君の裏側
「じゃ、罰ゲームね」
「えー…」
唐突な話なんだけど、先日行われたテスト、その結果について私達は1つの賭けをした。
「あんたもしっかり乗った口でしょ?だったら文句言わない」
「わかったわよ」
その賭けというのが、今から行われる罰ゲームで。私はその賭けに負けてしまったということ。
「ほら、日和。さっさとネクラくんに告っちゃいなさい」
そう、私のクラスにはネクラくん、と呼ばれる男子がいる。
普段から人と話さない、髪を適当に伸ばしてて、髪が多い所為か前髪で殆ど目が見えない、喋ったと思ったらボソボソと何か言ってて気持ち悪い、などなど、いろいろな条件が重なって、ネクラくんは誕生してしまったのだ。
で、私はグループの中でテストで最下位をとってしまった。そして、罰ゲームというのが最下位の人がネクラくんに告白をして1ヵ月、恋人をやれというものだった。
正直に言って、死んでも嫌だった。あんなのと一緒に歩いてる姿とか、キスしてるところなんて想像してるだけで鳥肌もの。
何とかなかったことにしたかったけど、そうもいかないらしい。
「日和」
うー…行きたくないけど、行くしかないよね。
結局、その日のうちにネクラくん――柴田 一哉を体育館裏に呼び出すことになってしまった。
で、ホントに呼び出しちゃったわけで。
今、私の目の前にはネクラくんがいる。本人の前でこんな呼び方するわけにもいかないけど。
「えっと…」
しまった。名前を度忘れした。
何だっけ?
そうだ、柴田だ。いつもネクラくんだから忘れてた。
「柴田くん、私と付き合わない?」
言っちゃったよ、私。一ヶ月もこんなのといなきゃいけないなんて最悪。何でネクラくんなんだろう?他のもうちょっとマシなヤツにしときゃいいのに。
そんなことを考えててもどうにもならないんだけどね。
「…そう。じゃ、土曜か日曜、暇?」
は?
答えの前に何でいきなりスケジュールを聞いてくるわけ?ま、確かに暇は暇だけど。
「暇…だけど」
それに、こう言っとかないとあいつらに何言われるかわかったもんじゃない。もっとも、この時点で色々言われるのは確定だけど。
「じゃ、土曜の11時に駅前のロータリー……ポストがあるよね。そこでいいや」
勝手に待ち合わせを決められてしまった。
暇とは言ったけど、行くなんて言ってない。
――僕を、見つけられるんなら…いいよ。
ネクラくんが勝手に決めるだけ決めて去っていく。擦れ違いざまにそんな言葉を残して。
見つけられるなら?駅前でかくれんぼするのがお前のデートプランか?だとしたら行きたくない。
だけど、
「行きなさい」
ね?
うるさいんだよね、こいつら。結局、行かなきゃいけないのよ。
「はぁ…こんな罰ゲーム、受けなきゃよかった」
言ったところで何も変わらない。さっさと1ヵ月過ぎてくれないかなぁ…
それから土曜までの2日間、ネクラくんは私に接触してくることはなかった。
そして、土曜日。
「…遅い」
もう11時半。だというのにネクラくんの姿はない。
『僕を、見つけられるんならいいよ…』
何が見つけられたらだ。端から来てないっての。
それに、隣でずっと誰かを待ってる人…ネクラくんがこの人だったらいいのにってくらいカッコイイ。
でも、この人…ずっと待ち惚けくらってるんだよね。まぁ、隣に立ってられるんだから、役得だよね。
「…何が見つけられたら、だ」
だけど、やっぱり腹立たしい。人をこんなに待たせといて、来る気配なしってどういうことだコラ。
そんなとき、隣の人が携帯を開いた。そこについてる何の飾り気もないストラップに、見覚えがあった。
そう、あれは…
ネクラくんの携帯!?
じゃ、もしかして…
「あの…もしかして、柴田くん?」
「…遅い」
ずっと隣にいて、何も言わずに待ってたわけだ、ネクラくんは。こんな豪快なイメチェンまでして。
「遅いって…何も言わないでずっと隣にいたのは悪趣味じゃないわけ?」
腹が立った。こんな奴の隣にいたことをうれしく思って立ってことに。
「悪趣味、ね」
言って、ネクラくんは何の感情も浮かんでない顔で私を見てた。
「じゃ、此花さんはどうなわけ?」
「…何が?」
こいつ、何を言ってるの?
「気付いてないんだ。じゃ、教えてあげようか?それとも、自分で気付きたい?」
「だから、何の話?」
私が悪趣味?私のどこが悪趣味だって言うのよ。
「…気付かないみたいだね。僕が知らないとでも思ってた?ネクラくんって呼ばれてるって事」
「え…」
知ってたの?知ってるのに、何で嫌な顔とかせずに今日ここに来るように言ったんだろう。
「現実を、さ。知ってもらいたくて来てもらったけどさ、外見だけしか見てない人だって事がよく分かったよ。何となく一番理解できそうにない此花さんがテスト最下位をとる気がしてたし。
だから、ちょうどいいよね?僕は学校で目を集めたくないからあんな風にしてたけど、君たちにはそこしか見えてない。だったら、知ってみるのもいいと思うよ?遊びで、勝手に僕に好きな人も、付き合ってる人もいないって思ってたんだから、いろんな意味で現実を知るべきだと思うよ?」
何を言ってるんだろう?こんなヤツに彼女なんているわけないじゃん。
「…お待たせ。って、あれ?」
そんな時、1人の女の人が来た。けど、この人って。
「一哉、その人は?」
「ん…ある意味最低の人」
やってきたのは、校内でも『カッコイイ』と評判の、同性から非常に人気のある先輩だった。
「最低?一哉がそんなこと言うなんて…」
言外に珍しい、と言っているように聞こえてならない。
それから、この人。名前が思い出せなくて。誰だっけなぁ。
「まぁ、これで僕の用件は終わり。じゃ、皐さん、約束通り、ランチにでも行きましょうか?」
「いいの?」
「はい」
そう、月守 皐だ。だけど、付き合ってる人がいるなんて、噂になってもおかしくないのにどうして…
「その顔、何がどうなってるか分からないって顔してるね。だけど、考えてほしい。これ以上、答えはあげない。自分が何をしてきたのか。
あまり言いたくはないけど、皐さん、ずっと自分には付き合ってる人がいるんですって言いたかったって、聞かされて…僕が彼氏なんかでいいのかって、悩んだりした。けど、それでも僕といたいって言ってくれた。
僕は、君たちの罰ゲームの材料なんかじゃないし、『ネクラくん』でもない。僕は柴田一哉。1人の人間で、皐さんの彼氏だ」
どうして、私はこんな目に遭わなきゃいけないんだろう?
私は、友達と軽い気持ちで遊んでただけだ。それが、1人の…違う。2人の人を苦しめていたんだ。
私だって、ある程度上との付き合いはある。だから、何となく『ネクラくん』について話したりもしてた。きっと、月守先輩にだって伝わっていただろう。
関係を隠していたんだから、普通にクラスメイトと話してるときに聞かされたに違いない。
私は、あまりいい方向で気を向けられないようにしてただけの柴田くんに、何をしてきた?
私って…私たちって、最低だ。
そんなことを思ってるときだった。
「顔を、上げて」
月守先輩の声が聞こえた。
「一哉は、あなたのこと、別に嫌いじゃないから。ただ、本当はいい人なのに目を向ける方向が少し逸れてるから『裏側』に気付けないだけだって」
裏側。それはまさしく今の現状。
ただの遊びがこんなことになってしまった。
「だけど、あなたはこれで気付くことができた。なら、それでいいと思うの」
その言葉で、月守先輩は私への言葉を締めた。
たった一言、余計な言葉もつけて。
「ただ、胸があるものだから…凄く嫉妬もしたけど」
後に、この日のことを思い返せば、この瞬間が一番怖かったと思う。
もう、誰かで遊ぶの絶対にやめよう。
「で、あれからどうなったわけ?」
次の月曜、私は土曜のことを訊かれた。正直、あまり話したくはない。
だって、月守先輩が困るからって後からネク…じゃなくて、柴田くんに言われてるから。だから、どう説明したものか。
「うーん…まぁ、有体に言えば」
「言えば?」
「ふられたね。こっちにだって拒む権利はあるって」
まぁ、これでいいよね。それに、私達は相手の意思を無視してたんだから、コレを教訓にしてくれれば。
もう、人の気持ちを踏みにじるようななまねはしない。だって、それってさ、これから本当に好きな人ができて、その人と結婚したいって思ってても、実は二股かけられてましたっていうのと変わらないから。
今回は、柴田くんの個人という領域に土足で踏み込んで、その中の本当に大切にしていたお花畑である月守先輩にまで踏み込もうとしていたんだから。
「何ソレ?ネクラのくせに生意気じゃない?」
「そうそう。あんたなんかに拒む権利なんかないっつーの」
だから、まずは皆を止めなくちゃ。
それが、私に与えられた――
仕事。
人の裏側だって知らないと、その人のことを分かってるなんて言えなくて、傷つけてしまうこともあるって。
皆、聞いてくれるかな?