晴天だった空は何時の間にか曇り模様になっていた。
いつ雨が降ってきてもおかしくない状況であった。
事態は一刻を争う(タイヤキがさめる)が、備えあれば憂いなし。
途中にあったコンビニで傘を二本買い、目的地へとタイヤキの入った袋を片手で抱えて走る一人の少年。
彼は今日この時もいつものごとく最強だった。
それは、まだ雨が降り始めてもいないのにもかかわらず水溜りがところどころに出来ているところからもうかがえる。
何故かその水溜りの色が赤かったり、その水溜りの近くで女性が貧血と歓喜でくらくらしているのもいつものこと。
彼の名前は相沢祐一。
きっと長靴をはいて雨道を歩けばとっても映える(一部の人には萌える)であろう半ズボンをなびかせて走る、十歳の少年。
ちなみに今日、彼の半ズボンの色は周りの水溜りの色と対比されるがごとく、青かった……
相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝! 第5話 〜雨天!甘味姫は空き地がお好き?〜
「…………」
ようやくたどりついた目的地こと空地。
そこには、詩子の言ったとおり、髪を三つ編みにした少女が一人立っていた。
彼女の名は、里村茜(さとむらあかね)
先ほど祐一が出会った柚木詩子の親友であり、また祐一にとっては詩子との約束を果たすためのキーパーソン。
第一印象としては―――――大人しくて上品そうな娘だな、というのが祐一の評だった。
もう一つ彼には思ったことがあるのだが、それは後にして……
「…………?」
祐一は茜を目の前にして、彼にしては珍しいことに悩んでいた。
その苦悩の様といったら、「次に更新する連載はどうしよう……」と悩む作者など比較にならないほどである。
一方、茜は祐一を怪訝そうな顔でじっと見つめて―――――観察していた。
あまり人の訪れることの無いこの場所に、突如走りこんできた少年。
別段自分に危害を加えるようには見えなかったので彼女は何も行動を起こさなかったのだが……
彼女の祐一に対する第一印象、というか思ったことはただ一つだった。
(……寒くないんでしょうか)
それはそうだろう、いかに祐一本人は平気だとはいえここは雪国、しかも今は冬である。
そんな中、半ズボンをはいた少年が目の前に現れれば大抵の人はそんなことを思っても不思議は無い。
見ている方が寒くなりそうである。
「あの…………」
と、そんなことを考えている茜の心を読んだわけではないのだろうが祐一はようやく声を発した。
そして、視線を上げる茜。
目と目がバッチリと衝突する。
(綺麗な瞳……)
茜が祐一の顔をはっきりと見て抱いた感想だった。
深淵の闇よりもなお深く、見ているとその魅力に吸い込まれそうになってしまう漆黒の瞳。
思わず、祐一の瞳に釘付けになってしまう茜。
他方、祐一は困り顔だった。
声を出してはみたものの、まだ悩みの結論は出ていないからである。
ここで突然だが、今の祐一の表情「保護欲をかき立てられる困り顔」について説明しよう。
これは、和観の教えと祐一のたゆまぬ努力(無自覚)が生んだ祐一の持つ108の殺心技の一つであり、
その中でもTOP3に入る威力を持つ、通称『三大祐技』と呼ばれるものの一つである。
この技は年上のお姉さんに絶大なる破壊力を発揮するが、同年代以下の女の子にはあまり効果が無い。
ゆえに、茜はこの表情に対して反応を示さなかったのだ。
同時刻、水瀬家リビングでは……
「待ちなさい、そして落ち着きなさい秋子」
「何故ですか姉さん! あの表情の祐一さんを抱きしめられないなんて、女としての大いなる損失ですよ!」
「まあ否定はしないけどここはぐっと我慢の子よー」
「離してー、ゆういちさんー、ゆういちさんー」
「……流石は名雪ちゃんの母親ね、『ネコモード』の名雪ちゃんそっくりだわ。
この子が私の血を分けた実の妹だと思うと、ちょっぴり和観ちゃんショック」
秋子さんが暴走してえらいことになっていた……
「……よし、決めた」
「…………?」
空き地では、お互いを見詰め合うこと数分、ついに祐一が動いた。
どうやら自分の思考に決着がついたらしく、真剣な顔つきになって改めて茜を見つめる祐一。
「な、なんですか……?」
急に真剣な顔つきに変わった祐一に動揺してしまう茜、彼女にしては珍しいことである。
とはいえ、目の前の少年の今までの表情が一転し、「確固たる意思の宿る強い瞳」になったのだから無理も無いことではあるが。
ちなみにこの表情も三大祐技の一つであり、こちらは先ほどとは反対に、同年代以下の女の子に絶大な威力を発揮する。
(一体なにをいう気なんでしょう)
祐一のさっきまでとの表情のギャップにもうドキドキの茜。
その神経の全ては祐一の口から発せられるであろう次の言葉に向けて集中しまくりである。
ある意味、祐一の虜になってなってしまったといっても過言ではないだろう。
そんな茜の状態を読み取ったのかは定かではないが、ついに祐一は『その言葉』を口にした。
「―――――えっと、君が……里村、茜ちゃん?」
―――――ガンッ!!!
「あらはー、どうしたのよ秋子。テーブルに頭をこれでもかっていうくらいぶつけちゃって、痛いだけでしょうー?」
「めっちゃ普通ですやん!? 今までの緊迫感はなんだったんですか!?」
「なんで微妙に関西弁なのかはわからないけど、ナイスツッコミね秋子。流石は私と血を分けた実の妹なだけはあるわー」
「さっきといってることが逆なんですけど姉さん……」
「気にしちゃ駄目よ♪」
「……わ、わかりました(汗)
で、い、いったい祐一さんは何に悩んでいたんですか?」
「多分、あの娘の呼び方を考えていたんだと思うわ。結構大人っぽい感じの娘だからどう呼ぶべきか悩んだんでしょうね」
「その結論がちゃん付けですか……?」
「ま、見てなさいって。こっからが坊の本領発揮なんだから♪」
「本領って……」
里村茜は今、生涯で一番混乱していた。
何故この男の子は自分の名前を知っているのだろう? とか、何故この男の子は満足そうな表情をしているのだろう? とか、
何故蜂蜜練乳ワッフルはあるのに蜂蜜練乳タイヤキは無いのだろう? など疑問は多々あるのだが、
今はそれどころではない問題が彼女の思考を占めていた。
「あ、茜……ち、ちゃん?」
そう、この目の前にいる少年は初対面であるはずの彼女に対して、ちゃん付けで名前をのたまってくれたのである。
茜は普段のその無口なところと無表情なところがあいなって実年齢よりも大人びて見られることが多い。
従って明らかに年上である大人ならばともかく、同年代で彼女のことをちゃん付けで呼ぶ者はいないのである。
それをこの少年は悩んだ末に出した結論として「ちゃん」を使ったのだ。
「うん、君が詩子の言ってた里村茜ちゃんだよね?」
再びちゃん付けで茜を呼ぶ祐一。
茜は親友の名前が出たことによって多少落ち着きを取り戻したものの、新たな問題が発生してしまう。
最初彼女は、少年はいつも女の子のことをちゃん付けでよんでいるのでは? と考えていた。
しかし自分と同い年である詩子のことは呼び捨てで呼んでいるのに自分のことはちゃん付け……
つまり、この考えは否定されてしまうのである。
「そうです。貴方は、詩子の知り合いなんですか?」
そんな疑問を少年にぶつけてみたいと思いつつも、取りあえず少年の素性を知ろうとする茜。
何はともあれ、相手のことを知らないことにはどうしようもないとの思考である。
「うん、といってもさっきあったばかりなんだけどね。茜ちゃんのことは詳しく聞いてなかったから見つけられるか
不安だったんだけど、思ったより簡単に見つかってよかったよ」
そういいながら、軽く微笑む祐一。
自然、茜の頬は赤く染まった。
「そ、そうですか……それで、私に何か用事ですか?」
「あっ、そうだった。はい、これ」
目的を思い出し、祐一は慌てて手にもっていた袋を渡す。
「タイヤキ……」
「いろいろあって詩子がここにこれなくなっちゃったから僕が詩子の変わりにこれを届けに来たんだ」
「そうですか、それはありがとうございます」
「どういたしまして」
沈黙
「…………(もぐもぐ)」
「じーっ」
渡された待望のタイヤキを黙々と頬張る茜。
そしてその様子を何故かじっと見つめる祐一。
すでに祐一の目的は達成されたのだから、これ以上彼がこの場にいる理由はない。
茜にもここでタイヤキを食べる理由はない、雨も降りそうだし詩子もこないとわかったのだから家に帰ればいいのだ。
「…………(もぐもぐ)」
「じーっ」
にもかかわらず二人は空き地から、いや、この場から一歩も動かなかった。
まるで、動かないことで何かの均衡を保っているかのようにも見える。
(……なんで、私はここから動かないんでしょうか……)
茜にはわからなかった。
何故、自分がこの場から動けないのか。
何故、彼から目が離せないのか。
何故、冬なのにこんなに体が―――――心が暖かいのか。
「…………あの、欲しいんですか?」
五個目のタイヤキに差し掛かったところで、ついに茜の方が口を開いた。
先程から祐一はひたすら茜を凝視していた。
その視線は茜の食欲を妨げるほどのものではないにしろ、やはり気になるものは気になるのである。
「え?」
「じっとこちらを見ていたじゃないですか。タイヤキが欲しいのではないのですか?」
「いや、ちが……」
「食べたくないとでも言うのですか、こんなに美味しいものを」
「た、食べたくないってわけじゃ……」
「じゃあ、お一つどうぞ」
「あ、ありがとう」
茜の謎の迫力に押されつつタイヤキを一つ受け取り、そして口にそれを運ぶ祐一。
が、咀嚼すると同時にその動きが止まる。
「どうしたんですか?」
「……これ、何餡?」
「黒砂糖餡です。上品な甘さがいい感じです」
「そう……なんか食べる人を選ぶって感じだね……」
「はあ」
甘味が口の中でうごめいているこの状況にもかかわらず、笑顔を保っていられる祐一は真のツワモノといえよう。
「ところで」
「……んぐんぐ、ごくん……何?」
「タイヤキでないのなら、貴方はいったい何を見てたんですか?」
「茜ちゃん」
何の臆面も無く、ずばっとそう言い切る祐一。
「……え?」
「茜ちゃんを見てた」
「あ、あの……」
「だって茜ちゃん、フランス人形みたいで綺麗だし。見ててあきないから」
「き、綺麗?」
「うん、茜ちゃんを見つけたとき思ったんだけど……なんか物語に出てくる妖精みたいだった」
「そ、そんな……っ」
祐一の歯の浮くような台詞のオンパレードにテレテレになってしまう茜。
詩子に見られたらからかわれること請け合いな動揺ぶりである。
「だからなんとなく『茜ちゃん』って呼んだんだけど……もしかして嫌だった?」
「どうして……そう思うんですか?」
「最初に茜ちゃんって呼んだとき凄くびっくりしてたみたいだから。どうする? 嫌なら変えるけど」
嫌ではない……が、恥ずかしい。
けれど祐一に誉めてもらえて嬉しい、という気持ちもある。
それが茜の今の心情だった。
だから、彼女の返事は……
「……貴方の」
「……?」
「貴方の名前、教えてください。私だけ名前で呼ばれるのは、不公平ですから」
それはこのどんよりとした天気の中でもはっきりと輝く微笑みだった。
彼女の親友である詩子ですらめったに見ない茜の会心の微笑み。
それを見て祐一は少しきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに嬉しそうな表情を浮かべ…………言った。
「祐一、僕の名前は相沢祐一。よろしくね、『茜ちゃん』!」
「よろしく…………『祐一』」
―――――ポツ、ポツ
「……雨?」
「……だね」
簡単な自己紹介をして、軽い甘いもの談義をしていた二人は雨が降り始めたことに気付く。
ちなみに祐一の手にあるタイヤキ(黒砂糖餡)はようやく半分消化されていた。
「まずいですね……私、傘を持ってきてないです」
「はい、どうぞ」
茜のその言葉と同時に傘を差し出す祐一。
「ありがとうございます……けど、いいんですか?」
「いいよ、二つあるから僕の分もあるし。それにもともとこういうときのために二本用意したんだから」
「用意周到なんですね」
「万が一にも女の子に風邪をひかせるわけにもいかないしね♪」
そういいながら三大祐技最強にして無差別女性殲滅技「屈託のない笑顔」を繰り出す祐一。
「ど、どうも」
茜は何とか真っ赤になった顔と動揺した心を悟られないようにうつむいて傘を受け取るのだった。
「それでは」
「あ、ちょっと待って」
「……?」
「えっと……ちょっとこれ食べきれないんでやっぱり茜ちゃんが食べてくれないかな?」
苦笑しながら半分になったタイヤキを渡そうとする祐一、きっちり頭側が残しているあたりが流石といえる。
「そろそろ夕食時だしね」
「甘いものは別腹ですよ」
「また今度付き合うから」
「……わかりました」
また今度、という言葉に折れてしまう茜。
「じゃ、僕は帰るね」
「はい」
「傘は返さなくてもいいから」
「……嫌です、今度あったときにちゃんと返します。その時にはこのお礼もきちんとさせてもらいますから」
「……そっか、楽しみにしてるよ」
「……はい」
そして、二人は別れるのだった。
「……そういえば、これを私が食べたら間接キスですね」
坊のお嫁さん候補データファイル NO.003 里村茜(さとむらあかね) ・現住所…………花音市御音町。 ・里村家の一人娘。小学五年生。弟が一人いる。 ・大人しめの性格で言葉数は少ない。長いおさげが特徴。 ・家事全般に問題はないが甘いものに対する味覚に不安あり。 ・性格的には特に難は無いものの美的センスにやや問題あり。 |
「三人目…………と♪」
「だから一体このデータはどうやって……」
「それは秘密です♪」
「姉さん、流石にそのネタはどうかと……」
あとがき
「今回はちょっと消化不良な第5話でした。今回のゲスト、里村茜さんどうぞです」
茜 「嫌です」
「いきなりそれですか!?」
茜 「私の扱いが微妙すぎます、それでもファンですかあなたは。訂正を要求します」
「了承」
茜 「え、本当ですか?」
「私と致しましても今話は納得のいかないところが多々ありましたのでもう一回5話を書きます」
茜 「でもこの話も公開すると」
「はい、この話はAバージョンということで。今度書くのはBバージョンです、6話の方が先かもしれませんがねー」
茜 「私のファンの方はBバージョンをお楽しみに」
「書くのは私なんですが…………ま、それは置いておいて茜さんに質問です。結局、あの後祐一君が残したタイヤキ半分はどうしたのですか?」
茜 「その質問には黙秘権を行使します」
「えー、教えて下さいよ」
茜 「嫌です」
「…………しょうがないですね」
茜 「あっさり引き下がりますね」
「あなたに嫌われたくありませんしね……さてそろそろ次回予告へ」
茜 「第6話のヒロインは…………あの方達ですか、祐一が苦労しそうですね」
「まあ、あの姉妹の登場ですからね」
茜 「Bバージョンも頑張って下さいね」
「わっかりましたー、では」
茜 「さようなら、またBバージョンで」