『奇跡のkey』
第三話 〜奇跡たちに出会う日の昼休みと同級生〜
今は学校の四時間目の授業中
『彼』は中庭をじっと見つめてそこにいるはずのない誰かを探しているように見える
恐らく『彼』の探し人は美坂栞という名前の少女
あたし―――――美坂香里の最愛の妹にして、最大の恋敵だった少女
だけど、あたしがプレゼントしたストールをまいて微笑む姿を見ることはあたしにも、『彼』にも、もうできない
栞にもう二度と会えないとわかったときはとても悲しかったけれど
私に悲しむ以外に出来ることは『彼』のそばにいることだったから…………今、あたしはここにいる
今は誰も座ることのないあたしの親友の席の隣で中庭を見つめつづける『彼』―――――相沢祐一
このクラス、いやこの学校で一番の有名人であり
あたしたち姉妹の絆を取り戻してくれた恩人であり
あたしの親友と妹の愛した少年であり
―――――そして、あたしの心をも奪った、たった一人のヒト
キーンコーンカーンコーン
授業の終了を告げるチャイムが鳴り、担当教師が教室を出る。
しかし、祐一は外を見つめたまま動く気配はない。
一ヶ月前までならば「祐一、お昼だよっ」と声をかける彼のいとこがいたのだがその人物は今はもういない、
いないはずなのだが…………
「相沢、昼だぞ」
祐一に声をかける男が一人。
頭にアンテナとも触角ともとれる髪を生やしたこの少年の名は北川潤(きたがわじゅん)、
祐一の唯一の男友達にして親友ともいえる漢(おとこ)である。
「…………ん? ああ、そうなのか?」
祐一が反応するがどうやらその反応は北川には不服だったらしく彼は溜息を大仰について言う。
「ちっがーーーーーーーーーーーう!! そこは『なにいっ!そうなのかっ!?』だろうが!?
はい、もう一度!! アーユーレディ?」
バキッ!!(香里が拳を振るった音)―――――バタン(北川が倒れた音)
「何くだらないこと言ってんのよ、時間の無駄でしょうが」
「な、何を言うんだ美坂!?俺はな、少しでも相沢を元気づけようとしてだな…………」
「で、その本音は?」
「こいつに早いとこ元に戻ってもらわないと俺のナンパ成功率が下がる」
「どういうことかしら?」
「こいつが横にいるだけで女の子が引っかかってくれるから」
「へえ…………?」
「ということはなきにしもあらずだがそれが必ずしも本音ではないというかデスネ」
「…………はあ、もういいわ。相沢君、屋上に行きましょう。お昼を食べる時間がなくなっちゃうわ」
「本当にいいよなー相沢は、昼休みの間『相沢祐一の三天使』を独占状態にできるんだから」
「その呼び方はやめなさいって。それに相沢祐一の、って言ってるんだから問題ないじゃないの」
「うっ、そ、そういえばそうだな…………」
「あれ? 佐祐理さんと天野を待たなくていいのか?」
そこで祐一が疑問を口にする。
登校時と下校時はそれぞれその日の朝食担当者と夕食担当者が祐一と二人っきりでいる、
というのが祐一以外の者の中での暗黙の了解なのだが、昼食は四人で食べることになっていた。
昼休みになると美汐と佐祐理の二人は祐一と香里を迎えに教室を訪れるので祐一の疑問はもっともと言える。
「さっきの休み時間に会った時に聞いたんだけど、佐祐理先輩は先生に頼まれごと、美汐ちゃんは委員会の仕事があるらしいの。
だから二人は今日は来れないわ」
「そうなのか? でも、今日弁当作ってきてくれているのって確か香里だろ?」
「そうよ」
「なら問題ないか。二人も抜けるとちょっとばかり寂しいけどな」
「問題大有りだぞ相沢!!」
突然北川が叫び興奮した顔で祐一を指差す。
会話を聞いていた数人の男子も北川と同じような顔で祐一を睨む。
同じく会話を聞いていた数人の女子は香里を羨ましそうな目で見る。
その光景の理由がわからない祐一はハテナ顔。
ちなみに祐一の横にいる香里も祐一と同じハテナ顔だったりする。
「なにが問題あるっていうんだよ」
「そうよ」
そんな二人の言葉を聞いた北川は更に興奮した様子でなぜか机の上に立ち二人の疑問に答える。
「倉田先輩と天野さんが来れないということはだな、お前と美坂が二人っきりになるということだろうがーーーー!!」
どどーん!!
バックに大波の背景が見えるがごとき迫力でそう言う北川。
それを聞いた二人の反応はというと…………
「それがどうかしたのか?」
「な、何変なこといってるのよ! あたしと相沢君は別にそんなんじゃ…………」
祐一はまるで北川の言ったことの意味がわからないといった風で首をかしげる、
香里は意味がわかったらしく顔を真っ赤に染め慌てて否定、というものである。
その反応を見た北川(と周囲の数名の男子)は怒りに打ち震える。
「お前は元気はなくなったくせに女性を惹き付けるフェロモンは無くならんとでもいうのか!?
この女性限定人間吸引機め、しまいにゃ動物も引き寄せ…………ぐはっ!?」
「いい加減静かにしなさい。周りの人に迷惑だし、あたしたちがいつまでたってもお弁当を食べにいけないじゃないの」
香里が黄金の右で北川を沈黙させると、周囲の男子数名も大人しくなる。
「さあ、相沢君行きましょう」
「あ、ああ、そうだな…………」
そう言って二人は教室を出て行くのだった。
祐一は頬に一滴の冷や汗を流していたが。
後に残ったのは何故か幸せそうな顔をして気絶している北川。
恐怖のあまり動けなくなってしまった男子数名、
そして、出て行った香里と祐一を羨ましそうに見送る女子数名だった。
「まったく、北川君は…………」
「そう言ってやるなよ。あいつはあいつなりに俺を元気付けようとしてくれているのさ」
「何人事のように言ってるのよ、あなたが当事者でしょ?」
「…………違いない」
「はぁ、何でこんな人を栞も名雪も気に入ったのかしらね?」
「さあな、物好きだったんだろ二人とも」
(まあ、あたしもその物好きの一人なんだけどね…………)
「…………? どうしたんだ香里?」
「言葉通りよ」
「意味がわからん」
「わからなくてもいいのよ。…………今はね」
「ますますわからん」
「はいはい、時間も無いし早く食べましょ」
そう言って香里はシートの上に自分の分と祐一の分の弁当箱を置く。
祐一はまだ気になるようだったが香里の様子からこれ以上追求しても無駄だと悟り弁当を食べることにする。
用意された香里の弁当は実においしそうに見えて、祐一は思わず唾を飲み込む。
ちなみにこの香里特製のお弁当、祐一にしか食されることは許されていないのではあるが、
総会員数40名を誇る美坂香里FC、通称『クイーンオブビューティー』(本人未公認)の裏オークションでは
なんと十万円の値がついているシロモノだったりする。
その貴重(一部では)な弁当をおいしそうな表情で食べる祐一と、
そんな祐一を嬉しそうに見つめつつ自分の弁当を食べる香里。
客観的に見ればラブラブカップルにしか見えない二人、
そんな雰囲気を感じ取ったかは定かではないが弁当をある程度食べた祐一は口を開く。
「香里ももう合格だな」
「一体何によ?」
「俺の嫁に」
「はっ?」
祐一が何を言ったのかわからない、といった表情の香里。
しかし、言葉の意味を理解していくと同時にその顔がだんだんと赤く染まっていって………………
「えっ、ええええええええええっ!?」
そして、臨界点に達した。
「大声出すと他の人の迷惑になるんじゃなかったのか」
「はっ、そ、そうね…………じゃなくて! いきなり何言うのよ!」
「言葉通りだが?」
「人の台詞取らないで! ま、まったくいきなり冗談言わないでよ…………」
「別に冗談を言ったつもりは無いが。第一、これを言ったのは佐祐理さんに続いて香里が二人目なんだし」
「そ、そうなの?」
「ああ、本当に美味いと思うぞこの弁当」
「…………そう、ありがとう」
「ん? どうしたんだ香里、顔が赤いが。やっぱ三月とはいえ屋上は寒いか?」
「えっ、ええ、そうかもしれないわね」
「んじゃ、そろそろ教室に戻るか。弁当も食い終わったことだし」
「そうね。あたしは片付けてから戻るから先に戻ってて」
「そんなわけにもいかないだろ。手伝うよ」
「すぐに終わるからいいわよ。ほら、早く」
「…………わかったよ」
そう言うと祐一はしぶしぶと屋上を後にする。
しかし、屋上のドアの前で振り返って一言。
「弁当サンキューな、本当に美味かったぜ」
それを聞いた香里が何かを言うより先に祐一の姿は屋上から消える。
そんな祐一にもう聞こえるはずもないが香里も一言呟いた。
「まったく、本当に鈍感なんだから…………」
あとがき
香里登場編でした。
北川のキャラが変わりすぎだなぁ(笑
あと、祐一がいくらなんでも鈍感過ぎかも…………
次回は美汐登場編。
キャラ紹介@ 北川潤(きたがわじゅん)
ごぞんじ祐一の親友兼悪友のアンテナ男。こんな扱いですが実はとってもいい奴。
男の中では唯一、祐一に今まで通り接するナイスガイ。香里ラブ、なのにナンパをするのかよという突っ込みは却下。
美坂香里FC『クイーンオブビューティー』の会長を務めている。