―――――ポツ、ポツ



 祐一が目的地にたどり着いた時には、雨が降り始めていた。

 そんな中、傘を差して一人空き地の中央で佇む一人の少女がいた。

 少女の精巧な人形のような綺麗で何処か儚げな雰囲気とあいまってその光景は祐一の目には幻想的に映る。



 「……?」



 ふと、少女が祐一に気付き、彼を見る。

 そして少女と祐一の視線が交錯する。

 祐一は少女の瞳に、少女は祐一の瞳に自分の姿を映した。



 「なに……してるの?」



 先に口を開いたのは祐一だった。



 「……待っているんです」



 答える少女。



 「雨、降り始めたのに?」

 「はい」

 「……どうして?」



 問う祐一に少女は少しうつむき、それでも答えを返してくる。



 「私には、待つことしか出来ないから」

 「…………」

 「だから……」















 「早いところ貴方の持っているタイヤキを渡してもらえませんか……相沢祐一さん」



 そう言って顔を上げた少女―――――里村茜の頬には朱が散っていた。















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第5話 〜雨天!甘味姫は空き地がお好き?〜 Version B















 「あれ? 何で僕の名前を?」

 「詩子に聞きましたから」



 そう言いつつワッフル形キーホルダーのついた携帯電話を祐一に見せる茜。



 「へえー、携帯電話を持ってるんだ」

 「詩子は神出鬼没ですから……常時とれる連絡手段が必要なんです」

 「そ、そうなの……」



 なるほど、詩子ならばそんな感じでも不思議じゃないしなぁ、と微妙に失礼なことを考える祐一。

 ちなみに、一筋の汗が頬を流れたのをはっきりと茜は見ていたりする。



 「あ、そうだ……」



 祐一はここへ来た目的を思い出し、タイヤキの入った袋を取りあえず茜に渡す。



 「はい、おとどけものです」

 「……ありがとうございます」



 よほど待ちわびていたのであろう、茜は心の底から嬉しそうに袋を受け取る。

 しかし、祐一の視線が気になって恥ずかしいのか……なかなか袋からタイヤキを取り出して食べようとしない。



 「食べないの?」

 「……そんなにじっと見つめられては食べられません」



 恥じらいのためか微かに頬を赤らめ、祐一に軽い抗議をする茜。



 「あっ……ごめん。じゃあ僕はこれで帰るね」

 「……待ってください」

 「じゃあね……って、え?」



 空き地から出ようと回れ後ろをした祐一は茜の言葉に引き止められた。

 祐一は「どうしたの?」といった感じのハテナ顔をして首から上だけ振り返る。

 その仕草が少しばかりツボにきたのか、茜は一瞬袋を落としそうになり慌ててしまう。



 「貴方も、食べませんか……このタイヤキ」

 「えっ」

 「一人で食べるより……二人で食べる方がきっと美味しいですから」



 表情こそ崩さずにそう言う茜だったが内心は男の子を誘うという行為に緊張していたのであろう、

 瞳は明らかに祐一から外れ、頬も微かに朱色に染まっていた。



 「えっと……?」

 「か、勘違いはしないで下さい」

 「?」

 「詩子が来れなくなって私も暇でしたし、貴方にこれを届けてもらったお礼もしたかったですし、

  それにもうちょっと貴方とお話してみたいですし……」

 「え?」

 「あ、さ、最後のはなしです。気にしないで下さい」

 「うん、わかった」

 「……ずいぶん、あっさりと納得するんですね」

 「え、だって気にしないでって言われたし……」

 「……と、とにかくそういうわけなので私と一緒にこれ、食べませんか?」



 「うん、いいよ」















 「複雑な乙女心ですね」

 「駄目よー、坊。そんなに簡単に納得しちゃー」

 「そこが祐一さんの魅力の一つですからね…………時には考え物ですけど」

 「改善点、その1ね」















 「あ、そうだ。こっちもお願いがあるんだけど」

 「なんですか?」

 「傘に入れてくれないかな?そろそろ本格的に降ってきそうだし……傘、持ってないから」

 「……くすっ、どうぞ」

 「ありがと」

 「取りあえず屋根のあるところに行きましょう。そうですね……ここからなら御音公園がいいですね」

 「まあ、僕に土地観は全く無いから言うとおりにするよ」

 「ここの人じゃないんですか?」

 「うん、従姉妹の家に遊びに来たんだ」

 「そうだったんですか」

 「あ、傘は僕が持つから」

 「……すみません、お願いします」

 「いや、僕の方が入れてもらう身だしね」



 苦笑する祐一を傘に入れて歩き出す二人。

 すると、ふと茜は一つのことに気付いた。



 (……そういえば、この状態って……)



 「これって客観的に見たら相合傘だよねー。僕、初めてなんだー♪」

 「…………っ!?」



 ズバッ、と。

 臆面もなく、それはもう楽しそうに。

 まるで茜の心を見透かしたかのように祐一は言った。



 「そ、そうなんですか」

 「うん! 相合傘ってドラマみたいでカッコいいよね!」

 「カッコいい、ですか?」

 「うん、結構あこがれてたんだ……ああいうの」



 本当に嬉しそうにそう言う祐一。

 その異性殺しの笑顔からは一片の嘘も見当たらない。



 「そ、それはよかったですね。でも、最初の相手が私でよかったんですか?」

 「もちろん、君ほど可愛い子なら不足なんてあるわけないよ」

 「……あ、ありがとう」



 祐一の笑顔に見惚れ、その言葉に照れるも何とか返事を返す茜。

 ちなみに祐一たちのそのやり取りを聞いてびっくりしている老人がいたりする。



 (なんとなく、詩子のテンションが高かった理由がわかった気がしますね)



 茜はついさっきの詩子との会話を思い出していた。















 約二十分前、詩子&茜の通話。



 『もしもしー、茜?』

 『どうしたんですか詩子、早く来てください。もうお腹が空いて仕方がありません』

 『ごっめーん、ちょっとピアノの時間が来たんでそっちに行けなくなっちゃった。てへっ♪』

 『…………(怒)』

 『……ひ、ひょっとして怒ってらっしゃるとか?』

 『はい』

 『だ、大丈夫! ちゃんとタイヤキだけはそっちに届けるから!』

 『……どういうことですか』

 『詳しいことを説明してる暇がないんで簡単に言うけど、あたしの代理の人がタイヤキを届けてくれることになったから』

 『……代理? 誰?』

 『相沢祐一くん』

 『誰ですか、それは』

 『あたしのパパ♪』

 『…………』

 『わっわっ、無言で切ろうとしないで〜』

 『……よくわかりましたね』

 『伊達に茜の親友はしてないからね』

 『私も伊達に詩子の親友をしていませんから』

 『…………』

 『…………』

 『……ごめんなさい』

 『……で、誰なんですか? その相沢祐一という人は』』

 『う〜んとね…………Shall we dance?』

 『なんで踊るんですか』

 『いや、事実だし』

 『意味がわかりません』

 『茜も気をつけてねー♪』

 『は?』

 『惚れちゃったらだめだよー?』

 『しい―――――』

 『笑顔に要注意よっ』

 『人の話を―――――』

 『じゃっ、そういうことで♪』



 ……ツー、ツー、ツー



 『……なんだったんでしょうか……』















 (気をつけてって……こういうことですか……詩子)



 肩が触れ合うほど近くにいる隣の少年の笑顔にもはや陥落寸前の茜。

 祐一の方はというと、よほど相合傘が楽しいのかその歩調はスキップを踏みそうな勢いだったりする。

 そんな小さなカップルの姿は周りの大人(男性)に微笑ましさを感じさせているのだった。

 …………が、



 「ああ……(恍惚の笑み)」

 「な、なんて萌え…………いえ、むしろ燃えるシチュエーション……!!」

 「誰かあの男の子に長グツを〜〜〜〜〜〜〜!!」



 一部(というかむしろ大半)の女性にはそうでもない様子。















 「姉さん! 何故祐一さんに長グツを履かせていかなかったのですか…………!」

 「甘いわね、秋子」

 「何がですか!?」

 「長グツは確かに雨の日の萌えオプションだとは思うわ、でもね…………」

 「でも……?」















 「ふくらはぎが見えなくなっちゃうじゃない!!!」

 「なるほど!!!」



 ……ここにも、萌え狂う女性が二人いるのだった。















 「あ、あの」

 「ん、なに?」



 流石に自分たち(といっても主に祐一)に向けられる視線の多さに気付き、別の意味で緊張しだしてしまう茜。

 なんとかその緊張状態をほぐそうと話しかけようとするものの祐一のことをどう呼んでいいのかわからず言葉に詰まってしまう。



 「あっ、僕のことは好きなように呼んでくれていいから!」



 が、そこは女性の言いたいことを読むことにかけては天下一品の鋭さを誇る祐一であった。

 あっさりと茜のいいたいこと察し、先を促す。



 「あ、え、えっと……じゃあ、祐一と呼ばせてもらいます。

  あと、私のことは名前で呼んでさえくれればどう呼んでくれても構いません……名前で呼ばれるの好きですから」

 「うん、じゃあ君のことは茜ちゃんって呼ばせてもらうことにするね♪」

 「ち、ちゃんですか」

 「……駄目、かな?」

 「そ、それは流石に…………う、い、いえ、その呼び方でもいいです」



 祐一の『ウルウルな瞳で上目使い(祐一の方が背が高いためかがんで下から覗き込みバージョン)』に

 二つの意味で完全陥落してしまう茜だった。















 「……詩子に感謝しなければならないですかね……」



 あの後、公園でタイヤキを食べた二人。

 いつもなら甘く感じるはずのタイヤキの味が隣の少年のせいか全くしなかったことを除けば楽しかった時間。

 「小雨になったから」といって微笑みながら去って行った祐一の姿。

 そんなことを思い出しながら家への帰路につく茜のその表情は彼女にしては珍しく明確に楽しさが伝わってくるものだった。



 「茜『も』気をつけてねー♪」



 親友のそんな言葉を思い出しながら、彼女の表情は傘に隠れて穏やかに微笑んでいるのだった。




 あとがき


    「というわけで予告通り書きましたよー、第5話Bバージョン」
  茜 「ですのでまた私が呼ばれました」
    「最初に注意しておきますがこの話はあくまで第5話の別パターンでありジゴロの本筋はAの方で続けられます」
  茜 「つまりいきなり雨が降っていたことなどは突っ込まないで欲しいというわけですね」
    「そうです」
  茜 「で、何故この話はパターンが二つあったんですか?」
    「理由は三つです」
  茜 「前回とは反対に会話を主流にしたかったのと、ギャグを書きたかったというやつですね」
    「そして相合傘が書きたかった」
  茜 「それがメインの理由ですね」
    「だって雨なのに相合傘ネタをやらないなんて私の萌え道に反しますし」
  茜 「まあ、私は出番が増えたので何も言いませんが……これでは天野さんや楓さん登場時にはどうなるんでしょう……」
    「頑張ります、書くまでは!」
  茜 「ではもう一度次回予告を」
    「姉妹ヒロインが登場とまではいいましたが……第二予告、姉が多少(?)壊れるかも」
  茜 「それでは、また」