『奇跡のkey』
第五話 〜出会いを果たす少年と鍵(前編)〜
走る
ただ、ひたすら走る
理由は自分でも分からない
ただ、その先に彼女たちの笑顔を取り戻せる『何か』があると
そう、思った
目指すはものみの丘
真琴と出会い、別れた想い出の場所で
夢で指定された場所
待ち受けるは天使か、それとも悪魔か
いや、そんなことはどうでもいい
俺が願うことはただ一つ―――――
「あいつらが心から笑えるようになるのなら…………天使でも悪魔でもどんと来いってんだ」
「取りあえずものみの丘に到着したが…………」
呟きつつ辺りを見回す祐一。
しかし、何も見当たらないし何かがいる気配も全くしない。
もちろん、あの夢の声の主がいる様子も無い。
ただ、静かに草木が風邪になびいて揺れているだけである。
だが、そこで祐一はあることに気付く。
(待てよ…………何もいないだって!?)
そう、ここは開発の影響を受けず自然がそのまま残るものみの丘である、
人はともかく動物までもが全く見当たらないということはありえないはずなのだ。
怪訝に思い、注意深く辺りを見る祐一。
―――――その時、プツンと再び音が消える。
「………っ!? これは、商店街のときと同じ!?」
『ようやく来て下さったのですね、相沢祐一さん』
「この声はあの夢の! 君は一体どこにいるんだ?」
『ここです』
「えっ?」
『貴方の足元ですよ』
「足元?」
そう言われ、祐一が足元を見ると何やら色とりどりの小さな球体状の光が四つほど見える。
その四つの光の中から前に出てくる赤い光。
どうやら、先程から祐一に話し掛けているのはこの赤色の光らしい。
「…………!? 一体、これは!?」
『ああ、この姿ではわかりづらいですね。それでは人間ごときでも分かりやすいように………失礼、
貴方にも見ることが出来るような姿をとりましょう』
「…………(今、何かすごいこと言わなかったか?)」
『気にしないで下さい』
「えっ、今の声に出したか?」
『それは後でご説明します。少しの間目を閉じていて下さい、眩しいと思いますので』
「え? ああ、わかった…………」
いろいろ気になるところがあったが祐一は取りあえず言われた通りに目を閉じる。
すると、目を閉じているにもかかわらず光が目の前で溢れているのを感じた。
しばしの間、祐一はその感覚を不思議に思いながらも楽しむ。
そして、光が収まったと感じると同時に声がかけられる。
『どうぞ、目を開けて頂いて結構です』
祐一が目を開くと目の前には一人の少女が立っていた。
少女は小学校低学年ぐらいの見た目で、髪の色は赤くおさげにしている。
服装は童話に出てくる妖精のようで―――――ただし、ロングスカートという点を除いてだが可愛らしかった。
その顔は無表情で、丁寧な口調とあわせてどこかひと昔前の美汐のような感じだと祐一は思った。
まあ、今も表情豊かとはとても言えはしないが、と付け加えておく。
『初めましてですかね、この姿では』
「…………君はさっきの赤い光か?」
『そうです。貴方たち人間で言う妖精をイメージしてみました、なかなか可愛いでしょう?』
「まあ…………そうだな。でも、妖精はロングスカートなんてはかないと思うぞ」
『ロングスカート、好きなんです』
「…………そうなのか?」
『そうなのです』
「…………」
『なにか?』
「…………まあいい。ところで夢の中で俺に話し掛けてきたのは君か?」
『その通りです。私たちに会いに来てもらうために貴方に夢という手段を取らせて頂きました』
「その理由は?」
『それは今からご説明いたします。しかしその前に一つだけ貴方にお聞きしておきたいことがあります』
「聞きたいこと?」
『とても大事なことです。そして、とても大切なことでもあります』
「…………何だ」
真剣な様子に祐一も心を落ち着けて少女の言葉を待つ。
そんな祐一を見て、少女はゆっくりと口を開く。
『貴方はまだ、奇跡を信じていますか? そして、彼女たちを本当の笑顔で笑わせてあげたいと心から願っていますか?』
「―――――!!」
それは夢でも問われた質問だった。
叶わぬ願い、叶わぬ奇跡。
美汐、香里、佐祐理と結んだただ一つの約束。
いつ果たされるかもわからない約束。
祐一がたった一つ願った奇跡。
それは祐一にとって考えるまでもないこと。
確かな想いを胸に宿し、祐一は答えた。
「何度だって答えてやるさ、俺は今でも奇跡を信じてる。いや、いつだって願ってる。
あいつらの本当の笑顔が見たい、あいつらが幸せそうに笑っているのを見たい、
それを心から願っている。なぜならそれが今の俺のたった一つ願う奇跡だから」
そう答えた祐一を見て、少女は微笑んだ―――――ように見えたのは祐一の気のせいではないだろう。
少女の足元にいる残りの三つの光たちも心なしか嬉しそうにしているように祐一は見えた。
『そうですか…………合格です』
「合格?」
『はい。わたくしたちが力を貸すのに満足行く解答でした』
「力を貸すって…………一体何に?」
『貴方と彼女たちの願いを叶える、つまり奇跡を起こすための力を貸すということです』
「何だって!?」
信じられないことを聞いた祐一は少女に詰め寄り真剣な顔で少女を見つめる。
詰め寄られた少女は祐一の真剣な顔を間近で見て顔を髪の色と同じように赤く染める。
三つの光たちも己の色に朱が混じっているように見える。
しかし、興奮している祐一は彼女たちのそんな様子に気付くことはなく、少女を見つめ続ける。
(ふぁ…………はっ、いけないいけない。わたくしが人間に見とれるなんて…………
で、でもこの御方凄く凛々しくて素敵です…………)
(((うんうん)))
(しかしながらこの御方がわたくしの宿主になるのなら…………わたくし生まれてきて幸運だったのかも知れません)
(((…………羨ましい…………)))
(まあ、彼のような御方にはわたくしのようにしっかりとしていて才色兼備な者がつくべ………失礼、
貴方たちは運が無かったと想って諦めて下さい)
(((こ、この女は…………………)))
(ああ、そろそろお喋りをやめないと彼が不思議がりますね。わたくしは説明を続けなければいけませんので、
貴方たちはそろそろ≪飛ぶ≫用意をしておいて下さいね)
(((…………………………了解)))
少女と三つの光の会議(?)も終了し、祐一の視線にも何とか慣れた少女は言葉を続ける。
『貴方と貴方が大切に想っている三人の少女たち、四人の願いが届いたのですよ』
「届いたって…………一体誰に?」
『始まりの大樹、と言えばお分かりになりますか?』
「なっ!?」
『わたくしたちはあの樹より生まれたのです。貴方も夢で見たでしょう?』
「…………ああ」
『信じられないのはわかります。しかしこれは現実です、樹は貴方たちの想いを受け取り、
そして自身の想いを乗せてわたくしたちを生み出したのです。
今一度、奇跡の扉を開くために』
「…………」
『信じられませんか』
「…………信じるさ」
『…………え?』
「あの樹にはどんなに悲しい記憶があると言えども、俺とあゆの想い出の樹だからな。
それに、ここに来る前に決めていたんだ。奇跡が起こせるのなら天使でも悪魔でもかまわないってな。
だから…………信じるよ。君の言うことも、奇跡が起こせると言うことも」
祐一の真摯な瞳が少女を見つめる。
しかし、少女は先程のように顔を赤らめず、ただ嬉しそうに微笑んでいた。
『…………成る程、樹が貴方の願いを聞いた理由がわかった気がします。
しかし、天使はともかくとして悪魔は酷いのではないのですか、こんなにもいたいけなわたくしを前にして』
「ああ、すまない。だけどそういうことは口に出して言うものでは無いと思うぞ」
『失礼、以後気をつけます』
「まあ、かわいいとは思うよ。少なくとも俺は」
『…………ど、どうも有難うございます』
祐一の言葉にぽっと頬を染める少女。
相沢祐一、天然で女性を口説く男だった。
「んで、こちらからも聞きたいことがいっぱいあるんだが…………取りあえず聞いておきたいことが一つある」
『何でしょうか?』
「君の名前はなんて言うんだ?」
祐一の言葉に少女は忘れていた、というような表情になりおかしそうに微笑む。
そして、ペコリと頭を下げて言った。
『わたくしの名前は朱音(あかね)―――――貴方の想いに宿りし第一の鍵です』
あとがき
第一の鍵こと朱音登場。
個人的にはお気に入りのキャラなので今後も活躍予定です。
あの毒舌が人気の秘密らしいです(笑
次回は朱音によるこれからの説明です。