『奇跡のkey』



第八話 〜奇跡への一日目、商店街と幼なじみ〜
















 空を見上げる

 夕焼けの紅い景色があの嬢ちゃんのことを思い出させる

 夕焼けと同じ色のカチューシャを身に付け

 背中に背負ったリュックには天使の羽を模したアクセサリー

 自分に子供がいたとしたらあんな娘に育っていただろうか…………

 ―――――まさか、食い逃げはしないとは思うのだが

 よくあの嬢ちゃんと一緒にいたあんちゃんは嬢ちゃんがここに来なくなって以来元気がなくなったと思う

 今日は別の嬢ちゃんと一緒にいたのを見たがどこかやはり以前のあんちゃんとは違って見えた

 ま、いくらなんでも突っ込んであんちゃんに聞くわけにもいかねえしな…………立ち入ったことかも知れねえし

 ただ、願わくばあの二人が俺の鯛焼きを食べて笑う姿をまた見たいもんだ

 …………ん? どうやらお客さんがいらっしゃったようだ 

 さぁて仕事だな、鯛焼き焼いていつまでも待ってるぜ、嬢ちゃん















 ―――――ただし、代金は払って貰うけどな















 『着きましたよ。ここが七年前―――――過去の世界です』

 「ここが…………」



 きょろきょろ辺りを見回す祐一。

 先程までと全く変わらない景色だったが感覚でなんとなくここは違う世界―――――過去の世界だと認識する。

 と同時に自分の成すべきことを再認識し気合を入れる。



 「よっし…………さあ行くとするか」

 『行ってらっしゃいませ』

 「ああ、行ってくる…………ってついて来てくれないのか?」



 せっかく気合を入れたのに肩透かしをくらった気分になる祐一。



 『ついて行っても別によろしいのですが…………いいのですか本当に?』

 「ああ、そっちの方が心強いし。なんか問題でもあるのか?」

 『はい。この世界ではわたくしの姿は貴方以外に見ることは出来ません、

  すなわちわたくしと街中で会話すると電波な人と勘違いされます。

  よしんばわたくしの姿が他の方に見えたとしても貴方が特殊な性癖をお持ちであると誤解されると思うのですが』

 「…………すまない、前言撤回する。やっぱりついて来てもらうのは遠慮するよ」

 『それはそれで面白いのですが…………失礼、それが懸命な判断だと思います』

 「じゃ、今度こそ行ってくる」

 『待ってください』



 待ったをくらいガクッとなる祐一、しかしなんとか転ぶのは回避する。

 朱音はクスクス笑っている、どうやらこのタイミングを狙っていたようだ。



 「なんだよ」

 『注意事項が二つありますのそれを聞いてから行ってください』

 「注意事項だって?」

 『はい、まず一つ目ですがこの世界にいる相沢祐一とは接触しないで下さい。

  本来この世界では貴方は存在しないはずの人間。

  故に貴方たち二人が直接関わってしまうと世界に歪みが起こる可能性があるのです』



 じっと真剣な表情で祐一を見つめる朱音。

 その瞳に映る意思は何か言葉以上のものを含んでいるようだった。

 当然祐一もそれに気がついていたのだが朱音が語らない以上聞くべきことではないと考え相槌を打つ。



 「わかった。まあ自分の行動パターンぐらい把握してるんで大丈夫だとは思う」

 『二つ目は時間です』

 「時間?」

 『先程も申し上げた通りこの世界ともとの世界はリンクしているわけではないのでこちらの世界で過ごした時間は

  もとの世界でも流れています』

 「つまり、タイムリミットがあるってことか?」

 『そうです。今日の場合すでに夕方ですし美汐さんにも夕飯までに帰るといった以上素早い行動が求められます』

 「了解。では三度目になるが…………行ってくるよ」

 『御武運を』



 駆け出す祐一。

 そしてその光景を見つめる朱音の顔には静かな微笑みがたたえられていたのだった。

 演出なのか何故かその手には火打ち石が握られていたのだが。















 「…………しまった…………」



 取りあえず商店街にたどり着いた祐一だったがある重大な事実に気付く。

 彼は三人の住所を知らなかったのである。



 (しょうがない…………そこら辺の人にたずねてみるか…………)



 そう考えた祐一はたまたま通りがかった華音高校の制服を着た女の子に声をかけた。



 「あの、すみません…………」

 「はい? なんでしょう…………か」



 祐一の顔を見た瞬間、言葉を一瞬詰まらせてしまう女の子。

 まあ、祐一が気がつかない程度の出来事であったが。

 ちなみに祐一の容姿は上の部類に入る。

 しかもここ最近の出来事のせいでよく浮かべるようになった憂いのある表情が妙に似合うようになってしまった。

 ほんの一瞬のこととはいえ女の子はそんな祐一の顔に見とれてしまったのである。

 が、そんなことがわかるはずもない祐一は声をかけ続けることにした。



 「あの、道をたずねたいのですが…………」



 普段の態度は何処へやら。

 いつもは佐祐理と秋子くらいにしか敬意を払わない祐一だったが流石に道を尋ねるだけに物腰が丁寧になる。

 美汐がこの祐一の様子を見ればさぞかし驚くに違いない。



 (ど、どうしよう!? これって…………ナンパ、だよね。うわっ、うわぁぁ〜!)



 が、当の道を尋ねられた女の子は口を開かない。

 祐一本人は気がついていないが彼の声のかけ方はとりようによってはナンパに見える。

 そして女の子はお約束どおりナンパだと誤解をしていたのである。



 (で、でも私こんなこと初めてだし…………で、でもこの男の子結構カッコイイ…………)



 沈黙の中頭の中でパニックを起こしている女の子。

 どうやらこういう出来事(男の子に声をかけてもらうこと)は初めてらしい。

 しかし、そんなことがわからないないため、女の子が喋らないことに心配になった祐一が女の子の肩に手をかけ、揺さぶろうとしたその時。



 「あ、あのっ!!」

 「は、はい」



 いきなり、女の子が再起動する。

 祐一はびっくりしたものの話の続きができると一安心する。

 だが女の子は…………



 「わっ、わかりました! お茶くらいならっ」

 「へっ?」

 「でもでも私こういうの初めてだから優しくしてくださいね!」

 「いや、俺はただ道が聞きたいだけで…………」



 何やら誤解しまくりの女の子が暴走を開始。

 周りの人たちは微妙な視線を祐一に送り始めた。

 つい最近似たような視線を受けたことのある祐一は居心地が悪くなり、女の子に悪いと思いつつも逃げるように去っていくのだった。



 「あっ、そうだ。まずはお互い自己紹介しないといけませんよね! …………ってあれ?」















 「まずいな、もう六時前か…………とはいってもどうしたもんか」



 悩みつつ俯いた状態で歩く祐一。

 先ほどのことがあるので道を尋ねようにも迂闊に声をかけることが出来ないのである。

 じゃあ男の人に聞けばいいじゃないかと思われるだろうがそこは祐一とて男。

 どうせ道を聞くなら若い女の子がいいのだ。

 結構切羽詰った状態なのに無駄に余裕のある男である。



 「はあはあ…………祐一君との待ち合わせに遅れちゃうよ…………」



 そんな祐一の前方から息を切らして走ってくる一人の幼い少女がいた。

 当然、祐一は少女に気がつかない。

 少女も急いでいるせいか祐一に気がついていない。



 「…………ん?」

 「うぐぅ!!」



 ―――――ドカッ、バタン!!



 互いの不注意により、激突して道に倒れこむ祐一と少女。

 とっさに祐一は少女をかばうため少女を抱きかかえる。

 しかし、そのせいで祐一は両手が塞がってしまい、受身を取ることもできず背中を地面に強打する。



 「ぐあっ! …………お、おい、大丈夫かお前?」

 「あ、あれ? 痛くない…………あっ」

 「怪我は無いか?」

 「え、えっとその…………うぐぅ…………」

 「いや、それじゃわからないんだが…………えっ、うぐぅ?」



 少女は自分の無事が目の前の祐一のおかげだと認識するも、年上の少年に抱かれていることに気付き

 気恥ずかしさと照れで顔を真っ赤にしてしまう。

 しかし祐一の方はそんな少女の様子を不思議に思うこともなく、少女の発した言葉に衝撃を受けていた。



 (赤いカチューシャ…………この女の子は…………まさか!?)



 取りあえず少女を離し、自分も立ち上がると思考に入る祐一。

 少女は突然黙り込んでしまった祐一を見て怒っているのでは? と不安になる。



 「あ、あの…………ご、ごめんなさい」



 涙声になる少女。

 その声に祐一は思考を中断する。

 そしてぎこちなく作った微笑みで少女を安心させようとする。



 「ああ、ごめんごめん。大丈夫、別に怒っているわけじゃないから」

 「…………ぐすっ、本当?」

 「ほんとほんと。俺のほうこそごめんな…………ちょっとよそ見をしてたから気がつかなかったんだ。怪我はないか?」

 「うん…………ボクは平気。お兄ちゃんは?」

 「俺もピンピンしてるよ…………ほら」



 そう言って祐一は力こぶを作る真似をする。

 少女はそれを見て安心したのかようやく笑みを見せる。

 そこで祐一は気になっていたことを尋ねることにした。



 「ええと…………名前を聞いても良いか?」

 「…………ボクの名前? うん、いいよ。ボクの名前は月宮あゆって言うんだよっ」

 「やっぱりか…………」



 探していた美汐達でなかったとはいえ、思いがけない再会に苦笑をもらす祐一。



 「えっ?」

 「い、いや、あゆが俺の知り合いにあんまりにも似ているもんなんでちょっと気になったんだ」

 「ボクのそっくりさんがいるの?」

 「そうなんだ」

 「どんな人なの?」

 「そうだな…………明るくて、元気いっぱいで…………あゆのように優しい子だな」

 「う、うぐぅ…………」



 祐一に誉められて顔を赤らめるあゆ。

 そんなあゆの様子を見て祐一は微笑ましくなる、どうやら父性本能(?)に訴えるものがあったらしい。



 (ん、待てよ…………この子があゆってことは…………)



 「ねえ、君。ちょっとここで待っててくれるか?」

 「えっ」

 「すぐに戻ってくるから…………な?」

 「う、うん」



 ダッシュでそばにあったある屋台に行って何かを買い、そしてすぐにあゆのもとに戻る祐一。

 その手にあったのは…………



 「あっ、鯛焼きだ〜♪」

 「俺の知り合いの娘はこれが好きなんだ。だからあゆも好きなんじゃないかと思ったけど…………どうやら正解みたいだな」

 「うんっ、ボク、鯛焼き大好き!」

 「それはよかった。じゃあぶつかったお詫びにこの鯛焼きをやるよ」

 「わあ〜ありがとうお兄ちゃん。でも本当に貰っちゃっていいの?」

 「ああ、自分の分もちゃんと買ったから遠慮することはない、いっぱい食べていいぞ」

 「うぐぅ〜〜〜〜〜幸せぇ♪」

 「ははは、そんなに急いで食べないでも誰もとりゃしないって」



 ほのぼのとした空間が二人の周りにできあがる。

 しかし、二つ目の鯛焼きに取り掛かったあゆがふと気付いたように祐一に質問する。



 「ねえ、お兄ちゃんは何をしていたの?」

 「えっ? …………そうだな、なんて言うか………ちょっと探し物をしていたんだ」

 「探し物?」

 「ああ、ある人が無くしてしまったとてもとても大切なものを探しているんだ」

 「ふ〜ん…………あっ、そうだ! 鯛焼きくれたお礼にいいこと教えてあげる」

 「いいこと?」

 「うんっ。あのね、なくし物は一番最後にそれを持っていった場所にあることが多いんだって」

 「最後になくし物を持っていった場所…………」

 「うんっ! 祐一君に聞いたんだから間違いないよ!」

 「俺に?」

 「えっ?」

 「いや、何でもないよ…………祐一ってあゆの友達か?」

 「そうだよっ、祐一君は大切な友達なんだ…………ってああ〜〜〜〜〜〜っ!!」

 「ど、どうした?」



 突然あゆが大声を出すのでびっくりする祐一。

 しかしそんな彼をよそにあゆは慌てた様子で回れ右をする。



 「お、おい」

 「ごめんなさい! 祐一君と待ち合わせしてたのをすっかり忘れてたの!

  これ以上祐一君を待たせたらまた意地悪されちゃうからボクもう行くね!」



 そう言うとあゆは駆け出す、だが…………



 「あゆ!」



 祐一はあゆを見送りつつも大きな声で呼びかける。

 あゆは走るのを止めて祐一の方を振り向く、その表情には「なに?」と書いてあるように見えた。

 そんなあゆを見ながら祐一はありったけの『想い』をこめてあゆに言葉を送った。



 「ありがとな! 探し物の場所、わかったよ!」



 それを聞いてあゆはちょっとびっくりしたような顔になる。

 しかし次の瞬間、あゆはにっこりと笑った。

 それは満面の笑顔で―――――祐一が大好きだったひだまりの笑顔だった。















 「うんっ、どういたしまして!」




 あとがき

 冒頭の回想って言うか独白は鯛焼き屋のおじさんです。
 斬新さを目指してみましたがあまり意味がなかったかも(汗
 何気に改訂前にはいたはずの肉屋のお姉さんが消えてたり。そのせいか今回は改訂部分が多いです。
 で、代わりに出てきた道を聞かれた女の子。妙に存在感が………一発キャラなのに(笑
 また出してくれって声があったらまた出すかもしれません。
 あと、祐一がやたらモテている描写を若干弱めてみました。
 今後もそういう風に改訂される予定。
 やっぱ初対面でいきなり惚れられまくるっておかしいですしね(苦笑
 次回は幼女型ヒロイン登場。