「祐一、どこだ〜〜〜!」

 「どこだと言われて居場所を教えるような教育は受けてない」



 浩平の叫びを他所に、祐一は偶然目に付いた部屋の中へ駆け込んだ。

 ちなみに、急いでいた祐一は気が付かなかったがその部屋のドアには『関係者以外立ち入り禁止』と書いてあったりする。



 (……行ったかな?)



 浩平をやり過ごしたと確信した祐一は視線を部屋の中へと向けた。

 目の前には仕切りガラスがあり、中の様子はわからない。

 しかし、人の気配はする。

 どうやら祐一の入室は在室者には気がつかれなかった模様。



 「……あ……んっ」

 「ほら、じっとして。今動くと後で困ったことになるぞ?」



 ガラスの壁の向こうからそんな会話が祐一の耳に届く。

 興味をそそられた祐一はこっそりとガラス壁の端に近寄り、そっと顔を出した。



 「あっ……ダメ、ダメですぅ……」

 「変な声を出すなというのに……外に漏れたら大変だぞ」



 そこでは中年の男と、祐一と同じくらいの歳の女の子がいた。

 女の子は背中の素肌を晒し、男へと向けている。

 男は少女の背中に手を伸ばし、何かをまさぐっていた。

 それを見た祐一は



 「―――――人誅っ!」



 とりあえず男の後頭部を蹴った。















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第13話 〜盲腸!彼女の出番はそんな切欠〜















 「げふあっ!?」

 「あれ、どうしたんです……ってきょ、教授ーっ!?」



 祐一の一撃をくらい、見事に床へのダイブを果たした男を見て少女が慌てた様子を見せる。

 祐一は無言で右足を振り上げた。

 ネリチャギ(踵落とし)の体勢である。



 「とどめ」

 「うわわわわっ!? ダメですよーっ!?」

 「教授と生徒プレイってのは流石にマニアックすぎると思うんだ」

 「ち、違います! 誤解です! ご都合主義ですーっ!」



 祐一の瞳に殺気を感じたのだろうか。

 少女は必死になって祐一にしがみつき、男を庇う。



 「誤解?」

 「そ、そうです! 確かに教授は実の娘の改造手術プランをたてたりすることはありますけど、実行にはうつさないくらいのじぇんとるめんです!」

 「やっぱり、この場で殺っといたほうが世の中のため」

 「わわーっ、ダメですってばぁ!」



 足を振り下ろそうとする祐一に、涙目になって少女は立ちはだかる。

 そうなると祐一としては引かざるをえないので、しぶしぶと足をゆっくりとおろす。

 余程残念だったのか、珍しく不満ありありな表情の祐一だった。



 「あいたたたたた……う、うん? 君は一体?」

 「黙れ下郎。幼女猥褻現行犯で訴えるぞ」

 「ち、ちょっと待ってくれ。それは誤解だ」

 「?」

 「私はただ、ネジを巻こうとしていただけだ」

 「……キチ〇イさん?」

 「違うっ!」



 男の発言に、可哀想なものを見るような表情をする祐一。

 男はそんな祐一の表情に余程傷ついたのか、必死に否定の意を示した。



 「……君が一体どういう事情でここに迷い込んでしまったかは知らんが、見られてしまっては仕方ない……」

 「教授、それ思いっきり悪人の台詞です」

 「やっぱり轢殺?」

 「だぁーっ! とにかくだっ! 私の説明を聞いてくれ少年!」



 はぁはぁと荒い息で迫ってくる男に身の危険を感じたのか、祐一は爪先で男のすねを蹴り上げる。

 当然、一瞬後には男の苦悶の声があがった。

 なお、祐一はこの動作の前に少女をさりげなく後に庇っている。

 あらゆる動作の前に女性に危害が加わらないよう動く、それが祐一クオリティだった。



 「で、説明って?」

 「なんで君は年長者を前にしてそんなに意居丈高なんだ……」

 「うるさいだまれ」

 「はい」



 小学生の迫力に押され、思わず言うことを聞いてしまう男。

 何気に少女の視線に軽蔑の光が宿ったのは部屋の明かりのせいではないと思われる。

 だが、そんな少女の視線に気が付くこともなく、男はゴホンと咳払いを一つして口を開いた。



 「ま、まあ、簡単に説明するとだな。彼女は―――――ロボットなのだよ」















 その頃の昼下がりの奥様達の様子。



 「ついに人外へ突入ですか」

 「愛は種族を超えるのよ。てなわけで和観ちゃん的にはオールオッケイだから」

 「でも、歳の問題とか」

 「大丈夫。いざとなればホムン―――――げふんげふん」

 「今何を言いかけたんですか貴女は」

 「いやほら、第三魔法とか、ね?」

 「ね? と言われても」















 「なるほど、つまり彼女はロボットであり、さっきのはエネルギーの充電に必要な作業だったと」

 「おお、わかってくれるか!」

 「はい。言われてみればなんとなくロボっぽいですし、彼女」

 「なぬ!?」



 祐一の言葉に男は気色ばんだ。

 男からすれば少女は会心の出来だった。

 自分の全力を尽くし、幾多の努力と時間を費やして生まれたもう一人の娘。

 確かに言動にはまだぎこちない所もあるのだが、見た目はほぼ人間と変わらない。

 それをロボっぽい!?



 「ど、どこがだね!?」

 「肌触りとか」

 「あうっ」



 祐一の手が少女の頬にのびる。



 「声とか」

 「にゃわわわわわわ」



 祐一の手によって少女の頬がぐにーんとのびる。



 「髪の質とか」

 「はわ〜〜〜〜〜」



 祐一に髪を撫でられた少女がうっとりした表情になる。



 「そんな感じです。ソフトは凄いですけど、ハードがまだまだダメですね。わかる人にはわかります。これでは来栖川のHMXシリーズには及びませんね」

 「な、なんと!? くっ……私はまだ長瀬に勝てないというのかっ……」

 「わわっ、落ち込んじゃあダメですよ教授! ほら、猿もバナナの木から落ちるって言うじゃないですか!」

 「……そ、そうだな! ありがとう少年! 君の意見はとても参考になったよ!」

 「いえ、それほどでも」

 「しかし少年よ。今の話から察するに、君はHMXシリーズに詳しいのかね?」

 「ええまあ、研究所とか行ったことありますし」



 ここで説明を入れておこう。

 HMXシリーズとは、璃衣譜町に本社を置く来栖川グループが開発した人間そっくりなロボットのことである。

 ちなみに、内蔵型バッテリーで動き、感情のあらわし方や動作が人間そっくりだということで話題を呼んでいる。

 なお、祐一は行ったことがあると言っているが、実際は開発に若干関わっていたりする。

 その詳細はまた別の機会に述べられることになるのだが。



 「ほう……しかし私の娘はHMXシリーズとは一味違う! まず動力! ソーラーパワーとネジだ」

 「地球に優しいんですよ〜」

 「そして感情を人間そっくりに表すための秘密兵器! その名も『乙女回路』だ!

  なんとこの回路は自動進化し、人の中で過ごしていくことでどんどん人間らしさを学習していくのだ!」

 「ぶっちゃけた話、HMXシリーズの搭載している『Brand new Heart』パクリなんですけどね」

 「パクリとか言うなぁっ! 改良したと言ってくれっ!」



 滂沱の涙を流す男。

 自分の生み出した娘にツッコミを受けては彼も報われないと言えよう。



 「んで、なんでまたこんなところで?」

 「……う、うむ、実はだな。この娘のモデルになっているのは私の娘なのだよ」

 「天枷美春さんって方です。教授に全然似てなくて可愛い女の子なんですよ」

 「……いや、事実だけどな。娘と同じ顔でそういうこと言われるとちょっとショックなんだが。しかもそれ自画自賛だし」

 「ええっ、美春は可愛くないんですか!?」

 「いや、十分可愛いと思うよ」

 「え、えへへっ。そ、そうですか?」



 ガーン、と擬音を背負った美春が祐一の一言にすぐさま機嫌をなおす。

 照れ隠しに天枷教授の背中をバンバン叩いているあたりは実に人間らしいといえなくもない。



 「ごほん。でだな、今ちょうど美春は盲腸で入院していてな、ちょうど良い機会だからその間美春とこの娘を入れ替えて生活させてみようということになったんだ」

 「……それってある意味娘さんとその周囲の人を冒涜してるのでは?」

 「うむ、それはわかっている。だがな、これはチャンスなのだよ。もちろん美春には許可はとってある」

 「……うーん、まあ本人が納得してるならいいんですけど……」



 天枷教授の言葉にしぶい顔を作る祐一だったが、彼の表情は今までとは違いとても真剣だったので強い否定は出来なかった。

 それだけ大事なことなのならば、外部の人間である自分が口を出すことではないと思ったのだ。



 「納得してくれたようで助かるよ。私も良心の呵責を覚えんでもないからな」

 「あうう、美春のせいでとんだご迷惑をば〜」

 「いや、美春が悪いわけじゃないから」



 よしよし、と祐一が美春の頭を撫でると、美春は瞬時に頬を染めて借りてきた猫のごとく大人しくなる。

 どうやら、撫で撫でが御気に召したらしい。



 「まあそんなわけでだ。この病院に娘は入院している。そして今日は入れ替え初日だったのだ」

 「なるほど」

 「それでだな、これも何かの縁だ。君に頼みたいことがあるのだが……」



 そう切り出した天枷教授に、祐一は首を傾げた。















 「あらは? どこかで見たと思ったら、天枷さんか」

 「姉さん、知り合いですか?」

 「うん。大学時代の知り合いでね、今は来栖川に務めてる長瀬さんと工学部の主席を争ってたわ。

  二人ともいつか心有るロボットを作るんだって息巻いてたけど」

 「夢は実現したわけですね」

 「まあ、長瀬さんの方が先にHMXシリーズを生み出しちゃったんだけどね。実の所人気トップ3の容姿のデザインは坊の発案だったりするのよ」

 「ってHMX12『マルチ』とHMX13『セリオ』とHMX17a『イルファ』がですか!?」

 「いえす」














 「おいし〜い! これがバナナの味なんですね!」

 「よかったね」



 祐一の目の前には瞳を輝かせてバナナパフェ(パーティーサイズ)をパクつく美春がいた。

 天枷教授の申し出は『美春と遊んでやってくれ』ということだった。

 人を学習するためには人と接するのが最もよい。

 そしてそれに最も適しているのは同年代の子供なのだ。

 そんなわけで美春の遊び相手(監視役)として祐一に白羽の矢がたったわけである。



 『まあ、美春も歳をくった女性よりも同年代の少年と接する方が楽しいだろう』



 天枷教授はそんなことを笑いながら言っていたのだが、現在彼は負傷により治療中だった。

 彼の言葉と同時に入室してきた眼鏡と白衣を身に着けた女性にボコられたのである。

 なお、これは余談ではあるが、その女性は来週結婚する予定であり、酷く傷ついたその心は婚約者に慰めてもらったらしい。



 「ああ、素晴らしいですねバナナは! 美春さんが優先カテゴリの最上位においているのもわかる気がします!」



 食べ物が最優先ってのもどうなんだろう、と祐一は思ったりしたがもちろん口には出さない。

 ただ、盲腸で入院しているという方の天枷美春にも会ってみたいと思ったのは事実だったのだが。



 「けどいいんですか? 奢ってもらっちゃって」

 「うん、こういう時は男が払うのがマナーなんだ」

 「なるほど、覚えておきますです」



 ちなみに二人が今いるのは病院の食堂である。

 女の子がパフェを美味しそうに食べているのを見つめている少年の図は実に微笑ましい。

 現に周囲の患者さん方は目を細めて二人を見ている。

 まあ、中には「いいなぁ……」と指を咥えている看護士の女性も数人いるのだが。



 「ああ、けど本当にバナナはいいですね、ビバ、バナナ。ビバーナですよ!」



 嬉しさのあまり両手を振り上げる美春。

 が、勢いをつけすぎたのだろう。

 勢いのあまりスプーンがスッポ抜けてしまう。



 「あわわっ」

 「あー、はしゃぎすぎだよ」



 苦笑しながらスプーンを拾う祐一。

 慌てる美春を他所に新しいスプーンをもらいに素早く動くその気配りは流石と言える。



 「あうう、申し訳ないのです」

 「気にしないで。はい、あーん」

 「にゃわ?」



 ペコペコ頭を下げる美春の前にスプーンですくったバナナを突き出す祐一。

 てっきり自分にスプーンを渡してくれるのだと思っていた美春は一時的に思考回路がストップする。

 しかし、数秒後、ようやく事態を理解した美春は文字通り「ボン!」という音をたてて頭から湯気を出し始めた。

 どうやらオーバーヒート寸前らしい。



 「こここここここ、これわ?」

 「いや、あーんだけど」

 「や、やっぱりですかっ! 乙女の夢、男子の本懐であるあーんですかっ。美春、初体験ですよ!」



 美春の言葉に、後でうどんをすすっていた若い男性医師が盛大にうどんを吐き出す。

 が、後の悲惨な状況を意に介さず美春は目を輝かせながら頬を興奮に染めてスプーンを見つめていた。



 「食べないの?」

 「いえっ、もちろん頂きますですよ! ぱくっ」



 スプーンごと飲み込みそうな勢いでパフェをほおばる美春。

 祐一は美春のそんな奇怪な行動に顔をしかめることなく、ニコニコと様子を見つめていた。



 「どう?」

 「……あ、あれ? 美味しいはずなのに何故か味がわからない?」

 「そう? んじゃもう一回。はい、あーん」

 「あ、はい。頂きます」



 再度差し伸べられたスプーンにかぶりつく美春。

 しかし彼女のセンサーはやはりバナナの甘味を伝えることはなかった。



 「あれあれ? 味覚中枢の故障でしょうか……」

 「もっと食べてみれば?」

 「そ、そうですね……じゃあお願いします」



 そしてこの後二人はパフェがなくなるまであーんを続けることになる。

 しかし、結局美春の味覚が戻ることはなかった。
















  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.012  天枷美春?(あまかせみはる)

  ・現住所…………花音市初音町。

  ・天枷家の一人娘である天枷美春をモデルにした自立型ロボット。
  ・記憶のデータは移植されているわけではないので字の上での常識しか知らない。
   性格は天真爛漫。常に前向きで素直。
  ・家事はデータ上できると思われるが、あくまでデータ上は、なので実際は謎。
  ・バナナが大好き。エネルギーが切れたりするとネジを巻かないといけない。
















 「やるわね天枷さん。まさか乙女の味覚をも搭載済みとは……」

 「ちなみに乙女の味覚とは、好きな人と何かを食べるときが一番食事が美味しくなることです」

 「更にいえば、あーんみたいに緊張状態に陥ると味がわからなくなるという付加もあるわよ」

 「……というか、何説明してるんでしょうね私たち」




 あとがき


     「バナナ帝国の挨拶はー!」
 ミハル「バナーナ! そしてビバーナ!」
     「はい、というわけで第13話です。なんと今回は意表をついてロボ美春です」
 ミハル「ああ、だから表記がカタカナなんですね」
     「うむ、そして喜べ。今後の病院編は君は引き続き出ることができるぞ。つまり準レギュラーだ」
 ミハル「ええっ、本当ですか!」
     「うむ、決して今回だけで話のオチがつかなかったからとかそんな理由じゃないからな」
 ミハル「ところで本物(?)の美春さんはどうなってるんでしょうか?」
     「普通に入院してます。きっと今ごろは病室でバナナ食べながら屁こいてます」
 ミハル「わわわわっ、乙女の秘密を暴露しちゃダメですよ! イメージダウンです! 著作権侵害です!」
     「はっはっは。さて、次回はお供を引き連れた祐一の病院探索です」
 ミハル「もうヒントだすの止めたんですね、ネタ決まってないからって」