『奇跡のkey』



第六話 〜出会いを果たす少年と鍵(後編)〜
















 先程から話を続けている朱音と奇跡の担い手となりし相沢祐一という少年

 実体化できない私たちは宿り主となるべく人間のもとへ≪飛ぶ≫準備をする

 想いに宿りたる私たちの存在は宿り主がいない今、朱音のように『個』としての心を持てない

 朱音を見ている限り想造者によって私たちの容姿や性格は決定されないらしい

 この少年の心から朱音のような想精(そうせい)が生まれるとはとても考えつかないからだ

 朱音がこの少年の想いによって想造された以上仕方の無いことではあるのだが

 はっきり言って自分たちの不運を嘆かずにはいられない

 別に私たちの想造者に問題があるわけではない

 まだ直接会ったことは無いもののこの少年の大切な人間だ、きっと良い人間なのであろう

 しかしそれでも自分たちを不運と考えてしまうのはきっと

 この相沢祐一という少年に惹き付けられる『何か』があるからなのだろう

 本来開くはずの無い奇跡の扉を開く資格を有することができたように―――――















 『何を失礼なことを仰っているのですか貴方たちは…………!?』















 ビクゥッ!!



 と三つの光が何かに怯えるように震える。

 それを見た祐一は何かあったのかと朱音に尋ねるが彼女は何でもないですと言い再び祐一の方を向く。

 名前を名乗った後、黙って後ろの三つの光の方を向いていた朱音だったがどうやら用件が済んだようだ。

 本当は四人(?)のやり取りが気になった祐一だったが取りあえず話を進める方を優先させることにする。

 小声で朱音が「覚えてなさい……」とドスのきいた声で呟いていたのは無視することにしたらしい。



 「それで朱音…………と言ったな君は」

 『はい』

 「奇跡を起こす手伝いをすると言ったが…………」

 『すみません。それを説明する前に少々お時間よろしいですか?』

 「え? ああ、別にいいけど何をするんだ?」



 問う祐一に微笑を向け、手を振り上げる朱音。

 同時に三つの光が輝きを増して空に浮かび上がる。



 『さあ、貴方たちも行って下さい………それぞれの想造者のもとへ………そして想い満たされし時にまたお会いしましょう』



 朱音のその言葉と共に光たちは三方に散らばっていった。



 「…………今のは一体? あの光たちはどこへ行ったんだ?」

 『彼女たちはそれぞれの想造者のもとに行きました』

 「想造者?」

 『わたくしたち想精は想いによって生まれ、形成されます。そしてその源となる想いを発するのが想造者です。

  わたくしの場合、樹と貴方の二つの想いから生まれました、要するに貴方がわたくしの想造者ということになりますね。

  そして心から奇跡を願ったのは貴方を含め四人、つまり彼女たちは残る三人のもとへ向かったという訳です』

 「三人って一体…………」

 『貴方ならもうわかっているのではないのですか? 貴方と同じ願いを持ちし三人の少女のことなのですから』

 「それって―――――」

 『天野美汐、美坂香里、倉田佐祐理―――――つまりはそういうことです」















 同時刻。水瀬家リビング。



 「どうしましょうか…………」



 天野美汐は考えごとをしていた。

 祐一が走り去った後、荷物を放っておくこともできずどうしようもなく途方にくれていたのだが

 偶然通りがかった同じクラスの男子生徒二人が荷物を運んでくれると言ってくれた。

 二人は「この程度『やまとなでしこ』の一員として当然のことです!」などと彼女にはよくわからないことを言っていたのだが

 困っていた彼女はその申し出を受けることにした。

 荷物を持って行く場所を聞かれたので水瀬家だと答えるとどうやら荷物の正体がわかったらしい二人は苦涙を流していた。

 もちろん彼女にはその理由を知る由も無かったので首をひねっていたが…………

 しかし彼女が考えていることはそんな取るに足りないことではなかった。



 「何とか今日の夕食で相沢さんのお嫁さんに合格しなくては…………」



 そう、彼女が考えていたのは夕食のことだった。

 男子生徒二人がとてもかわいそうに思えるが恋する乙女である美汐にはどうでもいいことなのだろう。

 彼女にとって大事なことは如何にしておいしい料理を作って香里や佐祐理に追いつくか、

 その一点に絞られていた。

 そんな風に集中して献立を考えていたのだから彼女は当然気付かなかった。

 緑色の光を発している球体が背中から入り込んでいることを…………



 「決めました、やっぱり和食でいきましょう」















 同じく同時刻。美坂家台所。



 「足下に風〜光が〜舞った〜♪」



 美坂香里は鼻歌を口ずさんでいた。

 しかし手は食器を洗うために絶え間なく動いている。

 その表情は正に満面の笑みと言ってもよく北川以下FC会員40名が見れば感激のあまりむせび泣くであろう。

 さて彼女のご機嫌の理由はというと…………



 「お嫁さんかぁ…………相沢君なら悪くないかな、なんてね」



 この通り昼食時の祐一に誉められたあの一件である。

 美汐も気付いたように昼休み以降の彼女はいつもの彼女とは異なりご機嫌オーラを放出していた。

 学校では皆が驚き、道を歩けば誰もが振り返る、そんな状態だったのである。

 美坂夫婦に至っては一ヶ月前までの引きこもり状態とのギャップに目を白黒させ逆に娘に心配される始末であった。

 ちなみにこの日街の病院には興奮を原因とする鼻血による出血多量で運ばれた患者が運ばれた。

 その患者は頭に触角のようなものを生やしていたのは余談である。



 「小〜さな精たち舞〜い降りる〜♪」



 そんな彼女は祐一の食べたお弁当箱の洗浄に取り掛かる時にはご機嫌最高潮だった。

 だからもちろん気が付かない、自分が歌っている歌詞の通り本当に自分に白い小さな精が舞い降りていたことを…………



 「明日は夕食ね…………メニューはどうしようかしら?」















 更に同じく同時刻。商店街のとあるベンチ。



 「はぇ〜」



 倉田佐祐理はぼーっとしていた。

 彼女は明日の昼食時、愛しの祐一に食べてもらうためのお弁当の材料を買いに来ていた。

 そして今、休憩がてらベンチに座っていたのである。

 ちなみにそんな彼女をナンパしようとした男の数は現在二桁に突入していた(当然みな玉砕であったが)

 実家のパーティー等での資産家のお坊ちゃんとは違い丁重に断ってもなかなか退いてくれない街の男性は彼女を疲れさせていた。

 しかし今はそんな輩もいないらしく彼女はゆっくりとぼーっとしていたのである。



 「やっぱり一人で買い物に来たのは失敗でしたかね〜」



 彼女は今は亡き親友ならばともかく自分がどうして見知らぬ人に先程から声をかけられるのかわからなかった。

 祐一、香里、美汐もそうであるが彼らは自分の魅力と言うものが全くわかっていないのである、

 まあ、この四人の場合自分の好きな人にさえ見てもらえれば他はどうでもいいという所があるのでしょうがないのではあるが。

 祐一について来てもらえば済む問題ではあるのだが今日の場合美汐がその権利を有するという暗黙の了解がある。

 とはいえ祐一が一緒にいればナンパは来ないだろうが別の意味で疲れることになる可能性もあっただろう。

 実際、佐祐理の座っているベンチの目の前の道で数十分前に祐一と美汐の大騒ぎがあったのだから。

 しかしそんなことを知る由も無い彼女は無いものねだりをしながらひたすらぼーっとするしかなかった。

 背後で青く輝く光に気付くことも無く…………



 「夕陽が綺麗ですね〜」















 そして、再びものみの丘。



 『今ごろあの三つの光は彼女たちのもとにたどり着いて彼女たちに宿り、眠りについたでしょう』

 「眠りについたって…………君のように実体化しないのか?」

 『できないことはないと思いますが…………彼女らの場合≪想力の覚醒≫をしていないので難しいですね』

 「≪想力の覚醒≫?」

 『はい、わたくしたち想精が力を発動する場合想造者の想いがそのエネルギーとなります。

  想造者には正義や友情といった想いの根本となる≪想力≫と呼ばれるものが個別にあり

  それが最高に高まった時を≪想力の覚醒≫と呼びます。

  想精は実体化する程度の力でも想造者の覚醒が済んでいなければ引き出すことは難しいのです」

 「ってことは俺はその≪想力の覚醒≫とかいうやつは済んでいるってことなのか?」

 『…………いいえ、厳密に言うとまだ貴方も覚醒は済んでいません。

  ただ、貴方の場合他の方たちよりも想力が大きかったから覚醒をしなくともわたくしは実体化できたのです』

 「そうか…………ところで俺の想力って一体何なんだ?」

 『それくらい自分で考え…………失礼、それはわたくしの口から言うわけには参りません』

 「何でだ?」

 『わたくしが口でお伝えするものでもありませんし、ご自分でお気づきにならないと覚醒は出来ないからです』

 「言われてみればそりゃそうだな…………

  それで?俺たち四人が≪想力の覚醒≫をして君たちが力をフルに使えるようになったら何が起こるんだ?」



 祐一がようやく本題に触れると朱音は待ってましたといった感じで微笑んで一言。



 『奇跡、ですよ』



 と言った。



 「奇跡って一言で言われてもな…………」

 『貴方と貴方の大切な三人の少女の願った奇跡がわたくしたちには起こすことが出来る、ということです』

 「なっ…………」

 『貴方たちが心から笑いあえる世界。つまり今の世界に全ての悲劇がなかった世界を上乗せするということ、

  それがわたくしたちの出来ることで生まれてきた理由であり願いでもあるのです』

 「そんなことができるのか!?」

 『出来ます。ただし貴方にはその奇跡のために成さねばならないことがあります』

 「にわかには信じがたい話だけど…………何をすればいいんだ」



 祐一は真剣な顔で朱音を見つめる。

 朱音も祐一をじっと見つめる。

 どれくらいの静寂が流れただろうか、時間にすれば数十秒も経っていないが祐一には永遠にも感じられた数十秒だろう。



 その数十秒で祐一は理解していた。

 成さねばならないこと、例えそれがどんなに困難なことであれ―――――自分の命に関わることであっても

 成し遂げねばならぬことだということを。

 そんな祐一の心情を読み取ったのだろうか、朱音は祐一を安心させるように微笑み、そして口を開いたのだった。 



 『そんな大仰に構えなくても大丈夫です。簡単なことですよ、貴方には探し物をしてもらいます』

 「探し物?」



 思ったよりも簡単そうなことに祐一は拍子抜けする。

 ただ、朱音は悪戯が成功した子供のようににっこりとして話を続ける。















 『―――――ただし、探してもらう場所はこの世界ではなく貴方の知っている過去であって過去でない世界ですけどね』




 あとがき

 後編終了です。思い切りイントロダクションな話でした。
 伏線らしきものをはってみましたがモロバレなのは仕様です。
 華音高校四大FCのうち三つまでが今回で明かされました。
 ラスト一つは……まあこれもバレバレですね(苦笑
 次回はまだ説明の続きですね、いよいよ物語が始まります。



 キャラ紹介A 朱音(あかね)

 始まりの大樹より生まれし四人の想精の一人で祐一の想いにより生まれ、祐一の想力『??』を力の糧としている。
 外見は小学校低学年ぐらいで赤い髪をおさげにしている。妖精の服をロングスカートにした感じの服装。
 性格はマイペースで丁寧な喋り方だが結構毒舌。口癖は「失礼」