはしてるよ、ホントに。

まぁ…自立には程遠いっていうのが現実なんだけどね。あはは…

「愛は、立ち向かっていくんだろ?」

「うん」

ちゃんと、わかってくれてる。わかってくれる人がいるから頑張れる。

だから、あたしは立ち向かう覚悟も出来る。

でも、これは秀平だから出来たことだと思う。こまはあたしにとって逃げ場所だったから。暖かい、居心地のいい逃げ場所だったから。秀平は、あたしの居場所を作ってくれる。でも、あたしが目を背けることは認めない。

「じゃ、今日はデートってわけだ」

「ぅ…はっきり言わないでよ」

「そろそろ慣れろよ。突拍子もないことは恥ずかしげもなく言い切るくせに、こういうことだけは未だに慣れてくれないんだもんな」

そういわれると何も言えなくなっちゃうじゃない。

「まぁ、それも愛らしさかもな」

「何それ」

あたしが剥れてみせると、秀平は笑顔を見せた。

「それも、愛らしい」

嬉しくないけど、楽しくはある。

こうして、あたしの何気ない行動も秀平にとって面白いことで。秀平が笑ってれば、自然とあたしもつられて笑っていて、楽しくなる。

秀平と過ごす日々は、こんなことばかりだ。

勿論、面白くないことだってあるけど、それは、ちゃんと解決して、寄り添いながら歩いてきた。

「あたしらしいことしてると、あたしは可愛くないってことになるんじゃないの?」

「そんなことない。剥れてる愛も可愛いし、未だにデートとかに慣れてくれなくて照れてる愛も可愛い」

何だろ。こうもはっきり言われてしまうと、あたしはホントに顔を真っ赤にして俯くしかできない。

こういうところが“慣れない”ってことなんだろうな。

だけど、秀平がこんな情けない顔も可愛いって言ってくれるんなら、少しだけ、このままでいたいとも思った。

























はっきり言おう。

あたしは、油断してた。

秀平と一緒にいられるっていう現実に浮かれてたんだ。

母さんが、何に対して警告してたか、忘れるくらい、浮かれてた。

「よぉ」

「……」

秀平と歩く夕方の街で、そいつは唐突にあたしの前に現れた。

あたしが、この世界で最も憎い、それでいて、最も怖い相手。あたしの、父親。

「久しぶりに来てやったぜ」

誰も頼んでない。

上手く、言葉が出てこない。戦うと、決めてたのに。いざとなると何も出来なくなる。

「驚いたぜ。男嫌いのお前が、今こうして男連れてるんだからな」

誰の所為だと思ってるのよ。

言わなきゃいけないのに、言葉に出来ない。

「どうやって捕まえた?まさか、あの女みたいに純情に『好きです。付き合ってください』なんて、くだらない真似したんじゃないだろうな?

 何が良かったかは知らねえが、男なんて、ただヤリたいだけなんだよ。俺も、その心算だったしな。初物ってのも、いいと思ったら、それで孕むんだからな」

ギリ、と音がした。

あたしじゃない。その音の発生源は、あたしの直ぐ横だった。

「この失敗作が。お前なんか産まれやがった所為で俺の人生台無しだ。どうしてくれるんだよ」

「あたし…」

もう、耐えられない。

「おい、いい加減にしろよ」

その声は、あたしのものではなく、あいつのものでもなかった。

直ぐ隣の、秀平の声だった。その声は、はっきりとわかるほどに怒りに震えていた。

「お前に…ここにいることを否定される愛の気持ちがわかるか?産まれてきたことさえ否定される苦しみがわかるか?俺にもわからないその想いが、お前に理解できるのか?

 お前と同じ男だってことを恥ずかしいと思った。お前が俺達と同じ、人間なんだってことが無性に、どうしようもなく腹が立つ」

「何だ、かっこつけて。でもな、お前も男だろ?男なんて、女を前にしたら単純なんだよ。抱きたいか抱きたくないか。その二つしかないんだよ。どうせ、お前もその女を抱きたくて近くに置いてるんだろ?ガキの癖に発育だけはいいからなぁ」

あいつの目がこっちを向いた。

寒気が、した。

あいつがあたしを自分の娘と見てないことなんて知ってた。でも、だからって、血のつながった、年も一回り以上離れた相手に、向ける視線じゃない。あれは、女を見る目だ。それも、自分が好き勝手に扱う、玩具の。

「お前、一生父親やる資格なんかないな」

「なりたくもねえよ」

そう。そんな奴だった。

だから、自分を父親という枠に縛る母さんとあたしが憎いんだ。そのくせ、お金がなくなったら母さんのところにやって来てお金を持っていこうとする。

「…って」

知らず、言葉を発していた。

あいつが、あたしを見る。

「今、何て言った?」

「帰ってって、言ったの」

でも、戦うって決めたばかりだから。あたしは逃げない。

「お前、それが父親に対して言うことか?折角会いに来てやったのに」

「自分で認めてないくせに、都合のいいときだけ父親なんだ?父親だって言うんなら、母さんの前で謝ってよ。家族や親戚から縁を切られた母さんを助けてよ。

 そんなことする心算ないでしょ?そんな度胸もないでしょ?もし、あんたがあたしの父親を名乗るなら、あたし達の前に二度と姿を見せないで。あたし達を苦しめないで」

すぅ、と息を吸い込む。

「帰って!!」

あたしの叫びに、道行く人の注目が一斉に集まった。

途端に、あいつを指差して皆が何かを話し出した。

それもそうか。あいつ、今までも何度か母さんのところに来ては揉め事を起こしてる。そんなだから、あいつのしてきたことをこの街の人は知ってるんだ。

「ぅ…お前ら、見世物じゃない!」

あからさまにうろたえてる。

「恥かく前に帰ったらどうだ、おっさん?」

そこに秀平の一言。

「おっさ…!」

今にも怒り出しそうな顔をしてる。でも、そんなことをしたらまた人が寄ってくるのがわかるのか、あいつは手をポケットに入れて踵を返した。

「ち…また来るぞ」

もう来るな。

そんな想いをこめて背中を睨みつけてやった。

「はぁ〜…」

一気に力が抜けて、私は道路にへたり込んでいた。

「お疲れ様」

そんなあたしに秀平は手を差し伸べてくれた。

あたしはその手を掴んで、力なく笑った。

「頑張れたかな?」

「あぁ。頑張った。俺、ちょっとでしゃばりすぎたかもしれないって思ったけど、どうだった?」

「ううん、そんなことない。寧ろ、助かったな。きっかけになったから」

もしも秀平が何も言わなかったら、あたしも何も言えなかったんじゃないかと思う。

それぐらい、秀平がいてくれてよかった。

「そか。じゃ、緊張の糸の切れてしまった愛さん。この後はどうしますか?」

「…じゃあ、肩貸して?」

立てない。

「肩ねぇ…」

でも、秀平はあまり気乗りしないみたい。頼み方が悪かったのかな?それとも、他に何かあるのかな?

「身長差もあるし、負んぶか抱っこ、どっちがいい?因みに抱っこはお姫様限定」

「えぇっ!?」

何で!?ていうか、それだけの為に気乗りしなかったとか?

うぅ…お姫様抱っこは恥ずかしすぎる。じゃあ、負んぶしかないのかな?

「…消去法で負んぶ」

「一言多い」

悪態を吐きながらも、秀平はあたしに背を向けてしゃがんだ。あたしはその肩に手をかけて、秀平の背中に体を預けた。

そして、秀平の腕があたしの足に回って、体が持ち上がる。

「家まで送るよ。おばさん、いる?」

「あいつが、あたしのところに来たってことはいるはず」

「じゃ、頼んで暫く一緒にいさせてもらうよ」

その申し出は嬉しかった。あたしも、もっと一緒にいたかったから。

「うん」

秀平の背中で揺られながら、あたしは家路についた。

























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10.「絶対、行くから」






















後書き

セナ「はい、糞親父登場」

こま「これを好きになれる人はいるんでしょうか?」

セナ「いないと思う。ていうかね、好きになれない人をイメージしてみたんだけど」

こま「まぁ、流石にこんな駄目人間、そうそう現実にはいませんよね」

セナ「そういうこと。で、次回からは付き合い始めてからの問題ということで色々やってみようと思います」

こま「そうですか。では、そろそろ出番があると思ってもよろしいですか?」

セナ「……」

こま「そこ、どうして無言で視線を逸らすんですか?」