『奇跡のkey』



第十一話 〜第二の鍵の登場と慈愛の少女の告白〜
















 見事なお手前です……流石は祐一さん、といったところでしょうか

 場合によってはわたくしの『力』を使うことも止むを得ないかと思っていましたが…… 

 全くその心配はいらなかったようですね 

 しかしながら、何も知らない人があれを見たら誤解をするしかないですね

 事情を知るわたくしでも赤面してしまう程の台詞のオンパレードでしたから

 さしづめ題名をつけるとすれば『相沢祐一のジゴロ列伝、幼女陥落編』といったところでしょうか

 ……失礼、これは違うお話でした

 ふぁ……それにしても美汐さんが羨ましい限りですね、わたくしももっと頭を撫でてもらいたいです

 …………幼女具合では負けておりませんのに

 さて、美汐さんも帰ったようですしそろそろ出て行くとしましょうか、目的のものも手に入ったことですし

 早いところ戻らないとあっちの美汐さんが来てしまいますしね















 ―――――さあ、宮樹さんはどんな性格に想造されるのでしょうかね?















 『祐一さん、ご苦労様でした』

 「……ん? ああ、朱音か……見てたのか?」



 いきなり現れた朱音に驚くことも無く相槌を打つ祐一。

 彼のその反応が不服だったのか、朱音は少し意地悪そうな微笑を浮かべ、答える。



 『はい、見てました。傍目からみたら口説いているようにしか見えない貴方の姿や、

  鯛焼きで二人を餌付けしている貴方の行動など、全部拝見させていただきました』

 「…………あのー」

 『……失礼、冗談ですよ』

 「その間は何だ」

 『まあそれはさておき、お疲れ様でした。これで一つ目の探し物の回収は終了です』

 「……俺は、ちゃんとあの少女の―――――美汐の心を救うことができたのか?」

 『貴方がそう思ってしまうのも無理は無いことですが……大丈夫ですよ、ちゃんと証拠もありますし』

 「証拠?」

 『ええ』



 訝しがる祐一を他所に、朱音は手のひらから淡い光を放つ球体を生み出した。

 そのあまりにも幻想的な光景に、祐一は一瞬心を奪われて見惚れてしまう。



 『これが……美汐さんの想力の結晶ともいえるもの―――――つまり《慈愛》の結晶です。

  これが今わたくしの手にあると言うことは、貴方があの少女を救えたのだという証拠に他ならないのです』

 「……慈愛、ね……なるほど、確かに美汐の想力ならそれしかないか」

 『あとはこれを未来の美汐さんに届ければ取り合えず美汐さんに関しては貴方のやることは終わりです』

 「わかった。じゃあ今日のところは早いところ元の世界に戻ろうぜ」

 『はい』



 そして、二人の姿は再び光に包まれた。















 『着きました』

 「しかし、このものみの丘だけを見てると時を移動してるなんて信じられないな……」

 『ここは想いの力が特別集まりやすい場所ですからね。おそらくあと千年経ってもここは変わらないままですよ』

 「そうなのか?」

 『ええ、ここからだからこそ時を移動することが可能なのですよ』

 「へえ……」



 意外な事実を知って何故か得をした気分になる祐一。

 すると、朱音が何かに気付いて声を上げる。



 『あ』

 「どうしたんだ?」

 『来ました』

 「誰が?」

 『それは……』



 「相沢さんっ!」



 朱音が祐一に説明しようとしたその瞬間、二人だけしかいなかったものみの丘に三人目の声が響き渡った。

 ショートのくせっ毛を弾ませて、ふうふうと息を切らしているその少女は、美汐だった。



 「美汐!?」

 「夕食ができたというのに帰ってこないから探しに出てみれば、こんなところにいたのですか!?

  全く、何をしていたのですか、何を考えているのですか、大体その小さい女の子は誰なのですか!?」

 「いや、落ち着け美汐」

 「私は落ち着いています。それよりも私の問いに答え…………って、み、み、美汐!?」



 いきなり念願だった『名前で呼んでもらう』を不意打ちされてパニックになる美汐。

 怒りつつも喜んで、顔は赤くなりつつも目は鋭いままと非常に器用な状態を祐一たちに披露する。

 祐一としても事が事だけに美汐に対して上手く説明に入れずに困ってしまう。



 「朱音、何とかしてくれ……」

 『わたくしとしては見ていて楽しいので遠慮したいのですが……失礼、わかりました』

 「……どうするんだ?」

 『ちょうどいいですから彼女の≪想力の覚醒≫を今のうちにやってしまいましょう』

 「あいつ、パニック状態だけどそんなことが出来るのか?」



 いまだに赤い顔で「いきなりだなんてそんな酷なことはないでしょう……」などと呟いている美汐を指差しつつ祐一が言う。

 だが、朱音はそんな美汐の醜態に頓着することはなかった。



 『まあ、先程回収してきたこの《慈愛の結晶》を彼女の心に渡すだけですし』

 「えらく簡単そうだな……で、心に渡すってどうすればいいんだ」

 『貴方の手でこれを彼女に渡してあげてください、

  そうすれば過去の世界の彼女の心が……貴方に救われた天野美汐の心が、『現在』の天野美汐の心に届きます』

 「わかった」

 『では、これをどうぞ』



 朱音はそう言うと《結晶》を祐一に手渡す。

 祐一はそれを大事そうに両手で持つとゆっくりと美汐へと近づいた。

 真琴が消えてしまってからどうしても埋められなかった美汐との心の距離を近づけるかのように…………ゆっくりと。



 「……相沢、さん?」



 そんな祐一の身にまとう雰囲気を読み取ったのだろうか。

 美汐は気を落ち着けることに成功し、自分に近づいてくる祐一を待った。

 祐一が持っている淡い光を放つ球体状のものからは、何か懐かしいような…………昔、自分が無くしてしまった大切なもののような、

 そんな気配を彼女は感じた。



 「……祐一……さん……」



 だから美汐にできることは、ただ自分の大事な人の『名前』を呼ぶことだけだった。

 そして、少年は少女の前に辿り着く。

 少女の心のパズルを完成させる最後のカケラを持って。



 「美汐……受け取れ」

 「……これは」

 「俺とお前と佐祐理さんと香里が交わした『約束』の一部だよ」



 そう言って祐一は美汐に微笑んだ。

 三人の少女と交わした約束を果たすために。

 そして、《結晶》を美汐に渡す。

 自分の想いも乗せて。



 「祐一さん……笑って……?」

 「……よかった、笑えてるんだな? 俺は」

 「え?」

 「久しく笑ってなかったから自信がなかったんだ……けど、これで約束の三分の一は果たせた。

  お前の―――――美汐の前で笑えた」

 「……あっ」



 キィィィ―――――ン



 久しぶりに見る祐一の笑顔。

 それを見たとき、美汐の手にあった《結晶》の輝きが大きくなり、その光は辺りをつつんだ。















 「い、今のは……?」

 「……《結晶》が消えた……?」



 そして、その光が収まったときには、美汐の手にあった《結晶》は消えていた。

 かわりにそこにいたのは、朱音とほとんど同じ背格好(ただしスカートはズボンという違いはあったが)で

 緑色の髪をツインテールにした少女だった。



 「えっ……?」

 「君は……って美汐?」



 少女に声をかけようとした祐一だったが、美汐の様子にそれを中断する。

 何故なら美汐は涙を流していたのだから。



 「なっ、ど、どうしたんだ?」

 『記憶が……流れ込んでいるようだね……』

 「えっ?」

 『美汐には今……貴方が行った過去の記憶が流れ込んでいるんだ。だから、その影響で感情が抑えられず涙が流れているんだ。

  さっき貴方が美汐に渡した結晶には過去の美汐の想いだけではなく記憶も入っているから……』

 『わたくしたちの記憶も入ってるんですよ……宮樹?』

 「朱音?」

 『祐一さん、この子の紹介が遅れました。ほら宮樹、ちゃんと自己紹介しなさいな』

 『初めましてだね、祐一。ぼくの名前は宮樹(みやき)……一応朱音と同じ想精で美汐に宿りし第二の鍵だよ……』

 『一応って何ですか、一応って……!?』

 「朱音、話が進まないからそれくらいにしとけ」

 『そうそう、祐一の言うとおりだね』

 『貴方が言うことではないです!』

 「……はぁ……」



 突然目の前で始まる見た目子供同士の喧嘩に溜息をつくしかない祐一だった。















 「……祐一さん」

 「ん? ああ、もう平気なのか?」



 説明役の二人が言い合いを始めてしまい、困っていた祐一に美汐から声がかかる。

 話し掛けてきた彼女の瞳から涙が消えていたので、祐一は取り合えずほっとして返事をする。



 「……お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

 「いや、仕方ないさ。よくはわからないがいっぺんにいろいろ流れ込んできたんだろう?」

 「はい、今まで祐一さんが何のために何をしていたのか……朱音さんや宮樹のことも……全部」

 「そうか」

 「すみませんでした……私たちとの約束のためとはいえ、祐一さん一人に頑張らせてしまって」

 「別にそんなんじゃないさ。ただ、俺がもう一度お前らと一緒に笑って過ごしたいって思っただけだ」

 「それでも……」

 「俺はな、自分がどうなっても美汐たちさえ笑えるようになればそれでいいと思ってたんだ。

  でも、やっぱり俺も笑っていたいと思えたのは…………お前らのおかげだから。

  だから、謝罪も感謝もいらない。つーか俺の方が言いたいぐらいだ。

  それに、だ……俺が成すべきことはまだ終わってないしな」



 ニヤッ、と笑って美汐に反論の余地の無いよう言い切る祐一。



 「……はぁ……わかりました」



 美汐は祐一の言葉が不服だったのだが、やがてこれ以上反論しても無駄だと察して諦めた。

 ちなみに想精二人はというと……



 『あんまり興奮するとしわができるよ……』

 『想精にしわができるわけ無いでしょう!?』



 まだ、言い合っていた。



 「さあ、腹が減ったし、あとは飯のときにでも話そうぜ」

 「ふふ……全く祐一さんはしょうがないですね……」



 先程までのシリアスな雰囲気はどこへ行ったのか、生き物の本能(食欲)に忠実になった祐一。

 そんな祐一に美汐は笑みをこぼすのだった。 















 「なあ、美汐」



 ものみの丘からの帰り道(朱音は宮樹におちょくられながらついてきている)、祐一はふと疑問を口にした。



 「なんですか祐一さん?」

 「俺のこと祐一って呼んでくれるようになったんだな」

 「なっ……さ、先に祐一さんが私のことを美汐っておっしゃったではないですか」

 「俺はあっちの世界の美汐をそう呼んでいたからついそのままお前にも使っちまったんだ、嫌だったか?」

 「い、いえそんなことはありません。むしろ嬉しいです」

 「嬉しい? なんでだ?」



 思いっきり『素』で美汐の言葉に疑問を言う祐一。

 美汐はそれを聞いて目にはっきりと見えるほど肩を落としてしまう。



 『……自分の想造者ながらあの鈍感さはどうにかなりませんかね』

 『……そこらへんは……美汐が頑張るしかないと思う……』



 祐一のあまりの鈍感さに想精二人はそんなことを話す。

 そして、そんな二人の話が聞こえたのか…………美汐はある決意をして口を開いた。



 「……理由、知りたいですか?」

 「まあな」

 「なら、耳を貸してください。他の人に聞かれるのは恥ずかしいですから」

 「何が恥ずかしいかはわからんが、わかった」



 美汐の言葉に従い、耳を美汐に近づける祐一。

 美汐はそんな祐一の耳に口を近づけ……



 チュッ



 『えっ!!』

 「!!!!!!」



 ……ないで頬にキスをした。



 「え、え、え、え、え?」

 『……やるね、宿主……』

 『な、なんて羨まし……ではなくふしだらな』



 突然の美汐のアクションに祐一たちは三者三様の反応を見せる。



 「……これが……その、理由ですよ」

 「え、あの、その、だって、うえ!?」



 流石の祐一も、これには美汐の言いたいことがわかったらしく、意味不明な言葉と共に混乱してしまう。

 美汐はそんな祐一を見つつも、頬の赤いままに言葉を続けた。



 「全てが終わるまでは別に返事はしなくていいですよ、流石にそこまでするのは先輩たちに悪いですから」

 「な、何を言ってるんだ?」

 「全部が終わるまでにはわかりますよ。そのときには……頑張って下さいね」

 「何をだ!?」

 「さあ、行きましょう。今日の夕食は自信作なんですよ」



 そう言って祐一を置いて走り出す美汐。



 『頑張って下さい』

 『……頑張ってねー』



 美汐に続いて行く朱音と宮樹。

 残された祐一は、呆然としつつも嬉しさと複雑さの入り混じった表情でそれを見送るのだった。















 「……家に着けばまた顔をあわせることになるっていうのに……でも、ま、頑張るさ。答えは……まだ出せないけれど、な」




 あとがき

 美汐編終了です。
 そして二人目の想精こと宮樹登場。
 微妙に美汐が積極的ですが、勢いに任せてということで一つ。
 次回は閑話、そして香里編です。