相ちゃん伝説 ジャムジャムボーイ
(Kanon:) |
第3話『最後の約束』〜水瀬名雪編〜
(後編) |
written by シルビア
2003.10-11 (Edited 2004.3)
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泣かないで 最後まで
あなたが見えない 背中がにじんで消えていく
信じたくない まだ出来ない 思い出なんて
あなたを愛し過ぎている
【祐一】
秋子さんが入院したことがきっかけで、俺は水瀬家を離れ、両親の元に帰ることになった。
俺は、お世話になった秋子さんに最後に挨拶をしにいった。
大分元気になった秋子さんは、俺の話に真剣に答えてくれた。
秋子さんらしい、俺はこの人にどれだけお世話になっただろうか。
「秋子さん、俺、名雪のこと傷つけてばかり居ました。昔も今も」
「名雪は今でも白馬の王子を待ち続ける少女なんですね」
「そうなんですか?」
「祐一さん、恋は人を育むものですよ。
たとえ実っても実らなくても、恋する気持ちはその人の生きる糧になるんじゃないかしら?」
「恋は人を育むもの、ですか?」
俺はその時、秋子さんの言っていることの意味が分からなかった。
というよりも、わかるだけの経験は俺にない、それだけは確かだったのだろう。
名雪は今でも俺のことを待っているのだろうか、俺は名雪の気持ちをきちんと考えてなかったかもしれないな。
あまりにも身近すぎたから、きちんと考えてあげなかった。
俺は卑怯だったかもしれない。
名雪は……いつでも俺のことを考えていてくれた。
恋は人を育むもの、ならば俺は名雪を傷つけてばかりで真剣に考えていなかった。
考えてみよう、あいつのこと。
【名雪】
「見送りに行かなくていいの?」
「うん……」
本当は違う、私に出来たのは、目覚ましに向けた私の言葉だけだから。
聞いてくれただろうか。
【祐一】
名雪の見送りは無しか、当然だな。
そう思っていると、にゃーとピロがなついてきた。
「何だ、お腹がすいたのか?」
にゃー……
『祐一、ごめんね。
私、今でも祐一のこと好きだよ。7年前からずっと祐一のことが好き。
私、もう一人でも大丈夫だよ。
だから、祐一、もう心配しないでね』
目覚ましに残された名雪のメッセージ、俺はそのメッセージに名雪の気持ちを初めて感じたような気がした。
駅……この駅を発てば、名雪とはしばらく会えないな。
思えば2ヶ月前、名雪にここで2時間も待ちぼうけを食らって再会したっけ。
7年前は、ここで名雪のことを拒絶したんだっけ。
あゆともここでよく話をしたっけな。
キスもしたっけ。
でも、俺は名雪もあゆも幸せに出来なかった。
結局、俺にできることなんて、この街には何もなかったんだ。
電車に乗るまではまだ時間がある、その時まで、俺はこのベンチに座っていたかった。
俺はこのベンチに座って名雪やあゆが来るのを待っていたかった。
……来るはずのない女の子を待ちながら。
【名雪】
ジュースを買おうとしたコインを看護婦に拾って貰ってもらった時、私の視線に入ってきた病室の名札……
(月宮あゆ? あゆちゃん!)
病室に入ると、ベッドに横たわる少女の姿があった。
それはあゆちゃん……その姿を見た時、私は自分が恥ずかしかった。
あゆちゃんは意識はなかったけど、でも、安らかに見えた。
きっと、祐一のこと、7年もずっと信じて待っていたんだ。
祐一と会う約束だけを信じてたんだね。
私ができなかったことをやってのけたあゆちゃん、ちょっと羨ましかった。
ごめんね、あゆちゃん。
私、あなたの気持ちもしらず、嫉妬ばかりして。
だからお詫びに……祐一をここに連れてくるね。
(今なら……まだ、間に合うかもしれない)
私は駅に向けて走り出した、祐一を捜して連れ戻すために。
祐一、だめだよ!
ここに祐一を待っている人がいるんだから……行ってはダメ。
今行ってしまったら、祐一もきっと後悔する。
私はそう思いながら、駅に向かって必死に駆けていった。
短いスカートが風にまくられても、そんなことは気にもとめずに。
「祐一〜」
「名雪?」
「祐一、待って! 祐一のことずっと待っている人がいるの?」
「え、それって」
「そう、だからすぐに病院に行って!」
「……名雪はそれでいいのか?」
「……うん」
祐一……私の事、気遣ってくれるんだ。
(ありがとう、祐一)
私は祐一にもたれかかるように背を伸ばすと、祐一の唇に自分の唇を重ねた。
それは、私のファースト・キス、
……私から祐一への想いを断ち切ろうとしたキス
……祐一を待つことを止めた私の想いをこめたキス
……祐一の幸せを願った私からのメッセージを伝えたいキス
(早く会いに行ってあげて、祐一を7年も待ったもう一人の少女のために。
祐一がずっと会いたかった人のために……)
キスは私から祐一への最後の約束、そう、私から祐一への最後の約束の証----
("もう笑えないよ"、なんて言わないよ。私、きっと強くなるからね)
荷物を放り出して、あゆちゃんの居る病院に走り去る祐一の背中を見ていた。
「私、もう大丈夫だから」
私、酷い女の子かもしれない。
本当は、祐一とあゆちゃんとのことを祝福するためだけじゃない。
祐一が北の街を離れるのが一番辛かったんだよ。
せめて、祐一の側に居られれば、自分の想いを断ち切れると思ったから。
きっとあゆちゃんのために祐一が北の街に残ること、それは分かってた。
でも、それでも、祐一を留めたかったんだよ。
……本当は信じたくないよ、祐一があゆちゃんの事だけを想うなんて
……私、まだ出来ないよ、祐一のことを諦めるなんて
……祐一の事を思い出になんかできないから
あゆちゃんを想う心優しい祐一だから、私はきっと祐一を好きになったんだよ。
今はそう思わせて……
だって……
(雨? それに少し寒い)
私のは自分の視界が涙で覆われていて、震えるように泣いていた。
体が寒く感じるほどに、悲しさに震えながら……7年間の想いのままに。
(でもね、私、祐一のこと、今でも好きだよ)
----数ヶ月後
祐一は秋子の病室を訪れていた。
秋子さんは日に日に元気になっていた。
「秋子さん、急にこの街に留まるなんてわがまま言って、本当にすいませんでした」
「祐一さん、良いんです。それに名雪の事ではいろいろ迷惑かけましたから。
ふふ、名雪もずいぶんと成長したみたいですね」
「そうですね。名雪も駄々こねて俺を引き留めるかと思いきや、あゆの事を俺に伝えにくるなんて思いもしませんでした」
「祐一さん、言いませんでしたか? 恋は人を育むもの、生きる糧になるって」
「本当にそうですね」
「本当にそうね。うちの馬鹿息子も少しは成長したみたいだし」
病室にいきなり現れたのは、祐一の母親だった。
「……母さん!」
「祐一ったら、秋子に迷惑ばかりかけて……秋子、ごめんね」
「大勢の方が賑やかでいいですから。姉さんも私の事は気にしないでくださいね」
「それで、祐一〜。祐一がこの街に残るって決めた理由、まだ聞いて無かったわね?
さて、きりきりと白状してもらいましょうか」
「母さん……」
祐一は母と秋子に理由を話した。
「まったく家の息子ときたら、どうしてこう女絡みで問題を抱えるのかしら。
まあ、いいわ。7年前の逃げるようにこの街を離れた時よりはましだから。
あゆちゃんや名雪ちゃん、栞ちゃん、私に一度会わせてくれるわよね?」
「げっ……母さん、マジ?」
「だって、いつかはその中の誰かが祐一のお嫁さんになるんでしょ?
これだけ運命的な出逢いをしていて他の女性になびくことがあるとは思えないわ」
「あの〜、言いにくいんだけど……他に、舞と佐祐理さんという女性も……」
「え〜、祐一、まだ他に居るの?……はぁ〜、遺伝なのね」
「ふふ、姉さんの旦那様もかなりもてる人でしたものね」
朝。
"朝〜、朝だよ〜、朝ご飯食べて学校行くよ〜!
朝〜、朝だよ〜、私と腕組んで学校にいくんだよ〜!"
「うーん……何だ、このメッセージ? 催眠術か?」
「おはよう、祐一♪」
「名雪、どうしたんだ? 名雪がこんなに朝早く起きるなんて今日は雨か?」
「そうなの。私も驚いているのよ。名雪がこんなに朝早く起きるなんて……」
「祐一、酷いよ〜! 祐一と一緒にゆっくり登校したいから早く起きてるのに」
そう言う名雪の音声付き目覚ましには、こんなメッセージが録音されている。
"朝〜、朝だよ〜、朝ご飯と弁当を作って学校行くよ〜!
はやく起きないと、あゆちゃんに祐一を取られちゃうよ〜"
「うぐぅ〜〜〜」
「おはよう、あゆ。朝から唸ってるみたいだけど、どうかしたか?」
「朝ご飯と弁当を作ろうとしたら、名雪さんがとっくに作ってた。
ボクが作ろうと思ってたのに……」
「まあ、名雪の方が腕がいいからな。あきらめろ、あゆ」
「祐一君……それ、どういう意味かな?」
「言葉通りだよ。だって、あゆちゃんより料理はできるもんね、私」
「うぐぅ……祐一君も名雪さんも意地悪だよ〜」
「「「行ってきます」」」
「行ってらっしゃい」
祐一・名雪・あゆの3人は秋子に玄関で元気に声をかけて、学校に出かけた。
「名雪……本当に変わったわね」
あゆは退院して後、水瀬家に居候し、祐一と同じ学校に通うことになった。
かつて障害を負ったという事情もあって、時期はずれだが特別に編入試験を受けられたのだ。(実際は祐一の頼みで佐祐理が裏から圧力をかけたらしい)
なぜかあゆの学力は高校2年生並であり、佐祐理があゆを鍛えた甲斐もあって、高校の編入試験にも楽々パスしたのだ。
(それにしても……森の学校の教師って優秀なんだな)
「祐一君と同じ学校にいけるなんて、嬉しいよ〜♪」
「まさか、あゆと同じ学年で一緒に学校に行くとは思わなかったけどな」
「本当だよね。でもね、あゆちゃん……」
名雪は祐一に近づいては、その腕に抱きついて腕を組んだ。
「おい、名雪〜〜!」
「祐一と私はずっと前から一緒に通ってるんだよ♪」
「うぐぅ……ずるいよ〜、名雪さん。離れてよ〜」
あゆは自分も腕を組もうとして、祐一に近づいた。
「あゆちゃん、私、まだ祐一を諦めないよ♪
だって、私が将来祐一と結婚するんだもん♪」
名雪は祐一の腕をぐいぐい掴んで先に歩いていった。
「うぐぅ……ずるいよ、名雪さん」
「名雪、ちょっと待て! 結婚てのはな〜」
「誰を好きになるのかは自由だもん。
私にだってまだチャンスはあるよ。
あゆちゃんにも栞ちゃんにも負けないからね〜♪」
(だって、私、祐一をを愛し過ぎているんだもん。諦めないよ)
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後書き by 作者
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作者:「ふう、やっと終わった。やっぱり名雪SSは難しいな」
名雪:「SILVIAさん、どうして失恋話にするんだお〜!
『笑顔で会いたい』の曲でも、私のSSは書けたんでしょ。
酷いよ〜、SILVIAさん」
作者:「アニメ版カノンで、名雪は失恋したじゃないか。
だけど、これでも精一杯名雪の気持ちを出すように頑張ったんだぞ?」
名雪:「SILVIAさん、失恋なんて……それを言ったら終わりなんだお〜」
香里:「でも、出来はいまいちね」
作者:「たんなる失恋話にはしないように、
アニメ版カノンで声優がどんな気持ちを込めて喋ったか、これでも随分
考えたつもりだがな〜?
結局は気に入ってもらえなかったか」
名雪:「『祐一の愛した星少女』連載では、ちゃんと恋を実らせてくれたのに……」
作者:「それはそれ、これはこれだよ、名雪。
それに、全話にまたがるスケールだから、一番苦労したんだぜ?
歌手・名雪役の声優の国府田マリ子さんに敬意を表したつもり。
いい曲だしね」
作者:「今回は全員分のキャラを描く自信がありません。
よって、第3話で完結になります。
これから追加する話があれば、外伝で描きます」
香里 「逃げるのね?」
作者:「逃げてないぞ、一応、当初の約束は果たしたからな」
作者:「ここまで読んでくれただけでも、読者の皆さんに感謝です」(ぺこっ)
美汐・栞・名雪「「「皆様、ありがとうございます」」」
佐祐理「外伝第1話、楽しみにしてくださいね。私と舞の話です」
作者:「taiさんのHP150,000HIT記念に書き始めたSSですが、
連載が終わってみると次の175,000HITが完了してました。
175,000HIT、改めて、おめでとうございます。
よって、外伝第1話を175,000HITのお祝いとして追加することにしました」
(つづく)