「ふふっ、相変わらずですね……姉さんは」

 「それはあんたも同じでしょ……久しぶりね、秋子♪」



 祐一は『あの』自分の母親の背後を取って話し掛けてきた女性―――――秋子を見た。

 彼女のフルネームは水瀬秋子。

 和観の血の繋がった実の妹であり、祐一の叔母である。

 祐一は水瀬秋子という人物を和観から幾度となく聞かされてきたのですぐに秋子を認識した。

 祐一としてはいつの間に自分らの背後に回ったのかを聞きたいところだったが、挨拶を優先させることにする。

 これも和観の教育の賜物である。



 「どうも初めまして秋子さん、相沢和観の息子、相沢祐一です」



 そう言ってぺコリ、と可愛らしくも礼儀正しいお辞儀をする。

 『おばさん』ではなく『秋子さん』というあたりが気配り上手(というか本能)と言えよう。



 「私の方は初めましてではありませんが……こんにちは、祐一さん。

  ふふっ、祐一さんのことは生まれたときに一度見たきりでしたが……立派に育っているようですね、姉さん。

  ウチの子に欲しいぐらいです」



 祐一の仕草に少し萌えつつも、甥の成長を喜び、姉の手腕を褒め称える秋子。



 (…………ん?)



 『この人は間違いなく母の妹だ』などと考えていた祐一だったが…………先程から自分を見つめるもう一つの視線に気付く。

 その視線の持ち主―――――秋子の後ろにいる少女に。



 「…………うにゅ」















 相沢祐一(十歳)のジゴロ列伝!  第2話 〜血縁!従妹の少女は恥ずかしがり屋?〜















 (…………寝てるのかな?)



 祐一がその少女に抱いた最初の感想はそれだった。

 一応目は開いてはいるのだが、とろんとしている瞳、

 そしてこちらを見ているようで見ていないようなぼーっとした感じの雰囲気。

 彼の感想はもっともと言えよう。



 「ほら、名雪……この男の子が前から言っていた私の姉さんの息子、祐一さんよ。

  私に話を聞いてからずっと祐一さんに会いたがっていたでしょう?

  そんなに後ろにいないでちゃんと前に出て二人に挨拶しなさい」



 祐一が少女に対して感想を抱いていると、秋子はそう言って少女を自分の前に出す。

 少女は祐一と目が会うとポッ、と頬を染め俯いてしまったがそれでもゆったりとした様子で口を開いた。



 「は、初めまして〜、水瀬名雪です。誕生日は12月23日、好きなものはイチゴと猫さんです。

  え、えっとこいびといない歴十年でただ今かれしさん募集中です」



 そう言って少女、水瀬名雪は自己紹介を終える。

 緊張のためだろうか…………彼女の自己紹介は何故か合コンでやる自己紹介のようだった。



 (ああ〜〜、わたし何言ってるの〜。こんなんじゃおかしな女の子だって思われちゃうよ〜)    



 自己嫌悪に陥る名雪。

 しかし、相沢親子はと言うと…………



 「相沢祐一、同じく十歳。誕生日は秘密、好きなものは母さんの料理で高い所が苦手です。

  恋人とか彼氏っていうのがよくわからないけど……友達は随時募集中です。    

  それと名雪っていい名前だね……えっと……名雪って呼び捨てにしていいかな?」

 「はろあー、あなたが秋子の娘の名雪ちゃんね♪ 秋子もいい娘を育てたじゃない、この娘なら十分合格よー」



 …………全く気にしちゃいなかった。

 というかむしろ素で返事を返していた、それどころか祐一に至っては口説き文句を加えている(もちろん他意はない)

 名雪はというと祐一の言葉に更に頬を赤くしながらも「……うん」と返事だけはしていた。



 「ふふっ、自慢の娘ですから。それよりも姉さん、そのことはここでは……」

 「いけないいけない、そうだったわねー」

 「?」



 何やら何かを企んでいるかような怪しい会話をする和観&秋子姉妹。

 自分たちの母親の謎の会話に首をひねる祐一&名雪のいとこコンビ。



 幸か不幸か、取りあえずこの四人以外に周囲に人はいなかった。















 「名雪、お風呂がもう沸いたと思うから入りなさい」

 「うん、わかったよお母さん」



 台所からの秋子の声に返事をしてお風呂に入りに行く名雪。

 いつのまにか舞台は水瀬家内へと移っていたりする。



 いつまでも立ち話をするのもなんだからと家に入ることにした相沢&水瀬親子。

 その後、お土産の松坂牛を使った食事となったが特に何も無かったため食事シーンは割愛させていただく。

 あえて言うなら食事中ずっと名雪が祐一に見とれていたぐらいだろう。

 更に言うならそれに気付いた祐一が、スキル『汚れの無い微笑み』を使って名雪の体温を十度ほど上げたことぐらいか。

 ついでなので和観と秋子がそんな二人に生暖かい視線を向けていたことも追記しておく。



 (……坊)

 (なに?)

 (攻めなさい)

 (……コク)



 名雪がリビングから去ったのを確認すると、和観は祐一へ視線を送る。

 祐一は母親の視線の意味がわかったらしくソファーから降りてある場所へと動き出す。

 …………見事なアイコンタクトである。



 「……あら? 姉さん、祐一さんはどこにいったのですか?」



 そして、秋子が食事の後片付けを終えてリビングに戻ってきたときには祐一の姿はすでになかった……















 「〜〜♪ 〜〜〜〜〜♪」



 ところ変わって水瀬家風呂。

 ここでは名雪が鼻歌を口ずさみつつ体を洗っていたりします。



 「祐一君かぁ〜、想像していたよりずっとかっこよかったよ〜」



 ご機嫌な名雪。

 それもそうだろう、母親に話を聞いてからずっと会いたかったいとこの男の子と会えたのだから。

 しかも、その男の子が想像以上に素敵だったから頬も緩むと言うものである。

 思わず体を磨く手にも力が入る。



 「すてきなふゆやすみになりそうだお〜」



 夢見る乙女の顔になる名雪。

 彼女の場合、比喩ではなく本当に夢見る乙女になるのが特殊なところではあるが……



 「(ガラッ)……それはよかったよ」



 そこへ唐突に訪問者こと祐一が現れる。しかし、トリップ中の名雪は気にせず祐一に相槌を打つ。



 「うん、よかったんだお〜」

 「ところで僕のことは呼び捨てでいいんだけど」

 「わかったよ〜」

 「隣、いいかな? 髪を洗いたいんだけど」

 「いいよ〜」



 名雪の了解を得て、名雪の隣で髪を洗い始める祐一。

 もちろん名雪と同じく裸である。

 しかし、いまだ夢住人の名雪はそんなことにも気付かず、体を洗い終えたため湯船につかる。



 「いいきもちだよ〜」

 「そうなの?」

 「ゆういちもいっしょにはいればわかるお〜」

 「じゃあ、お言葉に甘えて」



 素早く髪を洗い終えた祐一は言葉どおりに名雪のいる湯船へと侵入する。

 そして、名雪の髪をじっと見つめる。



 「綺麗な髪だね……」

 「そんな……てれちゃうお〜」

 「触ってもいい?」

 「どうぞだお〜」

 「ありがと、おお……母さんみたいにすべすべだ〜」

 「えへへ〜」



 二重の意味で夢見心地な名雪…………しかし、夢には終わりがやってくるものである。

 祐一が前髪を触りだし、ちょうど名雪の前に祐一の顔が来る。

 いわゆるキスする三秒前の体制だ。



 (あれ、なにかおかしいよ〜?)



 さすがに夢にしては出来すぎだと名雪が意識を覚醒させ始める。

 だんだん目の焦点が合ってくる……



 「……………………え”」

 「〜〜♪」



 覚醒した名雪が最初に確認したのは自分の髪を触る、満足そうな笑顔の祐一だった。

 名雪的にはまあ、それは良い(良くないか?)

 問題は自分たちがいる場所と格好である。

 ここはお風呂、もちろん二人とも裸である。

 湯船の中なのでタオルすら身にまとっていない。

 手っ取り早く言うと男の子と二人っきりで湯船に浸かっている状態なのである。



 「な、な、な、な、な、な、な、な、な、な、なななな…………」



 小学五年生とはいえ名雪も思春期に入ったばかりの女の子なのである。

 同い年の男の子が一緒のお風呂に入っていれば混乱するしかない。



 そして、彼女が次に取る行動によって起こる音と発する言葉は水瀬家に大きく響くことになる。















 「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」



 バッシィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!















 「あら、いい音ですね。救急箱を持ってきておきましょうか姉さん」

 「そうね、それにしてもさすがは秋子の娘ね♪」

 「さすがなのは祐一さんの方ですよ」















 「いたたた……」

 「ご、ごめんなさい……」



 舞台は再びリビングへと移る。

 頬に見事な紅葉を咲かせた祐一を名雪が看護(といってもさすっているだけ)している最中である。



 「あらまー、綺麗な紅葉ねー♪写真に撮っておきたいほど見事な出来映えよ坊」

 「傷は男の勲章だよ母さん」

 「そうね、よくわかってるじゃない坊。お母さんは嬉しいわ」

 「何かが違う気がするよ……」

 「あらあら」



 息子の暴挙(?)をとがめるでもなくむしろ楽しんでいる和観。

 そして、痛い目に遭いながらも、一仕事終えたといった顔の祐一。

 …………これが相沢親子の『普通』なのだった。



 「それにしてもびっくりしたよ〜、まさか祐一が入って来るなんて……」

 「むう……男女の付き合いは裸の付き合いから始まるものなんだけどな……」

 「まあ、ある意味間違ってはいないですけどね……」

 「それにしても……傷物にされちゃったわね坊。もうこれは名雪ちゃんに責任を取ってもらうしかないわね♪」

 「せ、責任って……」

 「そうね、取り合えず今日はずっと坊の看病をしてもらいましょうか♪」

 「え、えっ?」

 「一晩中祐一さんのそばにいてあげるのよ名雪、もちろん布団の中でもよ」

 「そ、そんな〜」



 大いに困惑する名雪。

 要するに叔母と母は祐一と同じ布団で一夜を過ごせと言うのだ。



 「ゆ、祐一は女の子と一緒のお布団で寝るなんて嫌だよね?」



 先程も述べた通り名雪もお年頃な女の子である。

 お風呂を覗かれた(名雪的解釈)上に一緒の布団で寝るなど彼女の思考にはありえない事象なのだ。

 よって、この緊急事態を回避するために祐一へ一縷の望みを託したのだが……



 「え、何で?」



 不幸なことに名雪はまだ相沢祐一という男の子をわかっていなかった。

 この世に生まれてはや十年、和観にばっちり教育されてきた祐一がこの程度のことで「NO」を言うはずもない。

 下は胎児、上は臨終間近の老婆まで女性に関する問いに対しては基本的に「YES」の返事しか祐一の思考には存在しないのだ。



 「な、何でって…………うにゅ」

 「僕と一緒に寝るのは嫌?」

 「だ、だって」

 「祐一さん、名雪は恥ずかしいんですよ」

 「お母さん!」

 「そうなの? 美魚や木葉は一緒に寝てくれたんだけどな〜」

 「!!!!!!!!」



 祐一の発言に反応する名雪。

 どうやら祐一は母親でない女の子と一緒に寝たことがあるらしい。



 「わかった、今日は祐一と一緒に寝るよ」



 結局、嫉妬心から一緒に寝ることを受諾する名雪だった。

 もちろん、背後でサムズアップしている母と叔母に気付くこともない。

 祐一はと言うと名雪に友達として認められたんだと喜び、笑顔になっていたりする。

 幸い(?)名雪はそれを見なかったが。



 「そうと決まれば寝よう、ゆういちっ」

 「え? まだ八時……」

 「ほらほら」

 「う、うん……」



 名雪に引っぱられていく祐一。

 そんな二人を見て、母親二人の言はというと



 「あらあら、祐一さんも大変ね」

 「まずは名雪ちゃん撃沈…………と♪」















 楽しんでいるようにしか聞こえなかった…………




 あとがき


     「というわけで第2話でした。ゲストは今回のヒロイン、眠り姫こと水瀬名雪さんです」
 名雪 「酷いよtaiさん……極悪人だよ……」
     「なんですかいきなり?」
 名雪 「祐一と一緒にお風呂に入らせるなんて……これじゃわたしお嫁にいけないよ〜」
     「祐一君にもらって貰えばいいでしょう」
 名雪 「ええ!? そ、そうなったら嬉しいけど〜やっぱり恥ずかしいし……(もじもじ)」
     「はいはい、ポ〜ッとなるのもいいですが話が進まないので戻ってきてくださいね」
 名雪 「うう〜」
     「うなっても駄目です。何か聞きたいことはありますか?」
 名雪 「う〜ん…………そうだ、祐一の喋り方が原作と全然違うよね〜。そもそも一人称が『僕』だし」
     「そうですね、本当は同い年の人の前では原作通りの口調にする予定だったんですが……違和感がでたのでやめました。
     ひょっとしたら使う場面もあるかもしれませんが」
 名雪 「どっちの祐一も素敵だよ〜♪」
     「ちなみに彼が恋人や彼氏等の単語をわかっていないのは和観さんの意図的な教育の所為です」
 名雪 「次回はどうなるの?」
     「母親二人の会話が主になるので話自体は進まないかも知れません。取り合えず第二のヒロイン登場まではやりたいですが」
 名雪 「誰がでてくるの?」
     「それは秘密です。あと言い忘れてましたが一度ヒロインをやったキャラはほとんど出番がなくなるのでそこの所よろしく」
 名雪 「…………くー」
     「寝ても無駄です、決定事項ですからあきらめてください。それに全く出番が消えるわけじゃありませんし」
 名雪 「きやすめにもならないお〜」
     「それじゃまた次回でお会いしましょう」
 名雪 「まただお〜(あとでおぼえてろだお)」