『奇跡のkey』
第二話 〜奇跡たちに出会う日の朝食と上級生〜
佐祐理は祐一さんの笑顔が大好きです
だから、あんな約束をお願いしてしまいました
その約束が祐一さんにとってどんなに辛いことかわかっているのに…………
でも、祐一さんには笑顔でいて欲しいから
今、佐祐理がこうして笑っていられるのは祐一さんが一弥のことを『許して』くれたから
だから、佐祐理は祐一さんに恩返しがしたい
舞のぶんまで幸せにしてあげたい
それが佐祐理のたった一つの願いだから
だから、佐祐理は今日も笑って祐一さんに挨拶をしたいと思います
祐一さんのいう『心からの笑顔』であるかはわからないけれど
少しでも、この世界で一番愛しい人に佐祐理の気持ちが届くようにと
「おはようございます、祐一さん!」
「ああ、おはよう佐祐理さん」
今は主人のいない水瀬家のリビングに下りて来た祐一はすでに朝食を作り終え、並べている佐祐理にそう挨拶を返す。
なぜ、今や祐一しか住んでいないはずの水瀬家に佐祐理がいて、しかも朝食を作っているのか?
その理由とは……………
「いつもすみません佐祐理さん。俺が家事ができないばっかりに佐祐理さんたちにこんなこと………」
「いいんですよ、佐祐理がやりたくてやっていることなんですから。
それに言いましたよね? 佐祐理は祐一さんのそばにいてあげたいだけだって。
美汐さんも香里さんも同じ気持ちだと思います。そもそも祐一さん一人じゃいつか餓死しちゃいますよ?
だから祐一さんが気にする必要はないんですよ〜」
そう、一ヶ月前のあの悲劇から祐一が何もする気力がなかったということもあったが、
何よりも家事―――――特に湯を捨てずにカップ焼きそばにソースを入れるという逸話を持つ祐一の食生活は困難を極めていた。
それを知って立ち上がったのは美汐、香里、佐祐理の通称『相沢祐一の三天使』(命名北川)であった。
もちろん祐一はそこまで面倒を見てもらうわけにはいかないと三人に遠慮の意を示した。
しかし、美汐の有無を言わせぬ論法、香里の黄金の右コブシ、佐祐理のちょっと涙目の上目遣いの前に反論できる男は存在せず、
祐一も例に漏れず敗北を喫し三食の面倒をローテーションで見てもらうことになったのである。
ちなみに本日、三月五日(火)は朝食・佐祐理、昼食・香里、夕食・美汐となっていたりする。
「それよりも祐一さん、今日もパン食でよろしいんですよね?」
「ええ、問題なしです」
佐祐理、美汐、香里の三人は基本的に和洋中全般の料理が作れるのだが祐一の朝はずっとパン食だったりする。
「パンじゃないと『アレ』が使えませんからね…………」
「あ、あはは〜。今日も『アレ』を使うんですね…………」
「ええ、すみませんがとってきていただけませんか?」
「わ、わかりました〜」
冷や汗たらたらでキッチンへ『アレ』なるものをとりにいく佐祐理。
そんな光景を水瀬家の塀の外より見つめる男がいた。
「くそ、相沢め………倉田さんに食事を作って貰えるとはなんとうらやまし…………
いや、なんと恐れ多いことを…………」
眼鏡を光らせ佐祐理を見つめるこの男の名は久瀬輝彦(くぜてるひこ)、
舞と祐一のおかげで今や権威などカケラもない生徒会の一員にして総勢38名の会員数を誇る倉田佐祐理FC、
通称『女神の微笑み』(本人未公認)の会長を務める金持ちのボンボンである。
ちなみに余談ではあるが祐一たちの通う華音高校には四つのFCが存在し『女神の微笑み』はその一つということになるのである。
「ようやくあの川澄舞もいなくなり倉田さんが僕のものになると思ったのに、相沢の奴がまた邪魔になるとわぁぁー!」
人目も気にせず叫ぶ久瀬。
道行く人が哀れみの目で彼を見つめるが自分の世界に入り込んでいる本人にはまるで気にする様子もない。
と、水瀬家のキッチンの窓が開き彼の口めがけてオレンジ色の何かが飛んでくる。
もちろん自分の世界から帰還していなかった久瀬にそれがかわせるはずもなくオレンジ色の何かは見事に久瀬の口の中に入る。
ぐらり…………バタッ
「うわーっ、人が倒れたぞ!」
「救急車だ、救急車を呼べ!」
「なんかオレンジ色のものが口からはみでてるぞ!?」
舞台は痙攣している久瀬を放っておいて水瀬家リビングに戻る。
「持ってきましたよ〜」
「ありがとう、佐祐理さん。……………あれ? なんかこれ量が減ってません?」
「気のせいですよ〜」
先程の行動が嘘のようにニコニコと微笑む佐祐理。
げに恐ろしきは乙女の変わり身である。
「……そうですよね、俺以外にこれを食べる人なんていないでしょうし。
ところでなんか外が騒がしいようですが何かあったんですかね?」
「さあ? 佐祐理にもわかりません。変質者でも出たんじゃないですかね〜」
「えっ、この辺りに変質者なんて出没するんですか?」
「ええ、とはいっても今後出没することはないと思いますけど」
「はあ、そうなんですか…………? でも十分気をつけてくださいよ、佐祐理さんにまで何かあったら俺…………」
「あはは〜、心配してくれてありがとうございます」
じーん、と感動する佐祐理。
「いえ、佐祐理さんを心配するのは俺にとって当たり前のことですから」
「は、はぇ、佐祐理そんなこといわれると照れちゃいますよ〜。も、もうこの話はお終いにして朝ごはんを食べましょう」
「あっ、そうですね。ではいただきます」
「はい、召し上がれ〜」
そう言って二人とも食事を開始する。
しかし、佐祐理の手が動く様子はない。どうやら祐一の様子が気になるようだ。
その祐一はといえばおいしそうに佐祐理の作ったベーコンエッグを食べ、そして『アレ』をぬったパンを頬張っている。
「あの〜、祐一さん?」
「何? 佐祐理さん」
「おいしいですか?」
「え?当たり前じゃないですか、俺のお嫁さんになることを認めた味ですよ?」
「あ…………い、いえ、そういうことではなくて。そのパンにぬっているジャムのことです」
さて、懸命なる読者様ならすでにお気づきだと思われるが先ほどから二人の会話に出てきている『アレ』、
すなわち水瀬家の最終兵器こと『オレンジ色の邪夢』を平気な顔で食べている祐一。
ちなみに佐祐理、美汐の両名はすでにチャレンジ済みでその結果は一口でギブアップ、というものだった。
そんな光景をみれば手もとまろうとも言うものである。
香里に至っては初めてこの光景を見た際、病院に目を診てもらいに行こうと本気で悩んだとか。
「ああ、なるほど。でも、慣れれば結構いけるんですよこのジャム」
苦笑しつつもあっさりとそう返事をする祐一。
秋子さんが死んで以来、今まで食べなかった償いもかねてこのジャムを食べているうちに味に慣れてしまったのである。
「そ、そうなんですか…………?」
「そうなんです、って佐祐理さん、全然食べてないじゃないですか。
まだ時間に余裕はありますがあんまりゆっくりしていると遅刻しちゃいますよ?」
「えっ、あっ、そ、そうですね。あまりにもすごい光景だったもので、つい…………」
「いつものことじゃないですか。まあ確かに天野も香里もいつも佐祐理さんと同じ反応だけど」
微妙に恐ろしい会話をする二人。
そうこうしているうちに朝食を食べ終え、後片付けも終了し、まだ時間もあるということで二人してテレビを見る。
ちょうど朝の占いコーナーの時間らしくファンシーな星座たちがランキング付けされている映像が映っていた。
「あ、俺の星座一位だ」
「あっ、本当ですね。なになに『願い事が叶うかもしれません、ラッキープレイスは丘』ですか〜。
何か良いことあるかもしれませんね〜」
(丘…………? それってあの夢で聞いた通りなら、ものみの丘ってことだよな。偶然か…………?)
「ふぇ? どうしたんですか祐一さん?」
「いや、なんでもないよ佐祐理さん。もう時間だし、行こうか」
「そうですね〜」
再びもたげた夢への思考を断ち切って、玄関へ向かう祐一。
しかし、考え事をしていたためか玄関を出る際にうっかりと癖になってしまっていた言葉が出てしまう。
「いってきます…………あ」
言ってしまって祐一は後悔する。
今、自分にその言葉に対する返事を返してくれる人はこの世にはいないからである。
しかし…………
「はい、いってらっしゃい」
そう、佐祐理は返事を返してきた。
「―――――え?」
「いってらっしゃい、ですよ祐一さん。やっぱり出かけるときはこれを言わないといけませんよね〜」
「でも、佐祐理さんも出かける側じゃ…………?」
「あっ、そうでしたっ。つい反射的に口から言葉が出ちゃいました〜」
てへっ、とかわいらしく小さく舌を出しバツの悪そうな顔をする佐祐理。
その表情はこの場に『女神の微笑み』のメンバーがいれば恍惚のあまり気絶するであろうものだった。
祐一もグラッ、ときたものの気を取り直して言葉を紡ぐ。
「それなら俺も…………」
「?」
「いってらっしゃい、佐祐理さん」
「…………はい!」
あとがき
佐祐理さん登場編でした。
なんか祐一が謎ジャムを平気で食べてたりしてますが気にしないで下さい(笑
ちなみに美汐・佐祐理・香里は祐一関係ですでに知り合いであり仲が良いです。
名雪たちのことは祐一への愛で少なくとも表面上は乗り越えたということで。
あと、改訂版ではFCの人数が現実的な人数に減ってます(笑
なお、地の文で秋子さんが秋子さんなのは仕様です。
次回は香里と北川が登場予定。