「…………天井?」



 キョロキョロと辺りを見回す祐一。

 みさきと別れた後散歩を続行していたのだが、気がつくと白を基調とした部屋に彼はいた。

 自分の体を見てみると服がパジャマに代わっていることに気がつく。



 「えーと」



 状況を把握しようと顎に手を当てて考え込む祐一。

 首を軽く傾げて頭上に『?』マークを浮かべているのがポイントである。



 「くぅ〜」



 と、近くから謎の鳴き声が聞こえてくる。

 どうやら発生源は祐一の横―――――すなわちこんもりと膨らんでいるベッドのシーツの下からの様子。

 不思議に思った祐一がシーツをめくるとそこには一人の少女が気持ちよさそうに眠っていた。



 少女の名前は水越萌。

 彼女は祐一が現在いる病院の院長の娘であり、花音市七不思議の一つ「眠り三姫」の一人である。















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第11話 〜病院!恋の病治療いたします〜















 「ああ、思い出した」



 ぽん、と手を叩いてようやく状況を飲み込む祐一。

 彼は横で何故か寝ている少女が車に轢かれそうになっていたところを助けたのである。

 柏木姉妹のときといい実にタイミングの良い少年といえよう。



 「ん? でもおかしいな。確かあの時はもう一人いたような……ってわっ」

 「んんぅ〜」



 思案にふける祐一に抱きついてくる萌。

 どうやら寝ぼけて祐一を抱き枕かなにかと勘違いしているらしい。

 とても気持ちよさそうな表情をしているので抱き心地は良いのだろうが。



 「ねえ、君。起きてよ……駄目だ、起きてくれない」



 揺すってみるも萌は起きる気配を見せない。

 というかむしろ抱きつく力は強まっている。

 余程祐一を気に入ったのだろう、無意識のことではあるのだが。



 コンコン



 と、そこへ訪問者を告げるノックの音が祐一の耳に届く。

 当然の如く「はい、どうぞ」と答える祐一。

 しかし、当たり前のことではあるが訪問者が誰であるかを彼は知らなかった。

 もしも知っていればなんとしても萌を自分から引き離―――――さないかもしれないが、彼の場合。

 まあ、とにかく彼の女運は最高にして最悪なのである。



 ガチャ



 「お姉ちゃん、あいつ目を覚まし―――――た?」

 「あ、こんにちは」

 「あ、はい。こんにちは……って」



 反射的に返事を返す萌に似た少女、萌と違いショートヘアなので見分けはすぐにつくのだが。

 が、姉が祐一に抱きついているのを見ると、額に青筋を浮かべすぐさま拳を振りかぶった。

 少女―――――水越眞子の拳はそのまま流れるように祐一を吹っ飛ばすのだった。















 水瀬家祐一観測所。



 「あらはー、見事な飛ばされっぷりね坊♪」

 「少しは息子の心配をしましょうよ姉さん」

 「あの拳……素晴らしい才能ね。坊をコーチにして二人三脚で世界を目指すのもいいかもしれないわ。

  コーチと教え子に芽生える恋ってのも中々……」

 「世界って……」

 「ロマンスは拳の輝きよ」

 「あ、祐一さん無傷ですね」

 「突っ込んでよ」















 「ほんっとうにごめん!」

 「あはは、気にしないで。ほら、この通り僕は無傷だし」



 先程の一件が誤解だと判明して祐一に謝り倒す眞子。

 が、いつまでも女の子に頭を下げてもらうのは望ましくない祐一はむん、と力こぶを作って元気さをアピールする。

 そんな祐一の様子にほっとする眞子。

 姉と自分を命の危機から救ってくれた少年が姉に抱きつかれているのを見て、ついカッとなってしまったのだが

 自分が悪いということは百も承知なので素直にほっとするのだった。

 何故カッとなったのかはわからないようだが。



 ちなみに祐一は自分から後方に跳ぶことによって眞子の打撃の威力を軽減している。

 普通は体が浮くほどの一撃が入って無傷であることを疑問に思うのだが罪悪感からかそのことに眞子は考えがいかなかった。

 まあ、知ったところで祐一の凄さが一つ明らかになるだけだったりするが。



 「ええと、ここは病院でいいんだよね?」

 「うん、あたしとお姉ちゃんはあなたが庇ってくれたから無傷だったけどあなたは気絶しちゃったから」

 「ですから、お父さんを呼んだんですよ〜。あ、お父さんはこの病院の院長ですから大丈夫ですよ」

 「お姉ちゃん!? いつのまに……」



 何時の間にか起きた萌が眞子の説明を補足する。

 眞子は姉が唐突に起きたことに驚愕しているようだった。

 祐一が特に驚いていないのを見て更に驚いたようだが。



 「あ、おはよう眞子ちゃん」

 「おはようじゃないわよお姉ちゃん。なんでお姉ちゃんまで一緒になって寝てるのよ」

 「え、だってぽかぽかして良いお天気だったし……」

 「男女七歳にして同衾せずって言葉を知らないの? 寝るんならいつものように立って寝ればいいでしょうに」

 「だって暖かかったから……」

 「あー、もう! とにかく家族以外の男の人と一緒に寝ちゃ駄目! そういうのは大人になってからっ」

 「はい、わかりました〜」



 絶対わかっていない口調で返事をする姉に溜息を漏らす眞子。

 その様子を見る限り眞子が姉で萌が妹にしか見えなかったりする。

 思わず笑ってしまった祐一を見て恥ずかしさに頬を染める眞子だった。



 「そ、そういえば自己紹介とお礼がまだだったわね。あたしは水越眞子。で、こっちはあたしのお姉ちゃん。

  さっきは助けてくれてありがとう。あたし一人だったらあのままお姉ちゃんと一緒に車に轢かれてたわ」

 「水越萌です。先程はどうもありがとうございました〜」



 ハキハキと喋る眞子とゆっくりお辞儀をしつつ喋る萌。

 非常に好対照な姉妹である。



 「ううん、たいしたことじゃないから気にしないで。僕が勝手にやったことだし、それに反射的に体が動いただけだから」

 「反射的にって……十分凄い気がするんだけど」

 「そうですよ。えと……」

 「あ、僕は祐一。相沢祐一っていうんだ」

 「相沢くんは私たちの命の恩人です。私にできることがあったら何でもいってくださいね」

 「大げさだなぁ……う〜ん、じゃあ、僕の友達になってくれる?」

 「いいですよ、むしろこっちからお願いしたいくらいです」

 「じゃあ、今から僕たちは友達だね。よろしく!」



 萌の手をとって握手を交わす祐一。

 対する萌もニコニコと祐一を見つめるのだった。















 (……お姉ちゃん、凄く嬉しそう)



 そんな二人を見て何故か胸にチクチクしたものを感じる眞子。

 姉に友達が増えたのは喜ばしいことなのだが何か釈然としない、というよりムカムカする。

 よく見ないとわからないが萌の頬がうっすらと朱に染まっているのもムカムカを増幅させる一因だった。

 人はそれをヤキモチというのだが初めての経験故に眞子はその感情を持て余すしかないのだった。



 「……ちゃん」

 (……むう、何よデレデレしちゃって。そりゃお姉ちゃんは可愛いけど)

 「眞子ちゃん」

 (でも、あたしは髪も短くて男の子みたいだし……)

 「眞子ちゃん!」

 「あ、え、な、何? っていうか眞子『ちゃん』!?」



 気がつけば祐一のドアップが目の前にあってびっくりの眞子。

 が、もっと驚いたのは自分がちゃん付けで呼ばれたことだった。

 眞子は自分でも自覚している通り男の子っぽい。

 実際に萌と歩いていても姉妹ではなく兄妹に見られることのほうが多いのである。

 まあ、それは女の子らしい格好を好まない眞子に問題があるのだが……

 とにかくそんなわけでちゃん付けのインパクトはかなりのものとなった眞子だった。

 相沢祐一、茜のときもそうだったが女の子の呼称に関して謎の感性を持つ少年である。



 「眞子ちゃん、どうしたの? ぼーっとしてたけど」

 「あ、いや、気にしないで。ちょっと考え事をしていただけだから。それより、その…………」

 「?」

 「ちゃ、ちゃん付けで呼ぶのはやめてくれない?

  何だかくすぐったくて…………それに、あたしはちゃん付けが似合うほど女の子っぽくないし……」

 「え、でも眞子ちゃんは女の子じゃないか。萌ちゃんと同じくらい凄く可愛い」

 「なっ!?」



 一瞬で赤面する眞子。

 余程今の言葉が衝撃的だったのか口をパクパクさせて固まってしまう。

 萌は萌で今の言葉が嬉しかったらしくニコニコが三割増になっていたり。















 「そうよ坊、見た目に騙されず本質を見抜く。それが究極にして最強の才能なのよ!」

 「姉さんが珍しくまともなことを……」

 「誰かが手をつけないうちに先行投資するのが最上なのよ! むしろ買っちゃってもいいけど」

 「前言撤回します」

 「今なら姉もついてくるわ。いや、オマケみたいな言い方は失礼ね。秋子、こういう場合はなんていえばいいのかしら?」

 「そうですね……姉妹丼?」

 「あんたやっぱり私の妹だわ」















 「ねえねえ、これって木琴だよね?」

 「あ、うん。お姉ちゃんのだけどね」



 フリーズが解けたらしく祐一の問いに答える眞子。

 ただ、まだダメージが残っているせいか頬はピンクのままだったが。

 ちなみに眞子の呼称は結局眞子ちゃんに決定したらしい。



 「萌ちゃんは木琴が演奏できるの?」

 「はい、一応……ですけど」

 「一応?」

 「お姉ちゃんが木琴を叩くと何故か毎回違う音が出るのよ」

 「へえ、凄いんだね!」

 「えへへ、ありがとうございます」

 「そこは誉めるところなの……? お姉ちゃんも喜んでるし」



 冷や汗を流す眞子。

 祐一が姉に通じるものを持っていることが判明し、少し頭が痛くなった模様。

 当の本人である萌は誉められたことが嬉しいらしく可愛らしくモジモジしていたが。



 「でも、眞子ちゃんも凄いんですよ」

 「え、そうなの?」

 「はい、眞子ちゃんはフルートなんですけど……凄く上手ですから」

 「へえ〜」

 「た、大したことないわよ。お姉ちゃんが大げさに言ってるだけで」



 祐一に尊敬と興味の混じった視線を向けられ、気恥ずかしさでタジタジの眞子。

 どうやらこういう風にストレートに感情を向けられることが苦手らしい。



 「あ、そういえば今更だけど体は大丈夫なの?」

 「うん、僕は体が頑丈だからね。全く問題ないよ」

 「レントゲンでも特に問題はないって父さんも言ってたし、それなら大丈夫ね」

 「じゃあ、相沢くんは退院ですね」

 「退院って……そもそもこれを入院って言っていいのかしら?」



 苦笑する眞子。

 事故直後は萌と一緒に大慌てしていたことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 無論、祐一が無事なことにこしたことはないのだが。



 「僕の服は?」

 「そこの鞄に入ってるわよ」



 鞄から服を取り出すと当然のように着替え始める祐一。

 祐一は平気だったが水越姉妹は流石に恥ずかしいらしく顔を真っ赤にして後を向くのだった。



 「い、いきなり着替え始めないでよっ」

 「え、でも僕たちしかいないんだし」

 「あたしたちがいるから駄目なのっ。お姉ちゃんもなんか言ってよ」

 「あ……あの、お痩せになっているようで意外と筋肉があるのですね」

 「ちっがーう! ていうかお姉ちゃん何頬を赤らめてるのよっ」

 「眞子ちゃんも真っ赤ですよ?」

 「う、あ、その……あたしはいいのっ」

 「眞子ちゃん、理不尽です」

 「だーかーらー!」



 「あのー、着替え終わったんだけど……」
















  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.009  水越萌(みずこしもえ)

  ・現住所…………花音市初音町。

  ・水越家の長女。小学六年生。妹と弟が一人ずついる。
  ・ポケポケしており起きている時間より寝ている時間のほうが長い。
   ボケ体質だがたまに物事の核心を突くような鋭い発言もする。
  ・家事に関して基本的なことはできると思われる。寝ながらでも起きた状態でも。
  ・とにかく寝ることが好き。木琴を叩きながら歩く姿は名物となっている。


  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.010  水越眞子(みずこしまこ)

  ・現住所…………花音市初音町。

  ・水越家の一人娘。小学五年生。水越萌の妹。
  ・ボーイッシュで男の子っぽいが本質は女の子らしい。
   ツッコミ体質で姉とは良いコンビとなっている。
  ・家事は一通りできるしっかり者。
  ・特技はフルート。その腕前はかなりのものだとか。
















 「この二人の場合、坊は玉の輿ね」

 「そうなったら祐一さんはお医者さんですか? 結構似合いそうですね」

 「そんなことになったらあの人たちが騒ぎそうね…………」

 「あの人たち?」




 あとがき


    「病院編突入の第11話でした。今回は似てない姉妹として有名なこちらっ」
  萌 「水越萌です〜」
 眞子「似てなくて悪かったわね。水越眞子よ」
    「今回で初登場のDCヒロインでしたが、どうですか感想は?」
  萌 「すぅ…………」
 眞子「お姉ちゃん、寝ちゃ駄目だってば!」
  萌 「ふぁ…………ごめんね眞子ちゃん」
    「さて、次回予告に…………」
 眞子「ちょ、ちょっと早過ぎない!? いつもはもっと話を振り返ったり」
    「ごめん、時間がない」
  萌 「あと一時間もないですから…………」
 眞子「なんの話よ!?」
    「次回は……考えてません」
 眞子「待ちなさい、コラ」
    「いや、病院編のヒロインはすでにピックアップしてあるけど順番は決めてないんですよ、だから気分次第」
  萌 「じゃあ、私たちを引き続き出すということで」
    「いや、君たちはもう出番終了だから、多分」
 眞子「柏木姉妹のときは前後編だったのに、ひいきよー!」