しばらく前に一人旅に行ってきます。あゆ≠ニ書置きがあった。
朝早くに起きた秋子さんが見つけたものだ。
あらあらした後、とりあえず俺のところまで来たので話し合うことに。
結果。
放置プレーすることに決定したのである。
まぁ、ちゃんと定期的に連絡も来ていたので問題ない。
「東京は凄かったよっ!!」
「うむ。なんと言っても日本の首都だからな」
「最近は東京にも行かないなぁ」
そんなある日、あゆが唐突に帰ってきた。
なんでも東京に行ってきたらしい。
俺、何処に行ってるか聞いてなかったからな。
んでまぁ、リビングのソファーに座って話し込んでるのだ。
「あゆさん、何してきたの?」
「別に何かしたっていうわけじゃないよ。観光だもん」
「なぁ、その前に。あゆはつきのこと覚えてるのか?」
「うぐぅ……それくらい覚えてるよ。一緒にたい焼き食べたもん。
相沢月佳、祐一君の1歳下の妹だよね? ちょっとしか遊べなかったけど」
あゆの記憶力は名雪のソレを軽く上回っているようである。
妹は戯れる。
〜まじかる☆編〜
いちおー説明しておくとしよう。
何故か知らないが、あゆには放浪癖に近いものがあるらしい。
いきなり旅に出たくなるって本人は言う。
それいいのだが資金源が謎だ。
追求すると怖いから考えないことにするけど。
ともかくあゆは旅が好き。
以上。
「つきちゃん、おっきくなったねっ」
「あゆさんは変わらないね」
「……うぐぅ。ボクだって成長してるもん」
「どこがだよ」
「……具体的に提示できない自分が悲しいよ」
自分の身体を見下ろして溜息を吐くうぐぅことあゆ。
つきは昔に比べりゃ格段に成長してるんだが。
比べてあゆはイマイチわからん。
変わってないことはないんだが爆発的成長は見られない。
微々たる変化ゆえにイマイチわかりづらいのだ。
たい焼き好きなトコも変わってないしな。
「そういえば名雪さんと秋子さんはどうしたの?」
「名雪は部活だ。休みって言っても定期的に運動しないと鈍るだろ?
んでもって秋子さんは仕事。昨日の夜にヘルプ入ったらしくて珍しく慌てて出かけていった」
「うぐぅ、会いたかったのに」
「今日の夜には会えるよ。2人とも帰ってくるから」
「そうだねっ!」
旧知の仲だからだろうか。
この2人は俺が思っていた以上に仲良しになっている。
「秋葉原っていうとこにも行ってきたよ。賑やかだね、あそこ」
「いいな。私も今度、行ってこよう」
「金は貸さないからな。行きたいなら秋子さんに頼み込め」
「貸してくれないの? ひどいよ、おにーちゃん」
「つきに貸すと返ってこないだろうが。洋服代に消えていくんだから」
兄という立場からか俺はつきに金を貸すことが多い。
が、返ってこないのである、マジで。
理由はいたって簡単。
貸した金も自分で得た金もひっくるめて洋服を買うのに使うから。
別に洋服に限ったことじゃないが、自分の買い物に使い込む。
そりゃまぁ、俺はあまり使わないからいいけどさ。
あまり甘やかすとよくないだろ、教育上。
両親と離れてる今、つきを育てるのは俺みたいなもんだから。
「頑張ってね、つきちゃん」
「……こうなったら此処で秋葉原を体験するしか」
「ちょい待て。何をする気だ」
「コスプレ」
「コスプレの何処が秋葉原っぽいんだよ」
「だってメイド喫茶とかあるし、道にもコスプレした女の人いるよ」
「そういえばいたよ、そういう人」
暴走しだした。
たしかにコスプレした人はいるけどさ、秋葉原。
今この場で再現しなくてもいいじゃんか。
しかもいることはいるけど少ないし。
言うなれば水瀬家のジャムの中に存在する謎ジャムの比率くらい少ないし。
……待てよ?
謎ジャムってどれくらいあるんだ?
いやいや、話がズレてるし、あの究極物体のことをあまり考えたくはない。
話を無理やりに戻そう。
妹君は既にコスプレする気120%だった。
何故かうぐぅもノリノリだった。
用意してくる、と言って部屋に行ってしまったマイシスター。
それを俺は軽い絶望を秘めた目で、あゆは好奇心を秘めた目でそれぞれ見送った。
「あゆ……お前も着させられるぞ」
「えぇ!? なんでボクまで!?」
「つきの性格を忘れたのか?」
「……うぐぅ、イケイケゴーゴー青信号だよ……」
「よくわからんが言いたいことはわかる」
しくじったよ、と呟くあゆあゆ。
気持ちは分かる。
だって俺まで何か用意されてそうで怖いからな。
あいつの服のストックは計り知れないものがあるのである。
俺がつきに貸した金はその服代に消えていってるんだろうなぁ。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
どっちにしろマトモなものは出てこない。
「お待たせだよ、おにーちゃん」
「俺だけかい」
「お待たせだよ、あゆさん」
「うぐぅ、言い直さないでもいいよ」
ニッコニコの笑顔で登場した。
両手に持ってる紙袋が何ともいえない強烈な威圧感を放っている。
アレは危険だ。
もう絶対に開けたくないのに開けないといけないんだろうな。
そしてソレが俺とあゆに差し出された。
目の前に現れた異質な存在感を放つソレを2人して睨む。
だからといって中身が透けて見えるわけでもないんだが、やはり気にはなる。
「私はコレ。おにーちゃんソレ。あゆさんコレ」
「……やはり着るのか?」
「……着ないとダメ?」
「うん」
「即答かよ。ちょっとは悩めよ」
「………………………………うん」
「長く悩んだけど結果は変わらないんだね……うぐぅ」
ダークな空気を纏う俺とあゆ。
香里。
今になって裸Yシャツを着させられた気持ちがわかる。
っていうか俺は何を着るんだろうか。
怖々と中を覗きこんだ。
で、クラっと眩暈がしてテンションが地面の中にまで落ち込んだ。
天野がいきなりコサックダンスを満面の笑みで踊るのを見たくらい、嫌だった。
別に天野はそんな奇行に走ってないが。
俺は現実から逃避したいが、そういうわけにもいかずマイシスターに淡い微笑みで問い掛ける。
「……なんだ、コレは」
「女装セット/バージョン魔法少女」
がっでむ。
「うぐぅ、ボクのも同じだよ」
「もちろん私も同じだよ。魔法少女セットだから」
「そんな酷なことないでしょう」
天野化してしまったじゃないか、ショックのあまり。
なんで俺が女装、あまつさえ魔法少女に。
救いを求めてマイシスターに視線を送ってみる。
「ちゃちゃっと着てね」
「うぃ」
救いは無かった。
「魔法少女の衣装って漢の浪漫でしょ? おにーちゃん」
「そうだと思うけどさぁ。なんで俺まで……」
「あ、魔法のステッキもあるから」
「うぐぅ……秋葉原っぽいかもしれないけど嬉しくないよ……」
「やっぱり浪漫は自分で体験しないとね」
あゆは衣装とステッキを手にとってうぐうぐ眺めている。
その表情は疲れ果てていて、今にも『ボクのこと、忘れてください』とか言い出しそう。
着替える前からグロッキーでどうするんだ。
とか言って俺も体力ゲージは減る一方だけどな。
眼前で服を脱ぎ脱ぎ着替えだすマイシスターの元気さとは正反対である、いやまったく。
俺も着替えるかー、とか思ってると隣りから叫び声。
あまり叫ぶと体力が余計に減るぞ。
「うぐぅ!! なんで此処で着替えるの!?」
「はへ? どしたの、叫んで」
「祐一君いるのに着替えたらダメだよっ!!!!」
「気にしないぞ。だいたい部屋一緒だし」
「いやっ、気にして気にして! むしろ気にしないとダメだよっ!!」
「でも見慣れてるしなぁ」
「うん……下着姿くらい今さらだし」
つきは下着姿で衣装をいじくってた。
自分で用意したはいいが着方がイマイチだったらしい。
っていうか脱ぐ前に確認しろ、たわけ。
それと、あゆは少し落ち着け。
俺とつきは兄妹なんだから着替えくらい今さらだぞ。
暴れるあゆは放置して、つきは着替えを続ける。
どうやら着方が理解できたようだ。
ちなみに俺はさっぱりわからんので、つきを見て覚えるしかない。
妹の半裸だが、さっきも言ったように今さらだから感慨も何もないなぁ。
しいて言えば久々に会ったから少し成長したかな、くらい。
父性?
「んしょっと。おにーちゃん、ファスナー閉めて」
「背中のか? ちょっち待て」
「だからダメだってっ!! おかしいもんおかしいもんっ!! 常識的におかしいもんっ!!」
「あゆさんも着替えないとダメだよ。隣りの部屋でもいいから」
「……うぐぅ、何を言っても通じないよ」
トボトボと隣りの部屋に行ってしまった。
ちゃんと衣装は持っていってる。
この辺、真面目なやつだ。
そのまま逃走しちゃえばいいのにな。
変に素直だから逃げるなんて選択肢すらないだろう。
それは美徳であり、時には弱点でもある。
今の場合は確実に弱点だが。
しかも致命的。
……まあ、俺だけ犠牲になるのは遠慮したいから俺的には美徳にしておこう。
「おにーちゃんも脱いで。じゃないと脱がせるから」
「サイズ合ってるのかぁ?」
「平気だと思うよ。ソレ、一番おっきいサイズだから」
「我が人生の汚点になるな、今日は」
文句を言いながら服を脱いで、つきの言う通りに衣装を着ていく。
そんで俺は嫌だったんだが無理やり化粧をさせられた。
おにーちゃん綺麗だから、らしい。
本気で人生の汚点になりそうな気配濃厚っていうか既に決定かもしれん。
女装、しかも魔法少女、とどめに化粧。
これはもう香里やらには見せられないな。
香里に限らず、知り合いには見せたくないっていうか見られたら自殺しよう。
「かんせーい」
「我ながら何故にここまで美人になるのか問い詰めたい」
見せられた鏡には見事な魔法少女が映っていた。
これが俺なのか。
あぁ、哀しいかな……妹には甘い俺。
最初から断れなかった自分を恨むしかないのである。
軽く溜息を吐きながら自分を見る。
で、姿見の前で呆然と、しかしちょっと悦に入ってた俺の耳にうぐぅの声が。
はっ!?
落ち着け、俺!!
自分の姿を見て綺麗だなぁ、とか思ってるのは危険領域じゃないのか!?
あぁ……堕ちていくよ……ごめんなさい、秋子さん。
何で秋子さんなのかは俺にもわからないが保護者ってことで了承。
ともかく、あゆが何か言ってるのだ。
「つきちゃーん、ファスナー閉めてよー」
「あ、うん、わかったー」
1分後。
リビングに戻ってきたちびっこは見事なまでに魔法少女だった。
いや、当たり前なんだけどな。
此処で法衣姿だったりしても困る。
「うぐぅ、恥ずかしい……」
「俺のほうが遥かに恥ずかしい」
「うぐぅ!? 祐一君っ!? すっごい美人さんだよっ!!」
「それが恥ずかしいっつーの」
「あはは、魔法少女が3人も揃ったね。秋葉原〜♪」
近年稀に見るほど水瀬家は異様な空気に包まれていた。
どうして魔法少女が3人もいるのだ。
しかも1人は男だし。
「浪漫だね。自分で着てて言うのもアレだけど、凄い可愛いよ」
「うぐぅ……それは認めざるを得ないよ」
「あゆに同じだ。着てるのがお前らだけなら萌えだけどなぁ……俺はダメだろ」
「ほらほら、くるくる回った時のスカートの浮き具合が♪」
「ふわふわだねっ!!」
どういう魔法少女の衣装かは想像に任せる。
ともかく、制服のスカートとは違う。
こう、柔らかい浮き具合?
何故かあゆとつきは2人で回り始めた。
幻想的で綺麗な光景と言えないこともないが、俺自身同じ格好だと思うと……な?
無性に泣きたくなってくる、この悲しみはなんだろう。
「漢の浪漫を追い求める魔法少女、もえ☆つきかだよ♪」
「たい焼きを追い求める魔法少女、うぐぅ☆あゆだよ♪」
ノリノリになった2人は決めポーズ&決め科白まで完成させていた。
なんかテレビとかで魔法少女がやってるような感じ。
魔法のステッキでびしっと決めていて本当に魔法少女っぽいぞ。
あぁ、すっごい可愛いのに、すっごい哀しい。
相沢祐一です。
あまりに衝撃がでかいので敬語になってますが気にしないでください。
今、水瀬家リビングでは魔法少女が乱舞しています。
でも俺はその輪に加わることができません。
っていうか加わりたくありません。
ある意味、これも背負ってはならぬ十字架な気がするのです。
女の子ならセーフかもしれないでしょう。
しかし男である俺が魔法少女はデッドゾーンです。
あぁ、今2人が俺の手を取ってせがんできます。
一緒に決めポーズやろう、と。
断りたいところですが、妹と幼馴染に甘い俺には断れません。
だから―――――先立つ不幸をお許しください。
「宇宙の神秘を追い求める魔法少女、ぷりてぃ☆ゆーいちだよ♪」
以下、誇りとか何か色々と失いそうなので削除。
あとがきっぽいコーナー。
氷:今回はちゃんとローテーションできましたー。
夏:それが普通です。
氷:……そうですけど。まあ、とりあえず月宮あゆことうぐぅの登場です。
夏:えっと、役柄的にはどういった感じなんでしょうか?
氷:あゆはつきと一緒にノるタイプです。要するに祐一が振り回され役になります。
夏;あ、なるほど。名雪さんと香里さんのときとは立場が違うんですね。
氷:『つき&あゆvs祐一』だと思えば簡単です。実際は多少違いますけど。
夏:その結果がラスト数行ということですか……。
氷:哀れ祐一。
夏:で、魔法少女編ですけれど。なんでまた魔法少女なんですか?
氷:王道かなぁ、と。外せないと思ったから書いてみました。
夏:でも魔法少女といえばKanonでは適任がいたはずですよ?
氷:あえて使いませんでした。正真正銘魔法少女じゃなくて、衣装だけですし。
夏:はぁ、そうですか。
氷:いちおー言っておきますが、あゆの放浪癖はこのSSにおける設定です。
オフィシャルじゃありませんので……いや、言わないでも大丈夫だと思いますけどね。
夏:念のためです。
氷:さて、それではこの辺でお別れにしましょう。
夏:次のあとがきで、また会いましょう。それでは。