『奇跡のkey』



第四話 〜奇跡たちに出会う日の放課後と下級生〜
















 放課後、私は学校の門のところで相沢さんを待つ

 ほんの一ヶ月ほど前、私の生涯で二番目の親友がしていたように

 彼女―――――真琴は一体どういう気持ちで相沢さんを待っていたのだろうか

 今の私の様に恋人を待つような感じで少しドキドキしながら待っていたのだろうか  

 …………今となってはもう確認のしようも無いことですが

 『あの子』の様に真琴が消えてしまってから約一ヶ月

 相沢さんは私が願った通り強くあってくれている…………様に見える

 私がそう思ってしまうのはやはり相沢さんが笑ってくれないせいだろう

 そんなことを考えていると相沢さんが「よう、天野」と声をかけつつ私に近づいてくるのが見える

 そんな相沢さんに私も挨拶を返す、そんな日常の一コマ

 しかし―――――















 (いい加減、私のことも美汐、と下の名前で呼んで欲しいのですが…………)














 「どうしたんだ天野? 溜息なんてついて。溜息を一回するごとに幸せが逃げていくっていうぞ?」

 「…………そうですね」

 「なんか悩み事でもあるのか?俺で良かったら相談して欲しいところなんだが」

 「まあ、悩み事なら多々ありますが…………とりあえず目下一番の悩み事は今のところ解消される節は全くありませんし」

 「なんだそりゃ。俺じゃ力になれないことなのか?」

 「いえ、むしろ相沢さんにしかどうにかできないことなんですが」

 「なら遠慮せずに言ってみてくれよ」

 「言えないから悩み事って言うんですよ相沢さん」

 「どっかで聞いたことのある台詞だな…………」

 「は?」

 「いや、別にたいしたことじゃないんだ…………そろそろ行こうか天野、

  晩飯の買い物に行くんだろう? 荷物持ちしかできんが付き合うぜ」

 「えっ、いや、その…………」

 「何だ? そのために俺を待っていたんだろう?」

 「ええ、まあ半分はそうなのですが…………」

 「半分は?じゃあ残りの半分の理由は?」

 「それは…………ってそんなこと言えません!」

 「…………? 別にいいじゃないか。さっきの悩み事の件といい隠し事が多すぎるぞ天野」

 「誰の所為だと思っているんですか」

 「誰の所為なんだ?」

 「…………もういいです」

 「あっ、待ってくれよ天野」



 あまりに鈍感な祐一に再び溜息をつき、歩き出す美汐。

 美汐の意図がさっぱりわからず首をかしげ、顔中ハテナ顔で美汐について行く祐一。

 そんな二人を道行く人々は不思議そうに見る。

 取りあえず美汐の悩み事が解消されることは当分無い様である。



 (もう半分の理由は相沢さんと二人きりで帰りたかったということに決まっているじゃないですか、

  そんなことにも気づいてくださらないなんて人として不出来なほど鈍感です)















 「そう言えば相沢さん?」



 商店街を二人で歩いていると突然美汐が祐一の方に振り向く。
 
 祐一はというと先ほどのことをまだ考えていたらしく、美汐が振り向いたことに気づくのが遅れてしまう。

 結果、二人はお互いの顔が後ほんの数センチというところまで接近する。



 「はひっ!?」

 「うおっ!?」



 小さな悲鳴をあげて慌てて離れる二人。 

 その顔は二人ともこれでもかっ! というほど赤く染まり、頭からは湯気が沸いているようにすら見える。

 そしてパニック状態開始。



 (い、い、今何が起こったのですか!?相沢さんのお顔が私の目の前に………………

  もう少し反応が遅かったらキス、いえ、口づけ!?

  ではなく、私は何を考えているのでしょうか…………はしたない

  で、でも相沢さんでしたら私…………)

 (な、何が起きたんだ今のは!?た、確か俺は考え事をしていて、天野に呼ばれたから顔を上げて…………

  そしたら天野の顔が真っ正面にあって…………いや、そうじゃなくて、

  天野…………近くで見ると改めて思うがかわいい顔だよな…………ってそうでもなく!!

  ああ、なんか混乱してきた…………)



 支離滅裂にパニックを続ける二人。

 はっきり言って商店街の注目の的となっている。美汐はともかく祐一は商店街でもいろいろ有名なためどんどん人が集まる。

 ようやく二人が正常な状態に戻った頃には二人を囲んで人垣ができていた。

 それに気づいて二人は更に顔を赤くし、祐一は羞恥で固まっている美汐の手を引っ張りその場を脱出する。

 それを見て人垣から歓声があがるが幸か不幸か二人には聞こえていなかった。



 (もう、ここの商店街には来れません…………)

 (通学路、今度から変えようかな…………)



 二人がこう思ったのも無理は無いといえる。















 そしてその後…………



 「おうっ、祐一君さっきは大騒ぎだったらしいじゃねえか!そっちが恋人さんかい?

  よし、二人に特別サービスだ!これも持って行ってくれ!(八百屋の親父)」



 「見てたわよ祐一君! いやあ青春よねえ…………わたしももう少し若かったらねえ…………

  あっ、これはオマケね。そちらの彼女さんと二人でどうぞ♪(魚屋のおばさん)」



 「祐一君、そちらが例の彼女なの?…………いえ、何も言わないでいいのよ。

  敗者はただ祝福をするだけだから…………つまらないものだけど松坂牛のお肉でも持っていって(肉屋のお姉さん)」



 「あんちゃん…………ようやく、あんちゃんにも春が来たんだな…………

  あのリュックを背負った嬢ちゃんが相手じゃないのは残念だが祝いに鯛焼きでも貰ってってくれ!(鯛焼き屋のおっちゃん)」















 「…………相沢さん」

 「何だ天野」

 「私たちは今日の夕食の買い物をするために商店街に来たんですよね」

 「俺はそのつもりだったが」

 「私もそのつもりでした」

 「…………」

 「…………」

 「ええっと…………」

 「ではこの荷物の量は一体何なんなのでしょう」



 そう言って美汐は自分の抱える荷物と祐一が抱える荷物を見る。

 何故かすでに先程の出来事が噂になり買い物をするたびにやれオマケだのやれサービスだのと言われ増えすぎた食材、

 夕食一食に満願全席が作れそうな量に膨れ上がっていたりする。

 しかし、その理由が祐一に(美汐にも十分原因があると思われるが)あるとはいえ、

 祐一と自分が恋人同士と勘違いされるという嬉しい事態にもなったため怒るに怒りきれない美汐。

 故に祐一に怒っているのか、自分に問い掛けているのか本人もよくわからない言葉を続ける。

 かくも乙女心は複雑であった。



 「そういえば…………」

 「何ですか?」



 そんなところに祐一からの言葉がかけられる。

 現状を少しでも意識しないようにするため美汐は返事をする。しかし、人はそれを現実逃避と言うだろうが…………



 「さっきは何を聞こうとしたんだ?」

 「ああ、そのことですか。いえ、先程香里先輩にお会いしたときやけにご機嫌でしたようなのでどうされたのかと思い、

  お尋ねしたんですが理由を教えて下さらなかったもので。

  相沢さんならその理由を知っていらっしゃるのではないかと思ったのです」

 「なるほどね」



 (と、言うよりも香里先輩があんな風になるなんて相沢さんが何かしら関わっているに決まっているでしょうし)



 「しかし、相変わらず馬鹿丁寧な喋り方だな。名前で呼び合うほど仲良くなったんだからそこまで堅苦しい敬語を使うことも

  ないだろうに」

 「親しき仲にも礼儀ありです。それで、どうなのですか?」



 そう問いつつも美汐は微かな寂しさを感じていた。

 祐一の言う通り香里と佐祐理の二人とは仲良くなって名前で呼び合う(敬語はつけるが)様になったものの、

 肝心の祐一には名前で呼んでもらってないし、それ故に自分から『祐一さん』と言うわけにもいかない。

 美汐はその点で佐祐理が羨ましかったりする。(ちなみに香里も同じことを考えてたりする)

 それになによりも前の祐一ならさっきの言葉は『相変わらずおばさんくさい喋り方だな』と言うはず、

 すなわち、祐一はまだ元気を取り戻しきれていないと言うことになる。

 別に好き好んでからかわれたいと言うわけではないが好きな人が元気が無いと言うのはやはり嬉しいことではない。

 そんな美汐の心の動きに気付く風も無く、祐一は今日の記憶をたどっている。



 「うーん、やっぱり香里の機嫌が良くなるようなことなんて無かったと思うぞ」

 「今日の昼食はお二人で食べたのでしょう? その時はどうだったんですか?」

 「ああ、そう言えば昼飯の後から香里の様子が変わったような気がする。

  滅多にお目にかかることが無いからわからんかったが今思うとあれは機嫌が良かったのか」

 「昼食時に香里先輩に何かしたのではないですか?」

 「何かって言われても…………せいぜい弁当を誉めた位だが」

 「お弁当を、ですか」



 きらり、と美汐の目の色が変わる。

 しかし祐一は幸か不幸かそれに気がつかず話を続けた。



 「今日の弁当は美味かったからな、佐祐理さんに勝るとも劣らない出来だった。

  あれは確かに俺の嫁に合格の味だった…………」

 「…………もしかしてその台詞を香里先輩にも言ったのですか?」

 「そうだが?」

 「…………」

 「天野? どうした?」

 「相沢さん」

 「ん?」

 「今日の夕食は楽しみにしておいてください」

 「…………? あ、ああ、期待してるけど…………」



 突然何かを決意した様な美汐の迫力に押され少し後ずさる祐一。

 何か美汐の背後からオーラの様なものすら見えたりしている。















 ―――――プツン



 瞬間、音が消える。

 目の前で何やらブツブツ言っている美汐の声も、

 商店街の慌しい喧騒も、

 全てが祐一の耳からシャットアウトされる。

 そしてただ一つ聞こえる声。

 それはあの夢の声だった。



 『相沢祐一さん、聞こえますか』

 (…………っ!?)

 『夢は、見ましたか?』

 (…………夢? まさか、この声は)

 『私たちは、待っています』

 (なっ、待ってくれ)

 『待っています』















 「―――――さん、相沢さん。聞こえていますか」



 音が、戻った。

 気がつけば美汐が心配そうに顔を覗き込んできている。

 それを確認して頭を振る祐一。

 先ほどのことは幻聴―――――では、ない。



 「どうしたと言うのですか、いきなりボーッとなって」

 「…………ああ、悪い。ところで天野、今の聞こえたか?」

 「聞こえたって、何がですか?」

 「…………」

 「相沢さん?」

 「…………悪い、天野」

 「え?」

 「急に行かなければいけないところができた。先に帰っててくれ」

 「ちょ、ちょっとどうしたと言うのですか相沢さん」

 「晩飯までには帰るから!」



 そう言って荷物を放り出して走り出す祐一。

 突然の行動を止めようもなく呆然と見送る美汐。

 夕陽が走り去っていく祐一の影を長く伸ばすのだった。



 ―――――夢だろうが幻だろうがどうでもいい! ものみの丘に何かがある!















 「この量の荷物を私一人で相沢さんのお宅まで持って行けと? …………そんな酷なことはないでしょう」




 あとがき

 美汐登場編でした。
 原作の面影が消えまくってます(笑
 いよいよ次回から話が動き出します。