「うう〜……ね、眠れないよ〜」
呟く名雪の横で眠っているのは子供特有の愛らしい寝顔をこれでもかというくらい名雪に見せ付けている少年―――――相沢祐一。
勢いと嫉妬心から祐一と一緒に寝ることになった名雪。
この状況にドキドキしっぱなしの彼女を尻目に祐一は布団に入るなり「おやすみ」という言葉と共に極上の笑みを繰り出すと
あっさりと夢の世界へと旅立ったのだった。
残された名雪はしばし祐一の笑みにぼーっとして起きていたが、はっきり言って立場が逆である。
「祐一の可愛い寝顔……極悪だよ〜。う〜、カメラを用意しておけばよかったよ……」
それは十二時を迎え、日が変わろうとしている深夜のこと、
ここ、華音町水瀬家にて『水瀬名雪、寝顔に見とれて夜更かしする』という一つの奇跡が起きていた。
相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝! 第3話 〜計画!相沢親子が花音市にやってきた理由〜
同時刻―――――リビング
「あらはー、名雪ちゃんもまだまだねー。折角の絶好のチャンスなんだから坊の唇を奪うぐらいはしないと♪」
「あらあら……そんなこと言ってるけど、実際にそんなことを名雪がしようとしたら止めに入るんでしょう姉さんは?」
「まあね♪ ほっぺやおでこになら許すけど……可愛い一人息子ですもの、やっぱりファーストキッスは坊の心底惚れた女の子としてもらわないと」
「あら、うちの名雪じゃ駄目なんですか?」
「今のところはね♪ 名雪ちゃんが坊の心をGETできたらもちろん問題ないわよー」
お気楽な口調でそんなことを言う和観。
どうやら祐一の初恋の相手 = ファーストキッスの相手 = 相沢家のお嫁さん♪
という方程式が彼女の頭の中では決定事項らしい。
「ということは……名雪は合格ですか?」
「合格も合格、文句なしよ。いやーここについて早々と一人目GETなんて幸先がいいわー♪」
「ふふふ……そういってもらえるとあの娘を育てたかいがありますね」
「花音市に可愛い女の子が多いって言う話は本当だったのねー、私たちの住んでる二十一町も結構レベルが高かったけど
ここも名雪ちゃんを見る限り期待できそうね」
「ええ、姉さんの期待を裏切るようなことは無いと思いますよ」
さて、この二人が一体何の話をしているのか懸命なる読者様ならば薄々気付いているだろう。
話の内容は相沢親子がこの花音市にやってきた本当の理由、
それは親戚の家に遊びにきたなどという一般的なものではなく
「折角坊の未来のお嫁さん候補を探しに来たんだから…………楽しみにさせてもらうわね♪」
そう、彼女は一人息子の未来のお嫁さん候補探しにこの市に来たのだった。
彼女がこのことを思い立ったのは二日前、つまり妹の秋子から「遊びにきませんか?」という電話を受けてからである。
美少女が多く住んでいる花音市にならば息子の運命の相手がいるかもしれない―――――そう考えると彼女の行動は早かった。
いまいち事態を理解できていない祐一を引き連れ、電話から三十分後には電車に乗っていたのだ、正に疾風迅雷である。
「それにしても映りがいいですね、この追跡カメラは……」
「まあ、特注だしねー」
先程から寝ている祐一とふにゃっている名雪を映しているモニターを見ながら会話を続ける姉妹。
二人の会話からバレバレかと思われるが、祐一には自動追尾式超小型カメラが設置されていたりする。
このカメラは常に祐一を追いつづけ、あらゆる角度から彼の周囲を映し出せるようにされた優れモノである。
もちろんこれを仕掛けたのは和観であり、祐一はこのことを知らない。
はっきり言ってこれでは祐一のプライバシーがないに等しいのだがそこは息子想いの和観、ちゃんと細かな仕掛けが施されている。
このカメラの凄いところは祐一が十秒以上女性と会話をしなければ映像を映し出さないというところである。
そして、会話をしていた女の子が祐一から離れると自動的に映像が消えるという風になっているのだ。
これで女の子関係以外での祐一のプライバシーは守られるというわけである。
…………まあ、根本的になにかが違う気はするところではあるが
「じゃあ、私はそろそろ寝ますけど姉さんはどうしますか?」
「私はデータの打ち込みをやってから寝るわ。うふふ、このパソコンにどれだけデータを記入することになるのかしら?」
「ふふふ、名雪のライバルは少ない方が望ましいんですけどね」
微笑みながらそう言い残すと秋子は自室へと去っていった。
そして残された和観は宣言どおりパソコンへとデータを記入し始めるのであった。
坊のお嫁さん候補データファイル NO.001 水瀬名雪(みなせなゆき) ・現住所…………花音市華音町。 ・水瀬家の一人娘にして私の姪っ子。小学五年生。 ・少しおっとりしているところがあるが場を和ませることのできる良い才能ともいえる。 ・秋子の教育がいいのか家事に関しては問題なし。 ・難点は朝に弱いところと猫とイチゴのこととなると回りが見えなくなるところ。 |
そして翌日。
「母さん、秋子さん、それじゃ行ってきます」
「いってらっしゃい祐一さん、車には気をつけてくださいね」
「坊、がんばってねー♪」
朝食を食べ終えた祐一は花音市を探検するため一人で出かけた。
ちなみに名雪はというと午前五時をまわるころようやく寝ることができたらしい。
しかしその代償はやはり大きく、楽しみにしていた祐一の案内をすることは出来なくなってしまったというわけである。
「……えへへ…………だめだよ〜ゆういちぃ……」
まあ、本人は夢で幸せそうなので問題はなさそうだが。
「ところで姉さん」
「なに秋子?」
「なんで祐一さんは半ズボンなんですか? ただでさえここは北国なのに……しかも今は一月ですよ?」
「だって半ズボンの方が『萌え』じゃない♪ それにうちの坊はそんなにやわじゃないわよ」
「なるほど、確かにあれは『萌え』ですね。どうやら今日も病院がにぎわうことになりそうですね」
「あらは? それはそれで面白そうねー」
「さて、どこから見て回ろうかな……」
母親とその妹が自分の格好について絶賛しているとは露知らず、取り合えず昨日きた商店街から見ることにした祐一。
ちなみにこの寒いのに何故自分は半ズボンをはいているのだろうか、などとは微塵も考えていない。
何故ならこれで動くことが彼にとっての常識なのだから。
「うっ……(鼻血)」
「な、なんて萌えなのかしらあのコ……」
秋子の危惧した通り早くも被害は出始めてはいたりするが……
「取り合えず適当に歩いてみよっと…………ん?」
自分の格好による周りへの影響を知るよしもなく商店街の中をぶらつく祐一。
そんな彼の目に映ったものは―――――
「そこの人っ、どいてっ!」
―――――何故か鯛焼きの袋を抱えて自分の方へと突っ込んでくる少女の姿だった。
あとがき
「第3話でした〜。さて、今回は特にヒロインがいる話ではないためこの方にお越しいただきました、どうぞ!」
秋子 「名雪の母親の水瀬秋子です。よろしくお願いしますね(ぺコリ)」
「こりゃどうもご丁寧に。取り合えず今回の話は貴方と和観さんの会話がメインだったため祐一君の出番がほとんどないというタイトルに偽りあり的なものでしたが……」
秋子 「あらあら、私からすれば出番が多くてよかったですよ?」
「そういっていただけるとこれ幸い」
秋子 「それにしても姉さんったら、カメラを祐一さんに取り付けるなんて……」
「やっぱりやりすぎだと思いますか?」
秋子 「いえ、機械に頼らず自力で尾行すべきかと」
「…………そうですかい」
秋子 「ところで、taiさんにお願いがあるのですが……」
「はい、なんでしょうか?」
秋子 「私はヒロインになれないのですか?」
「……不了承です」
秋子 「何故ですか」
「無理なものは無理です、あきらめてください」
秋子 「…………………………………………………………………………………………………………………………了承」
「(何なんですかその間は…………)さて、それでは次回予告に参りましょうか」
秋子 「次回は今回の最後に出てきたあの娘がヒロインですか?」
「その通り。さあ、あの子は一体誰でしょう?(バレバレ)」
秋子 「うふふ♪」
「それではまた次回で」
秋子 「皆さん、私がヒロインになれるよう応援してくださいね」