「ほわ〜、人がいっぱいですねぇ」

 「そりゃ病院だからね」



 バナナパフェを完食した二人は病院内の散策を再開していた。

 美春は人の行き交う光景が珍しいのか、おのぼりさんのごとくキョロキョロとせわしなく周囲を見回している。



 「あんまりキョロキョロすると危ないよ?」

 「すみません。外に出るのは初めてだったので……さっきはバナナに夢中で周りを気にしてる暇なんてなかったですし」

 「ねえ、その敬語はどうにかならないの?」

 「あうう〜、そういわれましても……師匠は『天枷美春』よりも年上ですし……」

 「うーん、なら仕方ないか……でも遠慮とかはしないでね? 言いたいこととかして欲しいことがあったら何でも言っていいから」

 「あ、はい。わかりました旦那様」



 祐一の言葉に嬉しそうな表情を浮かべる美春。

 大きく手を振って歩いているその姿を見るに、感情と動作が直結しているようだ。



 「……ん?」

 「どうしたんですか?」

 「歌が聴こえる」



 急に立ち止まった祐一を訝しげに見つめる美春。

 だが、祐一はそれに構わず窓へ近寄り、声の聞こえてくる方向を探す。



 窓の下―――――広場には白い帽子をかぶった女の子が立っていた。















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第14話 〜歌姫!その歌声は誰が為に〜















 「〜〜〜♪」



 歌が終わる。

 僅かな風に髪をなびかせながら、目を閉じて歌いつづけていた少女はゆっくりと目を開けた。

 穏やかな陽気、さわさわとさざめく草木、人気のない広場。

 歌を歌うには絶好のシチュエーション。

 もう一曲歌おうかな? と少女は再び目を閉じかけ、やめた。

 ふと、人の気配を感じたのだ。



 「……誰?」



 少女が発した警戒の声に反応したのか、物陰から一人の少年が現れる。

 少年は邪魔をしてしまったことが申し訳ないらしく、バツの悪い表情を顔に浮かべていた。



 「ごめん、邪魔をするつもりはなかったんだけど……」



 頭をポリポリかきながら謝罪する少年は少女と同じくらいの歳格好だった。

 少年は本当に申し訳ないと思っているらしく、見ている少女のほうが申し訳なくなるほど落ち込んだ顔を見せている。

 そんな少年の様子に安心したのか、少女は警戒を解いた。



 「ううん、気にしないで。ただ、ちょっとビックリしただけだから……えと」

 「あ、僕は相沢祐一。ちょっとした怪我をしたんでここにきたんだ。君は?」

 「私は、白河ことり。お姉ちゃんにお弁当を届けにきたの」



 少女―――――ことりは祐一に向けてにっこりと微笑む。

 だが、祐一はその笑顔を見て、何故か訝しげな視線を作った。















 おやつ時の水瀬家。



 「ひゃー、これまたすっごい美少女ねぇ」

 「流石は祐一さん。女運は世界一ですね」

 「そりゃ主人公だからね、ご都合主義に守られてるし」

 「姉さん、それは身も蓋もなさ過ぎです」















 「歌、うまいんだね」

 「ううん、そんなことないよ」

 「まるで妖精が歌ってるみたいだった」

 「あはは、それは誉めすぎだよ」



 微かに頬を赤らめて笑うことり。

 だが、祐一はそれを見てまたしても訝しげな視線をことりに送った。

 一見、なんでもないようにことりは自分に対応している。

 ただ、そこには壁というか、遠慮のような空気が含まれていることに祐一は気が付いた。

 原因はことりの笑顔。

 人形のように可愛らしいその笑顔は、正に言葉通り人形のようだったのだ。



 「ねえ」

 「なんですか?」

 「なんで泣いてるの?」

 「っ!?」



 はっ、と息を飲んでことりは表情を青褪めさせた。















 「なに、を……」



 声が震える。

 巧く言葉を喋ることが出来ない。

 ことりは混乱した。

 目の前の少年とは間違いなく初対面だ。

 なのに、なのに何故。



 「私は……泣いてなんて」

 「怖いの?」

 「…………!」



 息を飲んだ。

 祐一の言葉は正にことりの心を言い当てていたからだ。

 ことりはつい最近両親をなくし、白河家にもらわれていた。

 新しい家族は親切で優しかったし、転校先のクラスメート達からもイジメなどを受けることなどなかった。

 何も問題ない、新しい生活にことりはいつも笑顔を浮かべていた。

 だが、それは表面的なもの。

 何もかもなくしてしまったことりは、新しく手に入れたものが怖かった。

 わからなかったから。

 自分に笑いかけてくれる人たちが、優しくしてくれる人たちが何を考えているのか、自分は本当に愛されているのかわからなかったら。

 だから、ことりは仮面をかぶった。

 誰からも愛される、笑顔の少女の仮面を。

 それを見破る人はいなかった。

 いや、なんとなくわかっている人はいたのだろう。

 ただ、その人たちは、同時にわかったところでそれはどうしようもないとわかっていたのだ。



 なのに、目の前の少年はなんの躊躇もなくそこに踏み込んだ。

 自分の事情も、悲しみも、苦悩も、何も知らない。

 そのはずの少年が一目でそれを見破ったのだ。



 「あなたは……誰?」



 馬鹿な問いだった。

 既に自己紹介は終わっている。

 けれど、少年―――――祐一はその言葉に、不審も疑念も抱かず微笑んだ。



 「僕は相沢祐一。ねえ、僕と友達になってくれる?」



 無邪気に微笑む祐一を見たその瞬間、ことりは劇的に理解した。

 願いを口にする。

 必要なことはそれだけだった。

 人は対話することでお互いを知る。

 相手に自分に何かを望み、自分も相手に何かを望む。

 そうして家族は、友達は、絆は出来ていく。

 ことりはただ、それがわからなかった。

 否、忘れていたのだ。



 「私は―――――」



 ことりの口が開く。

 だが、続きが言葉になることはなかった。

 小柄な何かがこちらに向かって突進してきたからである。



 「ちょわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜」

 「……あ」

 「えっ!?」



 掛け声と、鷹揚な声と、驚愕の声が交じり合う。

 小柄な何かは物凄い勢いで祐一に迫ると、数メートル手前で跳躍。

 祐一に空中から襲い掛かった。

 だが、祐一は当然のことながらそれをひょいっとかわす。

 自然、強襲者は目標を見失い、頭から地面へダイブすることになる。



 どざざざざざーっ!



 土埃が舞い上がる。

 だが、強襲者―――――美春は、勢いよくがばっと起き上がると涙目で祐一に迫った。



 「ひ、酷いじゃないですかーっ! 美春を置いていくなんてーっ」

 「ああ、ごめん。つい歌が気になって……」

 「しかもなんで避けるんですかっ。おかげで一張羅が汚れちゃいましたよ〜」

 「ごめんごめん」



 半べそをかきながら抗議する美春に対し、祐一は苦笑を浮かべながら美春の服の汚れを払っていく。

 同時に、空いた方の手で祐一は美春の頭を撫でる。

 すると、美春は現金なもので、犬のように目を細めて嬉しそうに機嫌をなおすのだった。



 「……ぷっ……あっ……あははははっ」



 その一連の流れを見ていたことりは思わず吹き出してしまった。

 それは、白河家に引き取られてからの初めての笑顔。

 仮面でも演技でもない、屈託のない光の笑顔だった。



 「あぅぅ、笑われちゃいましたぁ」

 「よしよし、泣かない泣かない」

 「み、美春はワンコじゃありませんよ!」



 祐一の扱いに抗議する美春だったが、表情は言葉を裏切って満面の笑みを浮かべていた。

 更に笑いを強めることり。

 すると、祐一はことりに向き直り、自身も満面の笑みを浮かべた。



 「やっと笑ったね」

 「……え?」

 「やっぱり、笑った方が可愛いや」

 「え、あ、え? えっ、えっと……」



 祐一の言葉にぽむっと顔を赤らめることりだった。















 「減点1ね」

 「え、何か問題でもありましたか?」

 「美春ちゃん、あれだけの勢いで突っ込んだのに怪我一つないじゃない。ギャグだから許されるようなものの、普通は擦り傷の一つは作らないとね」

 「そっちですか」

 「だってそうじゃないと『舌で傷口を消毒でドキドキ!』イベントが起こらないもの」

 「美春ちゃんはロボットだからそれは無理があるんじゃ……」















 「え、えっと隊長。この人は?」

 「白河ことりです。あなたは天枷美春ちゃんだよね?」

 「うわっ、なんで美春の名前を!? も、もしやエスパーさんですかっ!?」

 「だっていつも私のクラスに来て朝倉さんとお話してるでしょ?」

 「え? あ、ああ! にゃむ先輩のお隣の!」

 「にゃむ先輩?」

 「え、あ、き、気にしないで下さい! ちょっと言語中枢が……」



 データの調子がおかしいのか、あたふたとする美春。

 だが、ことりはそんな美春の様子をくすっと笑うだけで、怪訝には思わなかったようだった。

 自分の世界に入ってしまった(正確にはデータ整理)美春を横目に、ことりは祐一の方を向いた。



 「えっと、相沢君?」

 「祐一でいいよ、ことり」

 「あ、う、うん」



 いきなり名前を呼び捨てにされ、またもや頬を赤らめることり。

 戸惑いはしたが、邪気のない祐一の顔を見ていると何故か許せてしまうから不思議だ、とことりは思った。



 (……うん、大丈夫)



 ことりは何かを決心すると大きく息を吸って深呼吸した。

 そして、こちらを見て微笑んでいる祐一の目を見る。

 吸い込まれそうな透明な瞳。

 ことりはそれに少しばかり見とれつつ、勇気を出して口を開いた。



 「祐一君、私と……お友達になってくれる?」

 「それ、僕がさっき言った言葉なんだけど」

 「うん、わかってる。でも、私からも言いたかったの。だって、言葉にしないと何もわからないでしょ?」



 にっこりと、まるで花が咲いたかのような笑顔。

 祐一は、少しだけそんなことりの言葉にきょとんとした表情を見せ、次の瞬間に破顔した。



 「そうだね。でも、それって当たり前のことじゃないかな?」

 「うん、当たり前だね。ふふっ、そう……当たり前なんだよね」



 ことりは空を見上げた。

 瞳に映るのは雲ひとつない蒼天の空。

 それはまるで今のことりの心を映しているようだった。



 「ねえ、歌っても良いかな?」

 「え?」

 「なんかとっても歌いたい気分なの。聴いて……くれる?」



 人に進んで歌を聞かせようと思ったのは初めてのこと。

 だからことりは少しだけ緊張していた。

 だが、それは杞憂だった。

 次の瞬間、祐一は本当に嬉しそうな表情を浮かべて「YES」の言葉を発したのだから。



 「それじゃあ、歌いますね。曲名は『そよ風のハーモニー』」

 「あ、その曲知ってる。良い曲だよね」

 「うん、私も大好きなの」



 ことりは目を閉じる。

 祐一は美春の体を横に持ってくると、腰をおろした。

 やがて流れ出す歌声。

 そよ風のなびく中、聴衆が二人のコンサートが幕を開けた。















  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.013  白河ことり(しらかわことり)

  ・現住所…………花音市初音町。

  ・白河家の次女(もらい子)。小学五年生。結婚を控えた姉がいる。
  ・明るく、人付き合いがうまく、お茶目なところもある一見すると文句のつけようがない完璧な女の子。
   だが、実際は対人関係に対して酷く臆病で怖がり。
  ・家事は一通りできる。
  ・歌がうまく、聖歌隊に所属している。
















 「良い声ですね」

 「うん、久々に『歌』を聴いたわ。あの娘、CSSに紹介してみようかしら?」

 「姉さん、貴女はどれだけコネがあるんですか……」

 「気にしない気にしない♪」




 あとがき


     「第14話はDCナンバーワンの人気ヒロインとし呼び声の高い白河ことり嬢っ」
 ことり「あはは、どうもっす」
     「当然、このことりは朝倉のばあちゃんに会ってないので心を読む能力は持ってません」
 ことり「お姉ちゃんとの年齢差がとんでもないことに……」
     「気にしたら負けです。あ、ちなみにCSSってのはクリステラソングスクールの略です。詳しくはとらいあんぐるハートシリーズを!」
 ことり「前回のネタといい、クロス欄にないネタをふりまくってますねー」
     「あっはっは。いずれクロスさせるかもしれないしー」
 ことり「終わるんですか、この連載?」
     「予定は未定」
 ことり「……それにしても、いつまで続くんですか? 病院編」
     「予定は未定」
 ことり「そればっかり言ってればいいと思ってませんよね?」
     「ちなみに、美春が祐一に対して毎回違う呼び方をしてるのは、祐一が好きに呼んでといったのを勘違いしてるからです」
 ことり「誤魔化しましたね」