「そこの人っ、どいてっ!」



 そう叫びながら自分と同じくらいの歳と思われる女の子がこちらに突進してくるのを他人事のように見つめる祐一。

 ここで彼のとれる選択肢は四つ



 @かわす
 A恐らく支えきれないであろうが受け止める
 B半歩横に動いて片足のみを残し少女を転ばせる
 C呆然と立ちすくむ



 「えーと……」

 「どいてったら〜!」



 祐一のとった選択肢は……















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第4話 〜捕獲!食い逃げ少女はうぐぅと鳴かない?〜















 ―――――ぱし



 まず、祐一は突っ込んでくる少女の空いている右手を左手で取った。



 「え?」

 「よっと」



 ―――――ぐるん



 そして右手を素早く少女の腰に回し、自身を軸に回転をして少女の勢いをいなす。



 「ええ?」

 「ほっ」



 ―――――ぴたっ



 そのまま少女と共に一回転をしてその動きを止めてフィニッシュ!

 ダンスのフィニッシュのように決めているのがポイントである(from 相沢和観♪)



 「えええ?」

 「…………成功♪」



 『おおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!???』



 祐一のとった見事な美技に周囲が沸く。

 少女は自分に何が起こったのかまだ良く理解できていないらしく目をまん丸にして呆然としている―――――祐一の腕の中で

 ちなみに祐一は何故か満足げな表情を浮かべつつ少女を見つめていたりする。

 余談だがこの時周囲にいた数人の女性が「う、うらやましい…………」と呟いていた光景が多数の人間に目撃されている。















 そのころの水瀬家リビング(祐一ウォッチングスペース)



 「……95点てところねー♪」

 「あら、私には完璧に見えましたが?」

 「フィニッシュは歯を『キラーン!』って光らせないと!」

 「出来るんですかそんなこと!?」

 「相沢家特製の歯磨き粉なら可能よ、こっちに持ってくるのを忘れたのが仇となったわー」















 「僕の名前は相沢祐一だよ」

 「い、いや、あたしにはそんなゆーちょーに自己紹介をしてる暇は……」

 「でも、こうなったのも何かの縁だし……」

 「わ、わわ……その『ウルウルな瞳で上目遣い』はやめてよぉ〜」



 あの後、ようやく自分の状況を認識した少女は顔を真っ赤にして祐一から離れ、そのまま逃げようとしたのだが……

 いかんせん自分に非があることと祐一の『見ているだけで罪悪感が湧いて来る残念そうな顔』を見てしまってはどうしようもなく、現在に至るという訳である。



 「ねぇ、何をそんなに焦っているの?」

 「そ、それは……」



 言いよどむ少女、するとそこにタイヤキ模様のエプロンをつけた中年ぐらいの男が現れて少女の前に立ちふさがる。



 「やーっと見つけたよお嬢ちゃん!」

 「わわっ、まずいっ」

 「??」



 男を見て慌てる少女、祐一はわけがわからず首をかしげてハテナ顔である。

 ちなみにそんな祐一を見て、慌てながらも心の中で「かわいい〜♪」と思ってしまったのは少女だけでなくその場にいた

 女性みんなの秘密である。



 「ふふふ…………残念ながらあの『うぐぅ〜』とか叫んでた嬢ちゃんは逃がしてしまったが、嬢ちゃんは運がなかったな」

 「あ、あはは…………」

 「さあ、嬢ちゃんが食い逃げしたタイヤキの料金、耳そろえて払ってもらおうか」

 「く、食い逃げなんて人聞きが悪いなぁ。あたしはただ……」

 「ただ?」

 「え〜っと」

 「ん?」



 言葉に詰まってしまう少女。

 それはそうであろう、彼女はタイヤキを頼んだのはいいが受け取るときになってお金を持っていないことに気付いたのだ。

 そして、それ故にこういう事態になったのだから……

 客観的に見ても少女に分はないのである。



 しかし!



 「すみません!!」

 「えっ」

 「?」



 この場には少女にとって幸運なことに、女性のピンチには自動的に体も心も反応してしまう純正培養ジゴロ少年、相沢祐一(十歳)がいるのだった!



 「ぼ、坊主。なんだいいきなり?」

 「僕のせいなんです、僕が妹にお金を渡すのを忘れていたから……」

 「い、妹ってモガッ!?」



 少女が抗議を言う前に電光石火のスピードで少女の口を押さえる祐一。



 (シッ、ここは僕に話を合わせて!)

 「モ、モガモガ(わ、わかった)」

 「どうしたんだい」

 「いえ、別に」

 「ふむ……てことは坊主が代金を払ってくれるってことかい?」

 「はい、もちろん」



 そう言うと素早くタイヤキ屋に料金を渡す祐一。



 「本当にすみませんでした、ほら、名雪も一緒に謝って」

 「す、すみませんでした」

 「なーに、代金さえ払ってもらえれば問題ないさ。今度からは気をつけてくれよ、あっはっはっは……」



 そう笑いながらあっさりと去っていくタイヤキ屋。

 祐一は気付かない。

 しかし少女は気付いた。

 タイヤキ屋の額にでっかい汗が出来ていたことを。

 そう、タイヤキ屋があっさり去っていったのは「代金さえ払ってもらえれば問題ないさ」という言葉が本心だという以外にもう一つ、

 周囲の女性の『その男の子(祐一のこと)に酷いことしたらぶっ殺す!』という強烈な殺意の波動を受けていたからなのである。



 恐るべし、祐一人気!















 「ありがとね、助けてくれて♪」

 「いや、あの場合は皆ああすると思うよ」

 「なかなか出来ることじゃないと思うけどなー」



 危機を二人で乗り越えた(といっても全部少女の危機だが)ことによって一気に仲良くなる二人。

 近くのベンチに座って会話を始める。



 「そういえば名雪って誰?」

 「へ?」

 「さっきあたしのことをそういったじゃない。あたしにはちゃんと柚木詩子(ゆずきしいこ)って名前があるんだけど」



 少し不機嫌そうに少女―――――詩子はそう言う。

 いくら自分が名前を名乗ってなかったとはいえ、自分の恩人(というのは建前ですでに祐一に心は傾き始めている)に他の女の子の

 名前で呼ばれると悲しいのである。



 「君は詩子っていう名前なの? へー、見た目と同じで綺麗な名前だね」

 「ななっ!?」



 しかしそこは流石に祐一である。

 見事な殺し文句で一気に詩子を熟れたリンゴへと変化させるのだった。



 「き、綺麗ってあううう……」



 もはや詩子の心の中に悲しみの「か」の字もない。

 ただ、体温を異常上昇させるだけである。



 「?」



 彼女の異常を発生させた張本人はそれを無意識に行ったため、詩子の様子に首を傾げるだけだったが…………

 まったくもって罪な少年である。















 「ああっ、もうこんな時間!? いけなーいっ!」



 詩子の顔が何とか通常状態に戻った後、名雪は自分のいとこだと説明して会話にも一段落した二人。

 すると自身の腕時計を見た詩子はそんな大声をあげるのだった。



 「どうしたの?」

 「ピアノのお稽古の時間なのよー」

 「ひょっとして間に合わないの?」

 「いや、走れば何とか間に合うけど……このタイヤキが」

 「?」 

 「実はこのタイヤキはあたしの親友に頼まれていたものなのよぉ!」

 「ええっ! それってまずくない?」

 「まずすぎかも……茜、怒ってるだろうなぁ……」



 目に見えてしょんぼりする詩子。

 そんな詩子の様子を見て祐一は一つの提案を言うことにする。



 「なら、僕がその茜って子にタイヤキを届けてついでに事情を説明しておくよ!」

 「えっ、で、でも流石にそこまでしてもらうのは……」

 「別にいいって、僕にも責任があるしね。で、どこに行けばその子はいるの?」

 「ここからまっすぐ行った所にある空き地にいるわ。三つ編みの女の子だからすぐにわかると思う」

 「わかった、まかせておいてよ!」

 「ほんとにごめんね。さっきのことといい、何もお礼ができなくて……」



 そういうと暗い顔になってしまう詩子。

 そんな彼女に祐一は一つの願いを考えつく。



 「……じゃあ、今度会えたら詩子のピアノを聞かせてよ!」

 「え?」

 「詩子はピアノを習ってるんだよね?なら、僕にそれを見せて欲しいな」



 女性には問答無用の破壊力を誇る笑顔で言う祐一。

 詩子はそれを見てはその申し出にあがらうことなどできず……

 頬を赤く染めつつ詩子もこれまた最高の笑顔で



 「うん、OKだよっ♪」



 と、返事を返すのだった。

 詩子はこの後、祐一に綺麗だと言われたことをたびたび思い出してしまい、ピアノの練習が全く進まなかったことを追記しておく。
















  坊のお嫁さん候補データファイル  NO.002  柚木詩子(ゆずきしいこ)

  ・現住所…………花音市御音町。

  ・柚木家の一人娘。小学五年生。
  ・明るく社交的でどことなく私に親近感を抱かせる、もしも彼女が坊のお嫁さんに来てくれればきっと仲良くできるに違いない。
   難点はゴーイングマイウェイな所だと思われるが今のところ坊の方が一枚上手なので問題なし。
  ・家事に関してはその実力は不明。
  ・ピアノを習っていてかなりの実力らしい。

















 「これで二人目、と♪」

 「姉さん、名雪の時はともかく、今度はどうやってこのデータを…………?」

 「企業秘密よ♪」

 「姉さん、それ私の台詞ですよ…………」




 あとがき


     「HP作成のあおりもあり遅れに遅れた第4話でしたっ。今回のゲストはー!」
 詩子 「ONEヒロインズでは二番目にtaiさんに好かれているせいか今回妙に扱いの良かった柚木詩子です♪」
     「もろラブコメっぽくしてしまいました……これじゃ名雪さんにどつかれますなこりゃ」
 詩子 「まあ、あたしは良い目を見たから別に良いけどねー♪」
     「ちなみに今回のお話ですが……前回のラストから今回のヒロインは某うぐぅ嬢を予想していた人が多そうですねー」
 詩子 「ちょっとだけそれっぽい会話はあったけどねー」
     「まあ今回は読者様を引っ掛けようというのがねらいの一つでしたから(爆)」
 詩子 「だからといってあたしが食い逃げって……」
     「だってこの話の登場予定ヒロインで某うぐぅ嬢以外に食い逃げしそうなのが貴方しか思いつかなかったから」
 詩子 「ひどーい、へんけーん」
     「まあまあ、貴方は和観さんにも気に入られてるっぽいですしいいじゃないですか」
 詩子 「ってことはあたしこの『ジゴロ列伝』のメインヒロイン!?」
     「いや、それは未定」
 詩子 「シクシク…………そういえば何であたしがピアノを弾けるって設定なの?」
     「なんとなくイメージで」
 詩子 「そういってもらえると嬉しいなー♪」
     「(いえない、名前が詩子だから、詩=歌=音楽=ピアノっていう連想だったなんて……)」
 詩子 「どしたの?」
     「いえ、別に。さあ次回予告に参りましょう」
 詩子 「間違いなく次回のヒロインはあたしの親友のあの娘でしょ?」
     「ええ、また私の悪い病気が出ない限りは♪」
 詩子 「悪い病気って…………」
     「それではまた」
 詩子 「まったねー♪」