「ん〜……もうこの街はだいたい見終わったな。このままじゃ暇だし、隣町まで言ってみようかなー」



 言葉の通り、華音町を歩く祐一は暇だった。

 彼の散歩(別名、ジゴロ巡業)二日目は今のところ平穏である。

 ちなみに、断っておくほどのことではないかもしれないが今日も名雪は夢の世界の住民なので祐一は一人である。



 「ここからだと……舞桜町が一番近いな」



 地図を見ながらそう呟いている祐一の半ズボン姿を見て首をとんとんと叩くOL風の女性。

 その姿をおさめるために慌ててコンビニに使い捨てカメラを買いに駆け込む女子高生。

 デート中の彼女がふらふらと祐一に引き寄せられるのを必死になって止める彼氏。



 怖いくらいにいつもの平穏さであった。



 「……ん? あれは……」



 しかし、彼の周りはいつも彼の行動によって平穏が崩れ去る。

 今回祐一が目をつけた―――――もとい、目に付いたのは広場の噴水の前に所在無さげにたたずむ一人の女の子だった。















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第8話 〜驚愕!迷子の迷子のお姉さん?〜















 「お姉さん、どうしたの?」

 「……え?」



 ―――――ええっ!?



 祐一が女の子に声をかけると同時に祐一の台詞を聞いた周囲の人々が疑問と驚愕の声をあげる。

 目を見開くもの、目をこすっているもの、耳をほじっているものと様々である。

 何故周囲の人がこのような反応を示したのか、

 その理由は祐一が声をかけた女の子の容姿にあった。



 白色のベレー帽。

 同じく白色のセーラー服。

 背中に背負われた猫型リュック。

 セーラー服が舞桜小学校の制服ということを知らなければ誰もが彼女を幼稚園児だと思っても仕方がないであろう身長。

 そして何よりも彼女自身からにじみ出ている『こどもおーら』



 どこをどう見ても歳相応な小学五年生の外見をした祐一に「お姉さん」と呼ばれる風貌ではない。

 通行人の中には彼女の名前が「おね」さんではないかと疑っているものがいるほどである。



 「…………」



 渦中の少女はというと先程から祐一を凝視して呆然としていた。

 余程祐一の発言に衝撃を受けたのか口はぽかーんと開いている。

 が、なんとか気を取り直したのか人指し指を自分に向けて口を開く。



 「…………私?」

 「そうですけど」

 「……ごめん、もう一度言ってくれないかな?」

 「お姉さん、どうしたの?」



 祐一は少女の依頼を疑問ももたずに受けて再び言葉を紡ぐ。

 ただし今度は『屈託のない笑顔』+『甘えるような声』スキルのコンボを加えてだったが。

 と同時に、ばたばたっ! と何か人が倒れるような音があちらこちらで発生する。



 「……き、きみ?」

 「はい?」

 「え、えっと……突然なんだけど、きみって歳はいくつなのかな?」



 追加スキル『可愛らしく首をかしげる』と合わせてかなりのダメージを乙女心の琴線に受けつつも少女は何とか言葉を繋げる。

 しかし頭から湯気らしきものが見え始めているあたり彼女はいっぱいいっぱいだと思われる。



 「……十一歳の小学五年生ですけど?」

 「…………」

 「……あの?」

 「……うえ〜ん! ありがとぉ〜!!」

 「……へっ?」



 ガバッ!



 突然泣き出した少女に抱きつかれる祐一。

 流石の祐一もこういう事態は予測していなかったのか目を白黒させて戸惑う。



 「えっ、えっ、ええっ?」

 「ぐすぐす……ありがとぉ〜」



 祐一の胸で泣き続ける少女。

 事態が飲み込めず困惑する祐一。



 ……が、頭は混乱していても体はきっちり反応するらしく、右手は少女の髪を撫で、左手は背中へと回されていた。

 やはり流石である。















 そのころのりびんぐ・いん・ざ・水瀬家。



 「な、なにか凄いことになっていますね……」

 「……あの猫型リュック」

 「姉さん?」

 「結構男の子にも萌えアイテムかもしれないわ、今度坊にもあの手のものを装着させてみようかしら♪」

 「は?」

 「善は急げね……ピ、ポ、パっと。あ、もしもし?相沢だけど。

  ―――――そう、萌えオプションNo24の発注なんだけど、動物の形のリュックを数点お願い。

  ―――――ええ、報酬は三枚ね。わかった、一週間以内に送っとくわねー(ピッ)」

 「…………姉さん」

 「何? 今の電話の相手ならいくら妹のアンタでも教えられないわよ?」

 「いえ、写真をとるときは私にも祐一さんのコーディネイトをやらせてくださいね?」 

 「……染まってきたわねー、秋子」

 「姉さんの妹ですから♪」















 「とある恋愛小説で『起こらないから奇跡って言うんですよ』っていう台詞があったけどやっぱり奇跡って起こるんだね♪」

 「よかったね、こだまさん」



 何故か何時の間にか意気投合している二人。

 少女の名前は里見こだま。

 祐一が見破った(?)通り実は彼女、祐一より年上の小学六年生だったりする。

 その外見ゆえに実際の年齢通りに扱われたことがないらしく、先程から年上として扱ってくれた祐一にニコニコである。



 「さっきから私に近づいてきては『お嬢ちゃん、迷子?』って言ってくる人ばかりだったの、失礼しちゃうでしょ?」

 「うんうん、こだまさんのような一人前の女性を捕まえてその台詞は失礼だと思う」

 「あっ……あっ……ありがとう〜。本当に祐一くんはいい子だね〜」



 今までこんな風に扱われたことがないせいか、感極まったこだまは祐一の頭をナデナデする。

 祐一もそんなこだまの行動に悪い気はしないのかされるがままである。

 が、いかんせん祐一の方が頭一つ分以上身長が高いせいでその光景は見るものに違和感を与えまくっていた。



 「ところで、こだまさんはここで何を?」

 「待ち合わせ……をしてるんだけど、肝心の相手が来ないの」

 「何時に待ち合わせなんですか?」

 「十時半」



 ちなみに現在は十時四十分である。

 時間的には遅刻ではあるが取り立て騒ぐほどの時間でもない。



 「んー、それじゃあ待ち合わせの相手がくるまで僕が暇つぶしのお相手をしましょうか?」

 「えっ?」

 「ほら、このままこだまさんが一人でいるとまた他の人に心配されるかもしれないし」

 「うっ……で、でも祐一くんはいいの?」

 「僕は一日中ずっと暇だから」



 汚れない微笑みでこだまを見つめる祐一。

 暇つぶしのためだけに祐一を引き止めるのは常識人であるこだまには心苦しいことであったので

 断りを入れようとしたのだが……この微笑みを見てしまっては拒否の言葉など言えるはずもなかった。

 こだま自身ももう少し祐一と話していたいという気持ちがあったために了承の旨を示す。

 ……祐一が言った通り、一人でいるとまた迷子扱いされるだろうというのも理由の一つであることはこだまの秘密である。















 暇つぶし、といっても待ち合わせがある以上こだまはその場を離れるわけにはいかない。

 必然的に会話しか暇つぶしの手段がないのだが…………



 「へえー、こだまさんは作家になるのが夢なの?」

 「うん。私、本が好きだから」

 「デビューしたら最初の作品を読ませてほしいなー」

 「え、ええ? それは恥ずかしいよ…………それに作家になれるって決まったわけじゃないんだし…………」

 「大丈夫、こだまさんならなれるよ」

 「……ありがとう」



 十分充実した時を過ごしていたりする。

 こだまは好きなことを話し、祐一はそれを嫌な顔一つせずに聞きつつ相槌を打つ。

 女性を不快にさせないことに関しては右に出るものがいない彼の能力の本領発揮である。



 「ところで、祐一くんの夢は何なの?」

 「僕の……夢?」

 「うん、私、凄く興味があるな、祐一くんの夢」

 「……うーん」



 こだまの問いに悩む、というか考え込む祐一、これは彼にしては珍しいことである。



 同時刻、モニターを見ながら和観&秋子の姉妹コンビが息を潜めて祐一の回答を待っていた。

 祐一のことならほぼ網羅している母親の和観でさえ聞いたことのない話題だからである。

 「こだまちゃん、グッジョブ!」と和観がサムズアップしているのは和観内でこだまのポイントが上がった証拠だろう。



 「僕の夢、かぁ……」

 「そんなに難しく考えなくてもいいんだよ?こういうことがしたい、こういう人になりたいっていう事でも良いんだから」



 ……………………

 ……………………

 ……………………



 「……母さん、かな」

 「え?」

 「僕にとっての母さんみたいな人に僕はなりたい」

 「……どういう、こと?」

 「母さんは僕にとって大切な人だから。

  破天荒でいつもパワフルだけど、誰よりも僕に優しくて僕が一番尊敬している人だから。

  僕が母さんを思っているように僕も誰かにそう思われるようになりたい。

  母さんみたいに誰かの大切な人になりたい……それが、僕の夢かな」















 「母親冥利に尽きますね、姉さん?」

 「…………そうね」 

 「素敵な夢ですね……」

 「まあ、坊はある意味すでに夢を叶えているって言っても良いんだけどねー……」

 「祐一さんの場合は一人からでなく複数の女性からですけどね」

 「そうね……でも」

 「?」

 「最初に坊を大切に思ったのは―――――この和観ちゃんだから♪」

 「ふふ……そうでしたね」



 和観は微笑みを浮かべていた。

 実妹である秋子ですら気付かないほどの微かな笑みを。















 ぽ〜〜〜〜っ



 文字で表現するとしたらこれが一番的確だろうか…………

 自分の夢を語る祐一のMAXモードのスマイル(レア物)の直撃を体全体でうけてしまったこだま。

 先程からピクリとも動かない。



 「こ、こだまさん?」



 ゆさゆさ、とこだまの肩を掴んでゆする祐一だったが反応は返ってこなかった。

 彼女のダメージはかなり深刻な模様。



 「困ったなぁ……」



 実際のところ、直撃でないにしろ先程の余波をうけてしまった通行人(主に女性)が倒れているのだが祐一はそれらに関しては

 気にもとめない―――――というか気付かなかった。

 彼のある意味唯一の欠点、目に映る女性以外の事象は全て意識外におかれるという特性故の事柄であった。



 「……しょうがないか」



 ポツリ、と祐一は呟いた。

 すると何を思ったか彼はこだまの肩を優しく掴み直し、そして顔を少女のそれに寄せる。

 それは当事者達以外から見ればキスをしようとしているようにしか見えない。

 ただ、両者の目が開いたままということに多少の違和感が感じられるが。



 10cm……5cm……3cm……



 そして祐一の唇がこだまのそれに触れるかと思われた瞬間―――――!



 「あんた、こだまに何やってるのーーーーーっ!!」



 祐一の頭上に一つの影。

 その影の手にはハリセン―――――ではなく、何故か『冬休みの友』が握られていた。
















  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.006  里見 こだま(さとみこだま)

  ・現住所…………花音市舞桜町。

  ・里見家の一人娘。小学六年生。ややシスコン気味の弟が一人
  ・外見通り子供っぽい性格だが本人はそれが不服らしく、年下にはお姉さんぶることが多い。
   まあ、見ていて微笑ましいので放っておくのが吉。
  ・家事に関してはその実力は不明、なんとなくできるような気はする。
  ・将来の夢は作家らしく、その文才と文学知識は小学生とは思えない。















 「ふんふ〜ん、入力と♪(カタカタ)」

 「ご機嫌ですね姉さん」

 「まあね♪ ところで秋子、アンタさっきの坊のせいだと思うけど、鼻血が出てるわよ?」

 「ええっ!?」

 「半分冗談よ」




 あとがき


     「なんかちょっといい話を入れてみました第8話です。ではゲストのお嬢ちゃん、どうぞ」
 こだま「なんで私だけ『お嬢ちゃん』なの〜〜〜!?』
     「フィーリングです」
 こだま「ぷんぷん、これでも私はお姉さんなんだよ?リストヒロインじゃ今のところ最年長だし……」
     「これでも、といっているあたりが泣かせます」
 こだま「うっ、うるさいっ」
     「こだま先輩を小六で幼稚園児の外見でだすか中三で少四の外見でだすか悩んだのはいい思い出です」
 こだま「もっ、もうそれはいいからっ! ほら、今回のお話について話すんでしょ?」
     「といわれても、今回は奇跡が起こったとしか……」
 こだま「そんなに私が祐一くんに実年齢通りに見られたことがおかしいことなのっ?」
     「…………」
 こだま「なんで顔をそらすの〜!?」
     「さて、次は何を書こうかなー」
 こだま「話をそらさないっ! いい? 福沢諭吉はね、『天は人の上に人を造らず』って言って……」
     「さあ、説教が本格的に始まらないうちに次回予告です」
 こだま「こらーっ! 無視するなんてひどいよー」
     「次回登場ヒロインは……まあ、わかる人にはバレバレですね」
 こだま「うう〜、いいもん。〇〇〇にカタキとってもらうもん」
     「うわっ!? そ、それはちょっといや……」
 こだま「ふんだ! 知らないもん!」