『奇跡のkey』 第十三話 〜奇跡への二日目、雪の少女とその母親〜 私は今日もお肉を売る。 そうすれば学校帰りの彼の姿を鑑賞…………もとい、見ることができるからだ(大抵あの三人の中の一人と一緒だが) 客「すみませーん」 しかし、最近はいいことと悪いことが両極端にやってくると思う。 客「あのー…………」 まず、悪いことが起きた。私の心のアイドル祐一君が女の子連れで(ここまではいつものことだが)買い物をしていた。 …………まるで新婚さんみたいに見えてかなり鬱になった(まあ、ただの付き合いだったらしいけど) 客「これ300gほど欲しいんですけど」 次にいいことが起きた。私の愛する祐一君がなんと微笑んでいたのだ! …………つい情報提供者の首をしめて問いただしてしまったが(もちろんその微笑みは脳内メモリーにしっかりと保存した) 客「もしもーし、聞こえてますかー?」 そして、再び悪いことが起きた。私の近未来の恋人こと祐一君がそうなったのは天野美汐さんとの間に何かがあったかららしい。 …………これには危うくFCの誓いを会長である私自らが破るところであった(私を止めるのに五人ほど病院行きになったらしい) 客「さっきからニヤニヤしたり般若のような顔になったり怖いですよ(ドゴッ!!)…………キュウ…………」 最後に、またいいことがやってきた。私の数年後のダーリン祐一君はどうやらまだ手遅れな事態にはなっていないらしい。 …………ついつい嬉しくて大安売りセールをしてしまった(両親が何故か滝のように涙を流していたが) 客「(ピクピク)」 何はともあれ、まだまだ私にもチャンスは残っているのだ。 ――――――――――小娘なんかには負けないわ。美知、ガンバよっ! 朱音「じぃー、です」 祐一「……………………(汗)」 某商店街、某肉屋、某女性のよくある日常風景からところは戻って過去世界。 そこには先日のようにものみの丘に降り立った祐一&朱音の姿があった。 …………しかし何故か祐一は頭を抱え、朱音はそんな彼を「わたくし、あきれてます」的な眼差しで見ているのだった。 朱音「全く、あきれてものがいえませんね…………」 祐一「すみません…………」 朱音の今や恒例となりつつあるきつい言葉にヘコみまくる祐一。 何故二人がこちらの世界にくるなりこんな会話を繰り広げているかというと………… 朱音「まさか、昨日あんなにも苦労したのにもかかわらず美坂家と倉田家の両方の住所を調べてないとは…………」 祐一「ごめんなさい…………」 朱音「わたくしに謝っても事態は全く変わりません」 祐一「申し訳ない…………」 そう、祐一は二人の住所を調べていなかったのである。 これでは二人を見つけ出すのはかなり困難になってしまうのだから朱音があきれるのも当然といえよう。 朱音「ふぅ…………少しばかり浮かれていらっしゃるのではないですか?…………美汐さんに接吻されて」 祐一「な!?」 朱音の絶対零度の眼差しと共に繰り出された発言に思いっきりたじろぐ祐一。 同時に昨日のことを思い出してしまい思わず頬に手を当てて、顔を紅くしてしまう。 朱音「いくらなんでも三股は良くないと…………失礼、それは個人の倫理観の問題でわたくしが口を出すことではありませんでした」 祐一「ち、違う、だいたい三股ってなんなんだ!?」 朱音「わたくしの言った言葉そのままの意味です」 結局このあと、祐一が朱音の機嫌を直すのに30分ほどの時間がかかったことを追記しておく。 女性「し、失礼しますー!」 祐一「あ、ま、待って。道を聞きたいんだけどー…………ってまたかよ…………」 取りあえず昨日と同じく商店街にやってきた祐一。 例によって彼が声をかける女性はこどごとく本題に入る前に去っていく。 昨日から続くそんな事象の繰り返しに男としての自信をかなり失い、肩を落としまくる祐一だった。 親子連れに見られたら「ママー、あそこに変なお兄ちゃんがいるよ」「しっ、見ちゃいけません」と言われること請け合いである。 ??「ねえ、お母さん。あのお兄ちゃんなんか落ち込んでいるね」 ??「あら、本当ね。ちょっと声をかけてみましょうか名雪」 ??「うん」 しかし、奇特にも純粋に祐一のその様子を心配して彼に近づく親子がいた。 祐一「こうなったら交番にでも行くか?…………でも、よく考えてみたら交番の場所も知らないじゃん俺…………」 ??「あの…………ちょっとよろしいですか?」 祐一「ていうか水瀬家以外の人の家の場所を知らない…………意外と交友関係狭かったんだなー」 ??「はい?私の家ですか?」 祐一「ええ、そうなんですよ秋子さん…………ってうわあっ!?」 秋子「あらあら、どうしましたか?」 ??「お母さんが至近距離で覗き込むように話し掛けたからじゃないかな…………」 秋子「あらあら」 祐一「あ、あ、あ、秋子さん!?」 秋子「はい、確かに私は水瀬秋子という名前ですが…………どこかでお会いしたことありましたか?すみませんが私には 貴方のことが思い出せないのですが…………」 秋子さんは必殺の頬に手を当てるポーズをとって首をかしげつつ、そう祐一に訊いた。 秋子さんばかりが話し掛けてきているので祐一は未だに気づいていないが彼女の後ろには 名雪(この人、祐一になんとなく似てる…………) と考えている名雪がいたりする。 一方、祐一の方は大パニックである、まさかいきなり未来の知り合いが現れるとは思っても見なかったからだ。 昨日のあゆとは違い、向こうにとっては見ず知らずの自分に接触を図ってくるとは予想もつかなかったので驚きもひとしおだった。 祐一「あ、あはは…………」 ゆえに祐一にできることが愛想笑いだけだったとしてもそれを責めることは誰にも出来なかったといえよう。 …………まあ、朱音あたりなら話は別かもしれないが………… 祐一「なんでこういう展開になったんだろう…………」 目の前のコーヒーを軽くかき混ぜつつ祐一は呟いた。 未来において名雪ごようたしの飲食店「百花屋」の一角に座っている祐一。 対面にはニコニコ顔で紅茶を飲んでいる秋子さんと、その隣でこれまたニコニコ顔で「いっちご、いっちご♪」と嬉しそうに イチゴサンデーを頬張っている名雪の姿があったりする。 祐一(俺って本当に『お願い』に弱いよな…………絶対結婚したら嫁さんの尻にしかれるな、俺…………) 今日何度目になるかわからない反省と共に、彼を慕う女性が聞いたら激しく同意してくれそうなことを考える。 あの後、驚かせてしまったお詫びにと百花屋に誘われた祐一。 無論、彼はその程度のことでお詫びをされる気などさらさらないのでその申し出に断りを入れようとしたのだが………… 秋子「どうしたんですか?(ニコニコ)」 と、一点の邪気のない笑顔でお願いされたのでは祐一は成すすべもなく、結局秋子さんに押し切られる形になってしまったのである。 ちなみに、その光景が逆ナンパににしか見えなかったのは…………謎ジャムを恐れた商店街の人たちだけの秘密である。 …………それはさておき 秋子「あらあら名雪、口元が汚れてるわよ」 名雪「うにゅ」 ハンカチで娘の口元を拭く母親、という光景。 そんな微笑ましさを見て、少し前まで多少異なるとはいえ似たような光景を一番近くで見続けてきた少年―――――祐一は思う。 懐かしい、そして暖かいと。 こんな暖かな親子の光景、そんな日常の奇跡を再び見ることができた。 そんなことが嬉しくて…………こんな光景を取り戻したくて…………自分はこの世界にやってきたのだと再認識する。 祐一(ふぅ…………久しぶりだな、こんな気持ちは…………) 祐一は限りなく優しく、意思を込めた瞳で水瀬親子のやり取りを観賞するのだった。 名雪「もぐもぐ…………んにゅ?」 秋子「…………?どうしたのなゆ…………」 と、名雪がそんな祐一の視線に気づいたらしくイチゴサンデーを咀嚼しつつも祐一の方に目を向ける。 続いて秋子さんも娘の視線を追いかけた。 すると、 …………ボボンッ! 擬音で表現するとしたらこんな音が出るだろうか、というくらいの勢いで顔を真っ赤にする名雪。 秋子さんはそんな娘の珍しい姿を軽い驚愕の表情で見つめつつも、娘と同じく祐一の瞳の威力の余波を受けてしまったのか………… ほんのわずかだがいつもの「あらあら」ポーズが崩れてしまう。 祐一「…………どうかしましたか?」 名雪「な、なんでもないよ〜」 秋子「ええ、気にしないで下さい」 明らかに慌てた様子の名雪と、見た目は平静そのものだが額に流れる一滴の汗が心の状態を物語っている秋子さん。 祐一はその原因を「…………流石にジロジロ見すぎたかな?」とおおむね正しく考えていたのだが、その真実にはやはり気づかない。 が、このまま自分が黙ったままというのも怪しいと思い話題転換をはかる。 祐一「秋子さん」 秋子「なんですか?」 祐一「そういえばそちらの名前は知っているのにこっちの方は名乗っていませんでしたよね」 秋子「そうでしたね、やっぱりどこかでお会いしたことがあるんですか?どうしても貴方のことが思い出せないのですが」 祐一「俺の名前は…………そうですね、祐とでも呼んでください。質問の答えですが俺はあなたと会ったことはありません。 でも、俺は名雪ちゃんと秋子さんのことはよく知っていますし秋子さんたちも俺のことはよく知っていますよ」 秋子「会ったことはないのにお互いがお互いの事を知っている…………謎かけですか?」 祐一「ふふ、まあいつかわかると思いますよ、俺の言っていることの答えは」 秋子「そうですか、じゃあその時を楽しみにまっていますね」 名雪「???」 ハテナ顔の名雪とどこかこんな怪しい会話を楽しんでいる風の秋子さん。 実のところ祐一は秋子さんの悩む姿を見て、未来では成し得なかった「秋子さんへの勝利」を期待してこんな言い方をしたのだが、 やはり過去でも秋子さんの方が上手らしく、軽くあしらわれてしまう祐一だった。 そこでターゲット変更。 祐一「それにしても、娘さん…………いや、名雪ちゃんは本当に美味しそうにイチゴを食べますね」 秋子「ええ、この娘はイチゴが大好きですから」 祐一「なんか見ていて微笑ましいですね」 秋子「うふふ、そうですね…………どうです、親馬鹿と言われるかもしれませんが可愛いものでしょう?」 名雪「お、お母さん!」 秋子「そうですね、否定はしませんよ」 名雪「わっ、わっ…………(////)」 母親と祐一のダブル口撃にイチゴのように全身を赤く染めてしまう名雪。 その動揺の具合といったら大好物のイチゴサンデーを食べる手を休めて慌てふためくほどであった。 秋子「あら、祐さん、それは名雪へのプロポーズですか?駄目ですよ、名雪はまだ小学生なんですから」 祐一「あはは、そうですね。じゃあ七年後ぐらいにもう一度名雪ちゃんに会いに来ましょうか」 秋子「了承♪」 名雪「え、え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 秋子「それにしても具体的な数字を提示しますね、光源氏計画ですか?」 祐一「それは企業秘密ということで」 秋子「あらあら、これは一本とられましたね」 名雪「だ、だめだよっ」 秋子「あら、名雪は祐さんのことが嫌いなの?」 名雪「そ、そういう問題じゃないよ〜」 秋子「そうね、名雪には祐一さんがいるものね」 名雪「お、お、お、お母さん!?なにいってるの〜」 秋子「というわけですので名雪のことはあきらめてもらえませんか?」 祐一「まあ、決まった相手がいるんでしたらしょうがないですね、了承です」 秋子「ふふふ」 内心、「どっちにしろ俺じゃん…………」などと考えつつ祐一はこの会話を打ち切る。 ただ、久しぶりに名雪をからかったせいか、どことなくすっきりした祐一だった。 ……………………名雪にはいい迷惑であっただろうが。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― あとがき tai「第十三話ようやくアップです。皆様(っているのか?)お待たせしました〜」 朱音 「で、今回からこのたわけ者の新相方を務めさせていただきます、想精の朱音です。皆様、以後よろしくお願いします」 tai「あ〜あ、ついに久平君が消えちゃいました」 朱音 「貴方が勝手に外したんでしょう」 tai「だってよく考えてみれば彼をここに出す必要はないし、彼には別のところに逝ってもらうから首というわけではないです」 朱音 「行っての字が違います…………まあ、ある意味間違いではないですが」 tai「さあ、彼の新天地はどこかな〜」 朱音 「何時までも用無しになった人のことなどネタにしないで本題に入ってください」 tai「本編並に毒吐くねキミ…………ま、そういう風にしたのは私ですが」 朱音 「今回の話ですが…………なんですかこれ?本筋に関係ないではないですか」 tai「ええ、ただ水瀬親子を出したかっただけの話だから」 朱音 「ふぅ…………」 tai「な、なんですか、その冷たい瞳は」 朱音 「瞳通りです」 tai「び、微妙にパクってる!?」 朱音 「さあ、次に逝きましょう」 tai「ってあなたも字が違う…………」 朱音 「祐一さんがジゴロ列伝ぽくなってますが?」 tai「まあ、小さい娘相手だし」 朱音 「美汐さんの時も同じことを言ってましたよね?それにそっちの方がより危険なのでは…………」 tai「気にしないで下さい」 朱音 「はぁ…………ま、今回はわたくしの初あとがきですし突っ込みはやめてあげますよ。感謝してくださいね」 tai「ありがたき幸せ」 朱音 「では、次回予告に逝ってください」 tai「(もう何も言うまい)次回は本筋に戻りますんで残りの二人の内のかたっぽが登場です。ひょっとしたら他にも…………?」 朱音「それでは、十四話にてまたお会いできることを願っておりますね♪」