相ちゃん伝説 ジャムジャムボーイ
(Kanon:)
 第1話『moment』 〜天野美汐編〜
(前編) 
written by シルビア  2003.10-11 (Edited 2004.3)


ものみの丘、それは……

かつて、私が大事な存在と出会い、別れた場所。
かつて、相沢さんがが真琴と出会い、別れた場所。
かつて、私と相沢さんが最初に言葉を交わした場所。


(何で私は相沢さんに出逢ってしまったんでしょうか?)


「これ以上、その子に関わらないで下さい……」

これは、寂しかった私が出逢った私の恋、その始まりのmoment。
-----ものみの丘に導かれた私達の出逢い。









校門ではしゃぐ男女の生徒と一人の娘。

「祐一〜、肉まん買って〜」

相沢さんに真琴と呼ばれた、その少女、それは妖狐の化身……
私は昔の自分に起こった妖狐の悲劇を思い出しました。

相沢祐一さん……今の真琴が温もりを求めた相手は彼なんですね。
かつて妖狐であったあの子が私を求めたように。
やがて相沢さんも私と同じ悲しみを背負うことに……そう、今のままではきっと。
あの笑顔が悲しみに染まるなんて、私は……私は……耐えられない。


日も暮れる頃、ものみの丘は少し肌寒い風が吹いてました。

(真琴?)

ものみの丘にいた私は、真琴と子猫が寂しそうに過ごしている様子を見かけました。
この寒さの中で、丘の原っぱに座り子猫と遊ぶ真琴はさびしそうでした。
あの子達に温もりを与えることはできない、だから声はかけてはいけないと私は自分を諫めてました。

遠くから様子を見守っていると、やがて相沢さんが丘に現れました。
相沢さんは真琴の様子をしばらく眺めては、眠った真琴を抱き上げて背負いました。

その場を去ろうとした相沢さんの前に、私は立ちすくみました。

相沢さんに伝えなければ……、でも、どう言えばいいか……
上手く言えない……、でも、言わないと……

「これ以上、その子に関わらないで下さい……」

「うん?」

「……その子はあなたに耐えようのない苦しみを与えるはずです」

「見ず知らずの奴に、そんなことを言われる覚えはない」

険しくなった相沢さんは私の側を通り抜けようとしました。

「良いんですね……あなたはこれから本当に辛い目に遭うんですよ」

私はただ、それしか言えませんでした。


(結局、相沢さんに上手く伝えられなかったんですね……)

私は放課後の屋上で景色を眺めながら、考え込んでました。
でも、気持ちを伝える機会がまた訪れました。

「探したよ……夕べの言葉の意味が知りたくてな。……君は誰だ。

「天野……美汐といいます」

「お前、知ってるんじゃないのか、あいつの事?」

「じゃ、何であんなこと」

「貴方は知っているんですか、あの子の事?」

いや、あいつは俺に恨みがあると言ってて……でも、それは何かの勘違いで

「出逢ってはずですよ。あなたとあの子は。
……覚えて居ないのは当たり前です。だって、あの時あの子は人の姿をしてませんでしたから。……あの子は人間ではありません」

私はものみの丘に伝わる妖狐の伝説を語りました。
信じてくれるでしょうか、でも、それは真実だったのです。

「それ以上、言うな!
 あいつが人間じゃないなんて、人に災いをもたらす化け物だなんて信じられるか!」

「ただ、これだけは覚えておいてください。
 あの子が人の姿でいられるのには代償が必要なんです。記憶と……命」

それがあの子達の本当の姿だから。

「今、あなたは束の間の奇跡の中にいるんですよ」

「奇跡?」

「そう、あの子が自らの命と引き替えにした一瞬のきらめきです」

相沢さんと真琴との間に何があったかは知らない。

「寂しかったんだと思います。独りぼっちで置き去りにされて、ずっと相沢さんに逢いたくて、その気持ちが奇跡をおこしたんじゃないでしょうか」

……

「あの子は昔話に出るような忌み嫌われるような存在ではないんですよ。
 本当にいい子達だから、だから別れはこんなに……悲しい」

ただ、真琴は相沢さんを求めて会いに来た真琴、それはかつての私のあの子と同じ、
それだけは確かなこと。
あの子と同じように、ただ、人の温もりだけを求めて……

「誰かが私と同じ悲しみを味わうのは見たくなかったから……」

私は相沢さんの前で泣いてしまいました。
ずっと言えなかった私の悲しさ、寂しさ、それを私はさらけ出してしまった。

「ありがとう、礼を言うよ」

「どうか、あの子の想いを叶えてあげてください」

「……分かってるよ」

そう言う相沢さんの表情に、私は何故か心が惹かれていました。
あの人は私とは違う、私はそう感じたのでした。


私は雪嵐の晩に、水瀬家に向かっていました。
真琴の命の最後が近いことは知ってました。
私は純粋で一途なあの子(狐達)に最後に会いたかったのです。
私がかつて失ったあの子との別れを思い出したから。

私が水瀬家に向かっていると、相沢さんが真琴を背負って歩いている姿をみかけました。

「あ、天野……」
「……行くのですね……あの丘に」

「初めまして。天野美汐と言います。あなた、名前は?」
「あ、ぅー……」
「大丈夫よ、怖くないから」
「ま・こ・と」
「まこと、そう、いい名前ね」

「天野……ありがとう。
「真琴、また遊びましょうね」

雪の中を去りゆく相沢さんと真琴の姿を私はただ見送ってました。

「にくま〜ん、にくまーん」

そんな風にはしゃぐ真琴に、相沢さんはどれほど心を奪われてしまったのでしょうか。
その時の相沢さんの表情には、言いようのない寂しさと、決意に似た優しさがありました。
これから起きる、相沢さんの悲しみ、それを考えると私はやはり辛くなりました。

そして、真琴は相沢さんの背におぶさってものみの丘へと還っていきました。
ちりーん、手の鈴が地面に転がった時、もう真琴はいないと感じたよ
……相沢さんは後にそう言ってました。

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「いいお日柄ですね」

「天野は相変わらずおばさんくさいな」

「物腰が上品だと言って下さい」

これが、私と相沢さんのいつもの挨拶の一時でした。
屋上で交わして以来、いまだに続くこのやりとりに、すっかり慣れました。


ものみの丘……今は、私と相沢さんとでお互いの気持ちを慰め励まし合う場所。

「どうして、俺はここにくるようになったのだろうな」

「クスッ。相沢さん……、それは運〜命〜ですから」

何度聞いたかわからない相沢さんの言葉に、私は思わず笑ってしまいました。


いつからか、私も笑顔でここで笑顔で過ごしていた。
相沢さんは、相変わらず無表情だとからかいますが、これでも自分では変わったと思ってるんです。
……相沢さんが笑顔を無くさないでくれたから、私も変われたのでしょうね。


「天野……運〜命〜ってな〜」

「それも運命ですから。
 相沢さんは私と過ごすのは嫌なのですか?
 それは……少し寂しいですね」

「そんな顔するなよ……天野と一緒というのも悪くはないさ。
 まあ、狐達の事では、俺たちは似たもの同士だからな」

「そうですね。だいたい、相沢さんにまで妖狐が変化して現れるなんて、未だに信じがたいです。だから最初は随分驚いたんですよ」

「不思議といえば、天野の行動の方がよほど不思議だったよ。
 ものみの丘といい、家の近くといい、天野って不思議なタイミングで出現したよな」

「クスッ。相沢さん、それも運命ですから。
 本当はここの狐さんたちが教えてくれたんですよ。
 ……今でも、相沢さんは寂しいですか」

運命……私は本当にそうだと思ってました。
何故私があの子に会えたのか、相沢さんに会えたのか、今こうして側にいるのか。
振り返ると、この丘で最初に話をした瞬間にこうなる運命だったのでしょうね。

今でも、きっと、相沢さんは寂しいのでしょう。
私も今でもあの子の事を思い浮かべて、心が張り裂けそうになるんですから。
私の存在がどれぐらい相沢さんの支えになったかはわかりません。
でも、正直なところ、今は少し幸せなんです……ごめんなさい、相沢さん。

「ああ、少しな。
 でもな、ここで走り回っている狐たちを見ていて、あの中に真琴がいるのかな〜って思うと、少し気が楽になる」

「そうですね。
 あの子たちもこういう風に命を繋いでいくんですから、いつかまたあの子達の中から、人の温もりに憧れる子が生まれるかもしれませんね。
 また、私達の前に姿を見せてくれたりして」

それは、私のあの子、相沢さんの真琴の描いた奇跡の跡のこと。
人の温もりだけを求めて、記憶と命を代償に、つかの間の奇跡に身をおいた妖狐達の物語。
少しだけ、未来に、再び会えるかもという期待を抱きたくなる、純粋な想い。

「そうだな。だから、俺がここに来ているんだろうな。
 なんとなく、また出てこないかなって思うよ。
 でも、天野は人間になった妖狐に出会ったら、きっと『お名前は?』って聞くんだろうな。それも年齢不相応な口調でな」

相沢さん……まだ、真琴の事、想っていたんですね。
でも、きっと、今でも家族のような存在なのでしょうね。
それに、今のあなたの側には、7年越しの恋人のあゆさんがいますから、そんな風に笑っていられるんですよね。
私、相沢さんの事、少しだけ羨ましいです。

「相沢さん、酷いです。いいじゃありませんか。それに、そんなに変でした」

「変というより、そんなところがおばさんくささを感じるんだよな、天野って……」

相沢さん、酷いです。
でも、私は見逃してませんよ、あなたがつぶやくように続きを言っていたのを。

「酷いです。礼節正しいと言って下さい。
 それに、本当は『天野ってお母さんみたい』って考えていたんですよね?
 相沢さんはきっとマザコンな性格を隠していたんですね。
 だから、乙女を捕まえておばさんくさいなんて言えるんです。
 今、口にでてましたよ」

「え……あ〜、その、なんだな〜。
 は〜、やっぱり俺はこの癖直さないといけないよな」

「"直らないから癖"と言うんですよ」

「じゃ、天野がおばさんくらいのも癖だから、直らないな」

「……相沢さん、意地悪です。
 いいですよ、もう……罰として、その肉まんを1つ頂きます」

「お、天野も食べるか?
 この特製肉まんはな、誰かのと違って肉がぎゅっと詰まってボリューム満点だぞ?」

「誰かのと……って、あ・い・ざ・わ・さん、どこに目を向けて言ってます!?
 本当に〜、も〜、絶対に〜、男性として、とても不・出・来です!
 相沢さんなんて、もう知りません」


……私だってまだ成長期……これからですよね……多分……
ちょっとHな表現になっても、たまには形とかを褒めて……くれないでしょうか……そっちはちょっぴり自信あるのに……
え!あ〜、私ったら、何を考えているのでしょう。
今の表情にでてませんよね……きっと……


結局、私はいつもからかわれるんですよね、これも運命でしょうか。
でも、相沢さんにはいつも笑っていてほしい……たとえ、私がからかわれても。
相沢さんの笑顔って、やはり……その……素敵だから。


……名雪の奴、あれから随分元気を取り戻したけど、相変わらず俺とまともに話せないでやがる。
……香里はすっかり元気になったな〜、でも、栞にべったりだよな〜。
……栞はというと、なにかにつけてアイスクリームをせがむしな〜
……真琴も今頃は、この丘ではしゃぎまくっているのかな〜
……舞のやつ、海外で元気にやってるかな〜? でも、佐祐理が側にいれば平気かな。
……あゆもすっかり元気になったな〜。タイヤキせがむところだけはかわんないが。

時々聞こえる相沢さんの独り言の癖って、なんか面白いです。
私は本を読む振りをして、聞かない振りをして聞いているんですけど、とにかくいろんな話がでてきます。
なんかこう、相沢さんの人となりが分かりやすくて、ちょっとお得な気分になります。

(本当にいろんな女の子の名前が出るんですね。
 でも、たまには一緒にいる私の事も口から出てきてほしいものです。
 相沢さん、それって、ちょっと、寂しいですよ。
 あら、やだ、私ったら……)

いろんな奇跡を体験した相沢さんならではの話は、普通の人にない面白さがありました。
でも、私は相沢さんの独り言に、いつも心を揺り動かされてしまいます。
他に好きな人がいる相沢さんの独り言、ちょっと嫉妬してしまいます。
でも……なんか、そっと聞いてあげたい気分になります。

(時には、相沢さんでも弱気になるんですね。
 いいですよ……ここで過ごす間だけは、勘弁してあげます)

真琴と別れてから、相沢さんはやはり時に寂しそうな表情をする。

「俺は精一杯の気持ちで真琴の願いを叶えたから……後悔はしてない」

私にそう言った相沢さんの言葉を信じてます。
真琴の事があっても、それでも、あゆさんや名雪さんの気持ちを守ってあげた人
……私なんかとは全然違う心の強さを持ってます。

『本当は優しいくせに……』なんて、真琴が言っていたのも分かる気がします。

いつもは冗談ばかり言って、人をからかってばかりいる相沢さん、
でも、人が本当に困っているとスーパーマンのような存在になるのだから、世の中とは不思議なものですね。


私も、相沢さんの強さと優しさに、憧れてしまったのですね。

「天野は相変わらずおばさんくさいな〜」

「失礼ですね。物腰が上品だと言って下さい」

いつも一瞬はむかっとするのですが、なぜかひっぱたけないんです。

……でも、天野ってちょっぴり大人っぽいよな。

なんて独り言を聞いてしまっては、怒るに怒れません。
そもそも、私って、男性に褒めて貰うなんてこと、慣れていないから。
ずるいです、相沢さん。

だけど、ここ数日、相沢さんはすっかり元気がありません。

……あゆと会いたいな。

(あゆさんとのこと……うまくいってないんですね)
相沢さんが春先からあゆちゃんとつき合っていた事は知ってました。

……遠く離れても心は一緒だと思っていたのに

あゆさんは秋の初めに親戚に引き取られ、それから二人は遠距離恋愛をしてたのです。


破局?

「相沢さん……あゆさんを信じてあげないのですか?
 遠距離でもきっと二人の心はつながっていると思ってますよ」

「分かっているよ、天野。
 それでも、もうどうしようもないんだ。
 あゆはいつも泣いてばかりだし、俺も何もできないし」

だから最近は私が相沢さんを励ます、そういった二人の間柄が続いてました。

……終わったか、俺とあゆの恋

二人の間の結果を聞くのは怖かったのですが、相沢さんの口から漏れる言葉で分かってしまいました。

(相沢さん……)

でも、私の心は揺れてしまいます。
チャンス、そう思った私の心を少し情けなく感じました。
失恋につけ込む、そんな醜い自分の心が情けなく感じてました。

(私の気持ち、相沢さんに打ち明けるべきなのでしょうか?)

相沢さんにはいつも笑っていてほしい……でも、今の相沢さんは笑ってません。
その笑顔、私だけに向けてほしい。

「相沢さん、その天使の人形って?」

「これか? ああ、あゆが返してくれた。3つのお願いはもう叶ったからって……」

「相沢さん……あゆさんにあげた天使の人形、もう一度あゆさんにあげたいと思いますか?」

「それはないよ。
 俺があゆのために出来ることなんて、もうないから。
 それどころか、俺はあゆのことずっと想ってあげることすらできなかった。
 約束……だったのに……守れなかった」

「時々でもいいから私の事思い出してほしい……そんなお願いでしたよね?
 それなら相沢さんは約束を破ってませんよ。
 現に、今、こうしてあゆさんの事、思い出しているではないですか。
 ずっと、相沢さんの心にはあゆさんの面影があるんです、これからも」

「その約束ですら、いつかは破ってしまうかもしれない。
 他の子と親しくなればあるほど、昔の事は忘れていく。
 現に、こうして天野といる時は他の子の事はだんだん忘れていくから」

「……・」

そんな事、言わないで欲しかった。
相沢さんが言うと、まるで、私に気があるように聞こえるから。

「この人形をあげた時、愚かなぐらい純粋に俺はあゆの事が好きだった。
 幼い頃の淡い恋なんだろうな、だが、再会してからのあゆは俺には別人にさえ思えた。
 だから、これから先あゆとつき合っていくことに不安があったんだ」

「7年の月日が変えた、ですか?」

「ああ。あゆとこうして離れてみてよく分かったことだがな。
 俺の気持ちが変わったんだと。
 俺とあゆの恋は7年前に終わっていたのかもな。
 懐かしさと再会の喜びだけで、いままでつき合ってこれたんだろうな。
 でも、これから一緒に生きていく自信がないんだよ、俺」

「そうですか……そうかもしれませんね。
 相沢さん、今なら、天使の人形を誰にあげたいと思っているんですか?
 それがきっと今の相沢さんが好きな人なのではないでしょうか。
 でも……私、その人が少し羨ましいです」

「天野……」

「相沢さん、相沢さんが天使の人形を誰にあげても、それはいいんです。
 相沢さんが笑顔でさえ居てくれるなら……
 そんな相沢さんを見てられるなら……私はそれでいいんです」

私はものみの丘に吹く秋の風をとても冷たく感じました。
私はそれ以上の自分の気持ちを知られたくなくて、相沢さんの前を去ってしまいました。




(後編に続く)


後書き

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