「だから俺は言ってやったんだ。『目覚し時計は食べられないぞ!』って」

 「なるほど、それは君が正しいと思う」

 「だろう? なのに長森の奴は人のことを寝ボケてるだのなんだの……」



 病院の待合室で少年が二人語り合っていた。

 片方は歳相応に生意気盛りといった感じの子供らしい男の子。

 もう片方は子供っぽさの中に落ち着きを感じさせる良い所の坊ちゃんといった感じの男の子だった。



 「でだ、最近はツンデレとかいう属性が流行っているようだが、嘆かわしいと思わないか?」

 「うーん、一概に駄目とは言えないけど……言葉に踊らされるのは良くないよね」

 「うむ、お前の言う通りだ。そしてどんな時代でもやはりトレンドは妹萌えだと思うんだ」

 「呼称は?」

 「やはりオーソドックスにお兄ちゃんだろう。価値観が多様化してきたとはいえ、これは譲れない一線だ」

 「なるほど、幼馴染は起こす者であって起こされるものではない、みたいな?」

 「その通りだ!」



 小学生の男の子二人が病院の待合室で意味不明な会話をしているのを見れば誰だって引くだろう。

 現に偶然通りかかった谷河さん(看護士・新人)は目を丸くして少年二人の会話を聞いていたのだし。

 だが、少年二人には周囲はお構いなしだった。



 「……ところで、ふと気が付いたことがある」

 「奇遇だね、僕も今気が付いたことがあるんだ」



 間。



 「「で、君(お前)誰?」」

 「今更っ!?」



 瞬間、その周囲にいた全ての人間が二人に突っ込んだ。

 相沢祐一と折原浩平。

 後に他三名を加えて、『花音の嵐』と呼ばれることになる二人の出会いはこんな感じだった。















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第12話 〜兄弟!彼が僕をそう呼んだ事情〜















 少し時間は遡る。

 用があるからと何故か頬を赤くして(祐一主観)病室を出て行った水越姉妹を見送った祐一は迷わず病院を探検することを決めた。

 幸い、すぐに病院案内を見つけることが出来たので迷子になることなく祐一は病院内をうろついた。

 そしてたまたま通りかかった待合室で浩平と意気投合し、今に至ったのである。



 「いや、しかしここまで俺と話せる奴はお前で二人目だぜ」

 「僕も男の子とこうやって話すのは久しぶりかな」

 「あん? お前引き篭もりか何かか? そんな風には見えないが」



 ここが待合室という場所なせいか、祐一を精神カウンセリングを受けに来た患者だと勘違いする浩平。

 だが、彼は『男の子と』という部分を聞き逃している。

 祐一の言葉は逆を取れば女の子とは話をしているということなのだから。



 なお、祐一は別に同年代の男子から嫌われているわけではない。

 単に祐一の周りには女の子がいることが多いので思春期の入り口に差し掛かっている男子達は祐一に話し掛けづらいと思っているのだ。

 まあ、多少の羨望も混じっていたりするのだが。



 「違う違う。僕はいたって健康だし、お医者さんにかかるようなことはないよ。

  ちょっと成り行きでこの病院に来ることになったからぶらついていただけ。浩平は?」

 「俺は妹の付き添いだ。うちの妹はちょっと身体が弱くてな……たまに病院で診断を受けないといけないらしいんだ」



 少しだけその表情を沈ませる浩平。

 だが、すぐににぱっと笑うと「けど、アイツは世界で一番の妹なんだぜ?」と妹の自慢話を始める。

 祐一はそんな浩平の姿に少し驚きながらも微笑んで応対をするのだった。



 「それでな」

 「……お兄ちゃん」



 そして浩平の語りが【妹の幼稚園卒業編】に差し掛かった頃。

 その少女は鈴のなるような声と共に祐一の前に現れた。















 その頃の未亡人(?)二人の様子。



 「姉さん、姉さん」

 「……はっ、な、なによ秋子?」

 「寝てましたよ?」

 「し、仕方ないじゃない! 半年振りなんだから!」

 「まあ、そういう極一部の人に危険なネタはおいておいて……姉さん、事件です」

 「……へ? あ、あれ? あの男の子と女の子って……」

 「はい、写真を見たのはずっと前ですけど……間違いないかと」

 「由起子の甥の浩平くんと姪のみさおちゃんよね? 大きくなったわねー。あれ、そういえばずっと由起子とは会ってないような……?」

 「忘れたんですか? 二年前、姉さんが浩平君に由起子さんのことをおばさんって呼ばせて絶交されたじゃないですか」















 「おお、みさお! 診断は終わったのか?」

 「うん……」

 「母さんは?」

 「お医者さんとお話してる。ロビーで待っていなさいって……」



 みさお、と呼ばれた少女は一言で言えば儚げな印象の少女だった。

 触れたら壊れてしまいそうな、という表現があるが、その言葉は正にこの少女のためにあるといってもよいだろう。

 肌は新雪のように白く、全体的に身体は細い。

 御伽噺に出てくるお姫様みたいだ、と祐一は思った。

 今まで数々の美女・美少女を見てきた祐一だが、女の子の容姿に対して見惚れたのはこれが初めてである。

 一目惚れ、とはいかないものの、確実にその瞬間の祐一の思考は目の前の少女一色で染められたのだから。



 「……あ、あの」

 「おい祐一、そんなにじーっと見るな。いくら俺でも照れるじゃないか」

 「ごめん、でも目が離せなかったんだ。こんなにキレイな娘ははじめて見たから……」

 「……んな」

 「…………へぅ!?」



 祐一の言葉に折原兄妹が絶句する。

 ボケを流された浩平は目をまん丸にして口をポカンをあけ、みさおと呼ばれた少女は『ぽんっ』と音をたてて純白の肌を赤に染めた。

 そして次の瞬間には彼女は浩平の後にささっと回り込んで顔だけをひょっこりと出して祐一の様子を窺う。

 それはまるで小動物の仕草のようだった。



 「ねえ、君の名前はなんていうの?」

 「あ、あの……その、折原……みさお」

 「みさおちゃんっていうんだ。僕は相沢祐一、よろしくね」

 「あ……は、はい」



 祐一が言葉と共に差し出した手をみさおは少し困った様子で見つめた。

 なお、祐一はみさおのある意味失礼ともいえる行動にも全く動じていない。

 ちらり、と上目遣いでみさおは祐一の表情を見た。

 祐一はニコニコと微笑んでいて、まるでみさおが手を差し出すことを確信しているかのようだった。















 (どうしよう……)



 みさおは悩んだ。

 みさおは病弱のため、いつも一人でいることが多かった。

 そのため、人とのコミュニケーションを取るのは苦手だったりする。

 浩平や母親などの家族に分類される人は平気なのだが、他人、それも見ず知らずの人が相手になるとどうしてもおびえや緊張が先に出てしまう。

 しかも歳の近い男の子が相手となるともう視界に入れることすら難しくなってしまうのだ。




 (でも……でも……)



 目の前で微笑む少年は他の人とは何か違う、とみさおは感じた。

 この年頃の男の子によくあるガキっぽさ、悪く言えば暴力的な部分や無神経さといった、そういったものが感じられないのだ。

 みさおには優しい浩平ですら、みさお以外の女の子、主に幼馴染の少女には意地悪などをする。

 しかし、祐一からはそういったことをしそうな気配が感じられない。

 まだ幼いみさおにはその感覚を言葉にすることはできなかったのだが、ただ漠然と「この人は安全だ」とわかったのだ。



 「え、えっと……」



 ゆっくり、ゆっくりとみさおの右手が浩平の腰の横から差し出されていく。

 頬は赤く、左手は浩平の服の裾をぎゅっと握ったまま。

 それでも、みさおは祐一の手に自分のそれを近づけようと努力していた。



 「がんばって」

 「は、はい……」



 別に祐一はみさおの性格や事情を知っているわけではない。

 ただ、なんとなくみさおが頑張っているようなのでそう言っただけだ。

 だが、そんな祐一の声が不思議と勇気を与えてくれる。

 会ったばかりの男の子だけど。

 恥ずかしいことをいって自分を照れさせた男の子だけど。

 こっちの気も知らないで手を差し出してきた男の子だけど。

 暖かそうなその手を触ってみたい。

 そうみさおは思ったのだ。



 つん



 祐一とみさおの指と指が触れ合った。

 びくっと反応したみさおは手を引こうとして、それでもその手を留めてそのまま祐一の手を握った。

 それは兄と同じくらいの大きさの手。

 けれど予想の通り、その手のひらから伝わる温度は暖かなものだった。



 「ありがとう」

 「え、いえ……その、こちらこそ」



 ただの握手なのに、二人の交わした言葉はおかしなものだった。

 だが、祐一は本当に嬉しそうで、みさおも真っ赤だけどはにかんだ微笑で。

 二人は、お互いに笑いあうのだった。















 「ねえ、なんか今までとノリが違わない?」

 「姉さん、折角のいい場面なのに容赦ないですね……」

 「だってあんまりにもみさおちゃんが初々しいんだもの。おちゃらけでもしないとやってられないわ」

 「根性捻じ曲がってますね」















 さて、周囲の人々に微笑ましさを与えてめでたしめでたし。

 という風になるわけがない。

 そう、すっかり忘れ去られていたボケ兄貴、もとい、兄貴ボケの浩平がいる。



 「み、みさお……?」



 呆然としている間に、かなりの人見知りであるはずの妹が自分から祐一に寄っていったことは驚きだがそれは悪いことではない。

 挨拶的に握手しているのもまあ良い。

 だが、何故にみさおは頬を染めているのだろうか。

 まさか―――――恋!?



 ピシャアアアアアン! と効果音つきで浩平の頭上に雷が落ちた。

 素晴らしいほどの勘違いっぷりである。

 通常、人見知りなんだから恥ずかしがってるだけと思うのが普通だ。

 だが、シスコンを自認する彼にはそんな発想は露ほどにも浮かばなかった。

 思わず、祐一をこの場から排除しようという考えが浮かぶ。



 (……いかん、それをやったら俺は間違いなくみさおに嫌われる。それに祐一が悪いわけでもないし……)



 が、かろうじて理性の囁きを受け入れる浩平。

 こと妹のことになると盲目のアホになる彼だが、同時に頭の回転もよくなるのだ。



 確かに妹が取られそうなのは嫌だ。

 だが、祐一が悪い奴ではない、むしろ良い奴だということは今までの会話でわかっている。

 人を見る目はあるつもりである、祐一はその目がねにかなった。



 (ならば……)



 高速で浩平の思考が回る。

 脳内ではシスコン浩平と良い兄浩平が激しい戦いを繰り広げている。



 (―――――よし!)



 決着がついた。

 この間、僅か三秒。



 「祐一」

 「ん?」



 浩平は祐一に近付くと、といっても元々真正面にいるのだが、祐一の肩を両手でガッシリと掴む。

 そして真剣な表情で祐一を見つめた。

 そんな兄の様子に心配そうな表情を向けるみさお。

 そして事態が理解できていない祐一。

 しかし、次の瞬間、浩平の口からでた言葉に待合室の時が止まった。















 「祐一、俺のことはアニキと呼べ」















 ドガッ! ボッ ドサッ!



 順番に説明しよう。

 最初の『ドガッ!』は祐一の下から突き上げる形の拳が浩平の顎に入った音。

 次の『ボッ』は浩平の言葉の意味を「正確に」理解したみさおが頬を染めた音。

 最後の『ドサッ!』は浩平が大の字に倒れた音である。



 「……お、お兄ちゃん!? ゆ、祐一さん、何を」

 「ごめん、僕にそういう趣味はないんだよ浩平……思わずガゼルパンチを打ってしまうくらいに」

 「へ、へぅ? あ、いや、お兄ちゃんはそういう意味で言ったんじゃ……」



 さわやかな顔で拳を突き上げている祐一を見て、ようやく事態が飲み込めたみさお。

 どうやら祐一と浩平の間で言葉の意味の重大な取り違いがあった模様。

 というか何故にみさおが祐一の解釈がわかったのか、そこらへんは突っ込んではならない。



 「トドメをさした方がいいと思う?」

 「あの……妹の私にそんな笑顔で聞かれても……」



 清々しいほどの笑顔で問うてくる祐一に冷や汗を流すみさお。

 どうやら祐一に起こったあまりの変化に呆然としているようだ。

 だが、このままではいけない。

 誤解をとかなくては! と一念発起するみさお。



 「その、お兄ちゃんは……祐一さんの考えているような意味で、さっきの言葉を言ったんじゃないと……」

 「え? それ以外にどういう意味があると?」

 「あの、そんなキッパリ言い切られると……へぅぅ」



 みさおは困った。

 それはそうだ。

 「お兄ちゃんは私と祐一さんを結婚させようと思ったんです」なんて言えるはずがない。



 (お兄ちゃん……)



 みさおは半分涙目で諸悪の根源を見た。

 どういうつもりであんなことを言い出したのかはなんとなくわかるが、早合点のしすぎである。

 というか自分達の歳でいきなり結婚を前提とした結論を出すなんて発想が飛びすぎだ。

 瞬間、みさおの脳裏にウエディングドレスを着た自分と、それにすがって泣き叫ぶ浩平というビジョンが浮かんだ。

 かなり嫌な未来予想図である。



 「えと、その……」

 「どうしたの?」

 「だ、だから……」



 もじもじと指を弄るだけでなかなかみさおの口からは言葉が出てこない。

 だが、祐一はそれをいらついた顔一つせず待っていた。

 女の子のあらゆる行動を待つことは彼にとっては苦痛にならない。

 そういうものだと物心つく前から教育されているのだから。

 しかし、膠着状態は突然の終了を迎える。

 浩平が復活したのだ。



 「ふ……ふふふ……やってくれるじゃねえか、祐一。流石は我が弟……」

 「いや、だから僕はそういう趣味はないって」

 「何ぃ!? 貴様(みさおを惚れさせておきながら)責任を取れないとでも言う気か!」

 「ありもしない責任は取れないと思う」

 「いい度胸だ……ならば俺が直々に(責任の意味を)教えてくれるわっ!」



 次の瞬間、祐一に飛び掛った浩平が壁に突っ込む。

 当然、祐一が避けた結果である。



 「逃げるなっ」

 「……これは、三十六計逃げるにしかず。みさおちゃん、さっきの話はまた今度ね」

 「え、はい、また……」



 しゅたっと手を上げてみさおに別れの挨拶をしながら走り去っていく祐一。

 みさおは怒涛の展開についていけず、ただその後姿に小さく手を振るだけだった。
















  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.011  折原みさお(おりはらみさお)

  ・現住所…………花音市御音町。

  ・折原家の長女。小学四年生。シスコンの兄がいる。
  ・幼い頃から病弱で、病院通いが続いている。
   そのせいか人見知りが激しく、特に同年代の男の子が苦手。とても大人しい。
  ・家事に関してはごく普通にこなすことができる。どうやら近所の女の子に教わったらしい。
  ・色が白くてとにかく女の子らしい。ただ、一人でいることが多かったせいか妙な知識を持っている。

















 「薔薇の需要はないのよ、少なくともこの話においては」

 「誤解じゃないですか……」

 「あの兄妹を見てると昔を思い出すわね。お姉ちゃんお姉ちゃんっていつも後をついてきた秋子の姿とか」

 「姉さんにボコされた近所の不良もついてきてましたけどね」




 あとがき


     「どんだけ久しぶりなんだよ、な第12話でした。今回はもう半分以上オリキャラな折原みさお嬢がヒロインです」
 みさお「こ、こんにちわ……」
     「でも目立ってたのは浩平君ですけどね」
 みさお「わ、私は別に……」
     「おくゆかしいですね。なんであの兄にしてこの妹があるのか……」
 みさお「……お兄ちゃんの悪口は言わないで下さい」
     「おっと、これは失礼」
 みさお「ところで、その、谷河さんって……」
     「それ散るの没ヒロインこと谷河なすのさんです。まあチラっとしか出番なかったのでここ読まないと気がつく人いないでしょうねー」
 みさお「へぅ……」
     「状況によってはちゃんと登場させるかもしれませんが予定は未定」
 みさお「そ、その……次回は?」
     「うい、引き続き病院編です。一応次回登場ヒロインは決まっているのですが、ひょっとしたら変更するかも」
 みさお「ぜ、全然ヒントにすらなっていませんよね……」