「そういえば学校ってない?」

「そういえば学校ってどうなってんだ?」

「えっとね、長期休暇なんだよ、今は。だからお休み」



そうだったのか。

道理で学校に行かないで済んでるわけだな。

むしろ道理で名雪を起こしてマラソンしてないで済んでるわけだな。

あぁ、素晴らしき長期休暇。

学校なんてなくなってしまえばとかたまに思うぞ、俺。



「私って転入したらおにーちゃんとクラス違うね」

「月佳ちゃんは年下だから仕方ないよ」

「それは変えられないぞ。まぁ、友達100人くらい作れ」

「うぅ、浪漫語れる友達できるかなぁ」

「いらないいらない! そんな友達は作らないでいいよ!!」



まぁ、基本的に学校はないのである。



















妹は戯れる。

〜学校仕様編〜





















水瀬家は今日も今日とて平和だ。

そして今はお昼過ぎ。

秋子さんの美味しい昼食を食べてリビングで談話していた。

あぁ、秋子さんは近所の奥様と買い物。

やはり中でも秋子さんの若さは群を抜いていた。

正直なトコ、同年代には見えなかったくらい。



「おにーちゃん、お部屋に行ってくる」

「おー。行って来い」



なんで機嫌良いんだ、つき。

鼻歌交じりに階段を上がっていってる。

謎だ。

さらにいうなら俺の隣りで既にうつらうつらしてる従姉妹も謎だ。

今を何時だと思っているんだろうか。

あえて気にしないことにして紅茶を口に運ぶ。

研究対象になりかねない存在の体質を気にかけても答えは見つかるまいよ。

口の中に甘いような苦いような、フクザツなハーモニー。

うむ、秋子さんには及ばないが名雪の淹れた紅茶も美味。

料理上手な母子だ。



「あれ? もしかして、わたし寝てた?」

「もしかしなくても寝てたぞ」

「うにゅ……月佳ちゃんは? 商店街とか行っちゃった?」

「違う。何か部屋に―――「おにーちゃーん」―――ほれ、戻ってきたぞ」



きゃっほー、って感じでリビングに入ってきた。

名雪が固まった。

俺も固まった……けど、すぐに解凍された。

つき、お前は何でウチの学校の制服を見事に着こなしてるんだ。

似合いまくりだぞ、うん。



「って、わたしのでしょ!?」

「名雪さんのお部屋に入っちゃった」

「何で着てるの!?」

「ほら、男の人って制服とか好きだから。可愛いでしょ? おにーちゃん」

「ぐっじょぶ、まいしすたー」



びしっ、と親指を立てて爽やかな笑顔で迎えた。

それに応じてくれるのは殺人的に短い(そういう制服なのだ)スカートのつき。

何でウチの制服ってえちぃんだろうかねぇ。

普通にしてても中が見えそうだし。

誰だよ、制服のデザインを頼まれたやつ。

……最高ですね、デザイナー。

俺は心の中で最大級の賛辞を原稿用紙200枚分くらい空で述べた。

いやまぢでいいな、この制服。



「爽やかにしてないで! ちゃちゃっと取り返すんだよ、祐一!!」

「きゃー、おにーちゃんに脱がされるー」

「脱がしちゃうぞー」

「真面目にぃぃぃぃ!!!」



棒読みはダメだったか。

演技はマジだったんだけどな……一流俳優並だ。

こう、実の兄に体を求められる妹の悲壮感とか絶望感とか程よく滲み出てたくらい。

俺のほうも迫真の演技だったのに。

しかし……うーん、名雪が壊れる前になんとかしたほうがいいかなぁ。

でも俺も遊びたいんだよなぁ。

つきの格好も可愛いから脱がせたくないし。



「で、この制服ってどう思う?」

「着てる女の子は恥ずかしくないのかな、と思う」

「正直、恥ずかしいと思うけど慣れかな」

「スカート短すぎだよなぁ」

「うん……スルためにこうなってるんじゃないかって疑いたくなるよね」



つきがくるくる回るとスカートがふわっと舞い上がる。

一瞬だけ見える純白が目に眩しい。

最後にスカートの裾を持って、ちょこんとお辞儀をした。

いや、そんなことする意味が俺にはわからんが。

そんな気分だったとかそんなトコだろう。



「凝視しないの、祐一!!」

「んー、だって見たくなるだろ男としては」

「だって妹だよ!?」

「妹でもいいもんはいいと俺は思う」

「祐一、何か人として踏み外しちゃいけないギリギリじゃない!?」



人として踏み外しちゃいけない。

たしかにそうかもしれない。

だが、考えて見ろ。

ギリギリではあるが、踏み外してはいないのだ。

問題ない。

最後の一歩を踏み出さない限り、大丈夫……なはず。

俺が『ホントに大丈夫かそれ?』的なことを考えてる間、名雪と妹君はじゃれ合っていた。

いや違う。

つきが名雪で遊ぼうと画策してたっていうか、既に実行してた。



「名雪さん、私と一緒に踏み外しちゃう?」

「踏み外さないよ!! 変な道にわたしを誘わないで!!」

「ほら……クルでしょ?」

「…………はっ!? ち、ちちが、違うよ!? 見惚れたりしてないよ!?」



スススッ、とスカートに手を添えて少しずーつ上に上げていくマイシスター。

それを凝視しながら、ちょっと見えたときに生唾飲んだ従姉妹殿。

どっちもどっちだ。

今は見えるか見えないかの瀬戸際まで上げられていて、かなーり危険な状態。

つき……おにーちゃん的にも大ダメージだから止めてくれると助かる。



「名雪さん。我慢はよくないから」

「う……うぅ……」



じりじりと名雪に近づくつき。

そして少しずつ後退していく名雪。

あ、名雪がソファーに躓いて倒れたし。

あ、つきが名雪の上に馬乗りになったし。

名雪はふらふらと手をつきの胸に。

つきは堕ちた、とばかりの笑みを。



「やめんか、たわけ」



そこでストップ。

っていうか、それ以上はヤバイ。

何がヤバイってそりゃもう主に俺の理性が。

だから俺はつきの頭を叩いた。



「痛いよ、おにーちゃん」

「あ、あれ? わたし、何してたの?」

「踏み外しそうになってたぞ、名雪。俺に感謝しとけ」

「だおーーーーーっ!!」

「あ、行っちゃった」



名雪は自室に閉じこもってしまったようだ。

リビングを舞う涙が痛々しい。

まぁ、アレ以上は酷というものだろうから見逃す。

香里のとき同様、記憶に残ってたんだろ。

今までノーマルだと言い張っていた分もショックはでかいかもしれない。

自分がちょっとアブノーマルかも、なんて情報は。



「でもこの制服って可愛いね」

「まぁな。たぶんコレより可愛い制服ってのも滅多にないだろ」

「おにーちゃん、私を見てクル?」

「相当な」

「理性、飛んじゃいそう?」

「お前が変なことしなきゃ安全だ」

「スカート捲くったりとか?」

「するなっ!!」



さりげなくスカートに手をかけてるし。

ぺしっと手を叩いた。

残念そうな顔されると罪悪感が沸いてしまうが仕方ない。

俺は超えてはならぬ線を背後に控えているのだから。

ギリギリを維持するスリルがいい。

既に超えてるのでは、という天使祐一の意見は全力で否定した。



「本当に……この制服、立ったままじゃ落ちたシャーペンも拾えない」

「そりゃそうだろ。しゃがみ込んで拾わないとな」

「立ったまま拾う人は誘ってると思われても仕方ないレベルだよ」

「別に新聞は取らないでいいからな」

「……けち」



床に放ってあった新聞。

それに立ったまま手を伸ばそうとした妹君に釘をさす。

だって俺にお尻を向ける姿勢だったし。

そのまま前かがみになられたら目の前の光景が危険すぎる。

十字架は背負いたくないものだからなぁ。



「そんなに禁止されたら制服の活用しがいがないよ」

「んなもんしないでいいだろうが」

「浪漫なのに。制服だって漢の浪漫なのに」

「や、だって俺は見慣れてるし」

「はわっ、そうだった。私としたことが迂闊」



そう、たしかに魅力的な制服。

でも俺は見慣れてるから威力半減なのである。

可愛いだけじゃダメ。

やはり真新しさがないとちょっと物足りないと俺は思うのだ。

漢の浪漫だから萌えることは萌えるがな。



「俺は部屋に戻るぞ? 紅茶も飲み終わっちまったし」

「それなら私も戻る。1人でリビングは寂しいよ」



紅茶のカップを流しに持っていってから部屋に戻る。

そういせばベッドが以前よりも大きくなっているのだ。

秋子さんが狭いでしょう、と言って改造してくれたのだが。

貴女の頭の中には俺とつきが別々に寝るっていう選択肢はないのですね。

まぁ、構わないんだけどさ、一緒でも。

それは別として、俺は部屋に散乱する衣服を見て思わず溜息を吐いた。

俺はけっこう綺麗好きというか、自室は散らかさない主義だ。

だからか、今の部屋を見てがっくりきたのは。

ベッド、机、椅子、床と場所を選ばずによくもまぁ、ここまで脱ぎ散らかしたものだ。

……下着は脱いでないから落ちてないぞ?



「つき、服は畳んで片付けろ」

「おにーちゃん、お願い」

「嫌だぞ。自分のことは自分で―――――俺がやろう」

「ありがとぉ」

「やむをえないだろ」



つきは不器用なのである。

服を畳ませても変な形になるのは目に見えてるからな。

最初から俺がやったほうが早い。

てきぱきと折りたたむと部屋の隅に置いといた。

制服を脱いだときに着替えるだろ。

なんかまだ生温かかったのは秘密だ。



「身体が疼く」



亜音速でマイシスターの額にデコピンをかました。



「アホなことを口走るな」

「あいたたた……うー、だって制服に身を包むと、なんかこう……」

「つきだって現役女子高生だろうが」

「あ、そうだった」



父さん母さん、貴方達の娘はちょっと変です。



「彼氏とか作らないのか? お前は可愛いんだから人気あるだろ?」

「おにーちゃん以上じゃないと嫌」

「……なんで俺が基準なんだよ、つき」

「一番身近な男の人だから。だけど基準高すぎていないんだよ」

「別に俺なんか大したことないだろ?」

「ううん、素敵なお兄様だね。たぶん私は幸せな妹だと思うの」



ベッドに腰掛けていた俺。

思いっきり押し倒されました、つきに。

こら、兄貴の上に跨るんじゃない。

お互いに冗談だと理解してるから許容範囲だが。



「私、一生独身かもしれない」

「つきくらい可愛かったら、男から寄ってくるさ」

「でも私が頷かなかったら無意味だよ」

「……まぁな」

「ねぇ、おにーちゃん?」



俺を見下ろすつきの瞳が少しだけ真剣みを帯びる。

それを見て、俺も少し真面目に対応することにした。



「私が結婚しなかったら、ずっと一緒にいてくれる?」

「俺が結婚してたら難しいかもなぁ。その場合は嫁の意見次第だ」

「おにーちゃんの気持ちは?」

「……ずっと一緒にいてやるよ。大切な妹だからな」

「えへへ、嬉しいな」



頭を撫でてやる。

はにかむように笑うつきは可愛い。

結婚しないなんて言ってるけど、たぶん結婚するだろう。

その時になれば反対しそうだなぁ、俺。

なんとなく、そう思う。

大切な妹を嫁になぞやれるかぁ、ってな。



「おにーちゃんと一緒に暮らせるなら結婚しなくてもいい」

「そんなこと言わないで子どもを抱かせてくれよ。お前の子どもなら可愛いだろうから」

「それ、父親が娘に言う科白だよ」

「たしかにな。でも、いいだろ? 俺が言ったって」

「私、まだ高校生だもん。子どもは早すぎるよ」



お互いに笑う。

少しだけ未来の話をするのも面白い。

不確定だけど、だからこそ想像の翼が広がる。

もしかしたら兄妹2人でのんびり暮らしてるかもしれない。

俺は結婚して、つきも一緒に暮らしてるかもしれない。

逆もあるかもしれない。

それとも2人とも結婚して、それぞれ幸せに暮らしてるかもしれない。

どの道になっても、幸せならそれでいい。



「ま、先の話だ」

「うん。子どもも結婚もまだ早いね」

「って2人とも何してるかっ!!」

「おおぅ、ドア開けっ放しだったみたいだ」

「はわわ……名雪さん、落ち着いて」

「落ち着けないよ!! 子どもとか結婚とか実の兄妹でする会話じゃないよ!!」



名雪の勘違い乱入でシリアスな空気が吹っ飛んだとこで閉幕。

























あとがきっぽいコーナー。



氷:何故かまたしても名雪の出番になってしまってるんです。

夏:名雪さん香里さん名雪さんですか。

氷:気付いたらこう。

夏:ローテーションさせるっていう設定がいきなり崩れてるのは気のせいですか?

氷:気のせいだと私も嬉しいですけど……それより内容に行きましょう。

夏:えっと、学校指定制服の話ですね。

氷:まぁ、よく言われるKanonの制服は可愛いけどえちぃくないか? ってアレです。

夏:お、女の子の前でそんなこと言わないでください!

氷:む……たしかに。んでは後半の話に進みましょうか。

夏:これはつきちゃんの将来感というか結婚するかどうかというか微妙な……。

氷:自分で書いておいてなんですが、面白くない話です。

  こう、全体的に平坦です。もうちょっとアップダウンつけたかったんですけどねー。

夏:それは次回の課題です。

氷:というわけで次はもうちょっと頑張りますのでよろしくお願いします。

夏;それでは。