朝食も終わって俺はソファーに寝ていた。

あゆと秋子さんは楽しそうに食器を洗ってる。

名雪は今日も今日とて部活……飽きないのか疑問だが、それだけ好きなんだろう。

そんでもって我が妹君はというと。



「おにーちゃん、おにーちゃん。お買い物に行かない?」



俺と同様に暇してるみたいである。



「買い物? なんか欲しいもんでもあるのか?」

「そういうわけじゃないんだけど。ほら、良い天気だよ。お出かけしようよ」

「……まぁ、な。んじゃー着替えて来い。俺はコレで行く」

「わっ、ありがと♪ ちょっと待っててねー♪」



ぱたぱたと部屋に戻るつきを見送ってから立ち上がった。

あーっと、財布は……ああ、昨日のままだからリビングに置きっぱなしか。

秋子さんに出かける旨を伝えると玄関まで移動する。

つきの着替えってどのくらいかかるのだろう。

アレでも女の子なんだから長いかもしれない。

気長に待っとくか。



「おっまたせー」

「早いし」



振り返って、固まった。



「行こ、おにーちゃん。れっつごー」

「……待て、つき、お前、それ、なんだ」

「浪漫」



俺が見つめる先、指差す先。

そこにあるのはマイシスター曰くところの浪漫けもの耳≠ェあった。



















妹は戯れる。

〜あにまる騒動編〜





















服装だけを見れば大変よろしい、グッドだ。

さすが俺の金まで衣服に使い込んでるだけあって、センスもいい。

だが頭についてるソレはあまり嬉しくないと俺は思う。

いや、俺個人的には大歓迎でもあるんだが状況が状況だ。

外出時にソレはどうかとおにーちゃん思うよ、うん。

何故って。

耳。

っていうか人の耳じゃなくて。

猫。

どっから見ても猫の耳なのだ。



「まさか、その格好で行く気か?」

「うん」

「外せ」

「嫌」

「浪漫は構わん。だが家の中だけにしてくれ」

「嫌」



取り付く島もねぇ。

何を言っても一言で返されてしまうから言い包めにくい。

いや、まぁ、猫耳は似合ってて可愛いさ。

正直なトコ萌えとか思うさ。

そりゃ漢の浪漫だから仕方ないだろ?

でも外出時はヤバイと思うんだけどなぁ、いかな俺とて。



「オマケとして尻尾も付いてます」

「付いてんのかよっ!!」

「ほらほら。猫尻尾」



たしかにつきのお尻あたりから尻尾が出てる。

いつの間に仕入れたんだ、こんな謎アイテムを。

むしろ何処から仕入れてるのかのほうが謎だ。

通販?

ありえるな……今時の通販は何でも手に入ってしまうから。

俺はそう、思考をズラす。

気を抜いたら『何処から生えてる(付けてる)んだろう』という想像が翼を広げてしまう。

ありえないとはわかっているが、それはあまりに危険。

避けたい。

軽い現実逃避してたからか、俺はにじり寄るマイシスターに気づかなかった。



「おにぃちゃぁん。つきかのおねがいきいてよぉ」

「ぐああぁぁぁ!! 甘ったるい声を出すんじゃねぇ!!」

「きいてくれないの……? つきか、ないちゃう……」

「卑怯者……ていうか妹に甘すぎるぞ、俺。あー、もう。わーったよ。そのままで行くことを許可するから止めてくれ」

「えへへ、おにーちゃん大好き♪」



くそぅ、俺の馬鹿。

何だって妹に激甘なんだ……何故だろう、マジで。

甘い声で囁かれ、泣き真似だとわかってても泣かれそうになるとダメ。

こんなんだけど体は柔らかいし、涙目で上目遣いとかググッとクルし。

気が付けば俺のほうが折れてるんだから。

たぶん幼い頃に両親に洗脳されたんだ、妹に優しく、って。

おのれ。

とか思いつつ、腕にしがみついてくる妹が愛しくて仕方ないのはなぁ。

あぁ、俺ってたぶんシスコン。

でもって、つきもたぶんブラコン。

ダメ兄妹だ。



「……うぅ、町の人の視線が厳しいよ」

「浪漫に怪我はつきものだからね」

「どんな浪漫なんだ、それは」

「今みたいな状況だよ」



水瀬家を出てすぐ。

ご近所だか知らないが奥様に遭遇した。

はたと目が合って、あちらが起こした行動。

あからさまに目をそらす。

俺、この町で暮らせなくなるかもしれないです。

そして商店街。

町の人で賑わうこの場所に俺とつきは辿り着いてしまったのだ。



「俺が彼氏でつきが彼女で、俺が無理やりコスプレさせてるみたいじゃんか……」

「あ、知らない人から見たら恋人に見えるんだ。なんか新鮮」

「それは見えるだろ。腕組んで歩く若い男女なんだから。救いは俺たちが似てることか」

「兄妹って分かるかもしれないね。でも猫耳してる時点で注目集めてるけど」



ぐるり、と商店街に目をやり、こちらに集まる視線の数に眩暈がした。

魚屋のケンさん、こっちを見ないでください!!

あぁ、お肉屋さんのハルさんまで!?

きゃーーー、百花屋のお姉さま、俺をそんな目で見ないでっ!!



「あ、ああ、ああ相沢さん……そのようなご趣味が……」

「あまーの!? 違うぞ!? これは違うからな!!」

「私は相沢さんがケモノ娘をこよなく愛してやまなくても貴方を見捨てませんから……」

「だーかーらー! 俺にそんな趣味はねぇ!!」



俺が1人で脳内悲鳴を上げていた、そんな時。

あいかわらず気配なく天野が目の前に現れていた。

しかも勘違いして。

まぁ、勘違いする気持ちはよーくわかるけど、わかるんだけど。

でも落ち着いて欲しい、俺としては、ええ、それはもう迅速に。



「よくわからないけど何処か入ろうよ。謎の3人組になってる、私たち」



はっとして状況確認した。

猫耳してる妹君……尻尾はあまり目立たないので無視だ。

貴方はケモノ娘が好きなんですね、と泣く天野。

そして慌ててる俺。

こ、これはまさか―――――



「猫耳娘のために天野を捨てた男に見られてるのか、俺!?」

「うん、ばっちし」

「百花屋に入ろう、今すぐ入ろう、さぁ入ろう」



俺は天野の手を引いて百花屋に直行した。

片手に猫耳付属つき、片手に涙目の天野。

うぅ、今の俺って知らない人から見たら凄いダメ人間だろうなぁ。

知ってる人から見てもダメ人間確定っぽいけど。



「いらっしゃいませー。祐一君、なんだか大変そうだねー」

「そう思ってくれるのでしたら奥のほうの席をお願いしたいのですが」

「はいはーい。3名さま、ごあんなーい」



百花屋のお姉さま方と知り合いでよかった。

もしも窓の近くに案内されたら目も当てられないぞ。

お姉さま方に笑われてるのは、この際だから無視。

目の前の厄介ごとを先に片付けるのだ。

というわけで、珈琲2と玉露1を注文して一息。



「とりあえず自己紹介から」

「天野美汐です。相沢さんの後輩になります。よろしくお願いしますね」

「えと、相沢月佳です。おにーちゃんの妹なの。よろしくね」

「妹さんでしたか……それでまた何故に猫の耳を?」

「少しは冷静になったみたいだな。つきは漢の浪漫を追い求めてるんだよ。
それで色々と服装やら飾りが加わる。今回は猫耳と尻尾で外出になっちまったんだ」

「うん、尻尾もあるよ」

「はぁ……さすがは相沢さんの妹というか何と言うか……」



冷静になった天野は慌てない。

そして素晴らしい洞察力を武器にこっちの事情を汲み取ってくれるのだ。

あぁ、理解が早い人って俺は大好きだぞ。

物珍しいのか、じーーーーーーーっと猫耳を見つめる天野。

その瞳に好奇心が見え隠れしてるのは俺の気のせいだろうか。



「欲しい?」

「はいっ!?」



あ、気のせいじゃなかったみたいだ。

つきにも同じように見えたらしい。



「じーーっと見てるから。美汐さんもケモノ娘セット欲しいのかなーって」

「ちち、ち違います! わた、私にそういう趣味は!!」

「待ってね。他にもあるから。えーっとぉ」

「あぅ、その、えっと、相沢さん……」

「諦めろ。つきの性格はイケイケゴーゴー青信号なんだ」

「……よくわかりました」



あゆ曰く、だけどな。

的確な表現だと思う。

つきは思い立ったら即行動、障害を物ともせずに突き進む。

障害?

んなもん壊してでも進むんだ、という感じ。

でも赤信号では、ちゃんと止まってくれるけど。



「あ、犬があった。それじゃ私が犬を使うから美汐さん猫でいい?」



なんで犬があるのかも謎である。



「その、だから、私は別に……」

「尻尾は止めとくね。だから耳だけだけど、はい」

「……どうも」



勢いに飲まれたか。

おずおずと猫耳を受け取ってしまった天野だった。

ちなみに俺と天野が隣りで、つきは対面を独占してる。

まぁ、荷物置きになってるけど。

天野は猫耳を複雑そうに眺めていた。

その瞳に飛び交うのは好奇心や羞恥心や常識や良識。

つきは既に犬耳バージョンになって御機嫌だけど。

おそらくマイシスターに羞恥心なんてあるまい。



「おにーちゃん、付けてあげたら?」

「は? 俺が?」

「美汐さん迷ってるみたいだから背中を押してあげるの」

「…………………………」



たしかに迷ってるな。

俺とつきの会話に見向きもしない。

ただ猫耳を眺めている。

しかし今の場合、背中を押すべきなのだろうか。

確実に恥をかくと思うが。

つーか、恥どころか何か道を踏み外してしまう気もするんだけど。

……………………ま、いっか。



「よっと」

「きゃ! あ、相沢さん!?」

「動くな動くな。これでいいかな。つき?」

「似合う似合うー♪」

「わ、私、こんなところで猫耳なんて……あぅぅ」



ひょいっと奪って天野の頭に付けた。

うむぅ、怖いほどに似合うな。

つきの犬耳も似合ってるが、天野の猫耳も可愛い。



「そこでおにーちゃんにもコレを」

「「……………………兎耳」」

「はい」

「コレを俺に身に付けろというのか?」

「うん」

「相沢さん、此処まで来れば道連れですよ……」



うふふふふふ、と怖い笑みを浮かべて兎耳を受け取った。

天野はそれを俺の頭に付けようとする。

俺は抵抗したかった。

でも猫耳を付けてしまった前科が抵抗する権利を奪ってしまう。

実は猫耳天野に見惚れていたというのは秘密だ。

そういうわけで俺の頭に兎耳が装着された。



「猫耳、犬耳、兎耳。浪漫だねぇ」

「そんな酷なことないでしょう……」

「どういう集団だ、これは……」

「ご注文の品……を……ぷっ、くく、あはははは! 祐一君たち何してるの?」

「妹の遊び相手なんです」

「後生ですから見逃してください……」

「可愛いよね、おねーさん?」

「えぇ、とっても可愛いわ。特に祐一君の兎耳なんてたまらないわね」



お姉さまにからかわれる。

っていうか、他の客の視線を集めまくりの俺たちだ。

まぁ、ケモノ耳つけた男女が3人も座ってるんだからな。

しかも可愛い女の子が2人もいる……おそらく俺も標準よりは上だろう。

北川曰く、だから信用度イマイチだけど。

まあ、そういうわけで注目するなってほうが無理ってもんだ。

しかし笑いすぎです、お姉さま。

……ふと思ったんだが何でお姉さま≠ネんだろうか。

深入りしないほうがいい。

お姉さまって響きはなんか甘美だから、そのままでいいや。



「美汐ちゃん。にゃあ、って鳴いてみてくれない?」

「そ、そんなことできませんっ!!」

「奢ってあげるよ?」

「玉露1杯くらい自分で払いますので」



気が付けばお姉さまvs猫天野になってた。

つーか、鳴けってのは酷過ぎる注文だと思います、はい。

天野じゃなくても断るぞ、それ。

あ、つきならOKだしそうだけど。



「あ、私も美汐さんの鳴き声、聞いてみたい」

「あら? キミは初対面かな?」

「おにーちゃんの妹の相沢月佳です」

「祐一君の妹さんか。ね、美汐ちゃんの鳴き声、聞きたいよねー」

「ねー♪」

「そ、そんな酷なこと……」



つき参戦。

そしてお姉さまと2秒で馴染むと共同戦線を張った。

天野ぴんち。

なんとか気合で切り抜けてくれ。

俺は無力だ。

どこまでも妹には甘い兄なものでして……許してください。



「鳴いてくれないと今日のこと言っちゃうぞっ」

「なっ!?」

「はわっ、明日から人気者だよ、美汐さん」

「……俺も天野の鳴き声が聞きたくなってきたなぁ」

「相沢さん!?」



ごめん、裏切る。

せめて中立を、と思ってたんだけどなぁ。

今日のことを広められるってのはキツイ。

許してくれ……わが身大事です。



「あぅぅ……1回、だけですからね……」

「うんうん。いいよ」

「楽しみだね、おにーちゃん」

「天野の鳴き声か」



鳴き声っていうと何か、えちぃ響き。

あまり深く考えないようにしたほうがよさげ。

でも個人的には天野のソッチの鳴き声も聞いてみたいとは思う。

いい声で鳴いてくれそうだ……って待て俺、なにをアホなこと考えてやがる。

今は天野のぴんちだぞっ。

で、当の天野は真っ赤になって俯いている。

そりゃあ恥ずかしいだろう。

むしろ恥ずかしくないほうが嘘だ、ぜったいに。

百花屋で猫の鳴き声。

でも猫耳して真っ赤になってる天野はすっごく可愛いのである。

意を決したのか、その小さな口が少しだけ、動く。

萌え。



「に、にゃあ」

「きゃーーーー♪ 可愛いーーーー♪」

「美汐さん美汐さん、もう1回だけ!!」

「にゃ、にゃあん」

「あーーー、もう最高よ! 今日のシフトで良かったーーー!!」

「はうん、私、美汐さんにメロメロだよぉ」



うっわ、ぞくぞくっと鳥肌が。

凄まじい威力だ。

あの%V野が猫耳つけて、真っ赤になって俯いて、にゃあん、だぞ?

生きててよかった、と本気で思う。

俺は声もないくらいに感動していた……素晴らしい。



「私、恥ずかしくて死にそうです……」

「天野。凄い可愛かったぞ。うん、本当に可愛かった」

「あぅぅ、恥ずかしいよぉ……」



しくしくと天野は俺にもたれかかってさめざめと泣き出した。

恥ずかしさ限界で、俺に抱きつくのが恥ずかしいという感覚はないらしい。

少し幼い言葉遣いなってるし。

引き剥がすのも可哀想すぎるので俺は頭を撫でてあげた。

今日の天野は100点だ。

ちょっと外での漢の浪漫もいいなぁ、とか思うほどに。

……俺も兎耳なのにな。



「あ、でも私が黙ってても他のお客様がバラしちゃうか。てへっ、ごめんね、美汐ちゃん」

「「…………………………」」

「美汐さん……残念だったね……鳴き損だったみたいだよ……」

「そ、そんな酷なことないでしょう!!!」



迂闊っ!

そういえば俺たちのケモノ耳を見てるのってお姉さまだけじゃないじゃん。

既に食事を終えてる人もいるし。

ってことは町じゅうに広まっちゃうとか?

俺の胸の中の天野は再び泣き出した。

好きなだけ泣いてくれ……俺にも非がありまくりだ。

楽しげに笑うマイシスターとお姉さまを視界の端に収めながら溜息。



「あ、おねーさんにはコレをプレゼント。お仕事が終わるまで外しちゃダメだからね」

「え゙……コレって……あの、月佳ちゃん?」

「うん、美汐さんとお揃いの猫耳だけど? 鳴き声はあると高ポイントかな」



お姉さまが泣く泣く猫耳を装着したトコで閉幕。

























あとがきっぽいコーナー。



氷;ということで最後の1人、天野美汐です。

夏:あ、あはは……なんかアレですね……天野さん。

氷:一度キャラ毎の役割の整理でもしてみましょうか。

夏:名雪さんがいぢめられ役。香里さんが、その、えっちな役。あゆさんがノリノリの役。ですよね?

氷:はい。そして天野さんも名雪に近いですけど、いぢめられ役ですね。

夏:かぶってるじゃないですか。

氷:正確には名雪はいぢめられて壊れる(反抗する?)する役です。

夏:えっと、天野さんは?

氷:いぢめられて恥ずかしがる役。羞恥って言えばいいんでしょうか?

夏:なるほど。いぢめられた後のリアクションの差ですね。

氷:名雪のほうはオプションで秋子さんもいますから。

夏:で、今回の内容は動物の耳シリーズですか。

氷:これまた王道だと思いますけどねー。書きやすいですし。

夏;うーん、可愛いなぁ、天野さん。

氷:……そっち系ですか、夏奈さん。

夏;はい!? ち、ちち違いますよ!! ただ純粋に可愛いなぁ、って思っただけでっ!!

氷;そういうことにしておきましょう。では、また次回。

夏:はぅ……私はノーマルですよぅ。