『奇跡のkey』





 第十六話 〜三本目の鍵、白那の登場と少女の勇気〜















 これで香里さんもほぼ完了ですね…………

 二回目とはいえ流石は祐一さん、わたくしの宿主なだけはありますね

 後は祐一さんを連れて帰って覚醒をするだけです

 …………水瀬親子と楽しそうにしていたことは少しばかりいただけませんが、まあ目をつぶっておきましょう

 それにしても…………祐一さんに、膝の上で抱っこ…………

 ふぁ…………かなりうらやましいです

 …………あとで祐一さんに交渉してみましょう、わたくしも抱っこしてもらえるかもしれませんし

 祐一さんに抱っこ…………うふ、うふふふ………… (ただ今トリップしています)

 …………はっ!?わ、わたくしとしたことが…………なんてはしたないことを…………反省です

 こ、こほん。

 さて、祐一さんが戻ってくるようですね、だんだん笑顔が戻ってきているようで何よりです。















 ―――――さあ、次は白那さんですか、わたくしたちの方も賑やかになってきますね















 朱音『祐一さん、お疲れ様でしたね』

 祐一「ああ、でもこれでこっちの香里は大丈夫だろ。後は七年後の方の香里をどうにかするだけだ」

 朱音『そうですね、ちゃんと結晶もこの通りわたくしの手にありますし』



 そう言うと朱音は美汐の時のように手のひらから淡い光の球体を生み出す。

 ただ、その球体は美汐の時のそれとは異なる幻想性を放っているように祐一には見えた。



 朱音『香里さんの想力の結晶…………《勇気》です』

 祐一「…………《勇気》…………か」

 朱音『ええ、美坂香里…………彼女の最も欲していた感情、そして…………持つのが遅すぎた感情』

 祐一「そんなことはない」

 朱音『…………は?』

 祐一「遅すぎることなんて何もないさ…………それに、ただ香里は隠していただけだよ。

    強すぎて、それでいて弱すぎて、それ故に本人も気付けなかった…………いや、気付こうとしなかっただけだ」

 朱音『……………………成る程、確かにそうかもしれませんね』

 祐一「ま、俺も今だからわかるし、言えることだけどな…………」

 朱音『いえ、それに気付けるだけでも凄いことだと思いますよ。

    ひょっとしたら祐一さんは想精であるわたくしよりも人の心がわかるのかもしれませんね』

 祐一「そんなわけないだろ、香里のことだからだよ」

 朱音『…………何気に物凄いことをさらっとおっしゃるんですね…………』

 祐一「…………?…………なにがだ?」

 朱音『いえいえ、ただ香里さんたちがうらやましいと思いまして』

 祐一「???」

 朱音『気にしなくて結構ですよ…………さあ、それでは戻りましょうか。

    ああ、そういえばもう夕方ですが香里さんの居場所はわかるのですか?』

 祐一「んー、多分この時間帯なら学校に居るだろ」

 朱音『え?でも、すでに学校は終わっている時間ですよ』

 祐一「それでもいるさ」

 朱音『…………何故、そう思うんですか?』



 首をかしげる朱音、外見の幼さにマッチするその仕草は結構可愛らしいものがある。

 祐一はそんな彼女に軽く微笑み、人差し指を立てて



 祐一「言葉通りだ」



 と言うのだった。















 香里「…………はぁ」



 美坂香里はもう何回目になるのかわからないぐらいの溜息をついた。

 すでに教室には香里以外の人影は見当たらない。

 今日は彼女が祐一の夕食当番にも関わらず、彼女に動く気配はない。

 ただ、その視線が誰も居ない中庭に向いているだけであった。



 香里「…………栞…………」



 再び溜息をつく香里。

 彼女は今自分が意味のないことをしているとわかっている。

 今は亡き妹のことを後悔してもしょうがないこともわかっている。

 それでも彼女は中庭を見続けた。

 最愛の妹と、最愛の人が二人で過ごしていた思い出の場所を。















 ??「よお、中庭に不信人物でもいるのか?」



 彼女以外に誰も居ないはずの教室に声が響いた。

 香里には聞き違えるはずもない、大切な人の声。



 香里「ええ…………といっても中庭じゃなくてこの教室に、だけど」

 祐一「俺はこのクラスの生徒なんだが」

 香里「このクラスには皆に無断でいなくなるような生徒なんていないわ」

 祐一「そういうなよ、こっちにもいろいろ事情があったんだ。まあ、石橋に何も言わなかったのは流石に悪いとは思うが」

 香里「これで相沢君も不良の仲間入りね」

 祐一「いや、だから……………………すみませんでした」

 香里「よろしい」



 祐一は香里を、香里は中庭を向いたままで行なわれる会話。

 いつものように最終的には祐一が負ける形で終わる一連の流れ。

 そんな長い間寄りそってきた夫婦のような自然なやり取りが夕暮れの教室で展開されていた。



 香里「ああ、そういえば北川君から伝言があるわよ」

 祐一「北川から?」

 香里「ええ。『今度何かおごれよ』だそうよ」

 祐一「…………俺、金欠なんだけどな」

 香里「心配かけたんだからそれくらい当然でしょ」

 祐一「んじゃ、香里にも何かおごろうか?」

 香里「あたしは別にいいわ、取りあえずいなくなった理由さえ聞ければ…………ね?」



 そう言った香里は、まだ中庭を向いたままだった。

 ただ、彼女は先程まで一人で溜息をついていたときとは違う、どこか安心したような雰囲気を纏っていた。

 それはきっと祐一がそこにいるからだろう。

 何故なら彼女の言葉は非難をするものであっても口調は楽しげなものであったから。



 祐一「そう言われても…………説明するのが容易ではないんだよなー」

 香里「別にいいわよ、どうせ時間はたっぷりあるんだし」

 祐一「いや、ないだろ」

 香里「気のせいよ」

 祐一「……………………はぁ、勝てないな、香里には」

 香里「当然ね」

 祐一「…………んー、説明するのめんどくさいし…………ほれ、ちゃんと受け取れよー」

 香里「何を…………って、ええっ!?」



 祐一の言葉に振り向いた香里が見たものは自分の方に飛んでくる光の珠。

 淡い光を放つ彼女の心の欠片。



 香里「…………な、何よこれ…………!?」



 香里は慌ててそれを両手で受け止める。

 と、同時に美汐の時と同じようにまばゆい光が教室を包み込む。



 キィィィ――――――――――ン……………………















 祐一「…………何かおかしくないか?」

 朱音『そうですね、《勇気の結晶》はちゃんと香里さんに戻ったはずなのですが『彼女』が出てきていません』



 何時の間にか祐一の横にきていた朱音が祐一の独り言に答える。

 香里は記憶が流れ込んでいるせいなのか呆然としていた。

 しかし、『覚醒』と同時に出てくるはずの想精の三人目が出てこないのである。



 祐一「…………どういうことなんだ?」

 朱音『おそらくは香里さんの心の問題でしょう。

    過去とわたくしたちの存在を知っても尚、納得できない、いえ、信じられない何かがある。

    故に『覚醒』が完全にならないのですね』

 祐一「…………おい、それってかなりまずいんじゃないのか?」

 朱音『そうですね』

 祐一「そうですね、って…………どうすんだよ」



 緊急事態といっても差し支えない事態にもかかわらず表情を全く変えない朱音。

 彼女は慌てる祐一の方を向き、さっきのお返しとばかりに人差し指を立てて言った。



 朱音『貴方がどうにかするんですよ、祐一さん』

 祐一「…………え!?」

 朱音『あら、まさか出来ないとはおっしゃいませんよね。

    大丈夫ですよ、天然スケコマシ…………失礼、香里さんのことなら何でもわかる貴方なら、ね…………祐一さん?』

 祐一「何でもわかるって…………そこまでは言ってないぞ」

 朱音『似たようなものです。どちらにせよどうにかできるのは貴方だけなのですからどーんと頑張って下さい。

    応援『だけ』はしていますから』



 ―――――とん



 『だけ』の部分だけ妙に声の力をこめて朱音は祐一の背中を押す。



 祐一「んな無茶な……………………ええと、香里?」

 香里「……………………」

 祐一「おーい、香里さーん」

 香里「…………聞こえてるわ」



 震える香里の声。

 祐一は一度だけそれを聞いたことがある。



 ―――――そう、彼女が泣いたあの雪の日に



 祐一「…………何を、怖がっているんだ?」

 香里「…………別に、怖がってなんて」

 祐一「嘘はやめとけよ香里」

 香里「……………………」

 祐一「…………嘘は後悔するだけだぞ」



 びくり、と香里は肩を震わせる。



 香里「…………わかったようなことを言うのね」

 祐一「そりゃ二ヶ月の付き合いだからな」

 香里「やっぱり、相沢君は不思議な人ね」

 祐一「ああ、最近は自分でもそう思えてきた」



 真面目な顔でそう言う祐一に、香里は微かに笑って「そう」と一言。

 そして彼女は再び中庭の方を向く。



 香里「あたしね…………怖いのよ、栞が」

 祐一「怖い?」

 香里「あたしは今なら、いえ、今でも栞のことを大切な妹だって言える自信がある。

    けど…………栞があたしのことをどう思っているかは自信がないの」

 祐一「……………………」

 香里「何を今更、って思うでしょ?

    でも、あたしは意気地なしだから…………本当に、どうしようもないくらい勇気がないから…………」



 中庭を見つめ、心情を吐露する香里。

 その姿にはいつもの学年主席の才女としての姿も、祐一を励ました時の強気な姿もない。



 祐一「…………おい、香里」



 祐一は香里のすぐ側までやって来ていた。

 そして、香里の肩をとんとんと叩いて振り向かせる。

 そして―――――



 びし



 そんな音が教室に響いた。















 香里「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

 祐一「おお、いい音がしたなぁ」



 額を押さえる香里をのんきに見つめる祐一。

 香里は余程痛かったのか少し涙目になっている。



 香里「…………相沢君っ、何するのよっ!」

 祐一「デコピン」

 香里「そんなことはわかってるわよ!あたしは何でこんなことをしたのかを聞いてるのよっ!」



 かなりキレ気味に香里は祐一を睨む。

 が、祐一はそんな視線に全く怯むことなく口を開いた。



 祐一「ばーか、そういうのはな、意気地なしっていうんじゃなくて意地っ張りって言うんだよ」

 香里「…………は?」

 祐一「ほれ、三日遅れだが栞からの誕生日プレゼントだ。これでも見てちっとは素直になるんだな」



 祐一はそう言うと一枚の紙を香里に渡す。

 彼女はその紙に描かれているものを見て、そして驚愕の表情を浮かべる。















 香里「…………これ、は…………」



 それは七年前の栞が描いた絵。

 そこに描かれているのは最高の笑顔を浮かべた香里、ただ一人。



 そして、下の方に書かれていたタイトルは…………『せかいでいちばんだいすきなひと(いま)』















 祐一「ったく栞もひどいよなー、人をモデルにしておいて俺のことは全く描かなかったんだから…………」

 香里「…………当たり前じゃない…………このタイトル通りの絵なら、これ以上のものなんて、ないんだから」



 香里は涙を流していた。

 それでも、その表情は笑顔だった。



 祐一「いや、一ヶ月前なら俺のことを書いてくれたかもしれん」

 香里「何言ってるのよ…………栞は、あたしの大切な、妹なんだから…………それでも、あたしを描くに、決まってるじゃない」



 途切れ途切れになりながらもしっかりと言葉を紡ぐ。

 そして、その声音には迷いはなく



 香里「ねえ、相沢君。また、胸を借りても…………いい?」

 祐一「どうぞ」



 だから、愛しい人の胸を借りて香里は泣いた。

 前とは違う、暖かい涙を流して…………















 香里「また、相沢君の前で泣いちゃったわね」

 祐一「いいんじゃないか?今度のは悲しい涙じゃなかったんだし」

 香里「それでも涙を見せるっていうのは恥ずかしいのよ。それに、涙は女の武器だから簡単に使うものじゃないのよ」

 祐一「…………なるほど」



 顔を見られるのが恥ずかしいのか、香里は祐一の胸に顔をうずめたまま話す。

 が、何かを思いついたのか祐一に見えないように不敵な笑みをを浮かる。



 香里「と・こ・ろ・で、相沢君?」

 祐一「ん、なんだ?」

 香里「さっきはよくも女の子の顔にデコピンなんかしてくれたわね?」

 祐一「…………うっ」

 香里「どう責任を取ってくれるのかしら?ちょっと痣になってるような気がするんだけど」

 祐一「いや、痣なんてどこにも…………」

 香里「とっても痛かったんだけど、あたし」

 祐一「ぐぐっ、な、何が望みだ」

 香里「…………そうね、目をつぶって貰おうかしら。あたしからも一発、それでチャラにしてあげる」

 祐一「…………わかったよ、ほれ、煮るなり焼くなり好きにしろ」



 祐一は香里に言われるがままに目を閉じて断罪の時を待つ。

 そして香里はそんな祐一の姿を見て微笑みながら指を構え、そして一撃。



 びしっ!



 祐一「ぐああっ!?」

 香里「大声出さないの」

 祐一「だって今のはどう考えても俺より威力が高かったぞ!?」

 香里「あら、痣になってるわね」

 祐一「当たり前だ!」

 香里「しょうがないわね…………」



 チュッ



 祐一「う、うわわわっ!?」

 香里「大声ださないでっていったでしょ?」

 祐一「だ、だって香里、今お前額に…………」

 香里「キスしたわね」

 祐一「さらって言うな!」

 香里「ま、いいじゃない。あたしなりのお礼よ、ありがたく受け取っときなさい」

 祐一「うう…………」

 香里「さ、買い物に行くからちゃんと荷物持ちしてね」



 祐一が慌てている隙に香里はくるりと背を向けてさっさと歩き出す。

 その顔は冷静さを装ってはいたものの真っ赤であった。

 最も、混乱の極みにあった祐一がそれに気付くことはなかったが。















 香里「ほら、早くしないと置いて行くわよ…………『祐一君』!」



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 あとがき

 tai「第十六話ですねー、今回は結構早めです」
 朱音 「白那さんがでていませんが」
 tai「ぎく」
 朱音 「今回で登場だったのでは?」
 tai「い、いやその…………一身上の都合という奴でして。彼女の登場は次回ということに…………」
 朱音 「というかこれではタイトルに問題があるのでは?」
 tai「気のせいです!」
 朱音 「ところで…………なんで冒頭でわたくしが妄想モードになっているのか、その辺の事情を是非聞きたいですね?」
 tai「の、のうこめんと…………です」
 朱音 「…………ほう?」
 tai「さ、さあそろそろ次回予告です!」
 朱音 「あ、こら!話しは終わっていませんよ!」
 tai「次回はまたもや閑話的な話になるかと、ただ、前回はちょっとやりすぎたのでそこらへんは反省予定」

 tai「それでは、また次のお話しで〜」
 朱音 「ああ!しめの台詞まで!?…………ふふふ、覚えていなさい」