「ご指名だって聞いたけど?」

 「おう、お前がこの公園で一番強いやつだな。つーわけで名を名乗れこの野郎」

 「なにがつーわけでなのかは知らないけど…………まあ、いいわ。あたしの名前は美坂香里よ」

 「香里?女の子みたい名前だな」

 「あたし、女なんだけど」

 「…………なぬ?」

 「だ・か・ら。あたしは女よ。正真正銘のね」

 「え、マジで?」

 「言葉通りよ」






























 おとなびたおんなのこ






























 とある公園、周囲の子供達が見守る中で対峙する二人の子供。

 一人はごく普通の少年で子供達の中では見ない顔であったが、公園にやってくるなり



 『ここの公園で一番強いやつはだれだ!』



 と、大声で公園破り(?)を宣言した豪の者であった。

 そしてもう一人こと美坂香里は両腕を組んで少年を睨みつけ―――――否、品定めするように目を向けている。

 勝気なその表情とショートの髪、そしてGパンという服装故に彼女の性別が男、とは思われることもなきにしもあらずである。

 まあ、至近距離でじっと見ればそれは間違いであることに気づくのはそう難しいことではないが。

 少年もどうやら彼女を男だと思っていたクチらしくぽかーんと口を広げている。 



 「あら、どうしたのかしら」

 「いや、すまん。一番強いやつっていうからてっきり男だと思っていたんだ」

 「それは男女差別ってやつじゃないのかしら?今時そんなのはやらないわよ」

 「…………ふっ、四文字熟語を使えば頭がよさそうに見えると思うなよ!」

 「男女差別は四文字熟語じゃないわよ」

 「……………………」



 ぷっ、と周囲を囲んでいた内の一人―――――大き目のマフラーを身体に巻いた少女が軽く吹き出す。

 そしてそれにつられたように周りの子供達も笑い出す。



 「ええい笑うなっ!」



 頬を紅潮させつつ少年はとりあえず元凶たる―――――思い切り濡れ衣だが、少女の方を向いて怒鳴った。

 怒鳴られた少女はびくっ、と肩を震わせて涙目になる。

 と、同時に周囲の子供達によって形成されていた環がズザザと音を立てて広がった。

 まるで中心部の『何か』を恐れるが如く。



 「―――――あんた、あたしの妹を泣かせるだなんていい度胸じゃない」



 ゆらり、と怒気とも殺気とも判断のつけがたい気を纏わせて鬼が、否、香里が動く。

 少年は少女、どうやら香里の妹の模様だが―――――の方を向いているためそれに気がつかなかった。

 ついでにいうと香里の声は呟くようなものだったので少年の耳には届いていない。

 どうやら少年は少々危機管理能力が鈍いらしい。

 それはこの場合幸なのか不幸なのかは謎だが。



 がしっ



 「―――――へ?」















 「…………変なやつ」



 感心とあきれが半々くらいの割合で混在している呟きをもらす香里。

 視線の先では件の少年がボールの奪い合い、すなわちサッカーをしていたりする。

 ほっぺが少しばかり赤いのは香里のお仕置きによるものだということは想像に難くない。



 「…………変なやつ」



 同じ言葉を発する。

 少年は香里のお仕置きをくらって(+威圧)おきながら場を去らなかったことはともかくとして、

 何時の間にか自分たちに馴染んでサッカーを楽しんでいる。

 少年の適応能力が高いのか、それとも少年の屈託のない雰囲気がそうさせているのか…………



 (おそらく両方ね…………栞もああだし)



 そう考える香里の視線は妹である栞へと向く。

 彼女はゲームに参加せず観戦しているだけであるがその視線は少年を常に追い、口は応援をしている。

 先ほど怒鳴られたばかりなのになんとも素早い変化であった。



 「ま、悪いやつじゃなさそうだからいいけど…………ねっ!」



 自分のところに攻め込んできた相手チームを迎え撃つため、素早くDFを的確な位置に配置する。

 DFを統率するその姿は同年代の本職レベルの選手と比べても遜色はない。

 実際、少年サッカーの監督辺りには彼女が女の子であることが非常に悔やまれていたりする。



 「いくぞ香里!」

 「あたしのところから突破しようなんていい度胸ね…………かかってきなさい!」



 突っ込んできた少年と激しい攻防を繰り広げる香里。

 少年は香里が女の子であることを忘れているが如く激しい当たりを繰り返し突破を計る。

 が、香里もそれを上手くいなしつつボールを奪おうと足を伸ばす。

 まさしく一進一退の攻防といえる。



 「やるわね!」

 「そっちこそ―――――なっ!!」



 見ている側からすれば両者ともマジなので何か近寄りがたい状況だった。

 下手すれば怪我をしかねない勢いでもある。

 しかし二人とも―――――とりわけ香里はこの状況を楽しんでいた。

 少年が明らかに本気だとわかるからである。



 (なんでだろ…………凄く、楽しい…………!)



 香里はここの子供達の中ではその存在感と弁舌の強さ故にリーダー的存在である。

 しかし、やはり女の子であるせいか男の仲間たちにはどこか遠慮されていたりする部分が合った。

 ちなみに女の子だからといって馬鹿にしたり見下したりする男はいない。

 そういう男は香里本人から色々な意味でへこみ倒されるからである。

 まあ、男の子側からすれば思春期が微妙に始まる時期であるから香里レベルの女の子に遠慮してしまうのは当たり前といえるが。



 「ていうか何であんたあたしの名前を呼び捨てにしてんのよっ」

 「気にするな、俺とお前の仲じゃないかっ!」

 「どんな仲なのよ!?」



 「お姉ちゃん…………が、頑張って下さい〜。あ、相手の方も〜」

 「凄いなあいつ…………美坂と五分だぞ」

 「というかあの奪い合いの中で口喧嘩もしてるのが何よりも凄い…………」



 既に周りはただのギャラリーと化している。

 二人も周りが見えていない。

 少しばかり意味合いは違うが『二人の世界』って感じである。



 「このっ…………」

 「なんのっ」



 だが、数度目の接触プレイ。

 事件はその時に起きた。



 がしっ!!



 「えっ…………きゃっ!?」

 「隙ありっ!」



 追いすがる香里を突き放そうと手でガードを固めた少年。

 が、何の偶然かその手は香里の胸を思い切り掴んでいた。



 「あっ…………」



 気にした風もなく動きの止まった香里をチャンスとばかりに抜き去る少年。

 頬を赤らめつつ慌てて胸の前で両腕を交差させた香里は為すすべもなくそれを見送るしかなかった。















 「よっしゃあ、ゴール!」



 そのままゴールを決めた少年はガッツポーズを取りながら味方とハイタッチを交わす。

 そして香里の方に近づいていく。



 「香里も結構やるじゃないか」

 「……………………」



 無言で俯きつつわなわなと身体を振るわせる香里。

 俯いているためその表情は見えないがその頬は真っ赤に染まっていた。



 「な、なんだよ…………そんなに俺に抜かれたのが悔しかったのか?」

 「……………………よ」

 「ん?聞こえんからもっと大きな声で言ってくれ」



 何事かを呟く香里。

 少年はそれを聞き取るために香里に近づく。

 だが、その行為の危険性を察知したのは少し離れた場所から見ていた香里の妹こと栞だけだった。



 ―――――ヒュンッ



 次の瞬間。

 風を切り裂くが如き快速の攻撃が少年の身体を襲った。



 「何すんのよっ!!」















 「二度も同じ女にぶちのめされた俺って一体…………」

 「よかったわね、多分世界初よ」

 「…………そうか、ならいいや」

 「あ、あはは…………」



 いいのか!?とツッコミを入れれる人間はこの場には力なく笑っている栞一人しかいなかった。

 他の子供達はサッカーの続きをしている。

 もちろん栞はツッコミなど入れない…………そっちの方が波風立たないとわかっているからである。

 美坂栞。聡明な姉と同じ血をひいているだけに中々状況判断が優れている小学三年生だった。



 「しかし前の方はともかく今回は俺に非があるのかと小一時間問い詰めたいと思うのだが…………」

 「女の子の胸を触ったんだから当然の報いよね」

 「いや、俺覚えてないし。夢中だったし」

 「あたしが覚えていれば十分有罪よ」

 「ちっ、怒るほど無いくせに…………」

 「何かいったかしら?」

 「いや、別に」



 被害者たる少年は加害者たる香里に介抱されていた。

 流石にやりすぎたと香里も反省したらしい。

 介抱、それはすなわち膝枕というやつである。

 ただ、少年はズタボロな上に香里は怒気を身に纏っているため色気の欠片も存在しないものではあったが。

 もちろんそれを冷やかすものも存在しない、我が身が可愛いから。



 「でも、そうしてるとお姉ちゃん達、ドラマで見た恋人同士みたいです〜」



 ―――――この、状況判断以上に自分の趣味を優先する少女を除いてだが。



 「は?」

 「…………あー、確かにそうみえんこともないな」



 栞の意見に間の抜けた疑問の声をあげたのは香里、どこか納得したような声をあげたのは少年だった。



 「うむ…………重症を負った主人公。そしてそれを介抱する美少女ヒロイン、役どころはバッチリだな」

 「でしょう♪」



 仰向けのまま、うんうんと顔をふって肯定の意を示す少年と楽しそうな栞。

 香里はやや呆然としてそんな二人を見ていたが、少年の台詞に聞き捨てならないものが混じっていたことに気付く。



 「ちょっと」

 「ん?」

 「美少女って誰のことよ」



 それは純粋な疑問だった。

 よく顔を見ればわかるとはいえ、その行動と客観的外見故によく男に間違えられる香里。

 自分が女の子である自覚はあるもののその上に『美』がつくとは思ってはいない。

 そういう称号はむしろ妹の栞のほうがふさわしいと考えているのだから。



 「おまえ」



 が、あっさりと少年はそういってのけた。

 少年の表情を見てみたがからかいの色は見えない。

 ただ純粋にそう思った、そんな表情だった。



 「な…………」



 絶句する香里。

 と同時に理由不明の熱が胸からこみ上げ、その熱は頬へ達する。



 「あ、あなたね、ば、馬鹿いってからかうんじゃないわよ…………

  大体栞の方がよっぽどあたしなんかより女の子らしいし可愛らしいじゃないの」

 「んー、それについては同意する」

 「じゃあやっぱりからかったの―――――」

 「でも、おまえも十分女の子らしいと思うぞ。まあ栞とは違って可愛いというか…………大人っぽいし」

 「あ、それに関しては私もそう思います」

 「し、栞っ」

 「おお、照れた顔になると可愛くもなるな香里は。これぞいっきょりょーとくってやつだな」

 「ななっ…………」



 香里の頬に達した熱はもはや顔全体を駆け巡り首にまで逆流する勢いだった。

 はっきりと少年の顔を見ることが出来ない。

 こうなってしまうと看病のための膝枕すら何故か恥ずかしくなるのである。



 さっ

 ごちん!



 「ぬおっ!?」

 「ああっ、だ、大丈夫ですか?」

 「……………………」



 突如解除された膝枕。

 よって少年の頭は物理法則に従い地面に激突するのだった。



 「いてて…………いきなりは酷いと思うぞ、香里」

 「そうですよお姉ちゃん、今のは流石に…………」

 「う、うるさいわねっ。いきなり変なこと言うのが悪いのよっ」



 批難する二人を尻目にそっぽを向く香里。

 実際は照れ隠しと赤い頬を隠すための行為だったりする。

 少年としては今度は悪いことをしたわけではないので不幸であったが。



 「そんな変なことかなぁ、俺としては褒めたつもりなんだが…………」

 「お、大人っぽいって…………要するに老けてるって言いたいんでしょ!」

 「それとは意味が違うんだけどな。ほら、やっぱ態度って言うか物腰っていうか、そういうの?」

 「同じじゃない!」

 「そんなに怒るなよ…………これでもう少し見た目がそれなりだったらなお良いのに、顔そのものは綺麗なんだし」

 「〜〜〜〜〜っ」



 平然ととんでもない台詞連発の少年にいっぱいいっぱいな香里、彼女にしては実に珍しい光景である。

 彼女を知るものなら唖然とするかその珍しい姿を楽しむかのどちらかであろう。

 というか実際に『♪』マークを頭の上に乱舞させている実妹がすぐそばにいるのだが。



 「―――――!」



 と、何を思ったか突然少年が香里に飛び掛った。



 「な、何するのよっ!?」

 「ああ、駄目ですよお姉ちゃん達。早すぎます!妹の目の前でだなんて〜♪」



 当然慌てる香里と何故か嬉しそうに謎の台詞を発する栞。

 だが、その少年の行動の意味はすぐに明らかになった。



 どかっ!!



 ―――――サッカーをしている方から流れ球となって飛んできたボールが少年の顔面に直撃することによって。















 「…………これしきのことで俺が倒せるとでも思ったかぁっ!!??」



 ガバッ!



 「きゃっ!?」

 「えぅっ!?」



 気絶した少年をどうしたものかと困惑していた美坂姉妹だったが数十秒で咆哮と共に復活する少年。

 実にタフである。



 「だ、大丈夫?」

 「ふっ、まかせろ!」



 ビシッ、とサムズアップしてみせて元気さをアピールする少年。

 そんな少年の姿にほっとする美坂姉妹。

 が、庇われた香里としてはそれだけというわけにもいかない。



 「あの…………ありがと、庇ってくれたんでしょ?あたしのこと」

 「ま、気にするな。たまたま気付いた以上当然のことをしたまでだ」

 「でも、あたしが気付いていれば…………」

 「はっはっは、女の子を庇っての負傷とあらばそれは名誉の傷だ。むしろ勲章が増えたことを喜ぶぞ俺は」



 本当にそう思っているのだろう、屈託なく笑う少年に香里の心音が高鳴る。

 頬も再び染まってくる―――――今度のは恥ずかしいとかそういう類のものではなかったが。

 ふと、横を見ると栞も若干ではあるが頬を染めていた。



 (…………あたしも今あんな顔なのかしら)



 実際は栞の数倍だったりする。



 「ふふっ、カッコイイね。僕」



 そんな場面にすっ、と少年の顔へと差し出された水に濡れたハンカチ。

 一連の状況を見ていたのだろう、20代前半くらいの女性がしゃがみこんで少年を覗き込んでいる。

 そしてそのまま少年の土と擦り傷で汚れた顔を拭き始める。



 「あ、あの」

 「はいはい、じっとしててね?ちょっとしみるかもしれないけど…………」



 落ち着いた感じの女性だった。

 耳にピアスをしていて『大人っぽい美人』というのがぴったりといった女性である。

 そんな女性が目の前にいるせいかやんちゃな少年も大人しくされるがままだった。

 照れているのか女性に見惚れているのかドギマギした様子である。



 「……………………」



 そんな少年の様子を見ていた香里は何故かむかついた。

 ちくり、と胸も微妙に痛む気がする。



 「はい、おしまい」

 「あ、ありがとうございました!」

 「ふふっ、いいのよこれくらい。それより君、さっきはカッコよかったよ」

 「い、いえ、たいしたことはしてません!」

 「でも、中々できることじゃないわよ。私だったらもう君に恋しちゃうかも」

 「そ、そんな」

 「ふふ、これ以上はお姫様が怖いから退散するわね」



 じゃあね、と少年に手を振りつつ、ちらりと香里を見る女性。

 慌てて顔をそむける香里だったがその様子は少年には見られなかった模様。

 内心ほっとするも何かもやもやしたものが残る香里だった。















 少年は女性が公園を去った後もぼーっとした様子だった。

 そんな少年の様子にますますご機嫌斜め化していく香里。

 不穏なものを感じ取った栞は慌てて状況転換を計ろうとする。



 「あ、あの、綺麗なお姉さんでしたね」

 「ああ、あれこそ正真正銘の大人の女性って感じだったな…………美人だったし」

 「そうね…………あなたの好みってああいう女の人なのかしら?」



 低くなる香里の声。

 栞ははっきりと自分のふった話がまずいと気付くもどうしようもなかった。



 「好みっていうか…………まあ綺麗だなーとは思ったのは確かだな」

 「そうね、とてもじゃないけどあたしじゃかないそうにないわね」



 自嘲気味に香里は呟いた。

 当たり前のことではあるがなんとなくいいたくなったのだ。



 「そうか?香里も成長したらあんな感じになると思うんだけどな…………」

 「…………え?」

 「いや、あと何年も経てば十分香里もあの女の人くらいになれる素質はあると思うぞ」

 「私はどうですか?」

 「おまえはあと何年たっても無理っぽい」

 「ひ、ひどいですっ。お姉ちゃん、妹に対するこんな暴言を見過ごしていいのですかっ?」

 「…………あ、そ、そうね」



 歯切れの悪い返事。

 またもや予想外の少年の言葉に困惑の香里だった。



 「む、そろそろ時間だな。帰らねば」

 「え〜帰っちゃうんですか〜」

 「これでも俺は忙しい身なのさ」

 「む〜、残念です」

 「ははっ、またな栞に香里」



 少年も名残惜しげな表情だった。

 彼はサッカーを続ける子供達にも別れの挨拶をして立ち去っていく。



 「ねえ!」



 が、香里に呼び止められてしまう。



 「ん?」

 「ほ、本当にそう思ってる?」

 「何が」

 「だからその…………あたしが」



 もじもじしてその先の言葉を言い出せない香里。

 彼女らしからぬ最大級の仕草だったが少年は素直にそれを可愛いと思った。



 「ああ、なれると思うぞ」

 「本当に?」

 「むう、疑り深いやつだな…………そうだ」



 そう言うと少年は香里に近づいてポケットからおもちゃのピアスを取り出した。



 「これを香里にやる。まあお菓子のおまけではあるが気にするな」

 「え、で、でも」

 「俺は冗談はいうが嘘はつかん。とはいえ香里の努力次第でどうとでもそれは変わるだろうからな。

  だからこれは現時点ではこれで十分だ。これをつけて精進しろ」

 「…………言ってくれるじゃない」



 にやり、と挑戦的な笑みを浮かべる香里。

 ようやく調子が戻ったらしい。



 「じゃあ、これはありがたくもらっておくわ。

  その代わり、もしもあたしがあの女の人以上に綺麗になったら本物をプレゼントしなさい」

 「ふっ、いいだろう。その挑戦受けてたつ!」















 「―――――ってことがあったのよ」

 「ほう、香里にそんな時代があったなんて驚きだな」



 昼休みの学食。

 テーブルで待機する祐一は同じく待機の香里からそんな想い出話を聞いていた。



 「ま、あたしにも色々あったのよ。けどその男の子結局二度と姿を現さなかったのよね」

 「無責任だなそいつも…………」

 「ええ、あたしもそう思うわ本当。当時はかなり怒った記憶があるわね」

 「けど、名前くらい聞いてなかったのか?」

 「それが迂闊なことに聞かなかったのよね。あんまり自然にあたし達の中に入ってきたからそんなこと気にならなかったのよ」



 本当に楽しそうに少年のことを語る香里。

 こんな彼女は栞関連以外では珍しかったりする。



 「けど、よく覚えてたなそんな昔のこと」



 苦笑しつつ祐一が言う。

 実際七年前のことを忘れていた自分が言うのだからどこか体裁が悪いのだろう。

 まあ、彼の場合は色々込み入った事情があったのだが。



 「ふふっ、その時貰ったおもちゃのピアスだって取ってあるわよ?」

 「え、マジでか?ひょっとしてそれって香里の初恋とか?」

 「どうかしらね?でも男の子から誕生日に物を貰ったのは初めてだったし、そうだったのかもしれないわね」

 「へ?」

 「実はね、その日はあたしの誕生日だったのよ」

 「へえ、凄い偶然だったんだな」

 「ちなみに今からちょうど八年前のことだけどね」

 「…………そういえば名雪と北川、遅いなぁ」

 「ええ、きっと混んでるんでしょうね」



 にっこりと笑ってとぼける祐一の逃げ場をなくす香里。



 「いや、だって俺香里の誕生日とか知らないし」

 「あら、栞から聞いているはずよね?」

 「…………ふう、俺の負けだよ」



 観念ように祐一は一つの小さな袋をテーブルの上に置く。

 しかし、香里は意外そうな顔をしていた。



 「…………本当に用意してるとは思わなかったわ」

 「どーせ黙ってても名雪あたりが言い出すだろうからな。先手必勝だ」

 「開けてもいいのかしら?」

 「できれば家に帰ってから栞にも見られないようにこっそりと見てもらえると嬉しい」

 「なら是非ここで開けておかないとね」



 がさがさ



 「香里ならそうすると思ったよ…………そういや一つ聞いていいか」

 「何かしら?」



 がさがさ



 「香里のウェーブヘアーってその女性がウェーブヘアーだったことが原因なわけ?」

 「まあ、それが全ての原因ってわけじゃないけどね…………って、え?」



 がさ…………



 袋から出てきたのはピアスだった。

 が、それはいい。いや、今頭に浮かんだことが事実ならばよくはない、と香里は思った。



 「あたし、話の女性がウェーブヘアーって言ったっけ」

 「いいや、言ってないぞ?」



 ニヤ、と笑みを浮かべる祐一の顔を見て嫌な予感とどうにも止まらない熱がこみあがってくる。



 「な、ま、まさか…………」

 「うんうん、綺麗になったな香里。というわけで本物をプレゼントだ」



 そのいたずらが成功した―――――そう、あの時の男の子の笑顔を浮かべた祐一を見て















 香里は名雪と北川がトレイを持って戻ってくるその時まで固まっていたのだった。




 あとがき

 かおりんヘアー誕生秘話みたいなお話。
 何気に私のSS最長記録だったり。
 割とオチはうまくいったかなーとか思っています。
 あ、三月一日に祐一があの街にいるわけねーだろとかいうツッコミは受け付けませんので(笑)

 はっぴーばーすでー香里嬢♪