『奇跡のkey』



第一話 〜奇跡たちに出会う日の夢と起床〜 
















 夢



 夢を見ている



 場所は今は切り株となった始まりの大樹



 しかしいつも見る赤く染まった雪の風景はではなく



 『なにか』が四つ、大樹より生まれる…………そんな夢の風景



 そのうちの一つが俺に問い掛けてくる



 「まだ、あなたは奇跡を信じていますか?」



 ―――――信じてる



 「あなたは『彼女達』を本当の笑顔で笑わせてあげたいと心から願っていますか?」



 ―――――願っている。それが俺のたった一つの願いだから



 「ならば、私たちに会いにきてください。そして奇跡の扉をもう一度開いてください」



 ―――――会いに?どこへ?いや、それよりも君たちは一体?



 「私たちは鍵。あなたが奇跡の扉を開けるための力となるべく生まれた鍵」



 「そして、私たちの待つ場所はあなたが狐と出会った丘…………ものみの丘」



 「私たちは待っています。奇跡の扉を開くことができるのはあなただけだから」



 そう言うと四つの『なにか』は夢の風景と共に消えていく



 ―――――待ってくれ、まだ聞きたいことがあるんだ!



 しかし俺の叫びもむなしく















 夢は終わりを告げる















 「なんだったんだ今の夢は…………?」



 道を歩けば女性が思わず振り向いてしまうであろう端整な顔立ちの少年―――――相沢祐一はそう呟くと

 気だるげに自分のベッドから半身を起こす。



 (俺もついに夢とはいえ幻覚を見るようになっちまったのかね…………)



 そう考え自虐気味に苦笑する。



 しかし彼がそう考えてしまうのも無理がない。彼がこの雪の街に両親の仕事の都合で転校してきてはや二ヶ月がたとうとしている。

 そしてその前半の一ヶ月は彼にとって忘れることのできない出来事で埋め尽くされていた。

 いとことの再会を皮切りに昔出会った少女達との再会、そして新たな出会い。

 少女達との日々は騒がしくも笑顔にあふれ、祐一はこの日常がずっと続けばいいと願っていた。

 しかし運命は彼に厳しかった。

 少女達は祐一の前から永遠に姿を消し、その笑顔を彼に見せることは二度とありえなくなってしまったのである。

 祐一も何もしなかったわけではない、必死に奇跡を信じて少女達のために走った。

 だが、奇跡は起こらなかった…………



 (……名雪……あゆ……舞……真琴……栞……秋子さん……)



 悲劇の後、祐一は相沢祐一という人間の形をしたぬけがらだった。

 学校で明るく、ムードメーカー的存在であった彼がそのような状態になり彼の周りもかつてのにぎわいを無くしていた。

 そして彼に積極的に接しようとする人もいなくなってしまった。

 彼の悲しみの深さは自分たちではどうしようもないとわかっていたからである。



 しかし、祐一の心が完全に壊れなかったのは、そんな状況でも彼の心の傷を癒そうとした者がいたからといえよう。

 その人物とは天野美汐、美坂香里、倉田佐祐理の三人である。

 彼女達は自らも心の傷を抱えているにも関わらず彼のそばにいることを望み続けた。

 その甲斐あってか祐一の心は以前の明るさと笑顔は失われたままではあるものの徐々に回復していった。















 『なあ…………なんでお前らは俺のそばにいてくれるんだ?』

 『今の状態の相沢さんを一人にしておく方が人として不出来でしょう?』

 『あたしは相沢君に大きな借りがあるしね、借りを返しきるまでは付きまとわせてもらうわ』

 『あはは〜っ、祐一さんのそばにいてあげたいからに決まってますよ〜』

 『…………三人とも、ありがとう。だけどいいのか? 俺はもう笑うこともできない、

  三人に何も報いることはできないんだぞ? それなのに…………』
 
 『あのね…………あたし達が見返りを求めて相沢君のそばにいるとおもってるわけ?』

 『そうですよ。私たちはただ、相沢さんが元気になって欲しいと願っているから今ここにいるんです』

 『でも…………』

 『それだったら祐一さん、一つだけお願いがあります…………いえ、約束して欲しいんです』

 『約束? …………でも俺はもう約束はしないって…………』

 『ええ、祐一さんがもう約束をしないことにしたことは知っています。それを承知の上でのお願いです。

  大丈夫ですよ、簡単なことですから』

 『…………言ってみてください』



 『―――――祐一さんの心からの笑顔をまたいつか見せてくれるって、そう約束してください』



 『…………それは、俺にとって一番難しくて無理な約束です。佐祐理さんには悪いですが……』 

 『いいですね、私にもその約束をして下さい』

 『ずるいわよ、美汐ちゃん。もちろん相沢君はあたしともその約束をしてくれるわよね?』

 『は? いやだからそんな約束は無理だって…………』

 『ふぇ? 祐一さん、佐祐理と約束してくれないんですか〜?』 

 『女性からのお願いを無下に断るなど人として不出来です』

 『こんな美少女三人が世話してあげてんだからお礼に約束の一つや二つしてくれたっていいじゃない』

 『香里、さっきと言ってることがちが………』



 ブンッ!



 『何か文句ある?』

 『ありませんから握り締めた拳を素振りしないで下さい』

 『それじゃ約束成立ね(…………相沢君に手を上げるわけないじゃない)』

 『…………はあ、わかったよ、約束するよ。ただし、条件がある』

 『条件ですか〜?』

 『どんな条件よ?』

 『同じ約束を三人にも俺と交わして欲しい。俺だって三人に心からの笑顔で笑って欲しいし、それを見たいと願っているから』

 『……………………』

 『佐祐理さんたちはいつも俺のそばで笑ってくれているけど…………どこか違うんだよな。

  実際見たこともない俺が言うのは変なことだけど、なんか違和感っていうか…………

  別に今の笑顔が偽物だって言うわけじゃないんだ。ただ………』

 『ただ、なんです?』

 『三人とも美人なんだから、心からの笑顔ならもっと綺麗なんじゃないかなって………そう、思ったんだ』

 『……………………ぅ』

 『だから……………って三人ともどうしたんだ? うつむいて。なんか俺、マズイこと言ったのか?』

 『い、いえ別に(わ、私が美人? 綺麗?)』

 『そ、そうね気にしないで(なんて恥ずかしいこというのよ! …………嬉しいけど)』

 『み、右に同じです〜(美人だなんてそんな…………佐祐理、困っちゃいます)』

 『そうか? じゃあ、続けるけど……………だから約束して欲しいんだ、それが俺のたった一つの願いだから』

 『……………わかったわ。約束する。いつ見せることができるかはあたしもわからないけど、ね』

 『私も約束させていただきます。相沢さんが約束してくれるならそれくらいお安い御用です』

 『佐祐理もお約束しますよ〜』

 『…………ありがとう、天野、香里、佐祐理さん』

 『でも、相沢さんも言いますね』

 『……何をだ?』

 『さっきの台詞ですよ。聞きようによっては愛の告白をしているみたいでしたよ』

 『へ?』

 『私としてはそれでもかまわないですが……………』
         
 『ちょ、ちょっと美汐ちゃん!?』

 『あはは〜っ、美汐さん抜け駆けはいけませんね〜』

 『冗談ですよ(……かなり本気でしたけど)』

 『美汐ちゃんも冗談を言うのね…………(本当に冗談かしら……?)』

 『びっくりしました〜(美汐さん、なかなかやりますね〜)』

 『は、ははは……………』



 (そうだな…………この三人といればいつか俺もまた笑えるかもな)















 半月前ほどに交わされた約束―――――たぶん、祐一にとって最後の約束。



 (約束したのに、な…………)



 あんな幻覚としかいいようのない夢を見るということはまだ自分は立ち直りきれていないのではないか―――――

 そう考えて祐一は溜息をつき、



 「こんなことじゃいつまでたっても約束は果たせそうにないな…………」



 と、呟く。

 同時に自分を一ヶ月前から―――――今も支え続けてくれている三人の少女の顔を思い浮かべる。



 (俺の事なんか放っておけば、もっと幸せに過ごすこともできるだろうに)



 自分は彼女たちの幸福に害をなす存在でしかないのではないか

 自分ごときが彼女たちのそばにいていいのか

 そう思い彼女たちの前から消えようと何度も考えた(直接彼女たちに告げれば言下に否定し、怒るであろうが)

 しかし、それでも彼女たちから離れることができなかったのは―――――

 ほかならない、祐一自身が願ったことである。

 離れなければならないのに離れたくない、そんな矛盾が祐一の心に存在していた。

 その感情の正体に祐一は気づかなかった、いや意図的に気づこうとしなかった。

 それは考えてはいけないことだったから、望んではいけないことだったから。



 「っといけないいけない、マイナス思考は良くないよな。まったくあんな夢見たせいだ…………」



 そう言って背伸びをして起き上がり学校へ行く準備を始める。



 (でも、妙に気になる夢だったな。………………ものみの丘か、あれから一度も行ってないな…………

  って何を考えてるんだ俺は……あれは夢だぞ)



 そう思ってもどうにも先ほどの夢が頭から離れず気になる祐一は頭を振って強引に思考をかき消す。

 そして準備の終わった祐一は自分の部屋を出る。















 ―――――再び幕を開けた物語はこうして始まりを告げたのだった




 あとがき

 改訂に伴ってあとがきを一人称に変更します。
 対話形式が面倒なだけなんですけどね(苦笑
 まあ、改訂といっても細部が変わっただけに過ぎません。ト書き撤廃が目的ですから。
 次回は一人目のヒロインの登場です。