『奇跡のkey』





 第十五話 〜奇跡への二日目、儚き妹と迷える姉(後編)〜















 キーンコーンカーンコーン…………



 今日もいつもと変わらず学校生活の終わりを告げる鐘が鳴った。

 そしてその音と共に教室にいる生徒が帰り支度を始める、ただ一人頬杖をついて席に座ったままの少女を除いて。



 北川「…………美坂?どうしたんだ?」



 そんな少女―――――香里を不思議に思い声をかける北川。

 香里は視線をそのままに―――――中庭に向けたままにして…………ポツリ、と呟いた。



 香里「相沢君、戻ってこなかったわね」

 北川「…………え?ああ、そうだな。一体どこに行っちまったんだろうな相沢の奴」



 いつの間にか教室からは人がほとんどいなくなっていた。

 朝のこともあり、北川にとっては大チャンスな状況なのだが彼は何も言わない―――――いや、何も言えなかった。

 何故なら彼は知っているから

 自分が想いを寄せるこの少女が今何を見ているのか、何を思っているのか、それが痛いほどよくわかっているから。

 そんな彼に出来ることはただ一つ、こう言うことだけ。



 北川「美坂、もしも相沢が戻ってきたら今度何か奢れよって言っといてくれ」

 香里「了解」

 北川「じゃな、また明日」



 背を向けて軽く手を振りながら教室を出て行く北川。

 その姿は彼の普段の姿を知らない人間が見れば見惚れること間違いなしのかっこよさだったのだが(心の中では滝の涙を流している)

 中庭を見つめ続ける香里にはもちろん、他に目撃者がいなかったのが残念なところであった。



 ??『うふふ〜、男やね〜♪』



 訂正、目撃者は一名ほどいた模様。

 といっても『それ』は人間ではなかったし、北川にもその声は聞こえなかったのであまり意味はなかったのであろうが…………















 ??『流石は彼の親友ってところやね〜…………といってもマイ宿主は彼にぞっこんやけどね♪』















 一方、その『彼』はというと…………



 香里「…………なんで」

 祐一「……………………」

 香里「なんでっ…………あなたがそれを!」



 『それ』の宿主(ただし幼少期の)に睨まれていた。



 祐一「…………取りあえず落ち着け、栞が何事かと思うぞ?」

 香里「…………っ」



 その祐一の言葉には流石に反応して、香里は一度息を切る。

 その際彼女は栞をちらりと見るも、栞はよほど絵に集中しているのか全く二人のやりとりが聞こえている様子はなかった。

 そんな妹の様子にほっとしつつも、香里は祐一に対する警戒心を強めて祐一を睨む。

 とはいっても、第三者から見ればよほど近づかない限り兄が妹を抱っこしているようにしか見えないのではあるが。



 祐一「まあ簡単に言うとだな、俺は普通の人じゃない」

 香里「…………じゃあ、一体何者なんですか」

 祐一「とある女の子曰く『不思議な人』だそうだ。だからある程度のことは何でもわかる」



 祐一は「言ったのはお前だけどな」と心の中で呟きつつ、不信な目を向けてくる香里に答えを返す。

 香里はそんな祐一の回答にますます疑いの目を向けてくる。



 香里「それでは答えになってないです」

 祐一「なってるさ」

 香里「……………………」

 祐一「……………………」



 見つめあう(睨みあう?)こと数秒、先に折れたのは香里だった。



 香里「わかりました、納得はいかないですけどその答えで良いです」

 祐一「それはどうも」

 香里「それで?」

 祐一「それで、とは?」

 香里「それで、栞が病気だったら何だって言うんですか?」

 祐一「治らないかもな」

 香里「…………!?」



 祐一の言葉に驚愕と共に絶句する香里。

 それはそうだろう、出逢ったばかりの人にそんなことを言われては動揺するなという方が無理な話である。



 香里「…………な……にを」

 祐一「今はともかく、もっと時間が経てば病状も悪化して…………」

 香里「……や……め…………」

 祐一「最後には死ぬかもな」

 香里「……………………!!」



 声になっていない叫びをあげる香里。



 荒唐無稽な話だ、勝手な推論だ、ありえない話だ

 そう言いたかった、そう叫びたかった

 けれど、実際はそう言えなくて

 断言できなくて

 少しでもそう思ってしまった自分がいて

 リアルにその場面を思い浮かべる自分がいて



 香里「…………っ!!」



 ―――――だから祐一を叩こうと手をあげる自分がいて















 祐一「…………叩かないのか?」

 香里「……………………」

 祐一「言っておいてなんだが…………結構酷いことを言ったと思うぞ、俺は?」



 けれど叩かなかった、叩けなかった。

 彼女は見てしまったから。

 彼の話しながら震える手を―――――血がにじみ出るほど握られた拳を



 香里「…………叩いたら、手が痛いですから」

 祐一「そうか」

 香里「それに…………少しでも、あたしがあなたの言ったことを認めてしまったから。

    あの子に…………栞に死を感じてしまったから」

 祐一「…………そうか」



 押し黙る二人。

 ビリビリ、と音が聞こえる。

 どうやら絵に納得がいかなかったのであろう、栞がスケッチブックの紙を引きちぎっていた。



 香里「あの子は、栞は…………死ぬんでしょうか」

 祐一「……………………」

 香里「いずれ、あの子の笑顔が見れなくなるんでしょうか」

 祐一「…………さあな」

 香里「何でもわかるんじゃなかったんですか?」



 香里は問い詰めるように祐一を見た。

 ただ、その瞳は睨むというには儚く、不安に揺れるものであった。



 祐一「俺は『かも』としか言ってない。だから、栞が死ぬとは限らない」

 香里「…………なら!なんでそんなことをあたしに言うんですか!」

 祐一「……………………」

 香里「あなたがそんなことを言わなければ…………」

 祐一「栞が死ぬかもなんて思わなかった、か?…………違うな、俺が言わなくても思ったはずだ。いや、思ったことがあるはずだ」

 香里「あたし、は…………」



 その言葉に何も言えなくなる香里。

 事実、彼女には一度だけ、最初に栞が倒れたときにそう思ったことがあった。

 その時はそんなことがあるわけがないとその考えを忘却の彼方へと追いやって忘れていた、否、忘れたふりをしていた。



 祐一「…………悪いな、香里を困らせることばかり言って」

 香里「…………いえ…………」

 祐一「けどな…………今じゃないと駄目なんだ。

    お前が、美坂栞の姉である美坂香里が真剣に栞の全てと向き合うのは」

 香里「……………………」

 祐一「まだ小学生の香里にこんなことを言うのは酷だってことぐらいわかってる。

    けど、間に合わなくなってからじゃ遅いんだよ。栞が泣いてからじゃ遅いんだよ…………」



 祐一は真摯な瞳で香里を見た。

 香里はその瞳に祐一の強い想いをしっかりと感じる。



 香里「…………どうして、そんなにお節介を焼くんですか。あなたには私たちのことなんて関係ないことなのに」

 祐一「…………関係ないことはない」

 香里「……………………?」

 祐一「香里の願いは何なんだ?」

 香里「…………え?…………そ、それはもちろん栞の病気が治ること…………」

 祐一「それは違う」



 突然の問いに困惑しながらも答えた香里の言葉を一言にして斬る祐一。



 香里「違うって…………」

 祐一「それは今だから思う願いだろう?あるはずだ、香里が今まで栞と過ごしてきてずっと願い続けてきた『本当の願い』が」

 香里「……………………」















 数秒。

 時間にすればそんなものだっただろうか。

 けれども、その間に香里は思い出していた。

 今まで妹の一番そばにいてずっと思い、ずっと願いつづけてきたこと。















 香里「あたしの願いは…………栞が笑っていること、栞が幸せでいること。それを見続けること」















 ぽん、と香里の頭に祐一の手が置かれた。



 香里「…………え?」



 何が起きたのかよくわからないといった風な様子で後ろ向きに祐一を見上げる香里。

 祐一はそんな彼女のウエーブヘアーをゆっくりと撫でる。



 祐一「それでいいんだよ」

 香里「…………え、え?」

 祐一「そうやって栞のことを大切に想う、ただそれだけなんだ…………香里がするべきことは」

 香里「……………………」

 祐一「それさえ忘れなければ…………ずっと変わらないさ、お前ら姉妹は。

    何故なら多分、栞も同じことを考えているだろうから」



 優しい声でそう言った祐一の言葉。

 香里は何故か心に染み込んだその言葉に、心の底から自然に湧き上がってきた最高の笑顔で、そして最高の返事を返す。



 香里「…………………………………はい!」















 栞「それです!」

 香里「へ?」



 いい雰囲気になったと思いきや、突然の妹の声に間の抜けた声をあげてしまう香里。

 祐一は香里の満面の笑顔という初めて見る逸品に見惚れていたりする。



 香里「な、何よ栞…………いきなり」

 栞「そのままです!いいですよ、これこそ私の求めていたモチーフです」

 香里「え、ええ?」

 栞「いけません!体勢はそのまま、表情もそのままです。

   素晴らしいです、お姉ちゃんのその恋する乙女って感じの笑顔に祐さんの全てを包み込むような笑顔。

   これなら素晴らしい絵がかけるに違いありません」

 香里「こ、恋する乙女って(////)…………ちょ、ちょっと栞、それは誤解」

 栞「いいから動かないで下さいっ、動いたりなんかする人嫌いです!」

 香里「そ、そんなぁ…………」



 真っ赤になる香里。

 理由は簡単、祐一の顔がすぐ目の前にあるのだ。

 先程までは半分興奮状態でいたので気にしていなかったものの、いざ冷静になってみれば抱っこされた状態で顔だけ後ろを

 振り向いているという今の体勢は香里にとっては死ぬほど恥ずかしいものなのである。



 祐一(やっぱこの二人はこうでなくちゃな)



 香里の苦難を尻目に、そんな微笑ましい姉妹の情景を祐一は一人楽しむのだった。















 栞「…………完成です!」



 スケッチブックを高々と掲げ宣言する栞。

 やり遂げた、といった感じのその表情は清々しさに満ち溢れていたりする。



 香里「よ、ようやくできたのね…………」

 祐一「どんなものに仕上がっているのやら…………」



 取りあえず抱っこ状態からは開放されたものの香里は精神的疲労に、祐一はどう感想を下すかにそれぞれピンチだったりする。

 そんな二人のことなどおかまいなしに栞は二人に近づいてくる。

 (その姿はまるで邪夢を持ってくる秋子さんのようだったと後に二人は語る)



 栞「どうぞ、間違いなく私の今までの作品の中でも最高の出来ですよ♪」

 祐一「ほう…………それは楽しみだな」

 香里「あたしはちょっと疲れているから後にしておくわ…………」

 栞「では、祐さんからどうぞ」



 祐一はやけに自信満々な栞からスケッチブックを受け取りそのページを開いた。

 その中に描かれていた絵は…………



 祐一「……………………」

 栞「どうですか?」

 祐一「…………栞」

 栞「はい、なんですか?」

 祐一「わざとか?この絵は」

 栞「はい♪」

 香里「???」



 香里は祐一と妹の会話に『?』マークを浮かべる。

 どうやら何かおかしいことが起きているらしい。



 祐一「だいたいこれなら…………」

 栞「だからそのタイトルなんですよ」

 祐一「タイトル?…………ああ、なるほどね」

 栞「それで、感想はどうですか?」

 祐一「そうだな、タイトル通りに描けていると思うぞ。だから…………いい絵だと思う」

 栞「わ、嬉しいですー」



 香里(!!??)



 香里は思い切り驚愕した、まさか妹の絵を『いい絵』だと評価する人間がいるとは思わなかったからである。

 本人に聞かれれば「そんなこと言う人嫌いです」と言われるのは間違いなしなことを考えつつも興味を引かれる香里は

 問題の絵を一目見ようと栞に近づく。



 が…………



 栞「やっぱりお姉ちゃんには見せるのは止めておきます」

 香里「え?」



 栞はパタン、とスケッチブックを閉じてしまう。

 そんな妹の行動に呆気に取られてしまう香里。



 香里「ど、どうしてよ栞。いつもならあたしが嫌がっても絵を見せてきて感想を求めるじゃない」

 栞「そうなんですけど…………今回の絵はやめておきます」

 香里「そ、そんな。気になるじゃない」

 栞「でも…………今回の絵は今見てもらうのは恥ずかしいから」

 祐一「んじゃ俺がもらってもいいか、その絵?」

 栞「どうぞ♪」

 香里「ちょ、ちょっと…………」



 絵を見せてもらえないままとんとん拍子に進んでいく受け渡し。

 香里は何とか絵を見ようとスケッチブックを奪い取ろうとするがいかんせん祐一との身長差ではそれも叶わない。

 高々と掲げられたスケッチブックに向かって可愛らしくぴょんぴょん跳ねるのが関の山だった。



 香里「見せて〜」

 栞「駄目ですよ」

 祐一「作者もああいってるしな」

 香里「そんな〜、あたしも見たい〜」



 先程までとうって変わって歳相応の可愛らしさを見せる香里に、一瞬お願いを聞きかけてしまう祐一。

 が、何とか踏みとどまり一つの条件を提示する。



 祐一「なら、この絵は香里が俺と同じ十七になった時の誕生日プレゼントとして見せてやろう」

 香里「ええ!?十七って高校二年まで待たなきゃいけないじゃないですか!?しかもあたし遅生まれなのに!」

 栞「それぐらいならいいです」

 香里「し、しおりぃ〜」



 妹に懇願する姉という珍しい構図を見つつ、祐一は姉妹に聞こえないように言うのだった。















 祐一「…………大丈夫だよ香里、七年なんてすぐだから」



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 あとがき

 tai「第十五話、久しぶりの更新ですねー」
 朱音 「ようやくアップですか、まだ香里さん編は次話に占めが残っていますから気は抜けませんよ?」
 tai「…………言わないで下さい。ちゃんと頑張りますから」
 朱音 「まあ、しょうがないですけどね。香里さんの話の場合は」
 tai「そうなんですよねー、KANON本編では問題に直面しているという意味で三人の中では香里さんが一番重い話でしたが
     逆に直面していない過去では一番書きづらい話なんですよね」
 朱音 「確かに七年前ではそれほどあの姉妹に問題はないですからね」
 tai「だから私の場合は一度香里に明確に祐一の言葉によって『栞の死』を感じさせ、その後に答えを導かせるという形を
     とってみましたが…………成功だったんでしょうかねー?」
 朱音 「貴方その台詞美汐さんの時も言っていたでしょうが」
 tai「だって、読者様しか答えてくれませんし」
 朱音 「はぁ、もう少し自信というものを持って執筆して下さい…………」
 tai「ちなみに念のため言っておきますが最初の方の『??』は三人目の想精ですよー」
 朱音 「彼女は次回登場ですね、あの娘の言葉遣いはどうにかならないでしょうか…………何弁かわかりません」
 tai「まあ、そういう設定ですし」
 朱音 「はぁ…………それじゃそろそろ次回予告にでも行ってください。次回はまた疲れることになりそうですし」
 tai「次回は三人目の想精登場、そしてある意味香里編最大の見せ場が!
     美汐編をみれば私が何をする気かはだいたいわかりますよね?そう、〇〇です!」

 朱音「では、第十六話にてまたお会いいたしましょう…………taiさん、ふしだらなことは許しませんよ?」