『はいはーい、それじゃ八時ごろに迎えに行けば良いのね?』

 「うん、夕食をご馳走になることになったから」

 『ちゃんと感想は言うのよ? 女の子の料理は男に食べてもらってなんぼなんだから』

 「わかってるよ母さん。あ、それと秋子さんに『夕食食べられなくてごめんなさい』って謝っておいて」

 『わかった、秋子もそれを聞けばきっと喜ぶわ』

 「それじゃ」

 『がんばんなさいよー♪』

 「うん!」



 チン!



 「あ、祐一お兄ちゃん電話終わったの?」



 受話器を置いて電話を終えた祐一に話し掛けてくる初音。

 料理中なのかピンクのエプロンを身につけていてそれがとても愛らしい姿といえる。

 ちなみに何を頑張るのかは親子ともに永遠の謎である。



 「そうだよ。あれ、初音ちゃんエプロンつけてどうしたの?」

 「楓お姉ちゃんと一緒にお料理してるの。おいしいご飯作ってあげるから楽しみにしててね♪」

 「え、二人が作っているの?」

 「それはそうだよー、今は私と楓お姉ちゃんしかいないんだから。

  いつもなら梓お姉ちゃんがご飯を作るんだけど、梓お姉ちゃんは今日は部活の合宿でいないから。

  あ、でもわたしも楓お姉ちゃんもちゃんとお料理できるから心配しなくてもいいよ」

 「へえ、その年で料理が出来るなんて凄いね」

 「えへへ……ありがと」



 柏木家廊下にほのぼのとした空間が出来上がる。

 が、それも長くは続かなかった。



 ガララッ



 「ただいまー」

 「あっ、千鶴お姉ちゃんおかえりなさい」

 「ただいま、初音…………あら、その男の子は?」



 玄関の戸を開け、傘をたたみつつ玄関に入ってくる制服姿の女性。

 会話からして、初音の姉なのだろう。

 そう考えた祐一は初音と話していた体勢を反転させてその女性の方を向き、ぺこりと頭を下げて挨拶をするのだった。



 「あ、お邪魔しています。僕、相沢祐一といいます、よろしくです」















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第7話 〜潜入!美少女姉妹は鬼ばかり?(後編)〜















 ぐらり、とその女性―――――柏木家長女、柏木千鶴の体が傾いた。

 そしてそのまま一歩ほど後退する。

 パタン、と彼女の手から離れた傘が倒れる。

 そんな彼女を不思議そうに見つめる祐一&初音。



 「……も……」

 「も?」



 千鶴が何かを言おうとするのを二人の耳は捕らえ、反復する。

 が、その声が聞こえたのか千鶴は『はっ!?』と小さく何かに気付いたかのようにすっとんきょうな声をあげて俯いてしまう。

 そして何故か手を胸に当てて深呼吸を始める。



 すーはーすーはー



 妙な間が続いていた。

 深呼吸を続けながら「落ち着け、落ち着くのよ千鶴。私にはそんな趣味はないはずよ……」などとぶつぶつ呟いている千鶴。

 幸い(?)にもその呟きは聞こえてはいないものの明らかにいつもと違う姉の姿に困惑するばかりの初音。

 一人わけもわからず顔中に『?』マークを浮かべているこの状況の元凶こと祐一。



 「……何、してるの?」



 そんな状況はいつまでも台所に戻ってこない初音を楓が迎えにくるまで続くのだった。















 そのころの水瀬家。



 「それじゃ、行って来るわねー」

 「姉さん、車には気をつけてくださいね?」

 「あらは? 異なことを言うわね秋子。この和観さんともあろうものが車ごときにやられると思ってるの?」

 「いえ、一応私の例もありますし」

 「このSSではそのイベントは起きないわよ?」

 「あらあら」

 「……お母さんたち、何の話をしてるんだろ……」















 「へえ、それじゃあ祐君が身を張って楓と初音を助けてくれたのね?」

 「いや、そこまで大げさなものじゃ……」

 「ふふ、照れなくてもいいのよ? 祐君が楓と初音を助けてくれたことには変わりがないんだから」



 必要以上の笑顔で祐一を見つめつつ祐一と話をする千鶴。

 彼女が祐一のことを祐君と呼んでいるのは祐一が『好きに呼んでください』と言ったからである。

 ちなみに楓と初音は料理中なのでこの場にはいない。

 祐一も食べると聞いて千鶴も料理を手伝うと申し出ていたのだが、二人の猛烈な遠慮により彼女は祐一の話相手となっていた。

 最初はそのため膨れっ面をしていた彼女だが、祐一と話せるのが楽しいのかすぐに機嫌は直るのだった。



 「ところで……祐君にちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 「僕に答えられることなら」



 そう言って無垢な瞳を自分に向けてくる祐一にまたもやぐらっと来てしまう千鶴。

 しかし、今度もかろうじていろんな意味で踏みとどまり、疑問に思っていたことを口にする。



 「あの、ね……? なんで祐君の服の下は……その、半ズボンなのかしら?」

 「何かおかしいですか?」



 即答だった。



 「いや、その、おかしいというか何ていうか……私的にはかなりそそ、じゃなくて」

 「???」

 「ええと……そう! 寒くないのかしら?」

 「いえ、別に」

 「そ、そう……お母さんは何も言わないの?」

 「むしろ奨励してくれてます。よく意味はわからなかったんですがせーるすぽいんとの一つだそうです」

 「……祐君のお母さんって一体……」

 「祐一お兄ちゃん、千鶴お姉ちゃん、ご飯できたよ〜」



 千鶴が至極当然な疑問に頭を痛めているところに台所から初音が姿を現す。

 初音はまたもどこかおかしい姉の様子が気になったものの料理を運ぶのに集中するため気を取り直して歩き出す。

 しかし、流石に初音一人では大皿を運ぶのはつらいらしくその足元はおぼつかない。



 「初音ちゃん大丈夫? 僕が持とうか?」

 「だ、だいじょうぶだよ、これくらい……きゃっ!?」

 「危ない!」



 重さに耐え切れなくなったのか初音の手にある大皿はバランスを崩して傾く。

 が、祐一はすばやく初音の後ろに回りこみ初音の体ごと大皿を支えることによって惨事を防ぐ。



 「……ふう、危なかったね」

 「あ、ありがとう祐一お兄ちゃん……」



 ほっと一息つく祐一とは対照的に初音は少し慌てていた。

 何故だかは彼女本人もはっきりとはわかっていないのだが、祐一に後ろから抱きしめられて顔が熱くなったのである。

 意識はしていないものの、初音の顔は真っ赤だった。



 「駄目だよ初音ちゃん? 頑張るのはいいことだけど、頑張ることと無理することは違うからね」

 「……うん、ごめんなさい」

 「別に謝る必要はないよ。でも、次からは気を付けようね?」



 そう言って祐一は初音の頭に手を乗せて撫で始める。

 初音はびっくりしたようだったが、すぐにそれが気持ちよくなったらしく目を細めて祐一のなでなでを受け入れるのだった。



 「……初音、いいな……」



 そんな妹の姿を続いて台所から出てきた楓はうらやましそうに見ていた。

 ちなみに、千鶴はこの間ずっと頭を悩ませていたので一連の騒動に気付くことはなかった。

 その時、悩んでいたことが祐一の母親についてなのか、それとも半ズボンについてなのかは謎なところではあったが……















 そんなこんなで食事開始である。















 「これ、おいしい(モグモグ)」

 「えへへ、それはわたしが作ったんだよ♪」

 「このみそ汁も……ズズ、うちの母さん並かも」

 「そのみそ汁もわたしが作ったんだよ〜」

 「凄いな初音ちゃん。きっといいお嫁さんになれるよ」

 「じゃあ、わたし祐一お兄ちゃんのお嫁さんになるっ!」

 「ん〜、考えとくね♪」

 「……私も作りたかったのに……ぐすん」



 今日の柏木家の食卓はいつにもましてにぎやかだった。

 本来ならばもう一人の姉と、姉妹の保護者である叔父がいるのだがその二人は今日はいない。

 にもかかわらず祐一が加わっただけでこの賑わいである。



 「……ごちそうさま」



 が、一人その賑わいに加わらずに高速で食事を終えてしまう楓。

 普段から彼女は食事スピードが半端ではなく速い。



 「ええっ、もう楓ちゃん食べ終わったの!?」

 「楓お姉ちゃんは食べるのが速いから」

 「食べてるところを全然見てないんだけど……」

 「そこが楓の凄いところなのよ」

 「……千鶴姉さん、初音」



 姉と妹の説明に顔を微かに赤らめて抗議をする楓。

 普段の彼女ならば気にはしないのだが、今は祐一がいる。

 早食い女的なことをいわれたのでは事実とはいえ恥ずかしいのである。



 「あら、楓、顔が赤いわよ?」

 「ほんとだ〜」

 「……知らない」



 わかっていてからかう千鶴と、子供ゆえの純真さで追撃を入れてくる初音に更に赤くなってしまう楓はぷいっと顔をそらす。

 しかし、三人は知らなかった。

 この場にいる少年は、天性の天然だということを。



 「えっ、やっぱり風邪?」

 「え?」

 「楓ちゃん」

 「はい……って、まさか……!?」

 「ちょっとごめんね」



 こつん



 「〜〜〜〜!?」

 「あら」

 「わぁ」



 先程に続いて再びおでこをあわせて熱診察を開始する祐一。

 ただ、先程と違い今度は千鶴と初音というギャラリーがいるためか楓の体温と体色の上昇は先程の比ではなかったりする。



 「……うわ、凄い熱! 駄目じゃないか、熱があるんならちゃんと休まないと!」

 「……い、いえ、これは……」

 「いいから!初音ちゃん、楓ちゃんの部屋はどこ?」

 「えっ? えと……」

 「悪いけど案内してくれるかな? 楓ちゃんを運ぶから」

 「うっ、うん。こっちだよ」

 「よっと」



 ひょい



 「……っ!?」

 「お、お姫様抱っこ!?祐君って力持ちなのね…………」



 状況的に的外れな発言をしている千鶴はさておき、実際ただごとではない様子の(意味合いは違うのだが)

 姉を見た初音は素直に祐一のいうことを聞き祐一を案内し始めるのだった。















 「うちの坊がお世話になったようでごめんなさいね」

 「いえ、そんなことはないですよ。むしろ楽しかったですから」



 祐一が楓を寝かしつけると(といってもベットにおいて布団をかぶせただけだが)後、和観が祐一を迎えにきた。

 そして、千鶴に挨拶をしているのだが……



 「本当に、弟が出来たみたいで嬉しかったです。うちは男の子っぽいのはいますがみんな女ですから」

 「あらはー、そんなことをいっちゃいけないわよ? ボーイッシュ系も今は結構受けがいい時代なんだし」

 「は、はあ……?」

 「あらは? ごめんねー、ちょっと話がずれちゃったみたいね。

  そうね、今すぐってわけじゃないけど坊があなたの弟になる可能性はあると思うわよ……ね?」

 「?」

 「…………」



 そう言う和観の視線の先にはきょとんとしている初音と、いつのまに抜け出してきたのか楓がいた。

 ちなみに、楓の頬が赤いのは別に熱があるせいではない。



 「楓ちゃん!? 駄目だよ、ちゃんと安静にしてないと」

 「……いえ、見送りぐらいはさせて下さい(それに、本当は大丈夫だし…………)」



 そんな楓をすぐさま心配する祐一、流石といえば流石である。



 「……ああ、なるほど(ぽん)」

 「でもうちの坊はあんなんだから難しいかもしれないけどね♪」

 「……そうですね、私も危うくやられるところでしたから」















 柏木家を去っていく相沢親子を見送った後、千鶴は楓と初音を真剣な顔で見つめた。



 「楓、初音」

 「なに、千鶴お姉ちゃん?」

 「……?」

 「私は、祐君が私の義弟になるんだったら協力は惜しまないから頑張るのよ?」















 一方、水瀬家。



 「あら? 姉さんその袋は一体……」

 「ああこれ? 柏木の長女さんからもらったのよ。よろしければ食べてくださいって」

 「……それ、キノコですか?」

 「ええ、何でも庭で栽培してるキノコらしいんだけどちゃんと食用だし、美味しいらしいわよ」



 余談ではあるがこのキノコによって、水瀬家で未曾有の事態が引き起こされることになるのだが……それはまた別のお話。




 あとがき


     「何かラストが気になる第7話でした。今回のゲストは……」
 千鶴 「柏木家長女、柏木千鶴です……あの、私はリストには入らないのですか?」
     「はい、だってあなたは年が―――――」
 千鶴 「……貴方を、殺しますよ?」
     「あわわわっ!?ごっ、ごめんなさいぃぃぃ!」
 千鶴 「全く……ま、それはおいておいて。今回は私が登場したわけですけど……」
     「なんとか壊れになるのだけは阻止できてほっと一息です。
     当初は祐一君を奪うために鬼化して和観さんと戦うってのも考えてたんですよねー」
 千鶴 「そんなことしてたら……私、貴方を殺さなくてはならなかったですね♪」
     「いや、だからしてないでしょうが!?」
 千鶴 「でも、少し危ない場面もありましたよね? 冒頭の「……も……」の後は何を言わせるつもりだったんですか?」
     「それはもちろん―――――いえ、なんでもないです」
 千鶴 「ふふ、それが身のためですよ」
     「けど、千鶴さんを書くのは難しかったですよー、なんせ相手が小さい祐一くんですから原作そのままの口調は無理ですし」
 千鶴 「違和感を感じてしまった方はごめんなさいね?あ、そういえば最後のあのキノコってまさか……」
     「はい、痕名物のアレです。アレが使われるのはまだ先、というか番外編的な話ででしょうが……」
 千鶴 「確かにアレを使うと話がとんでもないことになりますしね」
     「さ、さて、それではそろそろ次回予告に行きましょうか」
 千鶴 「次回は……この人ですか。しかもあわよくばラスト付近にこの人もですか?」
     「はい、KANON、ONE、痕と順調にきましたからね。そろそろあの作品のヒロインが出番ですよー」
 千鶴 「でも、この娘の年齢どうするんですか? だってこの娘は…………」
     「まあ、ヒントはそこまでです。後は次回のお楽しみ〜」
 千鶴 「それでは、またお会いしましょうね」