相ちゃん伝説 ジャムジャムボーイ
(Kanon:)
 第2話 『melody 〜抱きしめて〜』〜美坂栞編〜 
written by シルビア  2003.10-11 (Edited 2004.3)




……聞こえますか届きますか あなたへのメロディー 〜抱きしめて〜





それはとっても小さな出来事、そして、やがて来る奇跡の序章でした。


「きゃ〜っ!」


私の視界が突如ホワイト・アウトしました。
その後、私はただ呆然とその場にしゃがみこんでました。

「あっ?」
「おい! 大丈夫かい?」

駆け寄って手をさしのべてくれた人、それは祐一さんでした。

「あ〜あ、あゆ、お前のせいだぞ?」

「祐一君がよけるからだよ!」

「いや〜、だっていきなり襲いかかってくるから……」

「ひどいよ。感動の再会シーンだったのに!」

(感動の再会シーン?)

目の前で展開された、ギャグ・コントになんとなく興味が惹かれました。

「立てるかい?」

駆け寄って手をさしのべてくれた人、それが祐一さんでした。
後から聞こえる明るい声色の女の子に祐一さんは再び反応してました。

(食い逃げ……?)

そこからさらに展開されるギャグ・コントに、私は思わず笑ってしまいました。
そう、久しぶりに笑えたのかもしれません。
何故か惹かれました、私も話をしてみたい、そう感じたのです。
ほんの数時間前に自分の悲しい決心の事はしばし忘れてました。

「その制服……私の姉の学校と同じ制服です」

「君、何年生?」

「一年生です」

「ということはボクの一つ下だね♪」

「え、あゆって俺と同じ学年だったのか? 俺はてっきり……」

「てっきり……何かな?」

一体、この人達はどういう関係なんでしょうか。でも……楽しそうでした。
楽しいけれど、今の私にはこれ以上は見てはいけない光景にも思えたのでした。

「そろそろ帰らないと……」

「ごめんね」

「迷惑かけちまったな」

それでも、仲よさそうな二人が少し羨ましかった。

「あの……」

「え?」

「何でもないです」

何かの予感を感じて再び話してみたくなったのです、でも、結局は何も話せずじまいですた。

「ちょっと待った!……ひとつ聞きたいんだけど、……商店街って……どっち?」

でも、祐一さんに、なんかとどめを刺されたようですね、
商店街まで祐一さん達を案内する道のりで、私、祐一さん達と楽しく気がしました。

(今の私、笑えないのに)

でも、その場の祐一さんの楽しそうな笑い声、そして笑顔、それを知らず知らず私は心に刻んでいたのでした。

自分の命はあと数週間程度、そんな病気にかかっていた私は本当はいつも孤独でした。
大好きな人達に寂しい想いだけをさせてきた私、私の生きる意味なんてどこにもなかったから。
その夜、私はカッターナイフで手首を切って自殺しようとしてました。
でも、昼の祐一さん達のこと思い浮かべると笑いがあふれてきて、そして、どうしようもなく自分が惨めに思えてきて、とうとう自分の手首を切ることができませんでした。


(祐一さんの笑顔をもう一度……見たい)


その時、私は自然にそう思えたのです。
生きることに絶望した私が、もう一度逢いたいと思った人が、そう祐一さんでした。
あの笑顔にすがりたくなった、そうだったかもしれません。


(学校に行ってみましょう、あの人に会うために)


お気に入りのストールを羽織って、私は学校の中庭に佇んでました。
今日は祐一さんと会えるかな〜という期待で心を一杯にしてました。でも、2時間過ぎても、逢えません。
ちょっとスカート短すぎたかも、寒かったです。

(そうですよね……ただ、ここで待っていれば会えるなんて
 ……偶然を装って再会するなんて無理ですよね)

そんな時扉が開いて現れた男の子の姿、それは私の待ち望んでいた人、祐一さんでした。

「こら♪」

(えへっ♪)

やりました♪ 祐一さんに、また会えました。
なんとなくドラマのような運命を感じました。
ここは関係者以外は立ち入り禁止だぞ、なんて言ってくる祐一さんが、何故かその顔が笑ってましたね、不思議です。

「今日は人に会うために、こっそり出てきたんです」

「誰に?」

「それは……秘密です♪」

とても言えません。だって……それは貴方なんですもの、祐一さん。

「秘密と言われると余計気になる」

「いいじゃないですか。病気で長期にわたって休んでいつ女の子の秘密……
 ちょっとドラマみたいで格好いいじゃないですか」

……

「私、美坂栞(みさかしおり)です。……栞って呼んで下さい」

「あ、俺は相沢……『祐一さん、ですよね』」

……二人だけのほんの短いドラマの幕があがりました。

それから、祐一さんと中庭で過ごす時間が私の楽しみになりました。
学校に行って、祐一さんの姿を探して、見つけて声をかけて、そんな私がいました。

「祐一さん♪ 授業をさぼっちゃいけないんですよ」

……

「記憶喪失?」

(え……他の子……そうですね、祐一さんにはたくさんの女の子がいるんですから)

……

「なんだか、楽しそうですね」

「うん、楽しい?」

「ちょっと格好いいですよね、記憶喪失って。ドラマみたいで」

「冗談! ドラマと現実は違うんだぞ?」

「そう……ですよね」

(分かってます……でも、私はドラマの中に居るんですよ)

私は残り少ない命しかない少女、それが現実。
恋する乙女、それが私の求めたドラマ。
なにげに会っては笑い合って話す、それだけの二人の時間が今の私の望みでした。

「女の子を救う王子様。いかにも恋が始まりそうなシチュエーションだと思いませんか?」

だから、祐一さんに言ったこの言葉は、私の心情がこもっていたんですよ。


「そうだ、昼、まだだろ?よかったら、一緒にいかないか、カレー屋さん」

「私、辛いのはちょっと……」

「子供だな〜」

「そんなこと言う人、嫌いです!」

「じゃ、なんなら食べられるんだ?」

「アイスクリームとか!」

「アイスクリームって……冷たいアイスか?」

「暖かいアイスって、あるんですか?」

「……わ、わかった……ちょっと待ってろ」

北風の吹く冬に、アイスクリーム食べるのは、そんなに変なのでしょうか?

「……うまいか?」

「はい、大好物なんです、バニラのアイス。祐一さんも食べますか?」

「遠慮しておくよ」

「そうですか、残念です」

祐一さんの表情をみると、なんか私がからかわれているみたいで酷いです。
でも、祐一さんが笑ってくれるから、心の中では特別に許してあげました。
ちょっとドジな所もあるけど、なんか微笑ましいんですよね、祐一さんって。


「楽しそうだな」

「そんな事いう人、嫌いです! あ、ひゃっ……」

祐一さん、お願いですから。
風邪にストールをとばされたり、スカートを抑える私を見て、そんなこと言わないでくださいね。私、恥ずかしいです。

その後、久しぶりに教室に連れられた私は、スピーカーに流れる音楽を耳にしました。

「あ、なんだ?」

「舞踏会の練習ですね」

「あ、知ってるのか?」

「はい、憧れなんです。姉が舞踏会に着ていったドレスをみた時から。
 あ〜、私もこんな綺麗なドレスを着て踊ってみたいなって」

「あれ、栞、姉貴がいるのか?」

「言いませんでした?」

「美人?」

「はい。髪は長くてウェーブがかかっていて、すらっとしていて、頭も凄くいいんです」

「名前は?」

「美坂香里♪」

……

「……栞も出ればいいじゃないか、舞踏会」

「私はだめです。ドレスなんて……でも、祐一さんと一緒なら……」

確かに、舞踏会に着ていくドレスなんて、今の私に似合うか自信はありませんでした。
でも、憧れました。祐一さんと一緒に踊る私の姿、なんかドラマみたいで素敵ですから。

でも、私は舞踏会の会場には入れませんでした。ただ、憧れて眺めていただけ。
ドレスがないからじゃない……普通の女の子ではないから。

「やっぱり、みんな綺麗な格好をしているんですよね」

「それは、もちろん」

「祐一さんはどんな格好したんですか?」

「俺? 俺はタキシード」

「私も見てみたかったです。祐一さんのタキシード姿」

「え、そうか?」

「はい♪」

「じゃ、来年見せてやるよ」

「……そうですね……」

「うん、どうした?」

「いえ……私はドレスですね」

「うん? でも、ドレス着るには、ちょっと足りないかな」

(え、ええ?ちょっと、そんな目で私を見ないでください)

「祐一さん、酷いです。どうして気にしていること言うんですか」

「気にしてたか?」

(当然です!)

「祐一さん、そんな事言う人〜、嫌いです!」

「冗談だよ。でも、来年までに間に合うといいな」

来年、そう、私には来年は……

「そうでうね……間に合うといいですね。
 ……”見返してあげますからね”、祐一さん♪」

「楽しみにしているよ」

「じゃ、そろそろ、私、行きますね。……期待しててください」

私は、思わず、無邪気にごまかしてしか、隠せませんでした。
私は言えませんでした、来年の舞踏会が開かれるとき、私はこの世にいないかもしれないから。
それなのに、期待しててください、なんて。私、何を言ってたんでしょう。


……私はずっとドラマを演じていたかった。


そんな私達の関係も、祐一さんが私の病気に気が付いてから、少し変わりました。

栞の病気のこと香里から聞いたよ、
……そういう祐一さんの言葉を聞いて、私は胸を詰まらせました。

「そうですか。
 祐一さん……私、嘘をついていました。
 私の病気、風邪ではありません。
 どんな薬や手術でも治らない病気なんです」

「栞……」

「祐一さん、お願いがあります。
 1週間だけでいいです。
 私を普通の女の子として扱ってください!
 誕生日までの一週間だけ……」

「本当にどうしようもないのか?」

「そうですね、奇跡でもおこればなんとかなるかもしれません。
 でも、起こらないから奇跡っていうんですよね」

「奇跡……か」

「……お願いできますか?」


それから、祐一さんは私の1週間だけの恋人になってくれました。
次の日から私は普通の女の子になりました、たった1週間だけということはわかってましたけど、憧れの学生生活に戻ることにしたんです。

制服に身を包んだ姿で、祐一さんに会いました。
その姿を見て驚いて、すっかり照れている祐一さんと腕を組んで一緒に登校しました。
(あれ、あの娘って確かいつも中庭にいたあの子じゃない?)
……そんな声も周りから聞こえます。


「実は似顔絵の方が得意なんです」

スケッチブックを持ちながら祐一さんに向かって得意そうに言う私を見て、側にいた私の友達が微笑んでいました。
でも、祐一さん、その苦笑いは何だったんです!

祐一さんと雪合戦をしました。
え〜、これでも雪合戦は得意なんです、雪玉を祐一さんにたくさんぶつけました。
制服を水浸しにした祐一さんに、私は戦利品だと、アイスをたくさんねだりました。
すると、祐一さんは急に寒気を感じたように大きなくしゃみをしてました。

ゲームセンターというのも体験したんですよ。
(うーん、モグラさん意地悪です〜、私から逃げないでください)
もぐら叩きの結果は0点でした。

内緒の話なんですけど……
泣きべそをかいた私に、祐一さんは得意のクレーンゲームで人形を取ってくれました。
これでもクレーンの祐ちゃんとゲームセンターの親父に恐れられたんだぞ、なんて自慢する祐一さんの誇らしげな顔をみると、私は笑いを止められませんでした。
いいもの見つけた……そう、恥ずかしがる祐一さんを引っ張って、プリクラも撮ったんです。俯きかげんの祐一さんと満面の笑顔の私の映った写真、それを携帯電話に張ったら、祐一さんに恥ずかしいからと没収されてしまいました。
酷いです、祐一さん♪

祐一さんが寒そうだったので、雪合戦の勝者の私は、祐一さんを百果屋に連行することにしました。
祐一さんは熱いコーヒーを頼みました。
敗者のお約束と、好きなもの頼んで良いぞ、そう言った祐一さんは後にとても後悔していました。
好きなものについ目線が行ってしましました。

「ジャンボ。ミックす・パフェ・デラックス?(値段は3400円)」

「いただきます♪」

もちろん、カップルでないととても食べられない量なので、当然二人で食べ合います♪
私は、"あーん"してもらいました。
私からも、"あーん"してあげました。
でも、周りの視線がこんなに熱いものだったなんて、私は生まれて初めて体験しました。

学校の中庭で一緒に弁当を食べました。
私の手作り弁当、少し形がいびつなのに、祐一さんは美味しいって食べてくれました。
でも、初日に重箱一杯の弁当を持っていって祐一さんにあきれられたので、次の日からは普通の弁当箱に変えました。
(私の愛情たっぷりの重箱を敬遠する祐一さんなんて、大嫌いです!)
あ、いえ……言葉のあやでした。えぅ〜、大好きの間違いなんです〜。

「この1週間楽しかったです」

楽しかった1週間も、もう終わりが近づいていました。
そう、あと数時間だけが、私は祐一さんの彼女でいられる時間でした。

「今日は24時までだろ? だったら、日付が変わるまで一緒にいよう」

「……はい♪」

祐一さんと出逢った遊歩道を抜け、噴水のある公園に行きました。
いつもは一人で夕焼けを見上げながら寂しさを感じた場所ですけど、今夜だけは二人ですで楽しく過ごす場所になれるのかも、そんな予感がしてました。

祐一さんのくれた誕生日プレゼントのスケッチブック、それに描いたものは彼氏の祐一さんと私が一緒に並んで語り合っている、そんな私の思い出でした。
私は一生懸命描きました。それなのに、

「栞の眼には俺がこんな風に見えてるって思うと、嬉しい〜……と同時に、ちょっと複雑だ〜」

「そんな言い方、あまり嬉しくないです〜」

「はは……本当に嬉しいんだって」

「じゃ……信じます」

それを……それを……私の自信作を褒めてくれないなんて、酷いです、祐一さん♪

「綺麗……」

噴水を照らす常夜灯の光が、それは噴水の水しぶきの上に星屑の輝きを描いてました。
いつもははかなく見える光が、今夜は幻想的な暖かさを醸してました。

「踊ろうか?」

「え?」

「舞踏会行きたがってたじゃないか」

「ここでですか?」

「うん、ここで」

私に手をさしだした祐一さん。

「はい♪」

ドレスなんて要らない。
私のお気に入りの服を着て、お姉ちゃんのプレゼントのストールを羽織って、二人だけしかいない公園で、それが私らしいドレスアップのように思えたから。
祐一さんの手を取り、そっと、畏まって挨拶しました。

それから始まった、祐一さんと二人だけの秘密の舞踏会。

私は微笑みながら、祐一さんの瞳を見つめました。
私を見つめる祐一さんの視線も感じました。

(祐一さんの瞳の中で私が微笑むこの瞬間を、きっと、私はずっと待ってたんです。
 暖かいその胸に抱かれた私の恋心、最後に受け取ってくださいね、祐一さん)

口から自然に出た言葉、

「祐一さん、私、ずっと笑っていられましたか?」

「ああ」

「祐一さんのおかげです。強い……祐一さんの」

「それは違うよ、強いのは栞の方だ」

「それは違いますよ。私……」

最後に……すべての真実と私の気持ちを伝えました。
恋が終わるまでには、伝えたかったこと、どうしても知って欲しかった私の本当の気持ち、寂しかった自分の気持ちを私は祐一さんに伝えました。

星屑の光を背景に、私は祐一さんとキスしてました。
それは私のファースト・キスだったのに……それなのに……胸の鼓動がメロディーを奏でるように、切ないほど高鳴っているのが分かりました。
すっと抱きしめてほしい、私の心がそう祐一さんに求めていました。

星屑を彩る噴水の水しぶきの輝きが失せる瞬間に、私の1週間の恋のドラマは終わりました。


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" Can you hear me? "

My voiceless but heartful feeling
----This movement of my heart is just a melody for you,
   which is always played with my feeling "Keep close to me, dear Yuichi.”

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ほんのささいな奇跡、でも大切なもの……私の奇跡

祐一さんが私のいるこの街に来て私と同じ学校に転校してきたこと、
ホワイト・アウトした光景の中に映った祐一さんの最初の笑顔、
私が自殺を踏みとどまったこと、
中庭へと続く扉を開けて飛び出てくる祐一さんと再会できたこと、
祐一さんと中庭で話していた日々のこと、
祐一さんに私の病気を知られてしまったこと、
祐一さんがお姉ちゃんの悩みを受け容れて励ましてくれたこと、
そして、
1週間だけだったけど私が祐一さんの彼女になれたこと。

どれも些細な事だったけど、私がこうしてここにいるのは運命の導いてくれた奇跡、
そう、ちょっとした奇跡だったんだと感じました。
もし、どれか1つでも起きなかったら、ドラマは全く別のシナリオを描いていたはず。

私は孤独を感じていた、そして、孤独の中に自分の存在場所を見いだして生きました。
季節は移ろいでも、私の孤独は寂しい季節しか描いていませんでした。
いつしか、私は自分のいる場所が寂しい季節の中であったことすら忘れてました。

「誰だって、人にすがらないといきていけないんだから」

私、祐一さんのその言葉が嬉しかった------私はもう孤独ではなかったから。
奇跡にすがってでも、寂しい季節の中から抜け出したい自分のこと、初めて知りました。

生きたい……
普通に学校に行って、姉さんと一緒に弁当食べたりして、学校の教科書とにらめっこするような、そんな日々の中に居たかった。

一人で居たくない……
大好きな家族と一緒に笑いって暮らしたい、好きな人と恋をしたい、たくさんの友達と冗談交じりに話していたかった。

(それを私に教えてくれたのは……きっと、祐一さん)

だから、祐一さんとの出逢いは、私にとってはほんの小さな奇跡だったのでしょうね。

何も見えなくて、何も考えられなくて、ひとりだけ取り残されたような夜のこと。
  昼に見た祐一さんのあの楽しそうな笑顔を思い出して、
  自分がどうしようもなく惨めに思えて、
  つられるように久しぶりに笑って、
  我慢していた涙があふれ出たあの夜のこと。

人にすがらずに生きられない弱い人間だと認めることは、私にとってはちょっと勇気のいることでした。
でも、祐一さんには、本当の私の姿、いつも笑顔を浮かべる私の姿を見つめてほしい。
祐一さんに会うために、何度の奇跡を重ねようとも、死の運命を克服してみたい。
たとえ、そのために、祐一さんにすがることがあっても、きっと祐一さんは私を導いてくれる、それが祐一さんのくれたものでした。

病院の屋上、見える街の明かりがとても暖かく感じました。

窓からこぼれる明かりが、あの夜の公園での噴水の彩った星屑のようでした。
あの光の中に、祐一さんも居る……そう思うと少しだけ寂しさも紛れました。

「栞、こんな所で何をしてるの? 風邪ひくわよ」

「あ、お姉ちゃん。今ね、あれ見てたんだよ」

「街の灯? どうせ、祐一さんの部屋の窓灯りでも探してたんでしょ?」

「えへっ♪ だって〜」

「はいはい……もう、聞き飽きたわよ。
 水瀬家だと、あっちの方角ね。
 祐一さんに預けた恋心をきっと受け取りにいくから、そう言いたいんでしょ?
 ほらほら、風邪引いたら、病室で待っている相沢君には会えないわよ?
 あーあ、せっかく口実つけて、相沢君を連行してきたのにな〜」

「え? 祐一さん、来てるんですか♪」

「私が病院行くからと行っても、数学の宿題を教えてくれって泣きついてくるから、
 ついでに栞に会わせようと病院まで引っ張ってきたのよ。
 別に会いたくないってんなら、このまま相沢君を帰らせるけど?」

「えぅー、そんな事言うお姉ちゃん、嫌いです!」

「あら、せっかく気を利かせてあげてる姉を……嫌いなのね。
 やっぱり、相沢君を帰らそうかしら?
 それとも、そのアイス我慢する? だめよ、こんな所でこっそり食べようとしちゃ」

「えぅ〜……」

治療のための食事制限によって、私は大好きなアイスさえ食べられないのでした。
私にとって、それは身が細るほどの地獄でした。

(元気になったら、また制服に身を包んで、アイスをたくさん食べて、大きな雪だるまを作って、一緒に映画を見て……)

しかし、現実は、病室で夢ばかり見て過ごす毎日でした。。
祐一さんを想って、マフラーを編みながら過ごすのが精一杯でした。

病室に戻った時、そこに祐一さんが待ってました。

(えへっ♪)

本当は身が裂けそうに体が弱って居たんですけど、私、つい顔がゆるんでしまいました。
やっぱり、祐一さんに会える時が一番幸せだったんですね、私。

「よ〜、栞」

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A year later.


" Can you see me now?
Have I always kept my face be smilingly light, dear Yuichi? "

" Quite sure, Siori --- ever since I can remember.
Maybe, Siori's face will lighted up with hope...from now on.
Will you keep smilingly light --- only for me? "

" You're unkind, Yuichi! Why do I have to make a reply ?
You feel My heart beating violently --- at the thought of you, don't you?
Naturally I always see you with my smile ---maybe, in future."

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……・約1年後


「香里、この祐一の一生のお願いがあるんです。実は……」

「相沢君、舞踏会に栞を誘ってくれなんて、どういう風の吹きまわしなの?」

「今年はぜひ、香里様の大切な妹君と舞踏会で、私めと踊っていただきたいと思いまして」

「別に内緒にすることもないじゃない。
 あなたから誘えばいいのに……何でかしらね。
 とにかく、栞のドレスの選定と選曲の件は私がしておくわ。
 でも、知っているわよ、相沢君。
 今年も卒業した佐祐理さんと舞さんを招待したんでしょ?
 わかったわよ、そっちのフォローもしてあげるから」

「ははは……そっちの件の詳細も栞には内緒にして下さいということで。
 実は、これには海より深い事情がありまして。
 俺が直接誘うとさ〜、その〜、なんていうか、あちこちから苦情が……」(汗)

「道理て、私相手にそんな下手に出ているわけだわ。
 まあ、いいわ。きっと、栞も喜ぶでしょうし、今回は目を瞑ってあげるわ」

祐一さんとお姉ちゃんとの間にそんなやりとりがあったとは知りませんでしたが、
生徒会主催の年1度の舞踏会、私はお姉ちゃんに参加しないかと誘われました。
……相変わらず、祐一さんの悪戯好きは直りませんけれど、
   祐一さんが本当は心優しい人だってことはもう十分知ってます。


----舞踏会当日。


タキシードに身を包む祐一さんが、私とお姉ちゃんの居る場所に来ました。

私はお姉ちゃんが一生懸命見繕ってくれたドレスを着てました。
共布でストールのついた、右肩から斜めラインの胸元がシャープなジョーゼットのドレスで、胸元とストラップにスパンコールが施され照明が当ると微かに輝くのです。
足元のカットがやわらかいジョーゼットの特徴があるものでした。
ストールを掴む私を見て、栞はストールの扱いには慣れているわね、なんてお姉ちゃんは言ってました。


「相沢君、タキシード、結構似合っているじゃない」

「ありがとな。ふむ、香里のことだからもっと情熱的なドレスかとおもったが、案外、上品に決めたもんだな。似合ってるぞ」

「ふふ、ありがとう」

並んで立っているお姉ちゃんも、私の雰囲気に合わせた、白いドレスを着てました。
胸元のカットが上品な感じのシンプルな白サテンのノースリーブドレスと総レースのボレロをあしらった姿、それに一連のパールのアクセサリーで飾って、なんか大人っぽい感じに見えます。

「香里の"おまけ"の栞も、"思ったよりも"ドレス似合っているな。とても綺麗だよ」

「"おまけ"とか"思ったよりも"って……そんなこと言う人、大嫌いです!
 でも、私のことを綺麗だと言ってくれたので、特別に許してあげます♪」

祐一さんに会いたくて、私は学業を再開できるほどまでに病気を治せたのです。

私は祐一さんの右腕に抱きつきました。
去年の今頃は、こんな風に祐一さんの手に抱きつけるなんて思ってませんでしたから。

(今の私の胸は、お姉ちゃん並なんですよ)

去年祐一さんに散々からかわれた胸を、これとばかりに祐一さんに押しつけてみました。

(でも……祐一さん、私とお姉ちゃんのどっちを誘いにきたんでしょう?
 できれば、先に私の方を誘ってほしいんですけど……
 やっぱりお姉ちゃんの魅力には負けちゃうんですよね)

そうでなくても、祐一さんはもてる男子生徒なのです。
話している横からも数人の女生徒からダンスの誘いがかかっています。

「さあ、いこうか、栞」

「え、ちょっと、祐一さん!」

祐一さんは突然私の手をとって私を引いていきます。
驚く暇もないうちに、私はダンスの輪の中に連行されてました。

(あれ、あの娘って確かいつも中庭にいたあの子じゃない?)
……そんな声も周りから聞こえます。

振り返ると、私達を見送るお姉ちゃんが吹き出すように笑い、"いってらっしゃーい"とばかりに手を振ってました。
よく見ると、横にいる祐一さんも照れて大笑いをしてます。

(あ〜、お姉ちゃん、事前に仕組んだんですね!)

その時の、周囲の好奇心の混じった視線が堪らなく恥ずかしかったです。
祐一さん、私達が輪の中心にいるのは、絶対にわざとそうしましたね?

「舞踏会に栞を誘って正解だったよ。
 栞もこれで一躍、学校中の注目の的だな。早くたくさん友達を作れよ。
 "舞踏会なんて興味ないわ" なんて言いそうな香里でさえ、栞のためにこうしてくれてるんだから」

「えぅー、祐一さん、とても意地悪ですよ〜。
 恥ずかしいです……でも、嬉しいです。
 それに、祐一さんが私と最初に踊ってくれるなんて、思ってもみませんでした」

「栞、約束したじゃないか、必ずエスコートしてやるって。
 ……さて、"栞"、去年踊った続きといこうぜ。
 ここにぼーっと立ったままでは、さすがに俺も恥ずかしいからな」

「え……あ……はい」

それから私は祐一さんと、手をとりながら、舞踏会の喧噪の中で二人で踊りました。
……そう、私を悲しみから救ってくれた祐一さんに抱きしめられながら。
だから、踊っている間はずっと、祐一さんの瞳の中に私の笑顔が映っていました。

リズムのいい情感のある曲が鳴り始めました。

「この曲な、香里が栞のために選曲したものなんだ。
 それに、香里が生徒会役員を買収して、流してもらっているらしい。
 ちなみに、『melody 〜抱きしめて〜』という曲だ」



 星屑みたいに 輝きだす街の灯
 静かな窓は一つづつ
 あふれる愛を灯しているのね 

遠目にお姉ちゃんの泣いている姿が見えました。
よかったね、そう言っているような気がしました。

(ありがとう、お姉ちゃん。今は素直にそう言えるからね)


「これって、恋愛ドラマだとどんなシーンなんだ?」

「最終回のクライマックスです。
 新しい季節がまぶしく感じるような未来の希望にあふれるような情景で」



 きっと私をみつけて
 誰より暖かい その手に包んで心ごと
 あなたの瞳の中で 微笑むその瞬間(とき)を
 生まれる前から ずっと待ってるの

  「……栞、お前、そんなにセンチメンタルだったか?」

  「酷いです、祐一さん♪ そんな事言う人嫌いです〜♪」

  「嫌いってだな〜、それ笑って俺に言うセリフなのか?」



 切ないほど高鳴っている この胸のメロディー
 ---抱きしめて---

  「祐一さん、私を見つめてくれてます?
   ……祐一さん、私、ずっと笑っていられましたよね?」

  「無論だよ、栞、俺の知る限りずっと笑っていたさ。
   多分、これからはもっと希望に満ちあふれた笑顔なんだろうな。
   栞、これからもずっと笑っていてくれるか……俺のために」

  「いまさら返事を聞くなんて、意地悪ですよ。
   今の私の胸の高鳴り、祐一さん、感じてますよね。
   だから、祐一さんのためにずっと笑顔でいるんです……多分これからも」


私は背伸びをしながら、祐一さんの肩に手を回して、シャンデリラの光の下でそれでもなるべく見えないようにこっそりと、私の唇をそっと祐一さんの唇に重ねました。

 

(つづく)

後書き

栞 :「わーい、SILVIAさんが私の話、書いてくれた」
作者:「まあな。この曲を聴くと、どうしても栞が浮かんできたんでな。
    でも10ページ近い話になるとはね。
    曲のイメージに合うキャラが居ればSSを書く、それがこの連載の
    基本方針だからな」
栞 :「でも、曲のどの辺が私のイメージと重なったんです?」
作者:「アニメ版カノンの栞編で、公園で祐一と踊る情景と、♪誰より暖かい 
    その手に包んで心ごと あなたの瞳の中で 微笑むその瞬間(とき)を♪の
    部分がマッチしたところ。
    ほら、"祐一さんの手を取って、踊る前に一礼する"栞UPの絵があるだろ?
    あのカットが気に入っていてね、それをSSに書きたくなった。
    あのカットを栞視点に置き換えれば、今回の話にならないかな。
    でもな、ヒロインをあゆにするか栞にするかは随分迷ったよ。
    あゆをヒロインにしても、この曲のイメージで書けるからね」
栞 :「なるほど。でも、舞踏会の話、随分気合いを入れて書いてません?」
作者:「ドレス姿の栞と俺が踊りたかったから、それでは理由にならないか?」
栞 :「えぅー、そんなこというSILVIAさん、大好きです♪」


栞 :「そういえば、どうして英文を書いたんです?」
作者:「アニメ版カノンのDVDには話の前に英文があったよね。
    あの真似をしてみた。
    話が長くなりつつあったから、頭の切り替えの間でもいれてみようかなと。
    ちなみに、これは、最初の英文の訳。
    次の間の部分の方は本文のセリフにあるので省略するけど」

"この想い、聞こえますか?"

言葉にできなくても暖かい気持ち、
この鼓動は貴方に奏でた私のメロディー、
奏でる時にわき起こる,そんな私の想い、
 "ずっとそばに居てください、祐一さん。"

 


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