『奇跡のkey』

 第十八話 〜奇跡への三日目、真実の嘘と剣の少女〜  一人の少女がいた  その少女は不思議なチカラを持っていた  それは少女にとって望まぬチカラ  何故ならばそのチカラは悲しみしか運んでこなかったから  そんな少女が出会ったのは一人の少年  少年は少女のたった一人の友達になった   毎日のように遊ぶ二人  だが、別離の時はやってくる    その時に起こった小さなすれ違い  少女は小さな小さな嘘をつき  少年はそれを聞き入れなかった  ただ、それだけの話  ―――――そう、それは彼らが再び出会うまで続いた真実の嘘  意気揚々と三度過去の世界へやって来た祐一。  目指すは倉田佐祐理の元。  しかし―――――  『何故洋服店などに寄るのですか貴方は…………』  「下準備だ。もう一つやることがあるんでな」  憮然とした表情の朱音に平然とした表情で返事を返す祐一。  手には小さな袋を持って歩いていた。  『やること?』  「ああ、ちょっと会っときたい奴がいるんだ」  『もしや、その会っておきたい人とは…………川澄舞ですか?』  「…………ああ」  祐一の言葉に朱音は納得の表情を浮かべる。  が、すぐに真剣な瞳で祐一を見た―――――否、睨みつけた。  『断っておきますが…………危険ですよ、彼女と接触するということは』  「わかってる」  『冷たいようですが貴方が救うべきは三人の少女だけでいいのですよ?そして川澄舞はその対象ではない』  「ああ」  『それさえ達成すれば全てが、無論川澄舞の力も…………解決するというのに?』  祐一を責めるかのような、そんな口調で問い掛ける朱音。  いや、実際に責めているのだろう。  過去を変える―――――それは本来あってはならないこと。  三人の少女のことは止むを得ないとしても、これ以上祐一が干渉することは良いことではないのだ。  そう、それは…………想精の領分でなくてならないのだから(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。  「人の心を救えるのは人の心だけってお前が言ったんじゃないか」  『…………っ』  「俺はな、正直な話、人が人を救うなんてことはできないと思ってる。まあ、精々手を貸す程度だな。   仮にそんなことがあってもそれは単に自分の心を救ってるだけ…………ただの自己満足だ」  『では、貴方の今していることはそれこそ自己満足にすぎないのではないのですか?』  「ああ、そうだ。自分が満足したいがために今俺はここにいる―――――なら、もっと満足したいと思って何が悪い。   舞の心が軽くなるように手を貸そうとして何の問題がある?」  絶句。  朱音はそう言い切って胸を張る自分の宿主を唖然として見ていた。  一歩生まれる時代と場所を間違えれば大悪党になるのではないか、いや、将来なるんじゃないか、とまで思った。  そして同時にこうも思った。  見誤っていた―――――この少年は強い。  理由は想精たる朱音にも見えないが、何故かそう思えた。  『…………はぁ』  「心底疲れたって感じの溜息だな」  『どうせ止めても行く気なんでしょう?』  「よくわかってるじゃないか。流石俺の想精だ」  『…………ええもう好きにしちゃってくださいな、わたくしが苦労すればいいだけの話なんですから』  既に投げやり気味の朱音。  腹はくくった。  ならば後は疲れるだけだ。  「サンキュ」  ぽんぽん、と朱音の頭を撫でる祐一。  そんな祐一の手は今までで一番暖かかった。  それを感じることができる―――――それが朱音には嬉しかった。  流石に今回は規定外のことなのでついて来る朱音。  道に人がいないので祐一が独り言を言う変な奴に見えないのは幸いといえる。  「そういえば気になっていたんだが…………舞のチカラとお前ら想精って同じようなもんなのか?」  『厳密には違いますが…………ほぼ同じと言ってよいと思います。生まれる原理は似たようなものですし』  「どう違うんだ?」  『生まれる理由は同じですが存在そのもののが違いですね。例えばわたくしはあくまで貴方を元にして生まれた存在。   いわば子供に近い存在です。ですが川澄舞のアレはそうではない。   アレは…………川澄舞そのものなのだから』  「うーん、魂の一部が具現化したようなもんか?」  『その表現が一番近いですね。わたくし達風に言うと魂というのは心、すなわち想力です。   川澄舞はその想力の質と高さが通常の人間と異なっていたため想力そのものが具現化してしまったのですね』  「だからアレを傷つければ舞も傷つくわけか…………」  苦い顔になる祐一。  夜の校舎での出来事を思い出したのだ。  『おそらく、最終的には彼女に対してはアレの封印、そしてそのことに対する記憶消去。になると思われますが…………』  「それはこれから次第だな」  『はぁ、どうしてこう貴方は厄介事に首を突っ込みたがるのですか…………しかも今回はある意味その極みだというのに』  「例え全てがなかったことになっても俺がしたこと、舞とのことがなくなるわけじゃないしな。   立つ鳥、跡を濁さずってやつだ」  『微妙に使いどころが違います』  「気にするな。ほら、麦畑が見えてきたぞ」  視線の先には懐かしき遊び場。  そしてその中心には…………  「―――――舞っ!!」  ―――――!!  舞は自分を呼ぶ声が聞こえた瞬間、『魔物』の動きが止まるのが確かに「視えた」  それだけではない、『魔物』は戸惑ったように声の方向を見ている。  それは、またとない好機だった。  なのに、自分も動けずに声の方向を向いてしまったのは  この場において何よりも重要だと思っていた『魔物』から目を切ってしまったのは  不意に、二度と会えないであろう友達だった男の子を思い出したのは  ―――――その少年の瞳が、似ていたからだろうか  「しまった。つい声をあげたのはいいがこれからどうしよう」  『って考えなしだったのですか貴方はっ!?』    一方、祐一は困っていた。  言葉通り、本気で何も考えずに声をかけてしまったのだ。  すると  「―――――誰?」  端的に一言。  疑惑、混乱、不信、怯え…………そして、微かな安堵。  色んな感情の入り混じったその声の主は祐一を鋭い視線で睨みつけてきた。  やはり朱音のことは見えていないらしい。  「ああ、怪しい者じゃない」  「…………ここは危険、だからあっち行って」  祐一の限りなく怪しい台詞は無視されて自分の用件を伝える舞。  が、祐一としてははいそうですかと引き下がるわけにもいかないので麦畑の中へ踏み込む。  びくり、と『二人』の舞がからだを振るわせた。  「こないで」  「そういう言い方をされると自分が変質者に思えてくるから止めてくれ」  「ここは危険」  「ここにいるのは君だけなのにか?…………舞」  祐一の言葉に舞が後ろに下がって手に持っていた木刀を構えた、完全に臨戦体勢である。  どうやら名前を呼ばれたことが警戒心を強めた模様。  「…………どうして」  「名前を知っている理由か?」  コクリ  無言のままに頷く。  「相沢祐一」  「…………!!」  「知ってるよな?」  舞の視線が揺れる。  見知らぬ少年からあの男の子の名前が出て来たことに困惑しているのだ。  「…………あなたは、祐一の何?」  「んー、そうだな。兄、のようなものかな。名前は祐だ。好きに呼んでくれ」  「私に、何の用」  「その前にそのおっかないものを降ろせ。女の子がそんなものを持ち歩いてるのは感心しないぞ」  めっ!のポーズをとって舞を軽く睨む祐一。  祐一の関係者(本人だが)とあらば言うことを聞かないわけにもいかない舞は後方を気にしながらも木刀を降ろした。  どうやら祐一の言葉に嘘はないと見て警戒心は解いたらしい。  「ああ、魔物のことなら気にするな。俺もちょっと特殊なんでね、話の間くらいどうにかできる」  「…………見えるの?」  「特殊だって言ったろ?」  舞に答えつつ朱音の方に目配せをする祐一。  どうやら朱音にどうにかさせようとしてるらしい。  (そういうわけなんで、よろしく頼む)  (…………仕方のない方ですね、本当に貴方は)  朱音は再び深い溜息をつきつつも『魔物』の方へ掌をかざす。  すると『魔物』は跡形もなくその場から消え去った。  実際は舞にも見えなくしただけに過ぎないのだが。  「…………すごい」  「ま、一時的なもんだけどな。さて、これでゆっくり話せるな」  「何?」  「祐一からの伝言だ」  舞が息を呑む姿がはっきりと確認できた。  見た目にはわからないが祐一には彼女が緊張していることがはっきりと感じ取れた。  「嘘はつくな…………あと、また遊ぼうな」  「嘘じゃないっ!!」  後半の言葉を無視するかのように叫ぶ舞。  その声はあまりにも悲痛だった。  「ああ、嘘じゃないな。実際に魔物はいるわけだし。けどな―――――」   祐一は舞に向かって歩き出し―――――そして通り過ぎた。  そして、『そこ』に手を伸ばした。  既に朱音の力は解除され、『魔物』は見えるようになっている。  舞は驚きを隠せなかった。  『魔物』が身じろぎ一つせず少年に抱かれていることを。  「自分を騙してまでの本当は嘘より悪いことだぞ?」  「っ!」  舞は目を見開いた。  祐一は腕に『魔物』を―――――いや、『舞』を抱きしめて舞に近づいていく。  「それを…………離して」  「断る」  「…………それを持って近寄らないで」  「それも断る」  「近づくなら、斬る」  「…………斬らせない」  「斬るっ!」  ぶんっ  描かれる木刀の軌跡。  それは確かに祐一の腕の中を捕らえていた。  ガツッ  「あ…………あ…………」  「…………斬らせないって言ったろ?」  ―――――頭からそれを庇った祐一がいなければ。  「な、んで…………」  震える舞。  子供、しかも女の子とはいえ木刀の一撃は祐一の額から血を流させていた。  「そうだな…………祐一の馬鹿の代わりに罰を受けたってことで」  「…………ば…………つ?」  「ああ、罰だ。川澄舞って女の子を苦しませたっていう大犯罪のな」  すっ―――――さわさわ  空いた手で舞の頭を撫でる祐一。  舞はただ為すがままだった。  「舞は、祐一が嫌いか?」  「…………嫌いじゃない」  「そっか…………なあ、舞。祐一は大馬鹿だから君のことを忘れるかもしれない、ずっと会いに来ないかもしれない」  「…………うん」  「だけど、きっとまた会えるから。その時は祐一をぶん殴っても構わないから。だから…………」  祐一は抱えていた『舞』を降ろす。  そしてその手で『舞』も撫で始める。  「舞は舞であってくれ。祐一とここで遊んでいた川澄舞であってくれ。   祐一が好きだった舞は、どんな娘だったんだ?」  「…………私、は」  「チカラを好きになれなんて言わない、だけど嫌うな。自分を嫌いになってもきっと人は好きになってくれない」  「でも!」  「心配すんな、チカラに関しては俺がどうにかしてやるさ。   なあ舞、祐一と遊んでいた時、お前は楽しかったんだろう?」  「…………うん」  「なら、それを忘れるな。そうすればきっといつか…………お前は祐一なんかよりずっといい奴に会えるさ」  祐一はにっこり笑って二人の髪をくしゃくしゃに撫でる。  二人の『舞』はくすぐったそうにそれを受け入れて、そして顔を見合わせて…………微笑んだ。  「よし、その顔だ。いい笑顔だぞ、舞」  「さて、そういうわけだからその木刀は俺が預かろう。それは舞みたいな女の子が持つものじゃない」  「はちみつくまさん」  その後、会話の中で何時の間にか未来において舞にマスターさせていた  「はい=はちみつくまさん。いいえ=ぽんぽこたぬきさん」を覚えさせた祐一。  川澄舞更正(?)計画は順調であった。  「代わりといってはなんだが、これをやろう。舞は髪も長いしイメチェンでもする時は使ってくれ」  そう言って祐一が差し出したのはリボン。  先程洋服店で購入したものである。  「…………ありがとう。誰かから、こういう風に物を貰うのは二回目」  「二回目?」  「初めては、祐一から貰ったこれ」  「…………げっ」  舞が取り出して装着したのは祐一が舞にプレゼントしたうさ耳だった。  今にして思えば自分の恥部が晒されているようで始末が悪かったりする。  かといって返してくれともいえないので困ったものだが。  くいくい  苦悩していると祐一は舞に袖を引っ張られた。  瞬間、何事かと思い屈んだ祐一の頬に柔らかな感触が伝わった。  「舞!?」  「…………お礼、だから」  ぷい、と横を向いた舞の頬は真っ赤だった。  祐一としてはまさか舞がほっぺにちゅーをしてくるとは思ってもみなかったのでしばし呆然。  美汐と香里にもされたがある意味それを凌ぐ驚きといえよう。  相沢祐一、彼は幼女をも着々と落としていた。  『祐一さんは淫逸です、変態です、幼女殺しです、天然です…………』  朱音のそんなぶつぶつ言う声が祐一の耳に入ったのは、数分後のことだった。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  あとがき  tai「第十八話…………今となっては何もかも懐かしい」  朱音 「だからといって今まで執筆が遅れたり、文章の雰囲気が変わる言い訳にはなりませんよ?」  tai「いうなさ」  朱音 「そういえば今回からト書き撤廃ですね。違和感とかが心配ですが」  tai「うむ、いきなりだから不安ですね。正直ちゃんと全部同じになるように改訂とかしたい気もするし」  朱音 「しないのですか?」  tai「めんどい」  朱音 「お逝きなさい、作者」  tai「いや、だって連載途中に改訂なんかしたらそれだけ完結が遅れるんですよ、それでもいんですか?」  朱音 「む、流石にそれは…………しかしそれにしても雰囲気ががらっと変わってませんか?」  tai「ぎく」  朱音 「今までは何かギャグ―――――失礼、ほのぼのっぽかったというのに今回はかなりシリアスっぽいですし」  tai「オ、オチはつけましたよ?なんか取って付けたかのように苦しいですが」  朱音 「しかもまた接吻させてますし…………しかも幼女に」  tai「ちなみに美汐がしたのとは反対のほっぺです」  朱音 「そもそもこの話自体やる意味あったのでしょうか…………」  tai「ほら、祐一の性格上舞だけほったらかしってのもどうかと思いますし…………ええい、次回予告ですっ」  朱音 「逃げましたね、まあいいでしょう。次回からは本当に佐祐理さん編ですよね?」  tai「それは間違いなく」  朱音 「第十九話を震えて待っていてくださいね…………ってなんですかこの台詞は」