『奇跡のkey』 第十四話 〜奇跡への二日目、儚き妹と迷える姉(前編)〜 あたしは、愚かな姉だった 『さあ、相沢君。朝なんだから学校へ行きましょう』 『…………行きたくない。もう、俺に構わないでくれ…………』 そして、ひどい友人だった 『構うわよ。これ以上あたしの周りから大切な人がいなくなるなんて、ごめんよ』 『強いな…………香里は。けど…………俺はもう弱くなっちまった』 なぜならば、自分自身に嘘をついて今まで生きてきたから 『何いってんのよ、元はといえばあなたがあたしをこういう風にしたのよ。だからその行為の責任をとりなさい』 『…………せき、にん?』 それはあたしの今まで犯した罪に対する贖罪なのかもしれない 『そうよ、あたしに胸を貸して泣かせた責任を最後まで取らせる。それがあたしの今こうしている、こうしていられる理由』 『…………そう、か…………』 けれど、この人の―――――相沢祐一の側にいたい。その想いに偽りはない、だから………… 『相沢君を放って置けるわけないでしょ。理由?……………………言葉通りよ』 この人以外に理由を聞かれればこう答えるのだろう…………それが今の『美坂香里』の想いなのだから 祐一「考えられるとしたらここしかないんだが…………」 そう呟いている祐一が水瀬親子と別れてやってきたのは公園、 美坂栞との想い出の深い、二人のドラマが演じられた場所だった。 祐一(バットエンドのシナリオは俺が書き換えてみせる。 今度は…………今度こそ必ずハッピーエンドを見せてやる…………あの姉妹に) 新たに決意を胸に宿し、祐一は辺りを見回す。 と、その視線が噴水の前に固定される。 祐一「あれは…………」 そこには、スケッチブックを大事そうに抱え、何かを待っている様子のボブカットの少女が一人いるのだった。 ??「よっ、誰かと待ち合わせかい?」 突然頭上からかけられた声にびっくりして、少女―――――美坂栞は顔を上げた。 そこにいたのは高校生ぐらいの歳だと思われる少年だった。 少年のドラマに出演していても違和感のないその外見、雰囲気に思わず見とれてしまう栞。 栞「…………え?あ、あの…………えと」 緊張ゆえに栞は上手く言葉を出せなかった。 見ず知らず(少なくとも自分にとっては)の明らかに年上の男性が突如話し掛けてきたのだから 普通は警戒するところなのだが…………何故か栞はそう感じることはなかった。 栞(優しそうな人…………それに凄く綺麗な瞳…………) 感じたのは全く反対の感情。 少年の発する優しげな雰囲気からの安堵感、そして微かな胸の高鳴りであった。 ??「ああ、俺はただの怪しい幼女趣味の危険な誘拐魔予備軍だから気にしないでくれ」 男性―――――祐一はおどけた感じでそういった。 栞はそんな祐一にわずかに残っていた警戒心を解き、すっかり気を許してしまう。 栞「くすくす…………不思議な人ですね」 祐一「何故かよく言われる」 栞「それで、あなたはどなたなんですか?残念ながら私のほうはあなたに覚えがないんですけど…………」 祐一「俺の名前は祐。そうだな…………未来からやってきた君の恋人っていったらどうする?」 栞「いい精神科のお医者さんを紹介します」 即答だった。 が………… 祐一「美坂栞」 栞「え…………」 祐一「君の名前。あってるだろ?」 栞「ま、まさか本当なんですか?」 祐一「そう言ってるだろ?」 栞「凄いですー、まるでドラマみたいですね!」 祐一が自分の名前を当てるなり眼をきらきらさせて祐一の言葉を信用してしまう栞だった。 祐一「冗談だよ」 栞「え?」 祐一「だから今のは冗談。名前がわかったのはスケッチブックを見たからだよ」 スケッチブックを指しながら種明かしをする祐一。 実際は彼の言っていることはほぼ事実ではあるのだが今それを栞に言う必要はないため、冗談で済ませることにしたのである。 するととたんに栞は頬を可愛らしく膨らませて祐一をにらんでくる。 栞「そんな冗談言う人、嫌いです」 祐一「半分はね」 栞「半分?」 祐一「まあ、それは未来のお楽しみ」 栞「えぅー、気になりますー」 祐一の言葉を本気にしているのかいないのかは不明だが、栞は楽しそうに笑っていた。 ただ、純粋に『今』が楽しいと思っているであろう笑顔。 それは祐一が最後まで見ることの出来なかった、哀しみの欠片も見当たらない笑みだった。 祐一「…………栞は…………」 栞「?」 祐一「栞は今が…………幸せか?楽しいか?」 だから彼は聞いた。 この目の前にいる少女の笑顔の向こう側に、悲しみの涙はまだ宿っていないのかを確かめるために。 栞「ん〜、そうですね…………」 栞は可愛らしく首を傾げ、祐一の問いの答えを考える。 口元に指を当てて考える栞お得意のポーズだった。 栞「…………幸せですよ、私」 ニコ、と花が開くように笑みを浮かべて栞はそう言った。 栞「私、実はこう見えても病気持ちなんですけど…………こうやって外を出歩いても平気ですし。 それに…………」 祐一「それに?」 栞「お姉ちゃんが側にいてくれますから。あ、お姉ちゃんっていうのは香里っていう名前で私の一つ上の姉なんです。 ちょっと怒ると怖いんですけど、すっごく優しいんですよ」 祐一「…………へえ」 栞「私と違って背も高くて美人で頭も良くて…………ちょっとそれがうらやましいって思うこともありますけど、 私の世界で一番自慢のお姉ちゃんなんです」 祐一「それは是非お会いしたいものだな、そのお姉さんと」 栞「会えますよ、そろそろ来るころですから」 本当に嬉しそうな表情をして姉のことを語る栞、 そんな栞を見て、祐一は久しぶりに心が暖かくなるのを感じるのだった。 栞「と、いうわけで、この美少女が我が姉こと美坂香里です!」 香里「な、なんなのいきなり?」 待ち合わせの場所につくなり見ず知らずの年上の男性に紹介されることになって香里は戸惑った。 栞が見知らぬ男性と楽しそうに話しているのも驚きであったが、それはせいぜい道を聞かれているのだろうと思っていた 彼女は突然の展開にいつもの冷静さを失い、パニックを起こしかけていた。 祐一「ふむ、確かに美少女といっても差し支えがない美人だな」 香里「ええっ!?(////)」 栞「やっぱり祐さんもそう思うでしょう?とても私と血を分けた姉だとは思えないです」 祐一「そうか?栞だって十分いけてると思うぞ俺は」 栞「本当ですか?」 祐一「ああ、香里が美人系美少女なら栞は可愛い系美少女ってとこだな」 栞「わー、嬉しいですー♪」 年上の(しかもかなりカッコいい)異性に美人といわれパニックに拍車のかかる香里をよそに盛り上がる二人。 そんな姉の珍しい姿を見た栞は何かを思いついたらしく、子悪魔チックな笑みを浮かべて祐一の耳に口を寄せる。 栞「祐さん、ちょっとお願いがあるんですけど」 祐一「なんだ?」 栞「私の絵のモデルになってくれませんか」 祐一「…………え?」 ピタ、と祐一の動きが止まる。 無理もないことだった、何故なら彼は彼女の絵の腕前を身をもって知っているのだから。 しかし、祐一は次の栞の言葉に何とか意識を繋ぐことに成功する。 栞「お姉ちゃんと一緒に」 祐一「香里と?」 栞「はい」 祐一「なんでまた?」 栞「ビビッと私のいんすぴれーしょんにきたんです」 祐一「栞、意味がわかっていない単語はむやみに使うもんじゃないぞ…………あってはいるが」 栞「そんなこという人嫌いです」 祐一「…………久しぶりに聞いたな」 栞「?」 祐一「気にしないでくれ」 栞「わかりました…………で、構図なんですが」 祐一「まだ俺も香里もOKしてないんだが…………」 祐一たちが承諾したわけでもないのにどんどん話を進めていく栞なのだった。 香里「…………はっ」 祐一「お、どうやら精神が戻ってきたらしいな」 香里「あ、あたしは一体何を…………」 祐一「なんか意識がどっかに飛んでたようだが…………」 香里「あ、あなたは誰なんですか。し、栞は?」 祐一「こっちの話は無視かい、ちゃんと問いに答えてるのに」 香里「こ、答えてください!」 祐一「…………しょうがないな、じゃあまずは俺のことだが…………俺の名前は祐、栞とはさっき友達になったばかりだ」 香里「もしかして…………へ、変質者?小さい女の子狙いの」 祐一「おい」 流石に聞き捨てならなかったのか軽く香里をにらむ祐一。 香里「ご、ごめんなさい」 祐一「…………まあいいけど…………それより今の状況がわかるか?あ、ちなみに暴れるなよ」 香里「状況…………?」 祐一の言葉に香里はとりあえず落ち着いて言われた通りに自分の状況の確認にかかる。 視点…………いつもより少し高い 足…………浮いている 手…………折り曲げられた足の膝の上 結論―――――――――― 香里「ど、ど、ど、どう…………」 祐一「ようやく気付いたか」 香里「どうしてあなたがあたしを膝の上に乗せているんですか!?」 祐一「あ、こら、暴れるなっていったろーが」 香里「暴れます!いきなり見知らぬ男の人の膝の上に乗せられていたら当然の行動です!」 祐一「といわれても放心状態だったからなー」 香里「お、大声出しますよ!」 祐一「もう出してる気がするんだが…………まあいいからとりあえず落ち着けって」 香里「落ち着けるわけ―――――」 栞「お姉ちゃん、動いちゃ駄目ですっ!」 暴れだした自分を一喝する妹の声に香里の動きがピタリと止まる。 流石に混乱していても妹の声は聞き取ることができるらしい。 香里「で、でもね、栞…………」 栞「いいからモデルは動かないで下さい。今いいところなんですから」 香里の反論をピシャリと断ち切る栞。 祐一は七年後の世界で見ることの出来なかった光景に思わず顔がほころんだ。 が、その様子は抗議の矛先を変えた香里に見つかってしまう。 香里「…………何、笑ってるんですか」 祐一「いや、仲がいいなあ、と思ってね」 香里「…………姉妹ですから」 ふい、と正面に戻して顔を祐一からそらす香里。 祐一(姉妹ですから…………か) 姉妹 そう、姉妹なのだ―――――美坂香里と美坂栞は この世界でも、七年後の心がすれ違っていた未来でも 互いが互いを想いあっていた、ただのどこにでもいる仲のいい姉妹 違いはたった二つ 姉が妹を見ているかいないか 妹が笑顔の向こう側に哀しみの涙を流しているかいないか 今はこの姉妹にすれ違いはない それでも遠くない未来にこの姉妹は涙を流す それが――――――――――祐一の見た未来だった 祐一(…………冗談じゃない。こいつらの涙を見るのは一度でたくさんだ) 祐一は二人の姿に過去を思い出して表情をけわしくする。 幸い香里は前を向いていたためそれを見ることはなかったが、微かに震える祐一の体を感じ取ったのか後ろを振り向く。 祐一「…………何?」 その時には祐一の顔は元の穏やかな表情に戻っていた。 しかし香里はそんな彼の姿に違和感を感じた。 けれども彼女は会ったばかりの男性にその違和感を確かめるような行為はできない。 香里「…………いえ、別に」 祐一「安心しなって、確かに俺は怪しそうには見えるけど悪人じゃないことも確かだから」 香里「証拠はあるんですか」 祐一「ない」 即答する祐一に流石の香里も何も言えなくなってしまう。 けれど彼女は同時にどこか安心感を覚えた。 この人は安心できる、自分たちに危害を加えるような人では決してない―――――何故かそう思えた。 祐一「さて、俺たちはモデルだしな。栞の作品が完成するまで暇なことだし話でもしないか?」 香里「…………まあ、あの娘が途中で止めるって事もないでしょうし」 祐一「じゃ、OKってことで」 香里「で、何の話ですか?」 だから香里は自分でも驚くくらい素直にその申し出を受けることが出来た。 それどころか、この人はどんな話をしてくれるのだろうかと楽しみにすら思えてくる。 しかし、そんな彼の発した言葉は香里を驚愕させる。 祐一「栞は―――――――――――良くない病気なんだろ?」 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき tai「第十四話アップです〜、レポートをほったらかしであげました〜」 朱音 「愚か者ですね」 tai「ぐはっ」 朱音 「はいはい、貴方の執筆以外の生活状態なんてどうでもいいですから話を進めましょうね」 tai「…………わかりました…………」 朱音 「今回でようやく香里さんの話に突入ですね」 tai「にもかかわらず栞のほうが目立ってたりします」 朱音 「しかもやっぱり美汐さんのときと同じで前後編ですか」 tai「が、頑張ります」 朱音 「頑張りなさい、ただでさえこの作品はペースが遅れているのですから」 tai「本当なら今頃はこの連載終わってるはずだったのに…………」 朱音 「後先考えずに連載を増やすからです、まさに自業自得としか言いようがありません」 tai「返す言葉もございません…………」 朱音 「ちゃんと完結するんですかこれ」 tai「それは間違いなく」 朱音 「ではそろそろ次回予告をどうぞ」 tai「次回は今回の後編です。祐一はどんな言葉を紡ぐのか、香里はそれをどう受け取るのか、栞の絵は大丈夫なのか(笑) 次回は見所満載の予定です」 朱音 「では、十五話にてまたお目にかかりましょう♪」