「……むぅ、急がないと……」



 茜と別れた後、祐一は走っていた。

 傘をさしているとはいえ、雨足が強くなり水溜りが出来始めている。

 母親の趣味(?)によって長グツを履かない祐一は靴を汚さないよう急がなければならないのである。



 「初音、いくら久しぶりの雨だからってあんまりはしゃいでいると危ない」

 「あめあめー♪」



 階段に差し掛かったとき、祐一の前を姉妹らしき二人の女の子が歩いていた。

 いかにも物静かそうで雰囲気が茜に似た感じの少女と、その少女よりも一回り小さい元気いっぱいと言った感じの少女。

 まさに正反対といった感じの二人だが仲はいいのだろう、二人は手をつないで階段を上っている。



 (……なんだろう、この感じ?)



 と、祐一は前の二人に何故か違和感をうける。

 見た目何もおかしいところのない少女二人なのだが、どこか今まで会った少女たちとは異なる雰囲気。

 ―――――気配とも言うべきか、を感じたのである。



 「わわっ!」



 ……が、彼のそんな思考は途中で打ち切られることになるのだった。

 グラリ、と元気な方の少女が足を踏み外したのか後ろへと体を大きく傾けたからである。















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第6話 〜潜入!美少女姉妹は鬼ばかり?(前編)〜















 「初音っ!?」

 「!!!」



 もう一人の少女の叫び声と共に、そのまま後ろへと無防備に倒れていく少女。

 手をつないだままのため、もう一人の少女も一緒に引っ張られて倒れていく。



 「わあーっ!!」

 「……っ!」



 転落の恐怖に目をつぶる二人、しかし



 「危ない!!」



 ガシッ―――――ガッ、ゴロゴロゴロ…………!



 祐一はとっさの判断で傘を投げ捨て、ダッシュをかけて二人を抱きしめるかのように後ろから支える。

 だが、少女二人分の重さと落下の勢いは祐一の力では耐え切ることが出来ず三人とも階段から転がり落ちてしまう。

 それでも祐一は少女達を抱きしめる手の力だけは緩めずにいたため、少女達をかばうことには成功する。



 「…………つぅ…………」

 「―――――か? だ―――――すか!?」



 頭をしたたかに打ち付けた祐一が気を失う直前に見たのは、自分を心配そうな表情で覗き込んでくるおかっぱの少女だった。















 同時刻、水瀬家リビング。



 「流石私の自慢の息子ね、己の危険をかえりみず女の子を助けるなんて。これぞ王道よねー!」

 「って姉さん、そんなことを悠長に言っている場合ですか!?」

 「坊なら大丈夫よ」

 「どうしてそう言い切れるんですか!?」

 「この和観ちゃんの息子だからよ」

 「……あああ、何か問答無用の説得力が……」

 「それに信じてるからね、坊のことは。あの子は私より先に死ぬような親不孝な子じゃないわ」

 「姉さん……」



 (それに……いざというときは『あの人』がいるしね♪)















 「……知らない天井?」



 目が覚めた祐一はお約束の台詞を放ちながらまわりを見回した。

 目に付いたのは靴箱、扉、濡れた靴が三足。

 どうやらどこかの家の玄関らしい。



 (……あれ、さっきの二人の女の子は?)



 冷静に状況把握に努めながらも、自分のことより助けた少女の方を心配する彼の思考回路は凄いの一言に尽きるといえよう。

 と、そこに聞こえてくる二つの足音と話し声。



 「初音はタオル持ってきて」

 「うん!」

 「私はあの人の様子を見に行ってくるから……」



 トテトテ……



 足音が祐一に近づいてくる。

 祐一は取りあえず身を起こしてこちらに向かっているであろう人物を待つ。



 「……あ」

 「こんにちは」



 やって来たのは気絶寸前に祐一を心配していたおかっぱの少女だった。

 どうやらここにはついたばかりらしく、その漆黒の髪は水滴を含んだままである。

 祐一が目を覚ましていた上、いきなり挨拶をされるとは思っていなかったらしく数瞬まばたきをする少女。



 「目を……覚ましていたんですね」

 「ついさっきだけどね」

 「さっきはどうもありがとうございます。あ、ここは私たちの家で、私の名前は柏木楓(かしわぎかえで)といいます」



 ぺコ、と頭を下げる楓。



 「いや、反射的に体が動いちゃっただけだし……でも、大丈夫だった?怪我とかなかった?」

 「はい、貴方が私達をかばってくれたおかげで私も妹も全くの無傷です」

 「よかったー」

 「貴方の方こそ大丈夫だったんですか?」

 「ああ、頭を打っちゃったけど傷はないようだし……それに僕って母さん譲りで運だけはいいんだよね♪」



 ニカッ、と屈託なく笑いながらそう言う祐一に楓は頬を朱に染める。

 それはよく接近して見ないとわからないほどの微かなものだったのだが……



 「……楓ちゃん? 頬が少し赤いけど大丈夫?」

 「え!?」



 あっさりと気付く祐一だった。

 女の子の変化についてなら色恋沙汰の感情以外はこの少年に気付けないものはないのである。



 「い、いえこれは……そう、ここにつくまでちょっと雨に濡れたもので……」

 「えっ! まさか楓ちゃんがここまで僕を運んでくれたの?」

 「はい……初音―――――妹なんですけど、その娘と二人がかりで何とか」

 「そんな、それじゃ二人ともずぶ濡れじゃない。傘とかさせなかったんでしょ?」

 「周りに人がいなかったから……」

 「それにしたって……」

 「でも、私達を助けてくれた恩人をあのまま放っておくわけにもいきませんでしたから」



 微笑んでそう言われたのでは祐一としても運んでもらった手前、何も言えなくなってしまう。

 ―――――が、この少年は相沢祐一の名を持つもの、このまま黙って引き下がるということはないのだった。



 「楓ちゃん」

 「はい…………!?」

 「んー、ちょっと熱いかな?」

 「…………!」



 大半の読者様はおわかりだとは思いますが一応解説を。

 祐一は古来から続く熱はかりのお約束。

 そう、楓に対しておでことおでこをコツンとやるアレをやったのである。



 「……あれ? なんかどんどん熱が上がってきたし楓ちゃんの顔も……?」

 「〜〜〜〜〜〜〜っ」

 「だ、大丈夫?」

 「だ…………大丈夫…………です」

 「で、でも」



 「楓お姉ちゃ〜ん、タオルもってきたよ〜」

 「!!」



 ババッ!



 人知を超えた物凄いスピードで一瞬にして祐一から離れる楓。

 が、高まった熱のためなのかそれとも別の理由なのか、その無表情気味の表情は微妙に引きつっていたりする。

 しかし、顔を真っ赤にして頭から湯気を出しかねないその様子は彼女を可愛らしく見せるには十分だったのだが。

 そんな楓に漢として反応すべき祐一はというと、いきなりの出来事についていけず目を白黒させて楓を見つめていた。



 「???」



 一人何も知らない楓の妹――――初音はハテナ顔を浮かべるばかりだった。















 「祐一さん、そろそろお風呂に入れると思いますのでどうぞ」



 初音と祐一の自己紹介とお礼タイムも終わり、帰ることを考え始めていた祐一はそんな楓の突然の申し出に驚く。



 「え、お風呂って?」

 「祐一さんは私達のせいで服もびしょぬれですし、そのまま帰ったら風邪をひいてしまいます」

 「でも、流石にそこまでしてもらうわけには」

 「でも、もう用意してしまいましたから……」

 「なら、楓ちゃんたちが入ってよ。楓ちゃんたちも濡れているんだから」

 「そういうわけには……」



 …………くいくい



 楓と祐一が言いあいを始めかけたその時、沈黙を保っていた初音が祐一の袖を引っ張った。



 「初音ちゃん?」

 「初音?」

 「なら、一緒にお風呂に入ろうよ♪」



 ―――――ピシッ



 初音のその言葉に、楓の時が止まった。



 「は…………初音? な、何を」

 「どういうことかな初音ちゃん?」

 「わたしと、楓お姉ちゃんと、祐一お兄ちゃんが一緒にお風呂に入るの。それならいいでしょ?」

 「な―――――」

 「うーん、それならまあいいけど……」

 「!?」



 「何を言ってるの、そんなの無理に決まってるでしょ?」と楓は言いかけた。

 もちろん彼女はこの言葉には祐一も賛同すると思っていた。

 しかし、予想を裏切りあっさりと爆弾発言を言い放つ祐一に、楓は流石に固まってしまうのだった。



 「やったー♪ じゃあ早くいこう!」

 「…………え? …………ええ?」















 「面白い展開ね」

 「私も祐一さんとお風呂に入りたいですね」

 「じゃあ今度私と名雪ちゃんもいれて四人で入ってみましょうか? きっと楽しいわよ♪」

 「いいですね……」

 「祐一のは凄いのよー?」

 「ええっ!?」



 和観の言葉から何を想像したのか顔を真っ赤に染めて鼻を押さえる秋子。



 「あの白くてつるつるな肌……まさに天然記念物ものよー♪」

 「あ……そ、そっちのことですか」

 「?」















 ちゃぽーん



 「えへへ、祐一お兄ちゃんかゆいところはない?」

 「うん、特にはないよ初音ちゃん。ありがとう」

 「どういたしまして♪」

 「じゃあ、これが終わったら次は僕が初音ちゃんの背中を洗ってあげるね」

 「うん♪」

 「…………」



 楓はあの後脱衣所に入る寸前で意識が戻ってきたのだが、結局妹の『お願い』には逆らえなかった。

 自分が一緒に入れば祐一もちゃんとお風呂に入ってくれると自分に何とか言い聞かせていた楓。

 だが、いざ実際入浴となると全く祐一の方を見ることができずにひたすら湯船につかることしかできなくなってしまうのだった。



 「ねー、お姉ちゃん?」

 「な、なに、初音?」

 「なんで後ろをむいたままなの?」

 「べ、別に……」



 祐一の方がこうして平気な顔をして入っている以上「はずかしいから」とは言えない楓。

 確かに育ての親である叔父とは一緒にこうしてお風呂に入ったことはあるもののそれは初音の歳のころの話である。

 この歳になって異性と、しかも同年代の男の子と一緒にお風呂に入るのには流石に抵抗があるのだった。



 「あ、楓ちゃんも背中洗ってあげるからあがっておいでよ」



 しかしそんなある意味限界の彼女に祐一から追い討ちとも言える言葉がかけられる。



 「……え!?」

 「そうしなよ楓お姉ちゃん。祐一お兄ちゃん背中洗うのすっごくうまいんだよ〜」

 「はは……まあ母さんのをよく洗ってるから」

 「い、いいです。そんなこと」

 「遠慮しないでいいって、僕が好きでやることなんだから」

 「……け、結構……ですから」



 楓は後ろ向きのままただ体温のみを上昇させていく。

 彼女は湯船につかっているので祐一も初音も気がつかないが、もう全身がゆでだこ状態になっている。

 無論のこと祐一には下心など一ミリの欠片もない、ただ純粋に楓の背中を洗って流してあげようと思っているだけなのである。

 ……まあ、それがはっきりいって一番たちが悪い気がしないでもないが。



 結局、楓は何とか祐一の申し出は断り切ったものの、湯船にずっとつかってきた当然の結果としてすっかりのぼせてしまい

 今度は彼女が祐一と初音に運ばれることになったのだった。



 「……きゅう……」
















  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.004  柏木楓(かしわぎかえで)

  ・現住所…………花音市璃衣譜町。

  ・璃衣譜町では上流である柏木家四姉妹の三女。小学五年生。
 ・大人しい性格で基本的に無口、だが意志が強く、自分というものをしっかり持っている。
  ・家事に関しては可もなく不可もなくといったところ。
  ・見かけに寄らずお笑い好き。


  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.005  柏木初音(かしわぎはつね)

  ・現住所…………花音市璃衣譜町。

  ・柏木家四姉妹の四女。小学三年生。
  ・元気一杯で素直な性格。人を気遣うということに長けており、性格的には文句なし。
   ただ、それゆえに何事も人にゆずってしまうところがある
  ・家事に関しては幼いながらもかなりの実力、お嫁さんという意味では最高かも。
  ・妹属性の人にはたまらないだろう(謎)
















 「一気に二人GETね♪」

 「あの……最後の項が気になるんですけど」

 「あらはー、まだ後編もあるのね♪」

 (……ごまかしましたね)




 あとがき


     「初の前後編になる第6話でした。今回のゲストはこのお二人です」
 楓  「柏木楓です(ぺコリ)」
 初音 「柏木初音だよ♪」
     「今回はしょうこりもなくお風呂ネタでした」
 楓  「凄く、恥ずかしかったです……」
 初音 「わたしは楽しかったけどな〜」
     「何か聞きたいことはありますか?」
 初音 「ええと、わたしたちの設定ってどうなってるんですか?」
     「貴方達というよりはこの世界での痕の設定ですね。まず残りの姉妹さんですが長女さんは高校一年、次女さんは中学二年です」
 楓  「原作とは私達の年の差が違いますね……」
     「まあ、それは仕様ということで。ちなみにこの世界には叔父さんはいますが耕一はいません」
 初音 「え、耕一お兄ちゃんいないの?」
     「いろいろ不都合がありますので。ですから前世がどうたらという設定もなかったことになっています」
 楓  「鬼に関しては?」
     「その設定だけは健在です。別にこの話に絡める気はほぼないので仮に使われてもギャグでしょう」
 初音 「じゃあ、そろそろ次回予告だね」
 楓  「姉さん達はでるんでしょうか…………」
     「長女さんがでます、あるお方が凄くお気に入りのようなので大活躍の予定です、ただし見てのお楽しみですが(笑)」
 初音 「それじゃ、また」
 楓  「後編でまた会えることを…………」