『奇跡のkey』
第七話 〜もう一つの七年前での探し物とやるべき事〜
それは家族のような人たちと
『おい名雪、早くしろ!もう学校に間に合わないぞ!』
『くー。イチゴジャムおいしい』
『あらあら、困った子ね』
そして、この街で出会った大切な人たちとの記憶
『栞…………頼むからもう少し弁当の量を減らしてくれ』
『そんなこと言う人、嫌いです』
『ふふっ、相沢君も大変ね』
それは楽しくて、懐かしくて
『ゆういち〜肉まん食べたい』
『またか…………晩飯が食えなくなるぞ』
『まあまあ、いいじゃないですか相沢さん』
こんな風に笑って過ごせることがきっと嬉しくて
『あはは〜っ、いっぱい食べてくださいね〜』
『もちろん頂きます!佐祐理さんのお弁当は天下一品ですからね』
『はちみつくまさん』
だから
『タイヤキ〜♪』
『おっ、あゆじゃないか。また食い逃げか?』
『うぐぅ、酷いよ祐一君。探し物のついでにちゃんとお金を払って買ったタイヤキだよっ!』
―――――こんな日々があの時はずっと続くと信じていた
「過去であって過去でない世界だって…………?」
『ええ、貴方には七年前の始まりの時…………つまり月宮あゆがあの大樹から落ちる四日前に行ってもらいます』
「ちょっと待ってくれ、つまりそれは過去の世界に行くと言うことなのか?」
『半分正解ですね。申し上げたでしょう? 貴方の知っている過去であって過去ではないと。
現在の貴方が過去に行ってその世界に干渉をすると言う地点でその過去は貴方の知っている過去では無くなります。
いわば貴方がこれから行くのはもう一つの過去の世界なのです。
ですから貴方がもう一つの過去の世界に行っている間もこちらの世界では時間は流れつづけるのです』
「つまり、この世界と今から行くもう一つの過去の世界はリンクしていないってわけか?」
『ご名答。ただし、今はリンクしていないだけですけどね』
「今は、ってどういうことだ?」
『…………それが先程も申し上げた探し物と関わってくるのです』
「さっぱり話が見えてこないが一体どういうことなんだ、説明してくれるんだろう?」
急な話の展開にやや頭が混乱気味になった祐一は狼狽して頭を抑える。
そんな祐一を見て朱音はおかしそうに笑い、手を一振りする。
すると、どこからか優しい風が起こり祐一の周りを包み込むように吹き流れる。
「これは…………?」
『少しお疲れ気味のようでしたので少しだけわたくしの力を使わせていただきました』
「この風が…………確かに何か落ち着く感じがする…………」
『ふふふ、さあ話の続きを始めても大丈夫でしょうか』
「ああ、だいぶ落ち着いたよ。ありがとう」
そう言うと祐一はお礼にと朱音の頭をなでる。
朱音はというとぼんっ、と頬を染めてうつむき、しかし満更でもないように祐一の行為に身をゆだねる。
そして約一分が経過したころ…………
『ふわぁ…………はっ! い、い、いつまで人の頭を撫でているつもりですか、話が進まないではありませんか』
「ん? ああ、すまない。あまりにも良い触り心地だったので、つい…………」
『…………い、いえ別にわたくしも気持ちよかったですし…………ち、違います。
失礼、話の続きをするのでしたね…………で、どこまで説明したのでしたっけ?』
「…………ほとんどしてもらってないのだけど」
『…………失礼、そうでしたね。では、順を追って説明しましょう』
「頼む」
『まず、貴方の探し物についてですが…………厳密に言えば探し物は探すだけではありません』
「…………?」
『探し物は天野美汐、美坂香里、倉田佐祐理の三人の≪想力≫です』
「想力って…………君たちの力の源となる俺も持ってるって言う想いの根源のことだよな?」
『そうです。貴方にはもう一つの過去の世界でこの三人の少女に会い、そして月宮あゆの悲劇の起きるまでの四日以内に
彼女たちの≪想力の覚醒≫の手助けをしてもらいたいのです』
「手助けって…………想力には自分で気付かなければ駄目だってさっき君は言ったじゃないか」
『ええ、ですから「手助け」だと申し上げているのです。どちらにせよわたくしたち想精以外に想力の鑑定はできません。
貴方が成すべきことは過去において苦しむ彼女たちの心を救うことなのです。
何故ならそれが彼女たちの≪想力の覚醒≫につながることなのですから』
「…………それはこの世界では無理なことなのか?」
『ええ、残念ですが。この世界の彼女たちではもはや≪想力の覚醒≫は不可能なのです。
むしろ、わたくしたちを作り出せるだけの想いがあったこと自体が奇跡のようなものですし』
「…………そうか。でも、心を救うと言っても俺は栞や一弥の病気を治すことはできんし天野の狐を助ける方法も知らない。
それなのにどうやって彼女たちの心を救えって言うんだ?」
『貴方はもうその答えを知っているのではないのですか?』
「…………え?」
『確かにこの世界の彼女たちの覚醒は不可能です。
でもそれはイコール貴方が彼女たちを救えなかったということでは決してありません。
貴方が彼女たちを励ましたこと、叱咤したこと、側にいてあげたこと…………
その全てが無駄な行為だった訳ではないのです』
「…………」
『貴方の完全に望むかたちでは無かったとは言え、救えたのですよ貴方は…………彼女たちの心を。
だから、自身を卑下することはありません。
それに失礼ですよ?貴方たちのおかげで生まれることができたわたくしたちに対して』
「…………そっか…………そうだよな、君の言うとおりだ」
『はい。あとはその貴方の彼女たちへの想いをもう一つの世界の彼女たちにも伝えてあげて下さい』
「わかった、やるだけやってみる。それで、何故期限がその四日以内なんだ?」
『樹の想いの力をもってしても世界を行き来するのはその四日が限界だからです。
それに第一の悲劇が起こるまでの四日、この期間が最も貴方に関わる人々の想いが高まるのです』
「なるほどね…………名雪の寂しさ、あゆのお母さんのこと、舞の魔物の出現、真琴との別れ、
全てがその時期に集中しているからな…………」
『そして、貴方と出会わなかった三人の少女たちもその時期に悲しみに暮れています。
それは負の想いに過ぎません…………救ってあげてください、貴方の大事な三人の少女を』
「…………ああ、必ず」
真っ直ぐな瞳で力強く頷く祐一、そんな祐一に多少見とれながらも朱音は話を続ける。
『でないとわたくしたちが仮に力を取り戻してもどうしようもないですし…………』
「どういうことだ?」
『言い忘れていましたが先程申し上げた世界の上乗せというのは貴方が干渉したもう一つの過去の世界の七年後を
この世界に上乗せすると言うことなんです』
「ああ、さっきの今はリンクしていないっていうのはそういう意味か」
『はい。確かにわたくしたち全員の力が完全に使えるようになれば不治の病気を治すことも、狐を人にすることもできます。
しかし、心だけはどうにもなりません。人の心を救うのは人の心でしかできないことなのです。
悲劇を回避しただけでは問題は解決しないでしょう?』
「確かにな」
『だからそういう意味もこめてこの探し物は貴方にしか出来ないことなのですよ。
…………さて、説明も大体終わりましたしそろそろ行きましょうか、もう一つの過去の世界へ』
「わかった。早くすませて帰らないと天野にどやされるしな」
『彼女、晩御飯を用意してるでしょうからね』
「まあな…………あれ? 俺、そのことを君に言ったっけ?」
祐一が不思議そうに訊ねると朱音はうっかりしてました、という表情になる。
『…………失礼、そういえばこのことについては説明しておりませんでしたね。
実はですね。貴方の想い、いわば心に宿る想精であるわたくしには貴方の心がある程度わかるのです』
「なるほど、だからさっき俺が思っていることがわかったってわけか」
『ええ。お嫌だとは思いますがこういう風にできているもので…………驚きましたか』
「少し驚いたけど…………別に嫌と言うわけじゃないよ。
それに驚くと言う意味なら今までの話の方に驚くだろう、普通は」
『…………それもそうですね』
「さ、この話はこれぐらいにして行こうぜ。で、俺はどうしていればいいんだ?」
『別にどうかしていないというわけではありませんが…………一応目をつぶっておいて下さい。
世界を渡る瞬間、眩しくなると思いますので』
祐一は戸惑いも迷いもなく目をつぶった。
それを確認して朱音も目をつぶり両手を空に掲げる。
すると二人の周りに光が溢れ二人を包み込んでいった―――――
『ここから全てが変わっていきます、その変化が貴方の望むものになるかは…………貴方たちの想いのみぞ知る』
あとがき
過去導入編終了です。
Kanonで逆行する話はいくつかありますがそのほとんどは精神のみの逆行、
だから本作では現在の姿のまま祐一に過去へ行ってもらうことにしました。
逆行系はどうしてもネタがかぶるので差異を出すのに頭をひねりまくりです(汗
次回からは過去改変編が始まります、七年前の世界に降り立った祐一が出会うのは?